2025/02/24 - 2025/02/24
434位(同エリア732件中)
しもつきさん
毎年恒例の冬の旅。
23年北部九州
24年南部九州
と順調に南に足を伸ばして、今年はさらに海を飛び越えて沖縄へ。
沖縄上陸は人生初。
モノレール以外の公共交通機関がバスしかない沖縄本島。
今回も路線バスを縦横無尽に活用して沖縄を満喫します。
沖縄漫遊最終日。
沖縄にはじめて行く時は必ず行こう、とずっと考えていた地へ今日は向かいます。
そして最後は那覇 国際通りで観光気分を満喫してから沖縄を跡にする、、、つもりが最後にまた一難。
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【2日目からのつづきです】
おはようございます。
今朝もどんよりしたお天気。
7:00過ぎにはホテルをチェックアウト。
いつもの旅行と違って今回は1日目2日目は朝食付きのお宿でしたけど、このお宿は素泊まりで。
通常運転な旅に戻った? -
日本最西県の沖縄の日の出は遅い。
コンデジの写りは明るめに見えますけど、まだまだ車のライトが輝くような明るさ。
那覇市役所。
一昨日今帰仁村で見た銀行もそうだったけど。沖縄にはデザイン性に富んだコンクリート造りやレンガ造りが多い。
台風銀座で風雨が激しいのと、本土と違って木造建材に適した木が育ちにくいのが理由らしい。
しかしこの建物、、、那覇市役所 名所・史跡
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某アニメの超時空要塞を連想してしまうのは私だけだろうか。。。
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ゆいレールの県庁前駅へ。
駅内にあるコインロッカーに、昨夜買い込んだお土産で更にオモくなったデカい荷物を預ける。県庁前駅 (沖縄県) 駅
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ホームからゆいレールに乗り、、、
沖縄都市モノレール 那覇空港ゆき
県庁前7:22→ -
次の旭橋駅で下車。
旭橋駅 駅
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旭橋駅は那覇バスターミナルに直結。
最終日もここからは「沖縄路線バス周遊パス」でバス旅へ。 -
酒豪伝説。。。
その上に「健康は絶対条件だから」ってそこはかとない矛盾感。 -
那覇バスターミナルは旭橋駅と連絡橋で直結した再開発地区「カフーナ旭橋」の施設の中にあります。
施設には県立図書館や商業施設、ハローワークなんかもあるそうな。
ただし祝日の7時台なんで人もまばら。カフーナ旭橋 百貨店・デパート
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1Fに降りるとバスターミナルの待合スペースがあり、
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その一角にはファミマが。
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今朝は昨日までと打って変わって朝食はコンビニ飯。
ちなみに沖縄の路線バス各社では車内での飲食は禁止されてます。
コンビニで買うは良いがどこで喰べよか。 -
お、ポーク玉子おにぎりが。
《ポークたまごおにぎりは、ポーク玉子(ポークランチョンミートと薄焼き卵)を具材にしたおにぎりである。沖縄県発祥の料理とされる。「ポーたま」の略称でも親しまれている。》(Wikipediaより) -
ポー玉おにぎりは沖縄でのみ売られている限定なおにぎり。
朝食はこれにしよ。 -
買い物してたら、喰べてる時間が無くなってしもた。。。
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最終日一発目のバスに乗り込みます。
今日は本島南部を目指す。
琉球バス交通 89糸満線[那覇西高校・小禄駅]糸満バスターミナルゆき
旭橋・那覇バスターミナル7:48→ -
恒例の最前席に鎮座。
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バスは那覇都心部から南下。
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見えてきたのは沖縄セルラースタジアム那覇(那覇市営奥武山野球場)。
明日までここで読売ジャイアンツが絶賛キャンプ中。
