2025/02/11 - 2025/02/11
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たびたびさん
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五日目は沼津です。
沼津は、昔、沼津港の大型展望水門びゅうおを訪ねたことがあって、調べると2012年5月。以降は機会もないし、それでよしとしていましたが、やっぱりそれではあまりにも不十分。リベンジが必要と判断しました。
ところで、沼津は伊豆半島の西側エリアでは最大の都市。このエリアでは中心のはずなのですが、新幹線の駅がなく、実質的に三島駅を玄関口としているのでちょっと三島の後ろに隠れたような位置関係。気合を入れないと訪ねることはできませんね。ここからもう一度考えてみると三島と沼津は、北の御殿場に南は韮山、伊豆長岡、修善寺辺りを加えてひと塊り。さらに富士、富士宮まで入れるとどうでしょう。伊豆半島の東側、東京寄りのエリア、熱海から伊東、南伊豆まで含めた範囲と比較してかなりの重さがあって、意外に意外な感じがしてきます。また、静岡県で考えると静岡市周辺、浜松市周辺とはかなり差はあるにしても、沼津周辺と熱海周辺を合わせれば東駿河プラス伊豆。第三極としての位置づけくらいには十分なりそうですね。こうして静岡、浜松と比べる沼津。熱海と比べる沼津。どちらの視点が沼津を理解するのに相応しいかは微妙ですが、いずれにしても、沼津の位置づけはこれまでの認識よりはかなり上にする必要があるような気がします。
さて、もう少し沼津のことですが、観光的には沼津は焼津港に次ぐ水揚げ量の沼津港と沼津宿くらいのイメージかな。ちなみに、沼津宿は、東海道五十三次の12番目の宿場。狩野川に沿った現在の川廓通りが旧東海道で、そこに本陣3、脇本陣1、旅篭屋55という構え。旅篭屋数では箱根の西麓に位置する三島宿より少し少ないのですが、沼津は沼津藩、沼津城の城下町であり、かつ、狩野川の川運の拠点。伊豆の物資の集散地としての顔もあって、別の意味での賑わいがあったよう。確かに、陸路である街道と船運が結びついていた街であったということは見逃してはならない重要な視点だと思います。
ほかだと沼津御用邸や千本松原に若山牧水。歴史的には、今川氏が衰退したことで、沼津の三枚橋城を巡って武田信玄、勝頼と北条氏政が争ったり、江戸期の老中などを輩出した沼津藩水野家や幕末から明治初めの駿府藩、沼津兵学校の時代も味わい深いものがありますね。特に、駿府藩、沼津兵学校については、あまり知らなかった徳川慶喜が鳥羽伏見の戦いにより朝敵となり謹慎を受けた後の徳川家の話。つまり、明治新政府の計らいにより、徳川宗家の相続が許可され、明治元年、慶喜の後継、家達を藩主とする駿府藩70万石が発足。これにより沼津は駿府藩に組み込まれ、沼津藩は玉突きで上総菊間藩に移封となります。そして、江戸にいた旗本や御家人などの旧幕臣の過半12,000戸ほどは、徳川宗家を相続した家達に従い駿府藩に大移住したのだとか。沼津兵学校は明治4年の廃藩置県までのわずかな期間の最後の光芒ですが、それでも沼津の誇りであり、駿府藩の誇りでもあったよう。徳川幕府が倒れた心の傷を少しは癒してくれる存在だったのではないかと思います。
なお、沼津の散策の後、夜は御殿場高原の時之栖イルミネーションを拝見。想像以上に素晴らしい内容で、ちょっと感動。全国に誇れるくらい地域のレガシーにもなっているのではないかと思いました。
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沼津の観光は、沼津駅からとても歩いて回れる範囲ではないので、ハレノヒサイクルという電動アシスト付き自転車のシェアリングサービスを利用します。
結局これは大正解。これがなければ沼津の観光はありえないくらいに便利でした。事前の会員登録等が必要ですが、この便利さを考えればそんな手間なんか全然問題にはならないと思います。 -
沼津駅前を出発して、まずは東側のエリアです。
東海道線沿いを東に進んだ先。日吉廃寺跡は、白鳳期の創建と推定される古代寺院の跡。日吉廃寺塔址及び礎石 名所・史跡
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しっかりと残る塔の礎石はその様式から奈良時代後半以降のもののようで、寺の最後辺りに建て直されたものとされています。寺の名前は不明ですが、もしかしたら国分寺でなかいかという言い伝えもあるようです。
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そこから真南に下って狩野川にぶつかったところ。
平作地蔵尊は、コンクリートで固めた平地の中に小さな祠が建つという妙な感じになっていました。
その傍らに詳しい由来の説明板が立っていて。。
歌舞伎演目「伊賀越道中双六」は、寛永11年(1634年)、渡辺数馬と荒木又右衛門が数馬の弟の仇である河合又五郎を伊賀国上野の鍵屋の辻で討ったという日本三大仇討のひとつ、鍵屋の辻の決闘が題材。その中の「沼津の段」に出てくる沼津の平作にゆかりの深い地蔵なんだとか。ここに一軒の茶屋があり、その主が平作。茶屋は娘のお米に任せていましたが、遠い昔に別れた自分の子からお米の婿、渡辺数馬の仇、河合又五郎の居場所を知ることになるのですが、それは命に代えて聞き出したもの。その後、仇討ちは無事成就するのですが、平作の行いに心を動かされた人々がここに地蔵を建立したというのがこの平作地蔵尊。
どのようなことで命に代えて聞き出さねばならなかったのかはあまり理解できませんでしたが、そういうことのようです。 -
少し戻って。日枝神社は、山王通りから一段高い場所に構えるなかなかの神社。紙本著色山王霊験記(重要文化財)を有しているのが自慢。看板にも書かれていました。
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創建は、永長元年(1096年)。当地は関白藤原師通の荘園だったのですが、家来の源義綱なる人物が延暦寺と日吉社の関係者を殺害する事件が発生。しかし、関白藤原師通はそれを謝罪することがなかったことから、両者から呪詛され早世する。これに対し、日吉社の分霊を勧請して、その恨みを和らげようとしたのが始まりなのだそうです。ちょっと微妙なお話ですが、拝殿とかはとても立派。見応えがあると思います。
これで沼津の東側エリアは終了。 -
沼津駅の南側、沼津の市街中心部に戻ってきました。
城岡神社は、通りから一段高い場所にタイルを敷き詰めた境内があって、神社としては一風変わった感じ。ここは、旧沼津城の二の丸だった場所のようですね。
文政7年(1824年)、第2代沼津藩主、水野忠成が当地に社殿を建立。第11代将軍徳川家斉から伏見稲荷の御神体を拝受して、城の守護神としたのが始まりということです。城岡神社 寺・神社・教会
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その城岡神社の境内一角にある沼津兵学校址の碑。
