2025/03/09 - 2025/03/09
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早春に、池袋駅西口界隈で、史跡や公園を散策しての映画鑑賞を思い立つ。
表紙の写真は、「自由学園明日館」、背景は池袋駅西口のビル群。
池袋は西口にも、そこそこ散策に向く場所は存在するよう。
池袋駅東口には良く行くが、西口周辺を歩いてみると、「駅袋」とは良く言ったもので、豊島区は駅周辺に人が流れる施策を怠っているように改めて感じる。
商業施設に限らず、名所、旧跡、公園などを散策する人が歩きやすい散策路の道標や案内板整備とか、池袋活性化のためにやるべきことが多いと感じた旅。
(東口にサンシャインシティが開業し半世紀近いが、大塚駅への道すらまだ迷路なので、区長が変わっても、西口から目白駅への散策路などスマホがなければルートファインディング能力が必要か。)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
最初の訪問は、西口のメトロポリタンプラザビル。8階までが池袋ルミネ(以前はメトロポリタンプラザ)の商業スペースで、8階レストラン街に映画館が2つ入居している。高層階はオフィス。
その映画館で先ず午後の座席予約を済ませて、写真も南西角の出入り口から出て、周辺散策に向かう。 -
メトロポリタンプラザビルの南西端の交差点向かい側には、「池袋」の地名発祥の地である弦巻川源流の湧水池跡が、元池袋史跡公園という名称の小公園になっている。
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公園の石碑には「池袋地名ゆかりの池」と書かれている。
さほど低い場所には見えないので、埋め立てられて消えたのか? -
次に、南西方向に進み、豊島区立郷土資料館に立ち寄る。
「としま産業振興プラザ IKE-Biz」という名の複合ビルの上にあって、入場無料。 -
展示内容は、昭和の時代の庶民の家庭の部屋を模した展示がメインの常設展示と、企画展示の2室と図書コーナーなど。
写真は、企画展示の豊島区の近代の歴史を分かり易く示した年表部分。 -
企画展示の豊島区の近代の歴史を分かり易く示した年表部分は、令和の現代までつづくが、ビジュアルもあって、自分が生きた時代が分かり易く、つい読んでしまう。
お役所なので和暦であるが、もっと西暦を併記した方が、若い人には理解しやすいのではないだろうか? -
豊島区立郷土資料館から南西方向に数百メートル進むと、豊島区立の「上り屋敷公園」がある。
「『お上(あが)り屋敷』とは江戸時代の狩場の休憩所のこと。」という。
台地の上は水利が悪く、畑作にも向かない原野で鷹狩などが行われていたのか? -
「上り屋敷公園」の南側、百メートルほどに「宮崎滔天旧宅」という史跡がある。
現在は、ご子孫が住まわれているようで、表札があるのみで、史跡の案内板はみあたらない。
宮崎 滔天(みやざき とうてん)は、1871年(明治3年)から 1922年(大正11年)に生きたとされる世界革命を目指し活動した近代日本の社会運動家とされ、ここの旧宅は1914年に中国の革命家・黄興の援助によって建てられたとされている。 -
これは豊島区立郷土資料館で展示されていた、池袋駅西口から目白駅にかけての1909年の地図。
宮崎 滔天旧宅が1914年に中国の革命家・黄興の援助によって建てられたものとすると、目白通り(清戸道)目白駅前の集落から離れた宮崎 滔天旧宅は、地図から5年後とはいえ相当に辺鄙な畑の中のような場所のように感じられる。
西武池袋線の前身の武蔵野鉄道は、1915年に池袋駅 - 飯能駅間を開業したので、まだ開通前である。。
豊島師範学校しかなかった池袋駅西口よりもましではあるが。 -
ここは南側に百メートルほど歩いた西武池袋線の踏切。
池袋駅方向を見ると、右側に見える土盛り部分が、かつて存在した「上り屋敷駅ホーム跡」のよう。
西武鉄道がまだ武蔵野鉄道と呼ばれていた1929年(昭和4年)に現在の池袋駅 -~椎名町駅間に開設されたという。駅名は、地名「上り屋敷」が採用されたらしい。