今日は私が応援している某チームとオープン戦がここで開催されるらしいですよ。
なんでも移籍してきたマーくん(田中将大投手)が今日先発するとか。
残念ながら本日も旅程びっしりで観戦とはいきませんが。沖縄セルラースタジアム那覇 名所・史跡
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都会的な那覇から、郊外住宅街へ。しかし民家が途切れるようなこともなくそのまま豊見城市を経て、糸満市に。
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やがて沖縄r256から右折して海が見えてくると、、、
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終点[糸満バスターミナル]に到着。
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糸満の街から離れてる海沿いの埋め立て地?みたいなところにあり、バスターミナルというよりも単なるバスの車庫、営業所のような感じ。
ちなみにここまで乗り通したのは私ともう一方の2人のみ。 -
もうバスターミナルの先には自動車教習所と海しかない立地。
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乗り換える次のバスまで8分程度。
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小雨降る中、バス乗り場のベンチで手早く朝食。
先ほど那覇バスターミナルのファミマで買った、ポー玉おにぎりを。
先程のファミマで沖縄限定という言葉に引かれて売られていたポー玉おにぎり6種類のうち5種類も買ってきてしまった。
唯一シーチキンマヨネーズ味は本土のファミマで売ってる「SPAMむすび ツナマヨネーズ」と味が近似してそうだったし、朝食にこの巨大なおむすび6個は多すぎと思い買わず。
まずは「ポーク天たまご」
デカい。。。喰いでがある。 -
最終日の今日もあいも変わらず時間になってもバスは来ず。
ここ始発のバス停のはずだが…。 -
2個目「にんじんしりしり」
人参とツナを油で炒めた料理「人参シリシリ」をサンド。
けっこう我が家の食卓にも出てくるような気がするけど沖縄料理だったの?
あと「人参シリシリ」って名前だと初めて知った。
しっかり値引きシール貼ってあるものをゲット。 -
旨し。
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まだバス来ず。
ちなみにさっきのバスに一緒に乗ってきたお方も同じバスに乗り換える予定なのか、所在なさげに周辺でウロウロしている。 -
3個目「チキナー」
「チキナー」とは、カラシナ(シマナー)を塩漬けにしたものだそうです。マグロフレークと合わせて炒めたものがサンドされている。 -
このポーたまシリーズは油系のおかずが多いね。
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4個目「油みそ」
油みそをごはんに添えて食べるのは沖縄のスタンダードだそうで、言うなれば海苔の佃煮みたいな感覚。または山国の名産エノキタケのなめ茸みたいな。 -
さすがに4個目まで行ったらおなかいっぱいになってきた。。。
残り1個あるのだがそれはカバンに入れたままにしておく。 -
ようやくバスキター、と思ったら乗るべきバスではなく、折り返しの那覇バスターミナルゆきだった。
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この時点で13分遅れ…。
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ようやく来ました。
折り返しの便が遅れていたようです。
しかし朝の8時の時点でこんなに遅れてたら、このあとこの便の折り返し便、更にその折り返し便、、、って日中どんどん遅れ大きくなっていくんじゃ。。。
琉球バス交通 82玉泉洞糸満線[平和祈念公園・具志頭]玉泉洞駐車場ゆき
糸満バスターミナル8:40(から14分遅れ)→ -
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先ほどとはうって変わって長閑な農村地帯に。
しかし80年前、このあたり本島南部は沖縄戦最後の戦場だった。 -
ざわわ ざわわ ざわわ 風が通りぬけるだけ
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[平和祈念堂入口]にて下車。