初めにも触れた沼津兵学校ですが、これは、明治時代初期に徳川宗家の駿府藩が運営した兵学校。フランスに倣った軍隊の養成を目標に掲げ、初代学長は西周。教師は優秀な旧幕臣が選ばれ、駿府藩だけでなく、他藩の留学生も受け入れたという特異な学校だったということ。今でも沼津の誇りとなっているようです。沼津兵学校址 名所・史跡
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少し南に下がって、狩野川の畔といった場所。
沼津中央公園は、芝生の広場を中心にそれなりの広さはあるのですが、なんか開放感というか広々した感じはないですね。 -
片隅に沼津城本丸跡の碑があって、つまり、ここはかつての城内。その辺りが関係している感覚ですね。この碑とともに詳しい説明板がありましたが、それがなければ、とても城跡という雰囲気はありません。
城の始まりは、天正7年(1579年)に武田勝頼が北条氏に対抗して築いた三枚橋城。その後、廃城となりますが、安永6年(1777年)、沼津に城地を与えられた水野忠友が三枚橋城の跡地の北半分を利用して沼津城を築きます。慶応4年(1868年)、沼津が駿府藩に組み込まれたため沼津藩の水野氏が転封となると城は沼津兵学校の施設として使われることになりました。三枚橋 沼津城跡 名所・史跡
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沼津中央公園の南側。狩野川に架かる人道橋は、あゆみ橋。これを渡ると対岸の香貫公園。沼津中央公園の側から眺めるとなだらかに中央部が盛り上がって、十分な幅も。これなら車道にもなりそうだなというような立派な橋です。
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狩野川に沿って、南に下がります。
丸子神社 浅間神社は、縁結び・安産の神様。
天保2年(1831年)、式内社の丸子神社が社殿を焼失。 -
浅間神社と一体となって、現在の形になったのだとか。境内はきれいだし、清々しい雰囲気。参詣者がそれなりに多いのでしょう。活気も感じます。
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ここから西に向かって、千本浜公園を目指します。
これは、その途中にある乗運寺。京都知恩院の末寺で三枚橋城主松平康親、沼津城主水野忠友の菩提所。 -
沼津を代表する大寺です。
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長谷寺は、もう千本松公園の入り口。
天長2年(825年)、駿豆地方を巡錫中の弘法大師が創建したと伝わる寺。当初は大和の長谷寺の末寺。その後、法相宗から真言宗に変わり、現在は時宗。本尊は十一面福聚自在天観世音菩薩。駿河一国三十一番札所及び横道十三番札所でもあるようで、本堂の構えとか札所らしい雰囲気が漂うお寺です。 -
イチオシ
千本浜公園に到着。沼津市の西側。駿河湾沿いに広がる沼津を代表する自然海浜公園です。
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イチオシ
海岸沿いには立派な堤防と遥かに続く遊歩道。黒松林の千本松原が約10㎞も弓形に続きます。そこから眺めると松原越しに富士山がきれいに見えて、なかなか。白砂青松100選の一つになっているのは当然かなという眺めです。
千本浜公園 公園・植物園
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堤防の向こうには、千本浜。駿河湾に臨む海岸です。
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千本浜公園に沿って、北側へ。ちょっと寄り道です。
妙伝寺の山門から -
境内に入って
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すぐのところにある大久保治右衛門忠佐の墓です。しかし表示も何もないので、お寺の方に訪ねてやっとこれが墓であることが分かりました。
ちなみに、大久保治右衛門忠佐は、関ヶ原の戦いでは徳川秀忠に従い、真田親子と戦うなどの軍功。それにより、慶長6年(1601年)、2万石で沼津藩を立藩したという人物です。 -
イチオシ
ここまで来たら、さらに北に向かって長躯、明治史料館を訪ねます。ちょっと迷ったのですが、これは勢いですね。
意外に立派な建物ですよ~ -
明治維新直後の静岡県の歴史がとても面白いですね。
冒頭に触れましたが、戊辰戦争で敗れた徳川慶喜は即謹慎で終わりかと思っていましたが、そうではない。慶応4年5月、徳川家は存続を認められ、慶喜の跡を継いだ徳川家達が駿河、遠江など70万石を有する駿府藩の藩主に。明治4年の版籍奉還までの4年間、駿府藩の歴史があったんですね。
その駿府藩の歴史の中で光芒を放つのが沼津兵学校。駿府藩の藩校で、フランスに倣った軍隊の養成を目標に掲げる。初代学長は西周。旧幕臣の優秀な教官を揃え、他藩からの留学生も受け入れたというちょっと特異な運営。徳川家の面目躍如といったことかと思います。
建物は立派だし、展示品も豊富。明治の気風がビシビシと伝わってきます。 -
今川氏の滅亡は、永禄12年(1569年)。家康軍により攻撃され、今川氏真が籠る掛川城が落城したことをもってとされます。ただ、氏真は伊豆国境に位置する大平城を築城、ここに逃れ、命脈は尽きませんでした。
この展示はそれに至るまでの甲相合戦~甲相同盟の流れ。今川氏が衰退したことで、駿府に侵攻して来る武田信玄と今川氏を支援したい北条氏政の戦い。そこに家康が北条氏政と組んで武田信玄を挟み撃ちにする動きも加わります。ただ、この争いは、いったん甲相同盟で終結。
その後は、信玄の死去、謙信の死去と続き、武田、上杉、北条、徳川が複雑に絡み合い、この地域の騒乱は武田氏の滅亡まで続くことになります。 -
これは北条早雲。今川家の家督争いおける功績から頭角を現し、沼津の興国寺城主へ。韮山城に移り、そこから相模国に進出し大大名への道が開けてくる。
北条氏のスタートは沼津と言えなくはないかもしれません。 -
原宿、沼津宿はともに今の沼津市域です。
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ほか、沼津藩水野家に
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沼津兵学校の関係です。
明治史料館 美術館・博物館
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明治史料館からまた市街中心部に戻ってきました。
しかし、いい時間になっていたので朝飯は桃屋へ。
今はアーケードがありませんが、沼津アーケード名店街の端っこです。 -
コッペパンのカツサンドをいただきましたが、これってめちゃめちゃおいしいですね。ちょっと衝撃的かな。とんかつがしっかりしているし、きりりとしたソースがとんかつのうまさを120%引き出しているし、コッペパンのしっくりした歯ごたえもそれにぴったり。このテのお店としては最高ランクのおいしさ。間違いありません。
