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山科駅から地下鉄東西線京都市役所で下車、京都市役所の北へ10分程の京都市中京区行願寺門前町に鎮座する西国十九番札所行願寺。<br />今回はこちらを掲載します。

革堂(こんどう)行願寺(ぎょうがんじ)

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2024/08/06 - 2024/08/06

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旅行記グループ 京都市内西国33所巡拝

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kimi shinさん

山科駅から地下鉄東西線京都市役所で下車、京都市役所の北へ10分程の京都市中京区行願寺門前町に鎮座する西国十九番札所行願寺。
今回はこちらを掲載します。

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
交通
3.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
JRローカル 私鉄 徒歩
  • 寺町通の一筋北に下御霊神社が鎮座します。<br />両脇を民家に挟まれる行願寺山門はどことなく窮屈そう。

    寺町通の一筋北に下御霊神社が鎮座します。
    両脇を民家に挟まれる行願寺山門はどことなく窮屈そう。

  • 門前左に西国十九番札所の石標と鎮宅霊符尊神の石標。<br />京都府内には11ケ所の西国札所があり、松尾寺、清水寺、成相寺は過去に訪れたが、今回市内の三寺巡るので6/11は巡拝する事になる。

    門前左に西国十九番札所の石標と鎮宅霊符尊神の石標。
    京都府内には11ケ所の西国札所があり、松尾寺、清水寺、成相寺は過去に訪れたが、今回市内の三寺巡るので6/11は巡拝する事になる。

  • 革堂(行願寺)解説。<br />「霊麀山行願寺と号する天台宗の寺院で、西国三十三所観音霊場の第十九番札所である。<br /> 寛弘元年(1004)に行円上人によって、一条小川(上京区)に創建された。<br />子を孕んだ母鹿を射止めてしまったことを悔いた上人が、常にその皮をまとって鹿を憐れみ、人々から皮聖と呼ばれていたことから、この寺も革堂と呼ばれるようになった。<br /> 以後、人々からの厚い信仰を受け、町堂として大いに栄えたが、度々の災火により寺地を転々とし、宝永5年(1708)の大火の後、この地に移された。<br />現在の本堂は、文化12年(1815)に建てられたもので、堂内には行円上人の作と伝わる本尊千手観音像を安置している。<br /> 境内には都七福神巡りの一つになっている寿老人神堂をはじめ、愛染堂、鎮宅霊符神堂、加茂明神塔などがある。<br />また、宝物館には、若い女性の幽霊が描かれた幽霊絵馬が展示されている。」 <br /><br />都七福神巡りとは、草創以来六百年を越える日本最古の 七福神信仰、室町時代の民間信仰として以下の七社寺を参詣し御利益をいただくもの。<br />1.寿老神 不老長寿 革堂(行願寺) 寺町通竹屋町上ル。<br />2.ゑびす神 商売繁盛 ゑびす神社 大和大路通四条下ル<br />3.大黒天 開運招福 妙円寺 松ヶ崎東町<br />4.毘沙門天 七福即生 東寺(教王護国寺) 南区九条町<br />5.福禄寿神 延寿福楽 赤山禅院 修学院赤山町<br />6.弁財天 福徳自在 六波羅蜜寺 東山区ロクロ町<br />7.布袋尊 諸縁吉祥 萬福寺 宇治市五ケ庄三番割

    革堂(行願寺)解説。
    「霊麀山行願寺と号する天台宗の寺院で、西国三十三所観音霊場の第十九番札所である。
     寛弘元年(1004)に行円上人によって、一条小川(上京区)に創建された。
    子を孕んだ母鹿を射止めてしまったことを悔いた上人が、常にその皮をまとって鹿を憐れみ、人々から皮聖と呼ばれていたことから、この寺も革堂と呼ばれるようになった。
     以後、人々からの厚い信仰を受け、町堂として大いに栄えたが、度々の災火により寺地を転々とし、宝永5年(1708)の大火の後、この地に移された。
    現在の本堂は、文化12年(1815)に建てられたもので、堂内には行円上人の作と伝わる本尊千手観音像を安置している。
     境内には都七福神巡りの一つになっている寿老人神堂をはじめ、愛染堂、鎮宅霊符神堂、加茂明神塔などがある。
    また、宝物館には、若い女性の幽霊が描かれた幽霊絵馬が展示されている。」

