2024/07/01 - 2024/07/01
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さいたまさん
この旅行記のスケジュール
2024/07/01
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第1次世界大戦及び第2次世界大戦において、あまりにも多くの犠牲者(戦病死者)が出た英国及び英連邦諸国は、戦争/戦闘に関連して亡くなった英霊を、戦病死した現地に、墓地や記念碑を建て、現地において葬ることと、法律で定めました。
このため、英連邦戦争墓地(COMMONWEALTH WAR GRAVE CEETERY)が、
設置されました。世界に約130ケ所の英連邦戦争墓地があり、 1,750,425名の英霊を祀っています。それらの墓地は、英連邦戦争墓地委員会(Commonwealth war graves commission)が管理にあたっています。
英国軍にとって、最も激戦であったと言われているインド北東部のコヒマ戦争墓地には、約1,275名の英霊が眠っています。コヒマの南側のインパールにも、2ケ所の戦争墓地があります。
日本国内においても、保土ヶ谷に英連邦戦死者墓地があります。
いずれの戦争墓地にも、散華された戦没者が信ずる宗教の教義に基づき、埋葬された英霊の姓名等が刻まれた墓石や記念碑が建てられています。
今回、保土ヶ谷の戦争墓地を訪れましたが、それぞれの民族、宗教、言語、文化等が異なる諸問題に対応しつつ、いろいろな面で、複雑に絡み合う諸問題に
配慮し、融合を図っていくことの難しさを感じました。特に、民族と宗教上の
差異について、特段の意を図る必要があります。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
英国大使館の正門です。
前を通るのは何回もありましたが、用事があって、中に入るのは、初めてです。
大使館勤務者からの説明がありました。イギリス大使館 名所・史跡
-
以前訪れたのは、日本の儀式に合わせ。習慣に基づき、半旗になっていた折です。
大使館の旗は、なぜかUnion Jackではなく、英国海軍旗でした。
イギリス大使館は、千鳥ヶ淵の南側にあります。千鳥ケ淵 花見
-
英国大使館における半旗です。
旗の長辺の長さを基準として、下がっています。 -
イギリス大使館の南側に、環境省の所管する国民公園があります。
国民公園という名称は、あまりなじみがありませんが、政教分離の考え方の影響があります。
この公園は、地下鉄半蔵門駅の東側にあります。半蔵門駅 駅
-
国民公園の表示があります。
国民公園皇居外苑半蔵門園地との標識が掲げられています。国民公園皇居外苑半蔵門園地 名所・史跡
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公園内の様子です。
石垣が、長い歴史を感じさせます。 -
写真の奥は、イギリス大使館です。
境界の柵が、無粋な感じです。 -
イギリス大使館との境界と植栽による区切りです。
植栽の良い面が感じられます。 -
英国大使館の南側にある国民公園の入口の案内です。
大使館訪問に併せて、少し勉強のために訪れました。 -
国民公園皇居外苑半蔵門園地の案内板です。
この公園は、英国大使館の敷地だったようです。
返還されたようです。 -
保土ヶ谷の戦争墓地を訪れる当日は、東京駅から保土ヶ谷に向かいます。
千葉からの電車から乗り換えます。東京駅 駅
-
保土ヶ谷の英連邦戦争墓地の入口です。
英連邦戦争墓地は、保土ヶ谷駅の南側の横浜市児童遊園地に隣接しています。
戦争墓地までは、バスを利用しました。英連邦戦死者墓地 寺・神社・教会
-
英連邦戦争墓地は、英連邦戦死者墓地との名称で呼ばれている例があります。
日本国内では、戦闘行為は起きておりませんので、戦死者はいないと感じております。
英連邦戦争墓地の近くには、横浜市の児童遊園地もあります。横浜市児童遊園地 公園・植物園
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保土ヶ谷の英連邦戦争墓地の中にも、立派な入口があります。
最寄りのJR駅は、保土ヶ谷駅です。保土ケ谷駅 駅
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保土ヶ谷の「英連邦戦争墓地は、日本国民から贈られたものです。」とありますが、
終戦に際して、戦勝国の英軍により、接収されたものです。
講和条約による日本国の独立に際して、協定により英国に貸与している地域です。
近傍には、横浜市のこども植物園があります。横浜市こども植物園 公園・植物園
-
英連邦戦争墓地は、英国の陸海空軍将兵を顕彰するための施設である旨、英語で記述されています。
近所には、横浜市の環境活動支援センター等もある閑静な地域です。環境活動支援センター 公園・植物園
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英連邦戦争墓地は、英国軍、オーストラリア軍、インド軍そしてカナダ軍等の将兵を祀っています。
英連邦に所属していない米国将兵も葬られています。 -
インド軍区域は、戦争墓地の北側にあります。
丘の上にあり、インド軍の大きな標識があります。 -
英国軍区域は、とても広い面積を有しています。
埋葬された墓石は、キリスト教徒とイスラム教徒の墓石です。
ヒンズー教徒やシーク教徒の火葬記念碑は、南側にあります。 -
ヒンズー教徒やシーク教徒は、輪廻転生の教義に基づき、埋葬ではなく、火葬されます。
