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2023年3月24日(金)3時45分前、幕内土俵入り開始。やり方は十両土俵入りと全く同じ。東西の土俵入りが終わると、中入と呼ばれる休憩に入り、立行司による翌日の取組を知らせる顔触れ言上が行われる。テレビ中継ではインタビューなどが放映されており、放送されることはない。<br /><br />その後、幕内前半の勝負審判登場。三段目途中に登場した審判団のうちから元安美錦の安治川親方が、元琴稲妻の粂川親方に交代して登場。十両以上だが、向正面の上に取組が表示され、結果も表示される。<br /><br />4時過ぎ、幕内の取組が始まる。幕内は6階級ある大相撲の番付の最高位の枠組み。その名は、江戸時代の将軍の相撲上覧に際し、仕切りとしてまわりに張り巡らす幔幕(まんまく)の内側に、数人の優れた力士が入ることを許され、彼らは幕の内に入る優秀な力士=幕内力士と呼ばれるようになったことから来ている。<br /><br />横綱、大関、関脇、小結と前頭から構成され、2004年以降の定員は42人。横綱はいなくても、三役と呼ばれる大関、関脇、小結は番付上必ず最低2人(東西1人)ずつ置かねばならない。大関が1人もしくは不在の場合は、横綱が大関を兼ねることになり、横綱大関と呼ばれる。実際この場所も大関は途中休場したが貴景勝一人で、全休だったが照ノ富士が東の横綱大関、貴景勝が西大関だった。<br /><br />横綱と大関を合わせても1人または0の場合は、関脇以下から大関に繰り上げるのが定説となっているが、果たして本当にそんなことが行われるのだろうか。ありそうな話だが・・・<br /><br />この場所の優勝争いは、12日目終了時点で、小結大栄翔と平幕の翠富士が2敗でトップを並走しており、関脇霧馬山と小結の若元春、琴ノ若の3人が3敗で追い、4敗が関脇豊昇龍と平幕の遠藤、大翔鵬、金峰山、千代翔馬の5人。<br /><br />幕内最初の一番には十両優勝をリードする1敗の逸ノ城が登場し、幕内の武将山を上手投げで下し、十両優勝を決める。ただし翌場所、幕内復帰が発表された後に突然引退した。次の一番の水戸龍、隆の勝は物言いが付いたが、行事軍配通り水戸龍が勝った。<br /><br />前半戦終了の3番前には人気力士の宇良が登場。私も近辺の大阪寝屋川出身で、京都の東寺近くの鳥羽高校卒業と云うこともあり応援しており、宇良タオルを購入して応援した。優勝争いの一角の大翔鵬を押し出しで破り、7勝目を挙げた。この場所は最終的に9勝を挙げて、前頭上位に進み、翌年(2024年)一月場所では小結を務めた。大翔鵬は優勝争いから脱落。<br /><br />前半戦の最後は元大関の高安が優勝争いの一角に残っていた千代翔馬を寄り切りで破って勝ち越しを決めた。この場所は結局10勝して、その後小結まで復帰したが、1場所で陥落。再大関は難しそう。千代翔馬も優勝争いから脱落。<br /><br />4時50分過ぎ、休憩に入り、勝負審判交代。三段目の最後2番から幕下を担当したセットから元横綱稀勢の里の二所ノ関親方の代わりに現大関琴櫻(この場所時点では琴ノ若)の父で親方の先代琴ノ若の佐渡ヶ嶽親方が入る。<br /><br />5時過ぎ、後半戦開始。2番目にまたまた元大関の御嶽海登場。佐田の海に突き落とし で敗れ、9敗目を喫する。大関在位4場所は最短記録。この後も前頭上位までは進むが、三役は遠く、大関復帰は難しそう。<br /><br />続いて元大関正代。元大関多過ぎ。大関は日本相撲協会発足以降、基本的に2場所連続負け越しで陥落となっているが、1958年から1969年までは3場所連続だった。この時、陥落後の場所10勝以上で復帰が定められ、6人7回(栃東が2回)復帰している。この特例でなく、2回大関に昇進したのは、魁傑と現役横綱の照ノ富士のみ。正代は竜電を寄り切りで下し勝ち越し、この場所10勝で小結に復帰した。<br /><br />次は先日(2024年十一月場所途中)に40歳の幕内力士となった玉鷲。数少なくなったうちの子供たちより年上の力士。若手の琴勝峰に引き落としで敗れ、10敗目を喫した。この場所は12敗したが、今も幕内中位にいる。<br /><br />最後6番は三役登場。まずは人気力士の小結翔猿。阿炎に送り出しで敗れ、9敗目。しかし、その後も三役に定着は出来ないが、前頭上位をキープしている。続いて優勝争い先頭の小結大栄翔。突き出しで明生を破り2敗を守った。<br /><br />3敗の小結若元春も北勝富士を寄り切りで破り、大栄翔を追う。そして関脇霧馬山。4敗の遠藤を送り出しで破り、同じく大栄翔を追走。遠藤は優勝争いから脱落。結び前は関脇豊昇龍。優勝争いトップの翠富士を下手投げで破り、ギリギリ優勝争いに残る。翠富士は一歩後退。<br /><br />結びの一番は大きな一番になった。優勝争いには絡めなかったが勝ち越しを目指す関脇若隆景と1差で大栄翔を追う小結琴ノ若。琴ノ若が圧力をかけて西土俵に寄るが、土俵際で若隆景が上手投げで対抗。2人が重なり合って倒れる。軍配は琴ノ若に上がったが、物言いが付いて、同体取り直しとなる。取り直しの一番は琴ノ若の叩きに乗じて若隆景が押し出した。琴ノ若は優勝争い、一歩後退。<br /><br />しかし、最初の一番で若隆景はじん帯や半月板などを痛めていて、歩けないくらいの大怪我だった。結局翌日から休場で負け越したし、取り直し止めたら良かったのに。翌場所から3場所全休し幕下まで落ちたが、今年(2025年)一月場所で11場所ぶりに小結に復帰。<br /><br />6時ちょっと前、全取組を終了し聡ノ富士が弓取り式。結びの一番の勝者に代わり作法を心得た力士が土俵上で弓を受け、勝者の舞を演ずる。平安時代から行われていると云う。現在の原型は江戸中期、将軍家斉の上覧相撲で横綱の2代谷風が演じたものと云う。<br /><br />本来は、千秋楽のみに行われ、三役揃い踏みに大関として登場した2人のうちの勝者が行っていたが、1952年から毎日行うようになった。通常幕下以下の力士が行うが、特別に大銀杏を結い、化粧廻しを締めて土俵に上がる。基本的に横綱がいる部屋又は一門の力士によって行われ、横綱不在の場合は大関のいる部屋又は一門から選出される。<br /><br />聡ノ富士は1996年初土俵のベテラン力士(77年生れ)。最高位は東幕下55枚目だが、この時点では二段目、最近の場所(2024年十一月場所)は東序ノ口4枚目で勝ち越した。2012年に伊勢ヶ濱部屋の弟弟子の日馬富士が横綱となり、同部屋の聡ノ富士が弓取り力士となった。<br /><br />日馬富士が引退した次の場所の2018年一月場所で役目を終えたが、2021年に代理で復活。その直後にやはり部屋の弟弟子の照ノ富士が横綱となったため、聡ノ富士も復帰した。2024年の七月場所の5日目に弓取りの最多記録である638回を記録。その翌場所からは同部屋の琴翼が担当していたが、2025年一月場所で復活したが、照ノ富士の引退と共に琴翼に戻った。<br /><br />6時過ぎ弓取り式も終わり、打ち出し。帰路に付いた。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.9266988196704455&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />この場所の最終成績は以下の通り。<br />https://sumo-hositori.com/R0/R5-3.html<br /><br />この日終了時点で、大栄翔が単独トップ。若元春と霧馬山、翠富士が1差で追う。14日目は大栄翔は3敗の翠富士に勝ち単独トップを守る。追う霧馬山は若隆景の怪我で不戦勝。若元春は豊昇龍に敗れて優勝争いから脱落。優勝は大栄翔と霧馬山の2人に絞られた。そして千秋楽に直接対決。霧馬山が突き落としで勝ち3敗で並び、優勝決定戦も突き落としで連勝、逆転で初優勝を遂げた。<br /><br />最終的に12勝3敗が霧馬山と大栄翔、11勝が若元春と金峰山、10勝が豊昇龍、正代、翠富士、高安、錦富士の5人だった。三賞は殊勲賞は該当者なし、敢闘賞は金峰山、技能賞が霧馬山と大栄翔。<br /><br /><br />以上

