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ベルリンに来て、久方ぶりに連日音楽を浴びている。新しい奏者や作曲家に出会って、新たな楽しみも見いだせている。<br />今夜はベルリンフィルなので、その振り返りになります。<br /><br />今回はペトレンコさんが降板、3週間の療養とのことなので残念がってばかりもいられない、しっかり休まれて欲しい。<br />それにブログに書いたように前回も3公演中2公演が降板であった。マゼール→ビシュコフ、ヤンソンス→ドゥダメルとなったが、降板したお2人ともこの直後に亡くなってしまわれた。<br /><br />この10年ほどで親しんできた指揮者が多く逝去された。<br />サヴァリッシュ/ディヴィス2013年、アバド/マゼール14年、マズア15年、ブーレーズ16年、スクロヴァチェフスキ17年、ロジェストヴェンスキー18年、プレヴィン/ヤンソンス19年、ハイティンク21年、テミルカーノフ23年という具合。<br /><br />たまに涙目でこちらを見返しているのだけど、ヤンソンスさんはパリでのマーラーが自分にはイマイチだったので、いつかもう一度聴いてみたいと思っていたが、かなわなくなってしまった。<br />https://www.facebook.com/watch/?ref=saved&amp;v=10153850764852232<br /><br />こちらに書いた、ラトルさんとベルリンフィルを相手に達者にピアノ協奏曲を弾いたバレンボイムさんも今はだいぶ弱ってしまい、先日病気の発表をされていた。<br />やはりコンサートは一期一会。今日の後任指揮者デイヴィッド ロバートソンさんのベートーヴェンも存分に味わいたい。<br /><br />ーーーーーーーーーーーーーーー<br />オーケストラ演奏に惹かれ、海外の演奏会に足を運ぶきっかけとなった原体験のようなコンサートは1989年2月のジュリーニ指揮ベルリンフィルの演奏であった。<br />この時の冬、ベルリンフィルを聴きたいがために、まだ壁があった時代のベルリンを苦労して訪れ、チケットを奇しくも手に入れた。この半年後にベルリンの壁が崩れるとは思いもよらなかった。<br /><br />コンサートの演目はカルロ・マリア・ジュリーニ(Carlo Maria Giulini)指揮によるベートーヴェンの第九である。この演奏の第3楽章を聴いて、言葉には言い表せないほどの感動を覚えた。<br />● 当時のベルリンフィル当日券入手の苦労<br />● 苦労してたどりついた西ベルリンのフィルハーモニー<br />● ジュリーニが指揮するベートーヴェンの第九<br />● ベルリンフィルハーモニーを四半世紀ぶりに再訪<br />・ビシュコフさんの絶品中の絶品、シューベルトのグレート<br />・ドゥダメルさんの天井が落ちるかと思う爆演のマーラー3番<br />・シーズン千秋楽で常任指揮者ラトルさんのメタモルフォーゼン<br /><br />その時は半年あまり後にベルリンの壁がなくなるとはみじんも思わなかった。ベルリンが東西に分かれていた最後の年である。列車は当時西ベルリンの主要駅であったツォー駅(動物園駅)に朝6:30に到着した。早朝のベルリンの町を徒歩で宿を探し求め、見つけた宿のオーナーにベルリンフィルの残席チケットの買い方を尋ねた。<br /><br />「だいぶ前に売切れだと思うけど、あとはコンサート会場に行くしかない」と言われ、11:00ぐらいにベルリンフィルハーモニー行く。ホールの扉は堅く閉まっている。そばにいた警備の方に伺うと、15:30からチケット窓口が開くので、そこに並べと場所を指さされた。このガードマン氏は、驚くことに和独辞典を手にしていた。日本人の海外旅行熱は今とは雲泥の差で、そういう時代だったのだ。そういえば、当時ミュンヘンオペラに行った際にも、スタッフから日本語で話しかけられて驚いたことがあった。<br /><br />それで10分ほどホール付近をうろうろしていると日本語を話せる館内スタッフが出てこられ「今日はチケット入手は無理だと思う。だから開演1時間半前(18:30)に来てみてください。」と言われた。<br />それで、手持ち無沙汰なので壁伝いに歩いているうちにブランデンブルク門まで来てしまった。ベルリンの壁があった当時のベルリンフィルハーモニーは西ベルリンの果てに立地していたので、ホールのすぐそこにベルリンの壁がある。門の前では映画のロケをやっており西側は平穏そのものだった。しかし、壁とブランデンブルグ門のコントラストは寒々と感じた。<br /><br />そして、ブランデンブルク門を横目にしてティーアガルテン(Gro&#223;er Tiergarten)内を散歩する。ソビエト戦争記念碑(Sowjetisches Ehrenmal im Tiergarten)の前には西ベルリンなのにソ連の衛兵とおぼしき人が立っていた。<br /><br />次に国立図書館などをひやかした後、念のため15:30にフィルハーモニーに戻った。「開演一時間前来なさい」と言われたものの、既に何人かが並んでおり51.5DM(当時80円/DM)の最高額のチケットが、なんとまだ残っていると言う話であった。そこで、一念発起して翌日予定していたオペラ観劇も断念して、翌日券ともども2夜のベルリンフィルの公演チケットを入手した。<br /><br />詳細はコチラから↓<br />https://jtaniguchi.com/giulini-berlin-philharmonic-orchestra/

