2025/01/19 - 2025/01/19
3768位(同エリア5999件中)
ともっそさん
早々に、大阪再訪の機会を得まして。
再び奈良へ!
奈良に向かう電車から朱雀門が見えるので、通過するたびに、行きたいなと思っていました。
平城遷都1300年祭が行われ、第一次大極殿の復元工事が完了しました。
平城宮跡を最後に訪れたのは、小学生の頃。それから、どれほど変わっていることでしょう。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄
-
今回も近鉄奈良線で。
大和西大寺駅下車。
徒歩で約20分ほどの距離です。この川が見えるあたりまでは案内板もなく、あってもかすれて文字が読みづらかったたりで、私はグーグル頼り。
とはいえ、お天気にも恵まれ。
多少迷ったところで、散策には最適の日和です。 -
なんて可愛いマンホール蓋だろう。
-
事前にネットで調べておいた道順的には、ここを入る。
ここで本当に合っているのかなとちょっと迷いましたが、とにかく進んでみる。 -
入るとすぐ、この案内板が。合っていた!
-
まずは朱雀門に向かうのですが、だだーん、と広がるこの風景。
-
すっごく遠くに、何やら建物らしきものが見えてきました。
色的にも、あれが朱雀門かな。 -
走っていく近鉄電車。
一番なじみがあるのは、この写真のアイボリーの車両ものではなく、あずき色(正式には、マルーンと呼ばれるそう)のボディのものです。今日もそれに乗ってきました。違いはなんだろう。 -
どどーん、と現れました。
手前は本当に、なにもない。
何かを刈り取ったような跡が。すすきかな? -
やっぱり、すすきは奈良に似合う。
私の背よりずっと高い、すすきでした。 -
飛行機雲。
なんてきれいな空。
あー、幸せ。 -
遣唐使船。
白紙(894)に戻そう遣唐使。
で覚えました。
行われたのは15~20回程度(1回の滞在は、約1~1.5年らしい)だそうですが、開始から250年以上継続していたことがすごい。 -
ご当地サイダーとビールが並びます。
色合いが華やかですね。 -
きたきた。見えてきた。
前のめりになりつつ進む。 -
なんと立派な平城京。にあった平城宮の朱雀門。
朱雀門の跡地には石碑が立っていて、本当に昔はここにあったんだなぁと。 -
当時はこんなんだったろう、という絵。
朱雀門は、外国使節の送迎や歌垣などの行事が行われる場所でもあったらしい。
朱雀門を正面に、左右に資料館「平城宮いざない館」だったり観光案内所があります。
この平城宮いざない館が見どころたくさんで、興味が尽きません。 -
大極門と、第一次大極殿院の東楼復原整備工事場を臨みます。
東楼は、儀式の際に使われた建物で、古代の技術や材料を使用し、当時の姿に忠実に再現することを目的にしているそう。 -
朱色の朱雀門。
南方を守護するとされる四神の一つ「朱雀」にちなんで名付けられました。
大内裏の衰退とともに朱雀門も次第に荒廃し、ついには鬼や盗賊が住むといわれるほどになってしまったとか。芥川龍之介の「羅生門」を思い出したりしますね。 -
ぶら下がっているのは、「風鐸(ふうたく)」と呼ばれるもの。
これは、風に揺れることで音を出す小さな鐘で、古代中国や日本の建築様式でよく見られる装飾なのだとか。そういえば、中国の宮廷ドラマで見たことあるような。
風鐸には、魔除けや厄除けの意味があり、風に揺れて鳴ることで悪いものを追い払うと考えられていました。 -
人形(ひとがた)
病気の治癒や厄除け、農業の豊作を祈るために使われることが多かったそうです。
呪術に使われたと聞くと、マイナスなイメージを持ちそうになりますが、この「呪術」「呪い」は、一般的には人を不幸にする目的ではなく、むしろ病気や災いを避けるために使われたのだそうです。 -
顔の描かれた器。
顔の描かれた土器は、魔除けや厄除けの効果を持つと信じられていて、悪霊や災いを避けるために、土器に顔を描いて置くことで、家や村を守る役割を果たしたそうな。
しかし、あえて、この表情? -
復元工事中の東楼。
東楼は、大極殿院の南正面に位置し、儀式の際に天皇が出御する場として使用されていました。西暦730年頃に増築されたもので、大極殿院の荘厳さを高める役割を果たしたものです。 -
大極門。
第一次大極殿院の南正面に位置する門です。 -
朱雀門が遠い。
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何やら跡が。なんだっけか。
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大極殿跡からの眺め。