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イチオシ
改めて千本松公園に向かいます。
途中の蛇松緑道は、旧国鉄沼津港線の廃線跡地に整備された緑道。約1.8㎞の長さに渡って、きれいに植栽された遊歩道が続きます。これと併せて、遠くに富士山が見えていたりして、地元の人が安心して散歩ができる場所になっています。 -
もう一つは、モンミュゼ沼津。
企画展は、秋ゆかり展。作品は、ピンクや青、黄色などのショッキングな色の組み合わせで独特の世界観を表現していました。まあまあ、楽しめました。 -
自慢のコレクションとしては、国際的版画家山口源。
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一室に静かに並んでいました。
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千本松公園の南側。若山牧水記念館は、なかなか立派な施設ですね。
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若山牧水が大正9年に移り住み、晩年の8年間を過ごした沼津の地。ここで、氏の足跡を辿れるのはとても意義あることだと思います。
若山牧水記念館 美術館・博物館
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「幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく」の句は、有名で旅とともにあった詩人の牧歌的な人生を想像してしまいますが、
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その実は詩歌の位置づけを高めようと様々な努力をしていたこととか初めて知りました。とてもまっすぐな人だったんですね。ちょっと意外で驚きました。
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イチオシ
館内はとても落ち着ける雰囲気。
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牧水に思いを馳せるにはこれ以上ない施設だと思います。
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若山牧水記念館からほどなく沼津港に到着。
沼津港は、焼津港に次いで静岡では二番目に水揚げ高が多い漁港ですが、沼津港飲食店街 名所・史跡
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周辺には飲食店やお土産物のお店がたくさんあって、すっかりメジャーな観光地としての姿が定着しています。港八十三番地は、その中心。
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ただ、飲食店がここに特に集中しているということではなくて、
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ここを中心に辺り一帯に飲食店はいっぱいあります。
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沼津港飲食店街とも言うようですが、施設としては沼津みなと新鮮館が一番メジャーですね。
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館内は市場みたいで
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魚屋さんのブースがいっぱい並んでします。
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ここで昼飯にします。訪ねたのは鮨庵さいとう。沼津港飲食店街のすぐ隣にありながら、店構えとか完全に一線を画するお寿司屋さんで、
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店内もそれなりに高級感が漂います。
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握りの一つ一つが
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上質な味わい。
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最後のたまごも大ぶりでしっかり収まった感じがありました。落ち着いて純粋に寿司を楽しみたいなら、ここはベストではないかと思います。
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イチオシ
沼津港には沼津港深海水族館というのもあります。
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シーラカンスをメインテーマにして、日本一深い駿河湾の深海の生物を展示、解説する施設。
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沼津港の観光を支援する施設ではあるにしても、
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そこまで期待はしていなかったのですが、
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館内の雰囲気は素晴らしい。
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水槽の生物も美しいし、
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とても見応えがありました。
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入場料は2200円と高めですが
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これは価値ありですね。
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入場者が多くて
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混みあっていましたが、
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皆さんちゃんと口コミとかでここの評判を知っていたのでしょう。
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沼津港に来たら
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ここは必見。
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ちょっとした水族館にも
