2025/04/04 - 2025/04/04
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satom4traさん
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数年前の当時奈良薬師寺の山田 法胤管主の出身が、この淡墨桜で有名な岐阜県本巣郡根尾村生まれであると日経の夕刊の記事で紹介されて、ずっと行ってみたい願望があった。
この淡墨桜を植えたのが継体天皇で、千5百年余の昔この根尾を離れるにあたり後の安閑天皇の産屋跡に植樹したとのこと。
阪急交通社が募集していたので、今年なら4日あたりが見ごろと判断したが、残念ながら満開ではなかった。
もう一つは谷汲山華厳寺に先に行ったが、西国33番札所で桜まつりが実施されていて、ここはほぼ満開で歴史のある古刹寺。
以下は文献より。
延喜17年(917年)には醍醐天皇によって「谷汲山」の山号と「華厳寺」の扁額が下賜されている。天慶7年(944年)には朱雀天皇によって鎮護国家の道場として勅願所に定められ、花王法皇、後白河法皇を始めとする歴史の皇室、朝廷からも帰依厚く、いにしえより観音信仰の霊験あらたかな名刹寺院として千二百余の歴史を誇る。
表紙の写真は淡墨桜を遠くからズームした。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 2.0
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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最初の谷汲山華厳寺の門前街の両サイドに桜がある。
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平日だがバスが4,5台ぐらいで商店も空き家が目立つ。店も売りに出している所もあった。
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寺は由緒あるところであるが、イマイチ賑わいがない
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揖斐川は木曽三川の1つでこの上流にダムがある
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石畳で歩きやすく後寺まで何丁と
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仏具屋の立派な店、あとは食堂が多い
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仁王門が見えてきた
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仁王門
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大きな草履は下記の意味が
西国三十三所満願の寺。平安初期、豊然上人と大口大領により開かれた。観音篤信であった大口大領は、京都の仏師に十一面観音立像を彫らせ、故郷の会津に持ち帰る途中で観音像が自ら草履を履いて歩き出し、美濃の地で動かなくなった。大口大領は、同地で修行をしていた豊然上人と出会い、協力して堂舎を建立して、観音像を安置した。 -
仁王門
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夜間には竹の中にLEDをともして幻想的な風景を醸す。
西国33か所の各寺が寄贈?かそれぞれの竹筒のそばに寺の名前の表札があった。 -
でっかいのが清水寺の竹の造形、次が長谷寺だった
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西国33か所の最後なので満願寺とも
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衆生の願い事を聞くことから観世音といい、すべての衆生を救済するため33の姿に変化するという。33か所の観世音菩薩を廻っての最後がここになる。
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歴史と風格が感じられる。日本人の心のふるさと観音信仰とか。
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治したいところに貼って祈る苔の水地蔵尊や商売の神様恵比寿大黒などもあった
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境内のしだれ桜
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移動して淡墨桜の根尾の場所に
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残念ながら老木は開花が遅いようでこのようにスカスカの感じ
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満開はまだ少し先だけどスカスカの感じが良く出ているが、これが遠くからカメラで引き寄せると不思議な光景に。
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2世の桜がすぐ横に
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2世の桜の方が開花が早い
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全体の感じで右が天然記念の桜、2世の桜は右の後ろで撮ってはいない
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正面に立つと西日がまともにカメラに入るので、休憩コーナーからだと建物の中なので日がさえぎられて逆光にならず、ズームで引き寄せるとかなり桜が咲いているように映った。
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後は夕食の場所関ケ原の近江牛の天満に移動
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2024.10.31から11.1のミステリーツアーで来ての2度目
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