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大極殿は天皇が即位式や公式儀式を行うための大広間であり、国の重要な儀式が執り行われる場でした。
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地面に設置されているので、わかりやすい。
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第一次大極殿。
天皇の即位式や重要な儀式が行われた場所でした。政治の中枢機関。
大極殿との違いがよくわからなかったのですが、どうやらこういうことらしい。
大極殿:一般的に宮殿の主要な儀式の場
第一大極殿:最初に建設された大極殿
ということで、第二次大極殿もあったのです。 -
完全な図面や詳細な記録が残っていないため、一部は専門家の研究や推測に基づいて復元されています。
正面から、御座所がチラ見え。 -
第一次大極殿から見た大極門。
風は冷たいけれど日差しは暖かく、とても過ごしやすい1日でした。 -
よーく見たら、天井にはこんな絵が描かれてます。
蓮の花。 -
平城宮跡には、こんな案内板が多く立てられているので迷い知らず。
次は、資料館へ。そこは絶対に訪れようと思っていました。 -
貴族の部屋の再現。
後ろにあるのは、鳥毛立女屏風、と呼ばれるもので、実際のものは正倉院に保管されています。
木の下で、立ったり座ったりする女性の絵が描かれています。鳥毛、というのは、髪や服にヤマドリの羽を貼っていたところからきているそう。 -
硯。
昔は、こういう意匠に凝ったものが作られていたのですね。 -
当時の排泄物と、用を足した後に使用した木の棒。
木の棒だったんだ。。 -
顔を描いた土器の破片。
やはり、あえてこの表情なのね。 -
土馬。
これは埴輪などではなく、呪術に使用された人形(ひとがた)のようなものだとのこと。 -
いったん、西大寺駅に戻り、今度は北口からスタートです。
あ、もう向こうにちらりと見えていますね。
奈良ってすごい。 -
途中で見かけた、素敵な昭和レトロな民家。
手前の小さい窓のようなものは、なんでしょう。気になる。 -
あ~、のんびりこ~~ん。
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佐紀陵山古墳(旧葉酢媛命陵)
直径90メートルの円墳。
垂仁天皇の2番目の皇后で、景行天皇の母親でもあった方。彼女の葬儀に際して、野見宿祢(のみのすくね)が生きた人間の代わりに埴輪を埋納することを提案し、これが日本の埴輪の起源となったとされています。 -
二股の道を、カーブに沿って左に進みます。
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佐紀石塚山古墳
成務天皇陵として宮内庁によって治定されています。
成務天皇は日本書紀に、初めて地方の国県の区画を定め、行政機構の整備を行ったと書かれています。
スピリチュアルなものは一切持っていませんが、古墳の周辺は独特な静けさだなぁと思います。 -
しばらくじーっと眺めていたら、古墳を訪ねて見えた方に話しかけられました。
旅はよいですな。 -
線路の向こうに、鳥居。
鳥居を左にして、道なりに進むと階段が見えてきます。木が茂っているのでこのあたりかなぁと上ってみましたが、合っていたようです。 -
神功皇后陵
神功皇后の陵は大阪の堺市にあります。この陵墓は、彼女の功績を称えるために築かれたものです。 -
日本の歴史において、とても重要な役割を果たした方だったそうですが、初めて女性として軍事的な指導者として活躍した人物としても知られています。
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名残惜しいですが。
日が落ちて来て、気温がぐっと下がってきました。 -
ぐるっと回って下りてきたら・・・もうどこににいるのか分からなくなり。
人に聞きつつ、駅であろう方向へ。 -
佐紀高塚古墳(称徳・孝謙天皇陵)
迷っていたらたどり着きました。迷ってよかった。
この古墳は、称徳天皇と孝謙天皇の陵墓として宮内庁によって治定されています。称徳天皇は、聖武天皇と光明皇后の娘で、西大寺を建立したことで知られています。
今更ですが、古墳は前方に白い石の鳥居があって、様式が似ているので、一見違いがわかりづらいですよね。写真を整理していたら、撮った自分でもわからなかった。
ここから駅までは、徒歩10分ほどでした。
よく歩いた一日でした。
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