沖縄県営平和祈念公園へやってきました。
初めて沖縄へ行く際は必ず摩文仁に行きたい、とずっと思っていたのです。 -
あ、バス停の脇の塀に石敢當が。
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「平和祈念公園」
糸満市摩文仁を中心に東風平町の一部、具志頭村の一部及びこれらの地先海域を含めた5,059ha(陸地3,127ha、海域1,932ha)に及ぶ沖縄戦跡国定公園の区域のうち、沖縄戦の終焉の地 摩文仁の台地にある公園。
摩文仁は沖縄戦で日本陸軍第32軍が首里より撤退して司令部を移した場所。
沖縄本島南部(島尻)の海岸線であり、背後は30~40mの断崖が海に落ち込んでいて、まさしく「後がない」場所。沖縄県営平和祈念公園 公園・植物園
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「沖縄平和祈念堂」を仰ぐ。
全世界の人種、国家、信教の全てを超越した平和祈念のシンボル。
今日も脚が痛いので、階段を上がって塔まで近づいていく気力がございません。。。平和祈念堂 名所・史跡
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時計塔と奥に見えるのは「平和の丘」。
その間に式典広場。毎年6月23日に沖縄全戦没者追悼式が行われている。 -
公園をさらに奥に進む。
「平和の礎(いしじ)」が見えてきます。 -
沖縄戦で亡くなられた一人ひとりの氏名を国籍・軍人・民間人を問わず刻銘する慰霊碑「平和の礎」
なお沖縄県出身者は太平洋戦争で亡くなられたすべての方が刻銘の対象。 -
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礎を取り囲むように植えられた桜並木。
つぼみも膨らんでるから、開花までもう少しか。 -
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半円形に配置された「平和の礎」のその真ん中にある「平和の広場」
その中心にある「平和の火」
《この「平和の火」は、沖縄戦最初の上陸地である座間味村阿嘉島において採取した火と被爆地広島市の「平和の灯」及び長崎市の「誓いの火」から分けていただいた火を合火し、1991年から灯し続けた火を、1995年6月23日の「慰霊の日」にここに移し、灯したものです。》(「県営平和祈念公園」公式サイトより) -
「平和の広場」の先は海。
太平洋を望む。 -
見下ろしてみると断崖絶壁。
文字通り「後がない」場所。
きっと海もアメリカ軍の艦艇で埋め尽くされ、陸海ともに完全に包囲された状態だっただろう。 -
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追い詰められて、もはや完全包囲された最後の陣地。
抜け出せる場所もなく、日本の将兵は「戦陣訓」などの教えにより投降も許されない。
最期に至って行く日々をこの地で、今の私よりほとんど若かったであろう将兵たちはどの様に感じていたのだろう。 -
そして、巻き込まれた沖縄の住民。
戦場になった沖縄中南部から多くの住民が軍とともにこの地に避難していた。
人口14,000のこの島尻南部に将兵30,000人と民間人100,000人が逃げ込んできたという。
まだ、戦うことに使命とモチベーションを保つことができた将兵と違い、巻き添えとなった住民の気持ちはどんなものだったのか。
沖縄の民間人犠牲者は94,000人。沖縄で犠牲になった将兵とほぼ同数。 -
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「平和の礎」には敵味方関係なく沖縄戦没者の名が刻まれている。
この地で命を落とし、この地に名が刻まれている事にその人たちはなにを思うのだろうか。 -
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「平和祈念公園」の奥のエリアは「霊域ゾーン」とされ「国立沖縄戦没者墓苑」をはじめ各都道府県、各種団体の慰霊碑などが置かれたエリア。
このエリアに32の都道府県が慰霊碑を設置していますが、ここ以外の沖縄県内に設置している都道府県もあるそうです。
ちなみに京都府の慰霊碑は昨日行った嘉数高台公園にありました。
せっかくなので地元山国の英霊に御挨拶したい。 -
「英霊に水を捧げる記念碑」