火葬記念碑として、英国軍区域の南側にあります。 -
英連邦戦争墓地には、英連邦に属さない米国やオランダ軍将兵の英霊も祀られています。
管理は、英連邦墓地委員会(CWGC)が担当しています。 -
英連邦戦争墓地は、08時から1630までの間、開いているようです。
土日、祝日に関係なく、開かれているようです。 -
英連邦戦争墓地の配置図です。
緑豊かな区域の中に、広がっています。 -
入口に近い場所に、来訪者の芳名帳があります。
緑に囲まれ、静寂の中にあります。 -
入口の中は、やや暗いですが、芳名帳が置かれています。
来訪者は、芳名帳に記入していました。 -
入口に入ると、やや暗いですが、芳名帳が置かれています。
厳粛な感じがします。 -
英国軍区域の南側に火葬記念堂があります。
ヒンズー教徒やシーク教徒は、輪廻転生の教義に基づき、火葬されます。 -
火葬記念堂です。
保土ヶ谷の戦争墓地では、屋内の記念施設となっています。 -
入口の上部に建物施設の表示があります。
YOKOHAMA CREMATION MEMORIALとあります。
ヒンズー教徒やシーク教徒が、火葬され、祀られています。 -
YOKOHAMA CREMATION MEMORIALの内部を入口付近から見ています。
正面に祭壇のようなものが置かれています。
他の戦争墓地とは、少し形が変わっています。 -
YOKOHAMA CREMATION MEMORIALの正面です。
火葬により葬られている将兵の業績を顕彰しています。 -
最上部に、1939 to 1945とあります。
339名の火葬された陸海空軍の将兵の灰が収められているとあります。
米軍の将兵も含まれているとありますが、キリスト教徒の場合は、教義により、埋葬されるのが一般的なのですので、やや気になります。
(当該米軍将兵は、ヒンズー教だったのでしょうか?) -
保土ヶ谷の戦争墓地の由来等が記述されています。
散華された将兵の顕彰の意味合いが、述べられています。 -
米国海軍の中尉の表示があります。
下部には、米国海兵隊の中佐
米国の陸軍の中佐の表示もあります。 -
写真は、コヒマの戦争墓地における記念碑(Stone of Remenberance)です。
通常、公式行事においては、宗教色を無くした記念碑において、執り行われるようです。 -
キリスト教徒の勝利の象徴なのでしょうCross of Sacrifice
建てられています。
大きな施設で、保土ヶ谷の戦争墓地の中核的な塔です。
式典の行事は、宗教色を無くした -
オーストラリア軍地域におけるCross of Sacrificeの塔です。
キリスト教徒が主になっている軍においては、Cross of Sacrificeが設置されています。
ただし、インパールのインド陸軍戦争墓地には、Cross of Sacrificeがありません。
保土ヶ谷の戦争墓地のインド軍区域にも、Cross of Sacrificeは、設置されていません。 -
英国軍の墓石区域です。
キリスト教徒の業績を示す十字塔 The Cross of Sacrificeが見えます。 -
キリスト教徒の業績を示す十字塔 The Cross of Sacrificeが見えます。
十字塔の前面には、先端を下に向けた様式化された青銅製の長剣がデザインされています。 -
英国軍区域の北側に置かれているThe Cross of Sacrificeです。
十字塔はキリスト教徒の業績をたたえるため、英連邦戦争墓地委員会が制式化したようです。
墓が40以上ある施設に、設置されているとのことです。 -
Cross of Sacrificeにおいて戦没者の霊に敬礼する英国軍の退役軍人と現役軍人です。
イギリス人国籍のようです。いずれもキリスト教徒なのでしょう。 -
保土ヶ谷の英連邦戦争墓地の案内板に記載されていた写真です。
設置されていたのは、十字架であり、墓石のようではありません。
現在の英連邦戦争墓地には、十字架に代えて、墓石が整然と、置かれています。 -
英国空軍の将兵の墓石です。
1944年1月8日に亡くなっています。 -
英国陸軍のSUFFOLK聯隊の将兵の墓石です。
1945年3月25日に亡くなっています。 -
保土ヶ谷の英連邦戦争墓地は、広大な敷地を有する墓地です。
左側の英国軍区域の右側に、インド軍将兵の区域に向かう道路があります。
道路の先に、階段が見えます。 -
階段を上がると、丘が広がり、インド軍の区域になります。
大きな塔が見えます。
Cross of Sacrificeは、ありません。 -
インド軍の区域中に、墓石と記念碑が見えます。
埋葬と火葬の区分がありそうです。 -
インド軍区域の標識です。
INDIAとの表記と、花輪の紋章が見えます。 -
インド軍区域の標識です。
対象としている年は、1939年から1945年とあります。 -
インド軍区域の墓石群です。 奥に記念碑があります。
奥の記念碑は、火葬の記念碑かどうかは、判断できません。 -
インド軍区域の記念碑です。
インドのために尊い生命を賭したインド軍将兵を顕彰しています。 -
インド軍区域の奥に在る記念碑です。
第5ロイヤルグルカライフルの名称があります。 -
SEPOYとの表示があります。インド人の墓です。
インド陸軍の工兵隊の将兵の墓石です。イスラム教徒でしょう。 -
ROYAL INDIAN Armyの将兵の墓石です。
ALIという名前があります。イスラム教徒でしょう。
ヒンズー教徒は、火葬されますので、墓石は無いのでしょう。
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