2025/04/30 - 2025/04/30
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YAMAJIさん
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国の重要文化財に指定されている「備中松山城」は、天守が残る唯一の山城で、江戸時代から残る「現存12天守」のひとつです。標高430mの臥牛山小松山山頂にそびえ、9月下旬から4月初旬には雲海に包まれる幻想的な姿を見ることもでき、”天空の山城”とも呼ばれています。
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ふいご峠駐車場です。
城見橋公園駐車場に車を停め、シャトルバスでふいご峠駐車場に到着、ここから徒歩で備中松山城天守へ向かいます。 -
備中松山城跡の案内図です。
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ふいご峠(標高約290m)~中太鼓櫓跡~備中松山城天守(標高約430m)まで、約700mの山道が続いています。
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中太鼓櫓跡の石垣です。
天守と御根小屋(麓の御殿屋敷)との伝達手段として、太鼓が使われていました。 -
中太鼓の丸跡です。
ふいご峠駐車場と本丸までの中間地点にあたります。 -
分岐点です。
右手の山道が登ってきた道(中太鼓櫓跡を経由)、左手は帰り道(長い階段を下り、舗装された車道をふいご峠駐車場へ)です。 -
大手門跡が見えて来ました。
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大手門推定復元図です。
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大手門跡です。
折れ曲がる登城路、石垣と櫓で構成された大手門、内側は長い石段と高い石垣に囲まれた桝形構造、実戦向きに築かれていました。 -
大手門跡・三の丸跡・厩曲輪跡の石垣群です。
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人工的に築かれた石垣と天然の岩盤が融合する高石垣です。
圧巻です!! -
大手門跡・二の平櫓跡と三の平櫓東土壁です。
現存の土壁(重要文化財)が残っています。 -
長方形の矢を射る矢狭間(やざま)です。
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丸形の鉄砲を撃つ筒狭間(つつざま)です。
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復元された部分の三の平櫓東土壁と三の丸への登城路です。
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三の平櫓跡です。
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三の丸跡です。
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段々に連なる石垣群です。
曲輪毎に石垣が築かれており、上に向かって段々になっています。 -
黒門跡と二の丸への登城路です。
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四の平櫓跡です。
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厩曲輪跡です。
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厩曲輪跡の土壁です。
手前が復元部分で奥が現存部分です。 -
狭間を覗くと!!
三の平櫓東土壁と大手門先の登城路が見えます。 -
二の丸跡の石垣です。
城内で最も古い石垣です。 -
鉄門跡(二の櫓門跡)です。
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与謝野寛の歌碑と満開の藤の花です。
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二の丸跡です。
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駕籠の上で猫城主がお出迎えです。
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猫城主の”さんじゅーろー”は、推定10歳のオス猫です。
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雪隠(せっちん)です。
お城のトイレ跡です。 -
二の丸から本丸の五の平櫓(復元)・六の平櫓(復元)、天守(現存)を見ています。
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本丸南御門(復元)を入ります。
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本丸跡と天守(現存、重要文化財)です。
天和3年(1683)に築城された、2重2階の複合式望楼型の天守です。最も高い所に天守が現存する山城(標高430m)で、「天空の山城」と呼ばれています!! -
本丸東御門(復元)です。
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八の平櫓跡です。
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天守も天然の岩盤を利用して、石垣が造られている事が判ります。
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天守1階です。
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武者窓(連子窓)です。
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石落としです。
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装束の間です。
籠城時には城主の居室になります。 -
囲炉裏です。
籠城時の城主の食事や暖房用に作られています。 -
天守1階から2階への階段です。
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天守2階です。
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屋根の骨組みです。
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御社壇です。
城の守護神を祭る神棚があります。 -
武者窓を覗くと!!
備中松山藩・五万石の城下町、高梁市の市街地が見渡せます。 -
本丸に猫城主が戻っています。
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二の丸から後曲輪へ向かいます。
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本丸の石垣と土壁です。
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本丸東御門です。
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二の丸から続く帯曲輪です。
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搦手(からめて)門跡です。
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水の手門脇曲輪の石垣です。
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後曲輪跡です。
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二重櫓(現存、重要文化財)も天然の岩盤を利用して、石垣が造られています。
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