《兵庫県 新宮町長辺利夫氏は昭和 四十二年沖繩の戦跡を巡拝し激戦の当時としのんで英霊に水と捧げる悲願とたて兵庫県簡易水道協会の協賛のに「英霊に水を棒げる会」を組織し南方同胞援護会 全國知事会 市長会 町村会 全國簡易水道協議会 日本遺族会等の賛同を得て広く浄助と募り琉球政府等の協力のもと五九の霊域に給水施設を完成した
ここにその義挙をたたえ碑を建て「寄附者名簿」と奉納する》(石碑の碑文より)
こういう義慈の心から行う行動は尊いと思う。 -
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「国立沖縄戦没者墓苑」
《沖縄戦では軍民あわせて18万人を超える人々の生命が失われた。これら戦没者の遺骨収集は戦後いちはやく地域住民によって始められ、それぞれの地域で納骨堂や慰霊塔が造られ遺骨を納めていたが 昭和32年には日本政府が当時の琉球政府に委託し那覇市識名に戦没者中央納骨所を建設した。しかし、納骨数が増えるにつれて中央納骨所が手狭になったため、沖縄戦で戦没した人々を追悼する国立の施設として、昭和54年にこの墓苑が開設され、遺骨も中央納骨所から転骨された。
参拝所の屋根は沖縄の在来赤瓦を使い、納骨堂には沖縄産の琉球トラバーチン石1000個が古来の方法で積み上げられている。正面からみる建物は、沖縄の空と海の青さの中に見事なコントラストを見せ、その静かなたたずまいは悲惨な戦争により犠牲になった人々の御霊が安らかに眠るにふさわしい。》(県営平和祈念公園公式サイトより) -
今はただ、ただ、安らかに。
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さらに「霊域ゾーン」の最も奥のエリアまで進むと、
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「信濃の塔」
地元の英霊を祀る慰霊碑がありました。 -
各慰霊碑の入口にはこの様に案内板が設置してあります。
ここには沖縄だけでなく各戦場で犠牲になられた55,405柱が祀られていると。
こうして見ると中部南太平洋諸地域戦没者21,811柱という数字も目を引きます。 -
山国の出身者なら誰でも口ずさめる県歌「信濃の国」の歌碑も。
沖縄や中部南太平洋と、故郷遠く離れた地でなにを思って、亡くなられていったのだろうか。 -
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本当は、さらにこの奥の園内最奥の丘の上に沖縄守備を任じられた第32軍司令官 牛島満大将、参謀長 長勇中将を祀る「黎明の塔」が、牛島司令官が最期自決した司令部壕跡の上に建ってるのだけど、相変わらずの脚の痛みで、階段を上がって行く勇気が無く。
引き返す事にいたします。 -
幸い公園内を園内バスが巡っており、これに乗ればラクに戻れる。
ちょうど時刻表のタイミング。 -
キター、、、ってバスっていってもカートなのね。。。
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満員の人を乗せたカートは、目の前を華麗にスルー…。
いや、乗せて欲しいんだけど。。。
「乗りますか?」との声かけも無く。
そもそも停車すらせず。 -
置いてけぼり。
あまりの事に一瞬ポカーンとしてしまった。
その後、絶望感に苛まれる。
ま、人生なんてこんなもん。。。
痛い脚を引き摺り広い園内を戻る。 -
だいぶ戻ってきました。
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丘上の「霊域ゾーン」から式典広場の方へ降りてくるとあるのが「島守の塔」
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沖縄戦で殉職した沖縄県知事 島田叡と県職員453名を祀る慰霊塔。
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島田知事はアメリカ軍上陸のわずか2ヶ月前の1945年(昭和20)1月31日に沖縄に着任(戦前の県知事職は任命制)。第32軍と協力しながら内政指揮を取るも、最期は6月26日この地で自害した、と言われている。
遺骨は見つかっていない。
沖縄戦史上の人物なので、沖縄戦を取り上げた作品などにも出てきて(岡本喜八監督「激動の昭和史 沖縄決戦」では若き日の神山繁が演じていた)元より知っている人物だが、驚いたのは43歳で亡くなっているといこと。
自分とほぼ同年代。
果たして自分が同じ立場に立たされたら、何ができるのだろうか…。 -
最後に毎年6月23日の慰霊の日に沖縄全戦没者追悼式が行われる「式典広場」へ。