    都七福神巡りとは、草創以来六百年を越える日本最古の 七福神信仰、室町時代の民間信仰として以下の七社寺を参詣し御利益をいただくもの。
    1.寿老神 不老長寿 革堂(行願寺) 寺町通竹屋町上ル。
    2.ゑびす神 商売繁盛 ゑびす神社 大和大路通四条下ル
    3.大黒天 開運招福 妙円寺 松ヶ崎東町
    4.毘沙門天 七福即生 東寺(教王護国寺) 南区九条町
    5.福禄寿神 延寿福楽 赤山禅院 修学院赤山町
    6.弁財天 福徳自在 六波羅蜜寺 東山区ロクロ町
    7.布袋尊 諸縁吉祥 萬福寺 宇治市五ケ庄三番割

  • 山門から見る本堂。<br />行願寺は解説にあるように、寛弘元年(1004)、行円上人が一条小川の一条北辺堂跡地に堂を復興して行願寺と名付けたのが創建とされ、その始まりは更に遡る。<br />本尊は行円上人の作と伝わる千手観音像。<br />革堂の別称は、上人が殺めてしまった鹿の皮を身に纏っていた事から、人々から皮聖と呼ばれた事から革堂と呼ばれるようになったという。<br />寺は幾度かの焼失再興を繰り返し、宝永(1708)の宝永の大火後、寺町荒神口の旧地から現在地に移転した。<br />伽藍は写真の山門と正面の本堂、右に行願寺会館があり、この二階の展示室では、お文という子守女の幽霊絵馬を所蔵し、8月22日~24日の3日間に行われる幽霊絵馬供養の際に公開されます。<br />本堂左に手水舎、庫裏、愛染堂、寿老神神堂、鎮宅霊符神堂、鐘楼が主な伽藍。

    山門から見る本堂。
    行願寺は解説にあるように、寛弘元年(1004)、行円上人が一条小川の一条北辺堂跡地に堂を復興して行願寺と名付けたのが創建とされ、その始まりは更に遡る。
    本尊は行円上人の作と伝わる千手観音像。
    革堂の別称は、上人が殺めてしまった鹿の皮を身に纏っていた事から、人々から皮聖と呼ばれた事から革堂と呼ばれるようになったという。
    寺は幾度かの焼失再興を繰り返し、宝永(1708)の宝永の大火後、寺町荒神口の旧地から現在地に移転した。
    伽藍は写真の山門と正面の本堂、右に行願寺会館があり、この二階の展示室では、お文という子守女の幽霊絵馬を所蔵し、8月22日~24日の3日間に行われる幽霊絵馬供養の際に公開されます。
    本堂左に手水舎、庫裏、愛染堂、寿老神神堂、鎮宅霊符神堂、鐘楼が主な伽藍。

  • 参道左に天道大日如来と延命地蔵菩薩を安置する堂があります。<br />この時期の境内は鉢に生けられた蓮が並び、花の時期は終わりを迎えたころでした。

    参道左に天道大日如来と延命地蔵菩薩を安置する堂があります。
    この時期の境内は鉢に生けられた蓮が並び、花の時期は終わりを迎えたころでした。

  • 本堂と右手の行願寺会館。<br />入母屋瓦葺の平入の本堂は千鳥破風と唐破風が付くもので、兎毛通には鳳凰、蟇股の龍の透彫、木鼻にも装飾が施されていますが金網に覆われ写真に収めるのは諦める。

    本堂と右手の行願寺会館。
    入母屋瓦葺の平入の本堂は千鳥破風と唐破風が付くもので、兎毛通には鳳凰、蟇股の龍の透彫、木鼻にも装飾が施されていますが金網に覆われ写真に収めるのは諦める。

  • 香炉の獅子飾から本堂の眺め。<br />革堂観音と書かれた大きな提灯と、右手に「はなをみて いまはのぞみも かわどうの にはのちぐさもさかりなるらん」の御詠歌が掲げられています。

    香炉の獅子飾から本堂の眺め。
    革堂観音と書かれた大きな提灯と、右手に「はなをみて いまはのぞみも かわどうの にはのちぐさもさかりなるらん」の御詠歌が掲げられています。

