2022/11/01 - 2022/11/10
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urufeeさん
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2020年3月8日、兄の四十九日の法会で帰国しました。3月17日ANA17:15発でマレーシアへ戻ろうと成田へ行きました。しかしチェックインカウンターで拒否されました。マレーシア政府が18日から外国人の入国を認めないことになったとの事。長期ビザ保持者で、自宅もマレーシアに購入してると説明したのですが、「永住ビザ保持者以外の全ての外国人は入国できません」の一点張り。マレーシア到着は18日0時5分予定です。たった5分の経過なのですが、どうしてもダメだとラチ明かず。それから2年半マレーシアに戻れなくなりました。当時、ANAは何て杓子定規なんだと思いましたが、あの時戻らないで本当に助かりました。コロナ規制は日本より罰金付きで厳しいし、レストランも殆ど休業になったみたいです。自炊をやらない身には死活問題でした。
でもやっと日本・マレーシアとも到着時のホテル隔離が無くなり、2022年11月にマレーシアに戻ることにしました。そこで、一度歩いてみたかった諫早干拓堤防などを含めた九州旅行をしながらマレーシア戻りました。
11月 1日 羽田から長崎へ移動。長崎空港からバスで諫早駅へ。この日は移動だけです。
11月 2日 諫早湾干拓堤防道路を徒歩横断の後、諫早・高城址を見学。
11月 3日 諫早から島原へ移動。ホテルに荷物預けてから原城址を見学。
11月 4日 島原城跡をメインに島原駅周辺観光。
11月 5日 島原港からフェリーに乗り三池港へ。その後バスで大牟田駅へ。ホテルに荷物預かって貰いレンタサイクルで炭鉱遺跡を見学。
11月 6日 この日もレンタサイクルを借りて、残りの炭鉱遺跡を見学。
11月 7日 大牟田から熊本へ移動。ホテルに荷物預け新聞博物館を見学。
11月 8日 熊本市電一日券を購入して、水前寺公園、熊本城などを見学。
11月 9日 熊本11:00→羽田12:30。成田へ移動して成田18:20→シンガポール00:55。チャンギ空港で暫く待機して、翌10日シンガポール07:10→KUL08:10でマレーシアに戻りました。マイルの特典航空券使ったので、こんな面倒臭いルートになってしまいました。
写真は”海のギロチン”とも言われた堤防排水門です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス ANAグループ JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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11月2日、諫早駅から長崎本線の湯江駅まで移動。湯江駅から諫早干拓堤防を目指して歩き始めます。快晴で助かりました。
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諫早干拓堤防が見えてきました。途中、”海を壊す開門!!絶対反対”の大きな看板。平和的な解決策って無いんでしょうかね。
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イヨイヨ干拓堤防に到着して遊歩道を歩き始めました。
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歩き始めてすぐの所に海側に出っ張った場所が有り、”排水門運用開始記念”の石碑が有りました。
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石碑の有る場所から”海のギロチン”と言われた水門を見た所。かなり大きいのにビックリしました。
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外海側の護岸の様子。
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できれば遊歩道はこの左側の土手上に作って欲しかったですね。
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内海側の状態。水鳥がたくさん休んでました。
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途中に駐車場が有ります。この歩道橋を渡って外海側に行きます。
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歩道橋の上から、歩き始めた湯江駅側を見たところ。
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そしてこれから進む雲仙岳方面
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ここの駐車場に公衆トイレも有ります。歩道橋下り階段奥の茶色い建屋がトイレです。
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湾岸堤防道路を歩き終わり昼食を取った後、諫早ゆうゆうランド干拓の里に来ました。メインは遊園地らしいのですが、干拓資料館に入ってみました。
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島原鉄道に乗って、干拓の里駅から本諫早駅まで移動。本諫早駅から高城跡まで歩きました。高城跡の一角に在る高城神社から見学。
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水面に映って綺麗なメガネ状に見えた眼鏡橋。
十二代領主・諫早茂洪が「壊れず大空にかかる虹のような橋を架けろ」と指示されたそうで、「虹の石橋」とも呼ばれてます。1839年に完成したそうです。 -
諫早城は高城とも言われています。
現在は公園として整備されて土塁などはあまり残されていません。
ここは本曲輪跡で樹齢600年から800年と言われる大楠。 -
本曲輪跡には忠魂碑も建っています。
これは1928年の昭和天皇即位の大典記念として建てられたもの。揮毫は東郷平八郎だそうです。 -
諫早城址から諫早駅方面の眺め。もう17時を過ぎたので、このあと夕食に行きました。
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11月3日、諫早から島原に移動。ホテルに荷物預かって貰い原城の見学に行きます。
「何処のお城の大手門ですか?」と思われそうですが、島原鉄道の島原駅舎です。原城へはこの前から出る路線バスで移動しました。 -
原城前バス停に到着しました。
写真では分からないでしょうが、中央チョット右側の白い長方形に”原城跡”と出ています。 -
原城は1637年から1638年の島原・天草一揆の主戦場。かなり強固な城だったらしく約四か月の長期戦になります。その為再利用されるのを恐れて、幕府は鎮圧後に石垣を破壊・埋めるなどして徹底して破壊したそうです。
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ここは広大な本丸跡。奥の方に有明海も見えます。
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本丸の一角に建つ天草四郎の立像。
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そして一揆勢のほとんどがキリシタンだったので十字架も建っています。
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こちらも徹底的に破壊された石垣跡。一揆勢の亡骸も数多く発見されたとの事です。
この後また路線バスに乗って島原駅へ。今回のホテルは島原港駅近くに取ったので、島原鉄道に乗ってホテルへ戻りました。 -
11月4日、島原鉄道に乗って昨日に続いて島原駅に。今日は島原駅に近い島原城から見学します。。
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でも残念ながら天守閣は改装中。内部は見学できました。
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こちらは民具資料館。明治から昭和にかけての日常生活道具などが展示されています。
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今度は島原城の一角に在る「西望記念館」を見学します。
現在の南島原市に生まれた彫刻家・北村西望の米寿を祝して、1972年に開館しました。 -
北村西望の代表作は長崎平和公園にある「平和祈念像」。構想用に沢山の試作品を作ったらしいのですが、これらもその試作品みたいです。
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島原城を出て武家屋敷通りを散策しました。
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何軒かの武家屋敷が公開されています。
ここは明治元年建築と伝わる山本邸。 -
武家屋敷街を後にして、江東寺に到着。
鉄筋コンクリート造りとしては日本最大、身の丈8.1mだそうです。 -
島原最後の観光は白土湖。
1792年に雲仙火山に付属する眉山崩壊でできた窪地に、大量の地下水が湧き出してできた湖。長崎県内唯一の非人造湖で、現在も大量の水が湧き出ているのだそうです。
この後ホテルに戻りました。
明日はフェリーに乗って大牟田まで移動して、炭鉱遺跡を見学します。別旅行記で纏めました。宜しければそちらもご覧下さい。
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