すごく広い広場だけど慰霊の日にはここが参列者で埋め尽くされている映像を毎年目にする。
6月23日は第32軍 牛島司令官と長参謀長が自決し、全軍の組織的戦闘が終結したとされる日。 -
広場の先には「平和の丘」モニュメント。
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《全体は地下と地上の二重構造で、当時、住民たちが逃げ込んだ洞窟「ガマ」を地下部分に「再現」し、地下の奥まったところで天井部分が開け、「平和の光」(自然光)が差し込む構造になっている》(「県営平和祈念公園」公式サイトより)
今回見ることはできなかったけど、先ほどの断崖の下やこの公園の周囲には沖縄戦時に将兵や住民が立て籠り、避難したガマがたくさんあるらしい。
攻撃するアメリカ軍はその一つ一つに手榴弾を投げ込み、火炎放射器で放火してガマを制圧していったという。
また、ガマに避難してきた住民を軍が追い払う、自決を強要するという悲劇も。
今、楽しく旅している沖縄のこの地で80年前、本当にあった事。 -
公園を出て帰りのバスを待つ。
正味2時間の滞在だったがいろいろ感ずる事のある2時間だった。
2月の平和祈念公園は人も少なく、園内が広いこともあって静かな雰囲気だったけど、それ故にいろんなことに想い巡らせながら廻ることができた。
今回時間の都合や脚の痛みで立ち寄れなかった沖縄平和祈念資料館や黎明の塔も改めてきちんと訪れたいな。 -
帰りは単純に来たルートを戻らず、乗ってきたバスと同じ行先のバスに乗ります。
琉球バス交通 82玉泉洞糸満線[平和祈念公園・具志頭]玉泉洞駐車場ゆき
平和祈念堂入口10:56(から17分遅れ)→ -
12分ほど乗り[玻名城入口]というバス停で降りて乗り換え。
この時間は曇り空ながらお天気持ってます。
雨の中、平和祈念公園を廻るような事にならなくて良かった。 -
ここのバス停からは那覇直行のバスに乗れます。
ちなみにこの地帯は那覇空港への着陸ルートのようで平和祈念公園にいたあたりから頭上をバンバン飛行機が飛んでる。 -
琉球バス交通 50百名線[東風平・開南]那覇バスターミナルゆき
玻名城入口11:15(から19分遅れ)→
さっきのバスが遅れてて、乗り換え間に合わないかと思ったけど、こっちのバスも順調?に遅れてて良かった。。。 -
行きの豊見城市、糸満市の海沿いルートではなく、内陸を一気に突っ切るルートを走るバス。
それでも那覇まで1時間程度かかりました。
早起き効果か車内では爆睡。
終点の[那覇バスターミナル]で下車。 -
1日目でも触れましたが、那覇バスターミナルは戦前運行されていた沖縄県営鉄道の那覇駅の跡地にあります。
バスターミナルの一角に県営鉄道のモニュメントとして転車台の遺構が残ってます。 -
煉瓦造りの転車台の遺構。
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往時の転車台を再現したモニュメントも。
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那覇バスターミナルから1.4kmほど移動。波の上ビーチにやってきました。
那覇市内唯一の海水浴場との事ですが、さすがに2月は泳げません。
しかし街のすぐ近くにこんなビーチあるなんて良いなぁ。
海なし県の山国人はとかく海に憧れる。波の上ビーチ ビーチ
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ちなみにWikipediaで「波の上ビーチ」を検索したら、
《那覇市唯一の海水浴場であり、那覇空港から車で15分というところに位置し、都市型ビーチとして、沖縄へ来た観光客の「最後の観光地」ともなっている。》
って書かれていた。
まさしく旅の最終日に来てしまった。 -
目の前の道路橋が目障りですけど、それはそれで都市型ビーチっぽい。
ちなみに左手の海に突き出た樹木が茂る崖の上には波上宮があります。 -
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ちなみに、那覇バスターミナルから1.4kmの距離、脚痛いのにどうやって来たかというと、電動キックボードをシェアレンタル。
ラクチンだけど所詮こんなタイヤ(ローラー?)なんでアスファルトや石畳みはゴロゴロ乗り心地がちょっと。
あと公道で車の横を走るのは怖かった。
さらに返却できるスポットがなかなか無いのと、やっと返却スポットに着いたら返却枠が埋まってるという理由で返却出来なかったのも不便。
でも気軽に乗れて移動もできて便利でもありました。 -
なんか配信中?