  • 寺紋は丸に三つ楓のようです。

    寺紋は丸に三つ楓のようです。

  • 本堂右から本堂と庫裏方向の眺め、右手に寺守社が祀られ、外陣には賓頭盧尊者が安置されています。

    本堂右から本堂と庫裏方向の眺め、右手に寺守社が祀られ、外陣には賓頭盧尊者が安置されています。

  • 手水舎と火灯窓の付く愛染堂(右)。

    手水舎と火灯窓の付く愛染堂(右)。

  • 行願寺の不動明王。

    行願寺の不動明王。

  • 更に右には寿老神堂、七福神像、鐘楼、鎮宅霊符神堂に続く。

    更に右には寿老神堂、七福神像、鐘楼、鎮宅霊符神堂に続く。

  • 都七福神行願寺の寿老神。<br />中国の道教の神仙で、長寿を保つ玄鹿を従え、人々の難を払う団扇を持ち、長寿を授ける神。

    都七福神行願寺の寿老神。
    中国の道教の神仙で、長寿を保つ玄鹿を従え、人々の難を払う団扇を持ち、長寿を授ける神。

  • 七福神像。<br />蓮の蕾も幾つか残っていましたが、画面いっぱいの蓮の花は望めなかった。

    七福神像。
    蓮の蕾も幾つか残っていましたが、画面いっぱいの蓮の花は望めなかった。

  • 鎮宅霊符神堂。<br />鎮宅とはお守りやお札の元祖の神とされ、鎮宅霊符は太上秘法鎮宅霊符、鎮宅七十二道霊符などとも呼ばれる72種の護符で、この霊符を司る神、鎮宅霊符神を安置する堂。

    鎮宅霊符神堂。
    鎮宅とはお守りやお札の元祖の神とされ、鎮宅霊符は太上秘法鎮宅霊符、鎮宅七十二道霊符などとも呼ばれる72種の護符で、この霊符を司る神、鎮宅霊符神を安置する堂。

  • 鐘楼。<br />文化元年(1804)に再建されたもので、京都市の有形文化財に指定されているもので、梵鐘の池の間に天女が舞っています。

    鐘楼。
    文化元年(1804)に再建されたもので、京都市の有形文化財に指定されているもので、梵鐘の池の間に天女が舞っています。

  • 鐘楼左の二つの祠と宝篋印塔。

    鐘楼左の二つの祠と宝篋印塔。

  • 右手の祠には年代不明の素朴なディテールの地蔵尊像が安置されていました。

    右手の祠には年代不明の素朴なディテールの地蔵尊像が安置されていました。

  • 宝篋印塔から左に百体地蔵。<br />表情も良くわからない地蔵像が安置され、一部に頭部のない像も見られます。

    宝篋印塔から左に百体地蔵。
    表情も良くわからない地蔵像が安置され、一部に頭部のない像も見られます。

  • 加茂明神石塔と左の祠は出世辨財天。<br />五輪塔の水輪が四角く彫りこまれ、見た感じで高さは約3㍍程で鎌倉時代のものとも云われています。

    加茂明神石塔と左の祠は出世辨財天。
    五輪塔の水輪が四角く彫りこまれ、見た感じで高さは約3㍍程で鎌倉時代のものとも云われています。

  • 水輪の中を拝見すると不動明王が祀られていました。

    水輪の中を拝見すると不動明王が祀られていました。

  • 出世辨財天の祠の中に安置されている辨財天。<br />年代や由緒は不明。<br /><br />行願寺の年中行事は以下。<br />1/17・18 初観音御開帳<br />2/3 初午<br />3月・9月 彼岸供養<br />6/30 愛染明王大縁日<br />8/21-23 幽霊絵馬供養<br />毎月7日 都七福神縁日<br />毎月18日 観音縁日

    出世辨財天の祠の中に安置されている辨財天。
    年代や由緒は不明。

    行願寺の年中行事は以下。
    1/17・18 初観音御開帳
    2/3 初午
    3月・9月 彼岸供養
    6/30 愛染明王大縁日
    8/21-23 幽霊絵馬供養
    毎月7日 都七福神縁日
    毎月18日 観音縁日

  • 境内から山門前を横切る寺町通と真っすぐ西に伸びる竹屋町通りの眺め。<br />海外からの観光客が多い京都ですが、この辺りはさほど見かける事はなく、静かな京都の趣が漂います。<br />咲き遅れた一輪の蓮の花が参道脇に彩りを添えていました。

    境内から山門前を横切る寺町通と真っすぐ西に伸びる竹屋町通りの眺め。
    海外からの観光客が多い京都ですが、この辺りはさほど見かける事はなく、静かな京都の趣が漂います。
    咲き遅れた一輪の蓮の花が参道脇に彩りを添えていました。

  • これで4/11巡拝。<br /><br />革堂(こんどう)行願寺(ぎょうがんじ)<br />開山 / 行円<br />宗派 / 天台宗<br />山号 / 霊麀山<br />本尊 / 千手観音<br />創建 / 寛弘元(1004)<br />西国三十三所 / 十九番札所<br />所在地 / 京都市中京区寺町通竹屋町上ル行願寺門前町<br />参拝日 / 2024/08/06

    これで4/11巡拝。

    革堂(こんどう)行願寺(ぎょうがんじ)
    開山 / 行円
    宗派 / 天台宗
    山号 / 霊麀山
    本尊 / 千手観音
    創建 / 寛弘元(1004)
    西国三十三所 / 十九番札所
    所在地 / 京都市中京区寺町通竹屋町上ル行願寺門前町
    参拝日 / 2024/08/06

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