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2023年3月27日(月)、夜にJICA海外協力隊の京都府応援団主催の帰国者交流会に参加する前、会場の近くにある梅小路公園の桜を見に出掛けた。<br /><br />夕方の5時過ぎ、JR嵯峨野線(山陰本線)の梅小路京都西駅に到着。2019年に山陰本線で山口下関の梶栗郷台地駅以来11年ぶりに新設された駅。嵯峨野線が高架で七条通とクロスする南側に造られた高架駅で相対式ホーム2面2線を持つ。改札口はホームの下、1階南側にある(下の写真1)。<br /><br />この日寄った梅小路公園の他、その北に隣接する2012年開業の京都水族館、西側の2016年オープンの京都鉄道博物館(旧梅小路蒸気機関車館)のアクセス駅として新設された。<br /><br />この時、東海道線の大阪方面から山陰本線への貨物線、梅小路(京都貨物)・丹波口間が廃止された。この貨物線を通った電車が1990年代の半ばに運行されていたことがあって、一度乗りたいと思いながら乗る機会がなかったのが残念。私が知ってたのはどこ発かは覚えてないが、山陰本線から東海道線、大阪環状線、阪和線、紀勢本線を経由して紀三井寺に向かう花見電車だった。<br /><br />駅名は公募のキーワードとして最多数の836件で使用されていた「梅小路」を使い、京都駅の西側約1.7kmの位置関係から「京都西」を合成することにした。ちなみに、駅名決定までの仮駅名はJR七条駅だった。<br /><br />山陰本線(嵯峨野線)に関しては以前に書いた。<br />https://4travel.jp/travelogue/11748728<br /><br />この辺りは京都市下京区になるが、下京区、京都市についてはそれぞれ以下で書いた。<br />https://4travel.jp/travelogue/11919586<br />https://4travel.jp/travelogue/11832454<br /><br />梅小路公園は1990年に移転した日本貨物鉄道(JR貨物)梅小路駅(現京都貨物駅)の一部跡地に、1995年に平安遷都1200年を記念して作られた京都市営の都市公園(総合公園)。京都市都市緑化協会が運営している。<br /><br />梅小路は堀川通と大宮通の間、JRの東海道本線の北側に沿って走り、梅小路公園を挟んで、山陰本線の西から佐井西通まで続く通りの名前から来ている。平安京の八条大路の1本北にあった梅小路に由来している。梅ヵ小路(むめかこうじ)と呼ばれることもあった。その名の由来は不明。<br /><br />公園の北東側には2012年にオープンした京都水族館が、西側の山陰本線を挟んだ反対側には2016年に拡張・リニューアルオープンした京都鉄道博物館がある。どっちも以前行ったことがある。<br /><br />梅小路京都西駅の東側の梅小路公園のメインエントランスである七条入口広場を南に進むとかつて京都市内を走っていた京都市電が置かれている。土日には総合案内所として使われている。<br /><br />1964年から翌年に掛けて新造された2000形電車で、1977年9月まで6両が運行されていた。ので、もしかしたら私も乗ったことあるかも。ここに置かれている2001号機以外は伊予鉄道に譲渡され、現在も松山市内での運航を継続している。2001号機は保存対象となって烏丸車庫跡に保存されていたが、烏丸車庫跡の再開発により梅小路公園近くのJR高架下に移動され、2014年に現在地に移された。<br /><br />そのまま南東に進むと突き当りに緑の館。「庭園の上部に屋根をかけた空間」をイメージして建てられた。1階に京野菜レストランとレンタルスペースがあり、2階には和室・茶室があるほか、有料の朱雀の庭・いのちの森への入口となっている。<br /><br />緑の館と道を隔てら北東側には京都市内最大規模の大型遊具があるすざくゆめ広場。この広場の北側から210mほど南東にある市電ひろばとの間には線路が引かれ、土日祝日や夏休み期間にはチンチン電車が運行されている。<br /><br />走っているのは1895年(明治28年)に開業した京都電気鉄道(京電)で走っていた電車。1918年に京都市電に買収され、狭軌1形電車(N電)として1961年の京都駅前・北野間の堀川線廃止まで使われていた。