2025/05/18 - 2025/05/22
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montarouさん
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2025年5月16日から22日まで、車で山形県の立石寺と蔵王温泉の大露天風呂、秋田県の強首温泉樅峰苑と男鹿半島、青森県の黄金崎不老ふ死温泉、三内丸山遺跡、六ヶ所原燃PRセンター、恐山菩提寺とその温泉、仏ヶ浦、尻屋埼灯台、八甲田山の酸ヶ湯温泉千人風呂と谷地温泉を訪れた。ここでは青森編を記す。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 4.5
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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18日、曇天のなか日本海沿いの道路で青森県に入り、黄金崎不老ふ死温泉に向かった。途中の海岸には多くの風力発電機が並んでいた。
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白神山地から続く海岸線は岩浜が多く、ちょうど路肩の白い花が満開だった。
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早朝に出発したので、9時頃に黄金崎不老ふ死温泉に到着。上の駐車場に車を停め、上のホテルのフロントに行くと、受付は下のホテルのフロントだと言う。下の駐車場はガラ空きで、路面は三価の鉄と土で茶色に染まっていた。そこから露天風呂が良く見える。非常に、野性味ある露店風呂だ。左側は女性専用、右側が男性用?混浴?
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下のフロントが言うには、内湯に入った後で、衣服を着て露天風呂に向かう事。内湯も露天風呂も同じ泉質で、「含鉄-ナトリウム-塩化物強塩泉」と言う。鉄を多く含んでいて茶色に濁っていた。透明度は五十cm程度かな。二価の鉄は水に溶けやすく本来は薄青い色だが、ここの温泉は流出着後は無色透明で、やがて空気で酸化され難溶性の三価の鉄となり、赤褐色の濁り湯になる。なかなか良い温泉だ。余計な話だが、私の知る最高の含鉄泉は浅間山の天狗温泉で、湯は赤茶色の濁り湯で、ここの温泉より赤味が強い。この写真は黄金崎不老ふ死温泉の内湯。
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内湯に入ってから、上に上着、下は水着で露天風呂に向かおうとすると、フロントが「水着を脱いでお入り下さい」と! 困った。混浴で女性が来たら“わいせつ物陳列罪”では? 露天風呂に行くと、幸い誰もいない。裸で入っていると一人、二人と男性が来て、全員裸なので安心。波が高い露天風呂の写真。
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不老ふ死温泉は深浦にあるが、深浦のマグロは有名でないが、マグロの水揚げ量は大間より多い。それで深浦港にも寄ってみた。今はマグロ漁の季節ではないが、販売所ではヒラマサ、ブリ、タイ、ヒラメなど魚種も豊富で安い。ここは予想以上に、掛値なしに、素晴らしい所だ。再度訪れたいよ。
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港には大型の鉄製ヨットが数隻と、一番前に少し小型の木製のヨット。そこで作業していた人を見ると、日本人とは思えなかったので声をかけると、スイス人と言う。妻と一緒に、この船でサンフランシスコから来たと言う。スイスから海に出られるのか?と聞くと、スイスかフランスか?知らない名の町から海に出られると言う。年を聞くと、71歳だと言う。彼らに取って人生最大の大旅行だろうが、日本海側の辺鄙な港まで回る大胆さと、山国スイスの経済的豊かさに敬意を表したい。
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漁港から北に1kmほど行くと、大岩がある。コンクリートの道があり、最後は岩穴を抜けて頂上に行ける。
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大岩周辺にはカモメかウミネコか?が沢山、強風を避け、岩の影に潜んでいた。北に帰る途中かな?