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波の上ビーチの隣の波上宮へ。
波上宮は琉球王朝時代に特例の待遇を受けた「琉球八社」の筆頭。本土の旧令制国に倣った琉球国新一之宮に認定される。
左の方々は貸衣装かな?
すごくインバウンドさんが多いです。
こういう神社の場合、鳥居を通る際に一礼するかしないかでだいたい想像つきます。波上宮 寺・神社・教会
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神社といってもやっぱりマルチカルチャラルな外観な気がする。
これは普段本州に住んで、本州の神社しか観てないからそう思うのだろう。
沖縄の人からすればこれがスタンダードなんだろうけど。 -
鳥居越しの那覇の街並み。
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電動キックボードで国際通りへ向かい、ボードは返却。
人でごった返す国際通りを電動キックボードで走るのはチト恥ずかしかった。。。
時間はもう14時過ぎ。
腹も減ったし、お土産も買いたいしで、ドン・キホーテ国際通り店横の市場本通り商店街へ。市場本通り 市場・商店街
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人人人。。。
インバウンドさん非常に多し。
途中のお店で沖縄土産のド定番なオリオンビールのロゴTシャツ購入。 -
商店街の奥の牧志公設市場へ。
かつては第一、第二とあったらしいけど現在はこの第一市場のみとの事。
「市民の台所」だそうですが中はインバウンドさんでいっぱい。 -
2階に上がり、食堂で最後の沖縄メシを。。。
一軒目の店は満席と断られ、ちょうど客が立ち上がったのが見えた二軒目のお店へ。がんじゅう堂 グルメ・レストラン
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最後も沖縄らしい料理を喰べたい。。。
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最後のオリオンドラフト。
今夜帰宅するのに駅からマイカー運転するけど、まだ8時間近くインターバルあるから大丈夫でしょ。 -
沖縄そばとジューシー。
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最後の沖縄そばか。。。
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さらにソーメンちゃんぷるー。
名護ではふーちゃんぷるー喰べたので、ソーメンちゃんぷるーも喰べたかったのです。
どちらも本州ではなかなかお目にかからない。 -
ジューシーは何気に今回の旅行中初めてかも。
最初にして最後になったけど。 -
最後に、もずくの天ぷら。
というか、店員さんオーダー忘れてて、催促したら他の料理終わった頃に出て来た。
そのためにもう1杯オリオンドラフト頼むハメに。
焼き立てで出てきて、お好み焼きみたいだ。 -
いやーまたしても最後の最後に喰ってしまったな。。。
ビールお代わりは余計だった。
ふらつき歩く。 -
酔い覚まし?にブルーシールアイスを。
マンゴー、島パインココナッツのダブル。ブルーシールパーラー 水原店 グルメ・レストラン
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著作権とか大丈夫なん?