<br /><br />使われているのは27号機で堀川線廃止後は交通局によって保存されていたが、1994年に梅小路公園を会場として開催された第11回都市緑化フェアの際に運行が開始された。元々は現役時と同じく架空線から集電していたが、2014年からリチウムイオン電池に動力源が変更されている。<br /><br />市電ひろばには、プラットホームに4両の旧京都市電車両が止められている。右手前の703号機は市電オリジナルグッズなどを販売する市電ショップとして使われている。1958年から62年に掛けて48両が製造された700形電車の1台で、1974年に運用終了して以降は地下鉄北大路工場の保存館で時折公開されていた後、再開発で移動し、非公開で保管されていたものを2014年にこの場所に移動された。<br /><br />左手前の市電カフェとして使われているのは505号機。1924年から28年に掛けて40両が製造された500形電車の1台。1970年に500形電車全車が廃車となって以降、交通局により非公開で保存されていたが、703号機同様、2014年にこの場所に移動された。<br /><br />後の2台は休憩所として使われている。703号機の後は890号機。1950年から1955年にかけて90両が製造された800形電車の最後の1台で1955年完成。この型としては最後の1974年の烏丸線廃止まで運用されていた。交通局により非公開で保存されていたが、703号機同様、2014年にこの場所に移動された。なお、801号機から870号機まではワンマンの1800形に改造された。<br /><br />505号機の後は1605号機。1937年から1942年にかけて95両が製造された600形電車を1966年から1968年にかけて64両がワンマン化改造した1600形の1台。元は607号機で、車内には607の番号表示が残されている。1976年に運用終了し、旧烏丸車庫に保存されていたが、2014年にこの場所に移動された。<br /><br />市電ひろばから京都水族館(下の写真2)と芝生広場の間を東に進む。2.3haある芝生広場は秋に敷地の半分ほどに寒さに強い芝の種を蒔いて、グリーンが絶えないようにしている。遠足やイベントなどの様々なレクリエーションに利用する団体等も多い、公園の中心的施設。北西部には野外ステージも造られている。<br /><br />野外ステージのそばには西八条第跡の案内板がある。平清盛を始めとする平家一門の邸宅郡のあった場所で、総称して西八条第(八条亭)と呼ばれた。平安時代後期の仁安年間(1166~1169)頃に建てられ、1181年の清盛の死後2日目に火災で焼失し、その後再建されたが1183年に木曽義仲によって平安京から追われた際に、平家自ら火をつけて焼失させた。<br /><br />芝生広場の北東の角には京都市電935号車がある。こちらはやはり土日のみだが、大宮入口の総合案内所として利用されている。1955年から1957年にかけて35両が製造された900形電車のラストナンバー。1974年の烏丸線廃止まで運用され、交通局の保存車に選定されて保管されていたが、2014年にこの場所に移動された。<br /><br />芝生広場の南西には河原遊び場があり、100mほどの人工のせせらぎで遊ぶことが出来る。せせらぎの周りの石組は京都の庭師が構築している。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.28440531245590196&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />芝生広場の周りには21世紀の桜の名所となるように「次世代に残そう、美しいかがやきを」の願いを込め、代表的なサトザクラ27種、130本が植樹されたさくらの回廊になっている。少し早いかとも思っていたが、十分に咲いていた。<br /><br />あと、他にもツルニチニチソウや、ジューンベリー、キンギョソウ、パンジー、トサミズキ、トキワマンサクなど春の花も美しかった。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.9237375446332397&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />6時前、七条入口広場に戻り、七条入口と七条通を挟んで建つ京果会館での帰国者交流会に参加した。<br /><br /><br />以上