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午後に青森市に入り、三内丸山遺跡に向かった。この遺跡は5900年前~4200年前のもので、長野・新潟県の火炎式土器(5千年前)と同時代である。この時期はヒプシサーマル期(7千年前~5千年前ほど)の末期で、現在より気温が2~3度高く、海面が3~4m高かったことは貝塚からも確認される。すなわち、現在の平野部が浅海で、貝類など海産物の獲得が容易であった時代だろう。海と山が近く、温暖期の末期で森も木は大きく、森からの食料調達も容易であったろう。しかし、やがて寒冷化し海岸線が退化し、村と海岸が遠距離になり、また森の植生も変化し、一か所での定着集落を維持できなくなったのだろう。
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この遺跡の特徴は、6本の太さ1mに近い栗の巨木の御柱と長さ32m幅10mの巨大な建物跡である。栗巨木は、伊勢神宮や諏訪や智頭の御柱などと繋がっているのかな?物見の搭との説があるようだった。
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先の写真の後ろの巨大建物は、冬季に集団で生活した方が暖かだったのでは?との説明だった。最大人口5百人との推測から、それもあり得るだろう。他方で、民主主義的な議事堂だったかも? 太さ1mに近い栗木を切り、運ぶなら、村民全員の意思統一が必要で、独裁者の命令ではできないだろう。ところで、この時代に、戦闘傷がある人間の骨が見られない事から、戦闘は無かったと言う。この温暖期が終わると、集落間の争いが頻発する時代となった。今後、日本が貧しくなると、戦争が起こる時代に向かうかな?これは女性と言うが、「ムンクの叫び」に見える。
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この針には驚いた。心の籠った暖かい衣類を作ったのだろう。
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新潟西部産出のヒスイや、黒曜石(諏訪出土かは不明)も出土しているが、火炎式に近い土器の伝搬は見られなかった。この意味は、ヒスイ等が直接運ばれたのではなく、数ヶ所を経て伝わったため、火炎式文化は伝わらなかったと思われる。
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19日は浅虫温泉と菜の花畑で有名な所を経て、恐山に向かった。
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入口の小川は、地球が黄色い血を出しているようで、方々から滲みだした小川は硫黄で黄色に染まり、恐ろしい迫力があった。
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ここは流産した子供を弔うための風車。
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ここで温泉に入る。女湯は二つ、女性優遇で、男湯は一つ、寺の後に混浴があると聞くが、そこには行かなかった。写真は入浴者の了解を得て撮影。良い硫黄泉で、濁りは濃くない。硫黄の匂いが残るのが嫌だったので水を被って上がった。
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ここは流産した子供を弔うための風車。
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昼過ぎに大間に到着。岬近くの食堂街?で昼食。2千円と安くない。ここにはバスで来る団体旅行客が主な客であった。
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宿の民宿 海峡荘の新館に荷物置き、海岸線を散策。これはツルアラメ昆布を干している人。ヌルヌルが強いので美味しいとの事。
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港にはイカ釣りランプを装着したマグロ漁の船。その一隻が、箱を降ろしていたので、それを見ると大きなサザエで、一箱に約百個、それを3箱。その漁師に「潜って取ったの?」と聞くと「カゴ漁だ」と言う。ワカメをカゴに入れ、海底に仕掛けると、ウニとサザエが入るのだ。潜る必要がなく、深い所でも取れる。ただし、ワカメの取れない夏の三重県では漁ができないだろうから、それで海女が活躍するのかな?