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国際通りに戻ってきました。
はぁーそろそろ帰路に着く時間ですかぁ。国際通り 名所・史跡
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国際通りを北東へぶらぶら歩いて、、、
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ゆいレールの牧志駅へ。
牧志駅 駅
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改札窓口の上にもシーサー。
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那覇の街ともお別れですね。
沖縄都市モノレール 那覇空港ゆき
牧志15:35→ -
一旦2駅先の県庁前駅で下車。
朝コインロッカーに預けたままのデケー荷物回収に行きます。
かの様にホーム柵から乗り出して写真撮ってたら、駅員さんに放送で「身を乗り出さないでください!」と叱られてしまった。
ごめんなさい。県庁前駅 (沖縄県) 駅
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県庁前駅の改札内自販機にて。
本土では見ない沖縄バヤリースのドリンク。
4種全てお土産で買ってしまった。。。 -
ソルティシークヮーサー味はその場で飲用。
歩き疲れた身体に沁みる。 -
今度こそ本当に街にお別れ。
沖縄都市モノレール 那覇空港ゆき
県庁前15:50→ -
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次はいつ沖縄に来られるだろうか。。。
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ゆいレールからよく見える沖縄セルラースタジアム那覇。
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あー今日、沖縄セルラースタジアムでワタシの応援するマリンなチームと読売ジャイアンツがオープン戦やるんだったな。
田中マーくん先発のはずだけどどうだったのかな?
(結果は、田中将大は初回無安打無失点の投球。ただし試合は0-2で千葉ロッテが勝利) -
あの奥の市松模様の物体は何?
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その場でググってみるに、赤嶺配水池という配水タンクとの事。
赤白の市松模様に塗装されているのは、昼間障害標識という航空法および同法施行規則に定められた航空保安施設を兼ねてるから。
要するに飛行機衝突防止の標識。ちなみに東京タワーが同じ配色なのも同様の理由だそうです。 -
そんなこんなで那覇空港駅に到着。
那覇空港駅 駅
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デカくてオモい荷物担いで連絡橋を渡って那覇空港のターミナルビルへ。
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早く改修工事終わらせてください、、、
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三連休最終日の17時前ということもありターミナルビルは大混雑。
那覇空港 空港
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ターミナルの店舗で最後の土産物も買い込み、カードラウンジでひと息。
ラウンジ華 空港ラウンジ
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しかし羽田と違い、狭い那覇空港のカードラウンジは大混雑で座る席を探すのもやっと。
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ではでは、保安検査を突破しましょう。
今回は、昨夜脚痛対策でドラッグストアで買ったテーピングを切るために、ホテル下のコンビニで買ったハサミが持ち込み禁止品ということでボッシユーされました。 -
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またんめんそーれ。
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旅行中幾度となく喉を潤したさんぴん茶も最後の1本。
ちなみにお土産にさんぴん茶の茶葉買いました。 -
ここで、実を言うと不安に思っていることが。
今回の旅行、一年前から計画していて楽◯トラベルで飛行機チケットも早々に手配してたんですよね。
しかしその後、秋冬の航空ダイヤ決定時に予約時の旅程より帰り便の時刻が遅くなり、ちょっと東京での山国ゆきの新幹線との乗り継ぎがヤバくなってきたんです。
なんせ普段飛行機乗り慣れてないんで飛行機に時間変更はつきものってことを理解してませんでした。
しかも当日になっても更に時間変更するって言う。。。 -
まぁ焦っても仕方がない、、、と言いつつ焦りが収まらない。
新幹線乗り遅れたら帰れないので。
明日仕事だし。 -
折り返し飛行機の機内整備が終わらないのか、なかなか搭乗開始にならず、、、焦る。
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うわーん、うーん…。
まぁ西から東への飛行はジェット気流に乗るから速いって言うし間に合うでしょ、、、多分。
焦る。 -
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ようやく搭乗開始。
もう出発時間まで23分しか無いけど、定刻に出れるの?、、、焦る。 -
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アサインされた席は翼より前の右窓側。
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三連休最終日の夕方羽田ゆき。当然の如く満席です。
まだまだ続々乗り込んでくる。
この時点で定刻から5分押し、、、焦る。 -
まぁしょーがないんですよね。
しょーがないんですよ。
それでも、焦る気持ち抑えられず。。。
モノレール乗り遅れたら、タクシーで羽田空港から東京駅まで飛ばしたらどのくらいで着くんだろう、とか益体もないことを考える。 -
帰りの機体は全席タブレットモニター装備。
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モニターでは前方カメラ映像が見れます。
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現在位置も。
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更にはメディアプログラム。
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ニュースチャンネル。
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ドラマチャンネルまで。
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既に外も真っ暗なんでモニターは暇つぶしに持ってこい。
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ようやくドアクローズして移動開始。
この時点で既に定刻より30分以上の遅れ。
ANA474 東京(羽田)ゆき
沖縄(那覇)18:40→
(定刻より遅れ) -
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離陸!