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全然負けていないし、
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イチオシ
シーラカンスのはく製や泳ぐ姿のビデオとか。これもかなりインパクトがあると思います。
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ほかこんな小魚の骨格標本も。
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なかなか面白い試みですね。
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とってもいいと思います。
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駿河湾の深海に潜ったような気分にもなって、終了です。
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最後に沼津港から仰ぐ富士山の眺めも確認しました。
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沼津港から狩野川を渡って、さらに南に向かいます。
沼津市芹沢光治良記念館は、ちょっと古びてはいますが、 -
コンクリート造りの頑丈な建物。館内も含めて全体として雰囲気はありますね。
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芹沢光治良は、漁師の子として生まれ、東京からパリに就学。
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作家として活躍した沼津市名誉市民。
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代表作の「人間の運命」は、氏の生涯にも重なる内容。
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作品への沼津市民の思いも感じられました。
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牛臥山公園は、少し南。牛臥山の南側の臨海地。
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入り口入ってすぐの駐車場のところから
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奥駿河湾を眺めつつ海岸端の道を進んで行くと
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イチオシ
海に突き出た展望所まで。
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なんでもないような一角ですが、
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沼津御用邸の方まで見渡せる景色は爽快。けっこう人気の公園です。
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そのまま南に進むとほどなく沼津御用邸です。
沼津御用邸記念公園という公園になっていて、明治26年、当時は皇太子だった大正天皇の静養のために造営された旧沼津御用邸がそのまま活かされています。 -
入ってすぐに受付があって
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こちらが本邸。
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建物は、当時のまま。
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皇室の暮らしぶりがよく分かる。
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けっして贅沢ではないですが、
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周りにあれこれお世話する人たちがたくさんいて、
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そうした人たちも暮らすとなるとこうした規模になるのでしょう。
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なるほどなという感じです。
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品はあるけど
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イチオシ
豪華とか華美とは全然違う。
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静かな暮らしが
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リアルに想像されると思います。
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沼津御用邸記念公園の敷地内には、沼津市歴史民俗資料館も。奥の方のエリアに建っています。
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展示は、駿河湾で使われてきた漁具類や沼津の地場産業となった干物作りの道具、湿田農耕の資料など。
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古いですが、コンクリートのしっかり建物。あんまりひと気もなくて、静かに拝見できました。
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ここも実質的には千本松原の続きですね。
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涼し気な松林に囲まれていて、
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穏やかな気候でもあるのかなと感じます。
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沼津御用邸を出て、近くにある人気のカフェ、珈舎を訪ねました。黒い木製の店構えからしてそれらしい雰囲気。
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店内もどこかの小さな図書館風でさらにいい雰囲気ですね。