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この大きな船の持ち主は、中古船を8百万円で買い、2千数百万と1年間をかけて整備したと言いう。私的な見解だが、この中古船が8百万円とは安い。その背景には、漁師が高齢化し、引退者が多いのだろう。事実、浜には多くの廃船が投棄されていた。
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この青いプラ容器は韓国製で、ノリの色付きを良くするための鉱酸の容器だろう。韓国政府は数百Lの容器の使用を勧めているというが、それでは重くて運べない。20L容器を使い、かなりの数が投棄されているようで、日本海の海岸では普通にみられる。対馬海流は、韓国、中国、ベトナムなど東南アジアからの浮遊ごみを大間まで運んでくる。そして、その先は太平洋に放出される。
帰って、海峡荘新館で夕食。すごいボリューム、マグロの部位も各種、数々の海の産物他、すべてを食べ尽くすことは困難だろう。食事は最高だ。 -
20日は仏ヶ浦に向かった。途中の道路近くに多くのオリが仕掛けてあった。餌はジャガイモで、捕獲対象動物は不明。人間と動物と関係は複雑だ。共に働く人間の仲間であったり、人の命を奪う敵であったりもする。単純な動物愛護も結構だが、中東や東欧での人間同士の殺し合いを、先ず止めさせるべきだろう。人間は牛、馬、豚、鳥を食い、蚊やダニに血を吸われる。人間から他の生き物への生まれ替る輪廻転生の心もあり、人間の心は複雑怪奇だ。
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仏ヶ浦に向かう途中から小雨、駐車場から海岸まで歩いて15分ほど。仏ヶ浦の岩は、山寺と同じ礫岩を含む凝灰岩。均一の凝灰岩なら、縦の溝が多い岩肌になる。岩の上部に硬い所があると、周囲が早く浸食され、三角形の岩が残る。
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仏ヶ浦にも漂着ごみが多い。「ポイ捨て禁止」とあるが、日本の漁業ごみが圧倒的に多い。
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この後、むつ市で161円/Lのガソリンを入れたが、なぜ安いのか不明。そして下北半島の北東端の尻屋埼に向かった。途中の石灰岩地帯にあるセメント工場の巨大な港。
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尻屋埼灯台に到着。ここを境に漂着ごみの多い海峡側とごみの少ない太平洋側の海岸になる。理由は日本海のごみが対馬暖流と偏西風によって、日本海のごみが海峡側で漂着するが、その先は偏西風によって漂着せず、太平洋に流出するからだろう。
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ここは寒い強風地帯だが、綺麗な花も咲いていた。
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21日は浅虫温泉から酸ヶ湯温泉の大浴場ヒバ千人風呂に向かった。言わずとしれた混浴の硫黄泉、外国人も入っていた、酸ヶ湯温泉の前後の道路では、ガスが掛り、前が見えない。ただ驚くほど雪が残っていた。
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硫黄泉の連チャンで、次は谷地温泉。濁り湯の低温湯と濁りが少ない高温湯がある。低温湯は源泉で38度くらい、高温湯は過熱しているので濁りが薄い。写真は低温湯。
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この温泉の入り口付近には沢山の水芭蕉が咲いていた。素晴らしい。
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遅くなったので、パンを食べながら六ヶ所原燃PRセンターに向かう。途中に菜の花畑。
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最終プルトニウムを含む廃棄物の最終処分は地下300mで8~9千年保管すると、安全な放射能レベルなると言う。しかしプルトニウム239の半減期は約24千年であり、数千年や数万年では全く減らない。数百、数千、数万年の間に、ガラス固化体が風化、粉体化し、その粉塵を吸い込むと人間を含めた生物に重大な被害をもたらすだろう。ガラスは規則的構造を持たない液体であり、固体と言えど超長期では部分的に結晶化し、光の波長程のひび割れが起こり、オパール光沢をもつようになる。やがて割れて危険な粉体になる。これを防ぐためには、高温で溶かしガラス固化を繰り返す必要がある。ホモサピエンスが現れて30~40万年、それより長い期間、ガラス固化体を風化しないように再溶融ガラス化を繰り返し管理することは可能だろうか?
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追記:帰路の途中で見た水田の麦。昨年の秋に米不足が分かっていたなら、麦作を止めて、年初からの米作に変更すべきだった。今からなら5月中に刈り取り、6月早々に米作を始めれば、50万トン程度の増産は容易であろう。それなら今年は米が不足しない。もっとも独占組織が米価を上げるために米不足を仕組んだなら、論外だ!
本質的には農家の水田面積の拡大だ。ところが米余りを1960年台後半から半世紀以上も続けたが、この間、代議士も農協も何らの対策を講じなかった。原子力も農業も重大問題が多いね。
Previous; https://4travel.jp/travelogue/11981685
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この旅行記へのコメント (1)
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- montarouさん 2025/05/28 13:11:40
- 東北(山形・秋田・青森)の濁り湯と大間のマグロ 秋田編(2025)
- 温泉がいいね。
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