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さよなら那覇(哀)。
さよなら沖縄(哀)。 -
さすがに飛び立った以上はどうしようもなし。
あとはひたすら早く着いて間に合うことを祈るのみ。
焦る気持ちをなだめつつ、メディアプログラムのドラマチャンネルで帰りもゴローさんでも観る。 -
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一話見終わったところで飛行機は東京湾の入口に。
やはり西から東ゆきは早い。 -
房総半島上空で大きくターン。
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もう間も無く着陸。
前方カメラも着陸すべき滑走路を捉えている。 -
無事着陸後、降機してから全力で早歩き!
脚が痛くてダッシュはできません。。。
荷物は預けてないので、真っ直ぐに速やかに東京モノレールへ。
モノレールに乗り込むまで写真撮る余裕も無く。
滑り込み乗り込み後ようやく一枚。東京モノレール 乗り物
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東京モノレール モノレール浜松町ゆき
羽田空港第2ターミナル21:26→
なんとか最終新幹線に接続するモノレールに間に合った安堵感からぐったり。 -
行きの空港快速と違って帰りのこの列車は各駅停車なので結構な時間かかります。
25分で浜松町へ。 -
浜松町でも忙しく乗り換えて山手線へ。
山手線内回り 2104G
浜松町21:53→JR山手線 乗り物
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東京に着きました。
東京駅 駅
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新幹線22番線に上がるとちょうど最終の山国ゆきの新幹線が入線。
あ~これで帰れるぅ~。 -
腹減りなんで何か買いたかったのだけど、さすがの東京駅も最終のこの時間ではキオスクも開いておらず。
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早く乗せてくれー。
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帰りはゴーカにグリーン車です。
多分疲れるだろうし、最後はゆったり座って帰りたいと思って買っておいたのです。
ま、「えきねっと」で購入した「トクだ値30」で30%引きですけど。
朝食べ残したポー玉おにぎり「明太マヨネーズ」をようやくここで喰べて腹減りを慰める。 -
北陸新幹線あさま633 長野ゆき
東京22:08→
最終の新幹線です。
出発後はフルリクライニングして爆睡。
高い金払った甲斐あってグリーン席のフルリクライニングは快適。
三連休最終日とは言えさすがに最終列車のグリーン車はガラガラで行きとは異なり気を遣う必要もなくリクライニングMAXできました。 -
気づいたらあっという間に終着駅の地元山国のターミナル駅。
今回も長い旅が終わりました。長野駅 (JR東日本) 駅
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日付が変わる直前の山国ターミナルの駅前は人気もなく。
旅の終わりは寂しいもの。 -
山国の只今の気温-3℃。
気温差で改めて感じる日本の広さ。
山国は多分もう一回くらい降雪があるだろう時期。
しかし名護ではもう桜が終わってた。
今回の旅はいろんなものが見れた。
そしていろんなことを感じ考える旅だった。
次の旅も実り大きい旅になればいいな。 -
いやいや帰りましょ。
明日(というかもう今日だけど)仕事だし。幸い今週は遅番だけど。
暖気最大でフロントガラスの凍結氷が溶けるの待ってから、帰宅するべく車を走らせたのでした。
【完】
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