京都 下京 梅小路公園(Umekoji Park,Shimogyo,Kyoto,Kyoto,Japan)

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2023/03/27 - 2023/03/27

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ちふゆ

ちふゆさん

2023年3月27日(月)、夜にJICA海外協力隊の京都府応援団主催の帰国者交流会に参加する前、会場の近くにある梅小路公園の桜を見に出掛けた。

夕方の5時過ぎ、JR嵯峨野線(山陰本線)の梅小路京都西駅に到着。2019年に山陰本線で山口下関の梶栗郷台地駅以来11年ぶりに新設された駅。嵯峨野線が高架で七条通とクロスする南側に造られた高架駅で相対式ホーム2面2線を持つ。改札口はホームの下、1階南側にある(下の写真1)。

この日寄った梅小路公園の他、その北に隣接する2012年開業の京都水族館、西側の2016年オープンの京都鉄道博物館(旧梅小路蒸気機関車館)のアクセス駅として新設された。

この時、東海道線の大阪方面から山陰本線への貨物線、梅小路(京都貨物)・丹波口間が廃止された。この貨物線を通った電車が1990年代の半ばに運行されていたことがあって、一度乗りたいと思いながら乗る機会がなかったのが残念。私が知ってたのはどこ発かは覚えてないが、山陰本線から東海道線、大阪環状線、阪和線、紀勢本線を経由して紀三井寺に向かう花見電車だった。

駅名は公募のキーワードとして最多数の836件で使用されていた「梅小路」を使い、京都駅の西側約1.7kmの位置関係から「京都西」を合成することにした。ちなみに、駅名決定までの仮駅名はJR七条駅だった。

山陰本線(嵯峨野線)に関しては以前に書いた。
https://4travel.jp/travelogue/11748728

この辺りは京都市下京区になるが、下京区、京都市についてはそれぞれ以下で書いた。
https://4travel.jp/travelogue/11919586
https://4travel.jp/travelogue/11832454

梅小路公園は1990年に移転した日本貨物鉄道(JR貨物)梅小路駅(現京都貨物駅)の一部跡地に、1995年に平安遷都1200年を記念して作られた京都市営の都市公園(総合公園)。京都市都市緑化協会が運営している。

梅小路は堀川通と大宮通の間、JRの東海道本線の北側に沿って走り、梅小路公園を挟んで、山陰本線の西から佐井西通まで続く通りの名前から来ている。平安京の八条大路の1本北にあった梅小路に由来している。梅ヵ小路(むめかこうじ)と呼ばれることもあった。その名の由来は不明。

公園の北東側には2012年にオープンした京都水族館が、西側の山陰本線を挟んだ反対側には2016年に拡張・リニューアルオープンした京都鉄道博物館がある。どっちも以前行ったことがある。

梅小路京都西駅の東側の梅小路公園のメインエントランスである七条入口広場を南に進むとかつて京都市内を走っていた京都市電が置かれている。土日には総合案内所として使われている。

1964年から翌年に掛けて新造された2000形電車で、1977年9月まで6両が運行されていた。ので、もしかしたら私も乗ったことあるかも。ここに置かれている2001号機以外は伊予鉄道に譲渡され、現在も松山市内での運航を継続している。2001号機は保存対象となって烏丸車庫跡に保存されていたが、烏丸車庫跡の再開発により梅小路公園近くのJR高架下に移動され、2014年に現在地に移された。

そのまま南東に進むと突き当りに緑の館。「庭園の上部に屋根をかけた空間」をイメージして建てられた。1階に京野菜レストランとレンタルスペースがあり、2階には和室・茶室があるほか、有料の朱雀の庭・いのちの森への入口となっている。

緑の館と道を隔てら北東側には京都市内最大規模の大型遊具があるすざくゆめ広場。この広場の北側から210mほど南東にある市電ひろばとの間には線路が引かれ、土日祝日や夏休み期間にはチンチン電車が運行されている。

