2025/02/12 - 2025/02/12
17610位(同エリア85420件中)
杏仁豆腐さん
鶯谷、根岸、入谷を歩きました。
入谷駅から寛永寺墓地に行き、墓参り。寛永寺根本中堂、書道博物館、小野照崎神社と巡りました。
書道博物館は、初めての訪問。書道というと紙本墨書の類を考えがちですが、それらの原点である金石関係の文字資料を数多く収蔵していることが、正同博物館の大きな特色だそうです。
最後は、上野まで歩き、翁庵で蕎麦をいただきました。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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寛永寺根本中堂
扁額「瑠璃殿」
根本中堂の入り口に掲げている『瑠璃殿』の額は、江戸時代の創建当時のものがそのまま残っています。元々根本中堂は薬師瑠璃光如来様をお祀りするお堂なので『瑠璃殿』です。 -
元禄11年(1698)、現上野公園内大噴水の地に建立された根本中堂は、慶応4年(1868)彰義隊の戦争の際に焼失してしまいました。
現在の根本中堂は、明治12年に川越喜多院の本地堂を山内子院の大慈院(現寛永寺)の地に移築し再建されたものです。 -
了翁禅師塔碑
了翁禅師(1630-1707)は、江戸時代前期の黄檗宗の僧です。
幼い頃から仏門に入り諸国を巡るうちに霊薬の処方を夢に見たことから、不忍池付近の薬屋で「錦袋円(きんたいえん)」と命名した薬を売ります。その利益で難民救済や、寛永寺に勧学寮と呼ばれる図書館の設置を行いました。 -
根本中堂の裏手には、寺務所があります。
寺務所の奥には15代将軍徳川慶喜が謹慎した「葵の間」や、渋沢家霊堂があり、ともに国登録有形文化財となっています。 -
寛永寺の霊廟には6名の将軍(四代家綱、五代綱吉、八代吉宗、十代家治、十一代家斉、十三代家定が埋葬されています。
霊廟の構造は、天海大僧正の指導により天台宗の根本聖典である法華経の思想に基づいて造営されました。
しかし、霊廟は第二次大戦の際にほとんどが焼失してしまいました。
現在では勅額門と水盤舎が現存しています。 -
門には、葵の御紋。
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ここを通るといつも気になる家屋。
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移転した笹乃雪。
元禄四年、上野の宮様(百十一代後西天皇の親王)のお供をして京より江戸に移り、江戸で初めて絹ごし豆富を作り根岸に豆富茶屋を開いたのが笹乃雪の始まりです。
正岡子規句碑とつくばいは、移設されています。
「水無月や 根岸涼しき 篠の雪
蕣に 朝商ひす 篠の雪 子規」 -
書道博物館に来ました。
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洋画家であり書家でもあった中村不折により昭和11年に開館された博物館で、不折が収集した中国及び日本の書道に関する古美術品、考古出土品(重要文化財12点、重要美術品5点を含む)などが所蔵されています。
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味わいがある独特の字体です。
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「拓本のたのしみ-王羲之と欧陽詢-」を開催中。
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書道博物館は、開館以来約60年にわたって中村家の手で維持・保存されてきましたが、平成7年12月、台東区に寄贈されました。そして平成12年4月に再開館したのが現在の台東区立書道博物館です。
書道博物館は、既存の建物である本館と、寄贈後新たに建設した中村不折記念館からなります。 -
中庭は、自然風も取り入れられた枯山水庭園となっています。
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中村不折胸像
中村不折(1866-1943)は、明治・大正・昭和にわたり、洋画界と書道界の両分野において大きな足跡を残した人物です。 -
中村不折記念館
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中村不折が建てた明治時代の蔵
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井戸があります。
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拓本のたのしみ-王羲之と欧陽詢-
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拓本のたのしみ-王羲之と欧陽詢-
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書道博物館のチケット
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正同博物館のパンフレット
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書道美術館の前には、子規庵があります。
正岡子規が約8年住んだ終焉の地です。 -
公開日でしたが、12時~13時は昼休憩でした。
以前、訪れた子規庵はこちら
根岸散歩☆子規庵とねぎし三平堂☆川しまで蕎麦☆2012/07/01
https://4travel.jp/travelogue/10686161 -
八二(やふた)神社
ホテル街にあります。
八二神社は、旧加賀藩主前田公が明治5(1872)年に金沢から移住、屋敷内に八坂大神、稲荷大神、菅原大神を守護神として祀り三神社と称しました。
大正13(1924)年に前田公は屋敷を開放し土地を分譲、三神社を八二神社と改称したそうです。 -
根岸小学校の前に、庚申塔があります。
左から聖観音像庚申塔、御尊容、三猿像庚申塔。 -
中には、青面金剛像庚申塔が納められています。
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防災広場根岸の里の梅も咲いていました。
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小野照崎神社に着きました。
小野照崎神社は、小野篁を主祭神とし、菅原道真を祀っています。 -
手水舎には龍がいます。龍の形をした水口から水が流れ出ています。
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富士塚です。
下谷で育った私は、山開きの時期になると、必ず小野照崎神社の富士塚に登りました。
下谷 小野照崎神社 お山開き☆2012/07/01
https://4travel.jp/travelogue/10685933 -
富士山は、孝安天皇庚申(かのえさる)の年に出現したと伝えられています。
60年に一度廻ってくる庚申の年は御縁年といって盛大に祭典が行われ、多くの信者が登山していたそうです。 -
道ひらきの梅
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きれいに咲き始めています。
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天神梅
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鶯宿梅
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本殿は江戸末期、幕末の慶応2年(1866)の建造です。
江戸では珍しく関東大震災、東京大空襲という2度の大火を免れています。 -
渥美清がまだ売れていない頃に、「煙草をやめるので仕事をください」と祈願し、寅さん役を得たと言われているエピソードが残っています。
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入谷から、上野まで歩き、翁庵で昼食です。
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1899年創業 (明治32年)です。
雰囲気のある店舗です。 -
1899年(明治32年)に、神楽坂にある翁庵(1884年/明治17年創業)から暖簾分けの形で創業されました。
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店に入り、入り口で食券を買い、席に着きます。
昔ながらのスタイルです。 -
芸能人の色紙が並んでいました。
愛川欽也と木村祐一 -
名物は、ねぎせいろですが、以前食べたので、今日は、鴨南ばんです。
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