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いただいたのは、シフォンのケーキと珈琲。ふんわり爽やかな味わいのシフォンケーキが秀逸。確かにしびれるお店です。
さて、これで沼津の観光は終了。ここから御殿場の時之栖イルミネーションに向かいます。 -
昨日泊まったホテルで、何気なく聞かされた時之栖イルミネーションの評判。予定はしていなかったのですが、調べると確かにかなりの人気ということで、急遽、訪ねることにしたという次第。アクセスは、無料のシャトルバスがあって、岩波駅からの便を利用しました。
ホテルに到着して、 -
ここから先ですね
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ランタンみたいなイルミを通っていって、その先が受付。
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ここからが有料イルミのエリアです。ところで、チケットは、基本料金にオプションを付けて値段が高くなるというスタイル。あんまり考えてきていませんでしたが、まあせっかくなのでフルコースにします。
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光りのトンネルは
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まあまああるパターンですが、これは藤棚のイメージかな。
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それでも、色彩のバリエーションがいろいろあって、
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これは藤棚では無理ですからね。
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ちゃんと見応えがあると思います。
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これは最初のオプション。
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教会の中を使って、
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物語風の展開がありました。
まあまあかな。 -
そして、
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一番奥の噴水の方に向かいます。
これがオプションの二つめです。 -
お~~~
これはすごい。 -
結果として、やっぱり噴水レーザーショーを見ないと話にはなりませんね。
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最高到達点150mを誇る噴水は圧巻だし、
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音楽とコラボするレーザー光線は
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めちゃめちゃ楽しいです。
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ポップな曲も
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曲の軽やかさが
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噴水でより強調されるというか
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華やかになるし、
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イチオシ
荘厳な曲は
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それはそれで
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荘厳さがより重厚になる感じ。
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花火も楽曲とのコラボはいいものですが、
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噴水も同じくらいいいですねえ。
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そして、この大噴水。最高到達点150mは伊達ではない。
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霧のようになって落ちてくる水しぶきは借りた傘を差していないとずぶぬれになりそうでしたが、それもまたいいじゃないですか。
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関西万博では、アオと夜の虹のパレードを拝見しましたが、ここの噴水レーザーショーの方が遥かに素晴らしいですね。
イルミだと東京にはあちこちいいのがあるし、なばなの里のスケールの大きさも素晴らしいですが、ここの噴水イルミも全然負けていないですよ。このレベルだと地域のレガシーに十分なっていると思います。 -
帰りのシャトルを待つ間はホテルのロビーでひと休み。このロビーも豪華な構え。最後まで夢心地でした。
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沼津駅に戻ってきて。
沼津駅の南側すぐは沼津仲見世商店街。地方の商店街ですが、しっかりしたアーケード商店街で、それなりに活気も感じられました。沼津駅の駅ビルやイーラdeといった商業施設は、ちょっとイマイチなところもありますからね。地元にとってはちゃんと必要な商店街なんだと思います。 -
沼津仲見世商店街から向かったのは、中華料理 八福。
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のチャーハンがおいしいという情報があったのでここにしたという次第。
ただ、そこまでお腹は空いていなかったので、小を注文。しかし、はっきりとここのはおいしいと分かりますね。付いているスープもきれいな味わい。それからしても、人気の理由は明快です。 -
今日の宿は、沼津リバーサイドホテル。メインストリート沿いだし、沼津駅からでも十分徒歩圏内。さほど遠くないです。ビジネスホテルではなくてシティホテル。エスカレーターで二階のフロントに向かいますが、この辺りから吹き抜けの豪華な構えですからね。部屋も余裕余裕。電燈がいっぱいあって部屋が明るくできるのも気に入りました。
さて、旅も明日が最終日。サザンの茅ヶ崎を回ります。
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