走っているのは1895年(明治28年)に開業した京都電気鉄道(京電)で走っていた電車。1918年に京都市電に買収され、狭軌1形電車(N電)として1961年の京都駅前・北野間の堀川線廃止まで使われていた。

使われているのは27号機で堀川線廃止後は交通局によって保存されていたが、1994年に梅小路公園を会場として開催された第11回都市緑化フェアの際に運行が開始された。元々は現役時と同じく架空線から集電していたが、2014年からリチウムイオン電池に動力源が変更されている。

市電ひろばには、プラットホームに4両の旧京都市電車両が止められている。右手前の703号機は市電オリジナルグッズなどを販売する市電ショップとして使われている。1958年から62年に掛けて48両が製造された700形電車の1台で、1974年に運用終了して以降は地下鉄北大路工場の保存館で時折公開されていた後、再開発で移動し、非公開で保管されていたものを2014年にこの場所に移動された。

左手前の市電カフェとして使われているのは505号機。1924年から28年に掛けて40両が製造された500形電車の1台。1970年に500形電車全車が廃車となって以降、交通局により非公開で保存されていたが、703号機同様、2014年にこの場所に移動された。

後の2台は休憩所として使われている。703号機の後は890号機。1950年から1955年にかけて90両が製造された800形電車の最後の1台で1955年完成。この型としては最後の1974年の烏丸線廃止まで運用されていた。交通局により非公開で保存されていたが、703号機同様、2014年にこの場所に移動された。なお、801号機から870号機まではワンマンの1800形に改造された。

505号機の後は1605号機。1937年から1942年にかけて95両が製造された600形電車を1966年から1968年にかけて64両がワンマン化改造した1600形の1台。元は607号機で、車内には607の番号表示が残されている。1976年に運用終了し、旧烏丸車庫に保存されていたが、2014年にこの場所に移動された。

市電ひろばから京都水族館(下の写真2)と芝生広場の間を東に進む。2.3haある芝生広場は秋に敷地の半分ほどに寒さに強い芝の種を蒔いて、グリーンが絶えないようにしている。遠足やイベントなどの様々なレクリエーションに利用する団体等も多い、公園の中心的施設。北西部には野外ステージも造られている。

野外ステージのそばには西八条第跡の案内板がある。平清盛を始めとする平家一門の邸宅郡のあった場所で、総称して西八条第(八条亭)と呼ばれた。平安時代後期の仁安年間(1166~1169)頃に建てられ、1181年の清盛の死後2日目に火災で焼失し、その後再建されたが1183年に木曽義仲によって平安京から追われた際に、平家自ら火をつけて焼失させた。

芝生広場の北東の角には京都市電935号車がある。こちらはやはり土日のみだが、大宮入口の総合案内所として利用されている。1955年から1957年にかけて35両が製造された900形電車のラストナンバー。1974年の烏丸線廃止まで運用され、交通局の保存車に選定されて保管されていたが、2014年にこの場所に移動された。

芝生広場の南西には河原遊び場があり、100mほどの人工のせせらぎで遊ぶことが出来る。せせらぎの周りの石組は京都の庭師が構築している。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.28440531245590196&type=1&l=223fe1adec

芝生広場の周りには21世紀の桜の名所となるように「次世代に残そう、美しいかがやきを」の願いを込め、代表的なサトザクラ27種、130本が植樹されたさくらの回廊になっている。少し早いかとも思っていたが、十分に咲いていた。

あと、他にもツルニチニチソウや、ジューンベリー、キンギョソウ、パンジー、トサミズキ、トキワマンサクなど春の花も美しかった。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.9237375446332397&type=1&l=223fe1adec

6時前、七条入口広場に戻り、七条入口と七条通を挟んで建つ京果会館での帰国者交流会に参加した。


以上

  • 写真1 JR梅小路京都西駅

    写真1 JR梅小路京都西駅

  • 写真2 京都水族館入口

    写真2 京都水族館入口

  • 写真3 京果会館

    写真3 京果会館

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