第二次世界大戦中の1945年(昭和20年)、戦況悪化を理由に営業が中止され、再開されることはなく、1953年(昭和28年)には正式に廃止されたらしい。
(山手線目白駅に徒歩圏内でもあるし) -
次は、すぐ近くの豊島区立の目白庭園を訪問。
1990年の開園という。元々、江戸時代に旗本の屋敷だったとか、明治時代に男爵の邸宅だったのを改修して開園したのかと思ったが、バブル経済期に計画して新規につくられたものらしい。相当に税金が投入されたのではないかと心配してしまう。
それほど凝った庭園を無料公開(集会所は有料)しているということ。常駐管理人を含む維持費も大変であろう。その割にPR下手なのか、知名度は低く、地元民以外の観光客は少ないのではなかろうか。 -
こちらが庭園にある集会所(有料)で、凝った作りの和風建築で、名前は近所で発刊された雑誌「赤い鳥」に因んだそう。
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集会所の名称は「赤鳥庵(せきちょうあん)」で、名前の由来は、知らない人が少ない歴史上の雑誌「赤い鳥」を発行した赤い鳥社兼鈴木三重吉の住居が近くにあったためとされる。
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庭園にはきれいな池があり、周囲の庭木も手入れが行き届いている。
花見時などは混むのであろうが、普段は静かな穴場。 -
庭園のすぐ南東側が、赤い鳥社と鈴木三重吉の旧宅(大正11~13年)跡とされ、案内板が建てられている。
ここはもう目白三丁目なので、僅かに南に行けば目白通りに出て、IR目白駅は指呼の間になる。今日は、池袋で映画を観るのがもう一つの目的なので、Uターンする。 -
鈴木三重吉の旧宅跡から北に上り屋敷まで戻り、東に行くとすぐに自由学園明日館がある。
1921年(大正10)に、私立の女学校として開校したとされる。
明治時代に比べれば、池袋駅西口も人家が増えたであろうが、生徒集めは大変だったのではなかろうか。 -
1934年に移転するまで使われた敷地に、建築家フランク・ロイド・ライト(中央棟と西棟)や、その弟子の遠藤新の設計による建物群が建ち、学校の移転後も自由学園が所有しているという。
国の重要文化財に指定されている自由学園明日館は、復元補修されて、見学できるようになっている。 -
明日館と道路を挟んで南側に自由学園講堂がある。
講堂(1927年竣工)は遠藤新の設計とされる。
こちらは見学できない。 -
再び、スタート地点の西口メトロポリタンビル入口に戻って、エレベータで8階に向かう。池袋ルミネ8階に、本日の映画館「シネリーブル池袋」がある。
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本日観る映画は、第97回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー映画賞を獲得した、
『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』。
休日で混みそうなので、午後3時過ぎなのに、午前中に予約席を確保した。
この作品は、イスラエル人とパレスチナ人、計4人の共同監督により、イスラエル軍の占領下にあるヨルダン川西岸地区で、パレスチナ人の村人たちが土地を追われる様子を2023年10月までの4年間にわたり記録したものとされる。
2024年以来、西のガザ地区での戦乱が毎日報道されているが、イスラエルを挟んで反対側東側のヨルダン川西岸地区がこの記録映画の撮影地で、パレスチナ人が、イスラエル軍や入植者などによって圧迫されている。
入植者に撃たれて死亡するパレスチナ人が象徴的であった。
アカデミー賞でも、作品賞や主演女優賞に比べて地味なので、満席ではなかった。 -
本日、歩いたのは、右上の池袋駅スタートで、弦巻川源流の元池袋史跡公園、豊島区立郷土資料館、上り屋敷公園、宮崎滔天旧宅、西武池袋線踏切(上り屋敷駅跡)、目白庭園、赤い鳥社跡、自由学園明日館、シネリーブル池袋で映画。
この地図は、豊島区立郷土資料館に展示されている地図の一部を借用。
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