ジュリーニの振るベルリンフィルの第九から始まったオーケストラ探訪

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2025/02/01 - 2025/02/02

162位(同エリア2526件中)

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ごーふぁー

ごーふぁーさん

ベルリンに来て、久方ぶりに連日音楽を浴びている。新しい奏者や作曲家に出会って、新たな楽しみも見いだせている。
今夜はベルリンフィルなので、その振り返りになります。

今回はペトレンコさんが降板、3週間の療養とのことなので残念がってばかりもいられない、しっかり休まれて欲しい。
それにブログに書いたように前回も3公演中2公演が降板であった。マゼール→ビシュコフ、ヤンソンス→ドゥダメルとなったが、降板したお2人ともこの直後に亡くなってしまわれた。

この10年ほどで親しんできた指揮者が多く逝去された。
サヴァリッシュ/ディヴィス2013年、アバド/マゼール14年、マズア15年、ブーレーズ16年、スクロヴァチェフスキ17年、ロジェストヴェンスキー18年、プレヴィン/ヤンソンス19年、ハイティンク21年、テミルカーノフ23年という具合。

たまに涙目でこちらを見返しているのだけど、ヤンソンスさんはパリでのマーラーが自分にはイマイチだったので、いつかもう一度聴いてみたいと思っていたが、かなわなくなってしまった。
https://www.facebook.com/watch/?ref=saved&v=10153850764852232

こちらに書いた、ラトルさんとベルリンフィルを相手に達者にピアノ協奏曲を弾いたバレンボイムさんも今はだいぶ弱ってしまい、先日病気の発表をされていた。
やはりコンサートは一期一会。今日の後任指揮者デイヴィッド ロバートソンさんのベートーヴェンも存分に味わいたい。

ーーーーーーーーーーーーーーー
オーケストラ演奏に惹かれ、海外の演奏会に足を運ぶきっかけとなった原体験のようなコンサートは1989年2月のジュリーニ指揮ベルリンフィルの演奏であった。
この時の冬、ベルリンフィルを聴きたいがために、まだ壁があった時代のベルリンを苦労して訪れ、チケットを奇しくも手に入れた。この半年後にベルリンの壁が崩れるとは思いもよらなかった。

コンサートの演目はカルロ・マリア・ジュリーニ(Carlo Maria Giulini)指揮によるベートーヴェンの第九である。この演奏の第3楽章を聴いて、言葉には言い表せないほどの感動を覚えた。
● 当時のベルリンフィル当日券入手の苦労
● 苦労してたどりついた西ベルリンのフィルハーモニー
● ジュリーニが指揮するベートーヴェンの第九
● ベルリンフィルハーモニーを四半世紀ぶりに再訪
・ビシュコフさんの絶品中の絶品、シューベルトのグレート
・ドゥダメルさんの天井が落ちるかと思う爆演のマーラー3番
・シーズン千秋楽で常任指揮者ラトルさんのメタモルフォーゼン

その時は半年あまり後にベルリンの壁がなくなるとはみじんも思わなかった。ベルリンが東西に分かれていた最後の年である。列車は当時西ベルリンの主要駅であったツォー駅(動物園駅)に朝6:30に到着した。早朝のベルリンの町を徒歩で宿を探し求め、見つけた宿のオーナーにベルリンフィルの残席チケットの買い方を尋ねた。

「だいぶ前に売切れだと思うけど、あとはコンサート会場に行くしかない」と言われ、11:00ぐらいにベルリンフィルハーモニー行く。ホールの扉は堅く閉まっている。そばにいた警備の方に伺うと、15:30からチケット窓口が開くので、そこに並べと場所を指さされた。このガードマン氏は、驚くことに和独辞典を手にしていた。日本人の海外旅行熱は今とは雲泥の差で、そういう時代だったのだ。そういえば、当時ミュンヘンオペラに行った際にも、スタッフから日本語で話しかけられて驚いたことがあった。

それで10分ほどホール付近をうろうろしていると日本語を話せる館内スタッフが出てこられ「今日はチケット入手は無理だと思う。だから開演1時間半前(18:30)に来てみてください。」と言われた。
それで、手持ち無沙汰なので壁伝いに歩いているうちにブランデンブルク門まで来てしまった。ベルリンの壁があった当時のベルリンフィルハーモニーは西ベルリンの果てに立地していたので、ホールのすぐそこにベルリンの壁がある。門の前では映画のロケをやっており西側は平穏そのものだった。しかし、壁とブランデンブルグ門のコントラストは寒々と感じた。

そして、ブランデンブルク門を横目にしてティーアガルテン(Großer Tiergarten)内を散歩する。ソビエト戦争記念碑(Sowjetisches Ehrenmal im Tiergarten)の前には西ベルリンなのにソ連の衛兵とおぼしき人が立っていた。

次に国立図書館などをひやかした後、念のため15:30にフィルハーモニーに戻った。「開演一時間前来なさい」と言われたものの、既に何人かが並んでおり51.5DM(当時80円/DM)の最高額のチケットが、なんとまだ残っていると言う話であった。そこで、一念発起して翌日予定していたオペラ観劇も断念して、翌日券ともども2夜のベルリンフィルの公演チケットを入手した。

詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/giulini-berlin-philharmonic-orchestra/

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
交通手段
鉄道 自転車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
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