大相撲大阪場所 幕内(1st Div.,Grand Sumo Tournament,EDION Arena Osaka)

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2023/03/24 - 2023/03/24

3786位(同エリア3860件中)

旅行記グループ 大相撲大阪場所

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ちふゆ

ちふゆさん

2023年3月24日(金)3時45分前、幕内土俵入り開始。やり方は十両土俵入りと全く同じ。東西の土俵入りが終わると、中入と呼ばれる休憩に入り、立行司による翌日の取組を知らせる顔触れ言上が行われる。テレビ中継ではインタビューなどが放映されており、放送されることはない。

その後、幕内前半の勝負審判登場。三段目途中に登場した審判団のうちから元安美錦の安治川親方が、元琴稲妻の粂川親方に交代して登場。十両以上だが、向正面の上に取組が表示され、結果も表示される。

4時過ぎ、幕内の取組が始まる。幕内は6階級ある大相撲の番付の最高位の枠組み。その名は、江戸時代の将軍の相撲上覧に際し、仕切りとしてまわりに張り巡らす幔幕(まんまく)の内側に、数人の優れた力士が入ることを許され、彼らは幕の内に入る優秀な力士=幕内力士と呼ばれるようになったことから来ている。

横綱、大関、関脇、小結と前頭から構成され、2004年以降の定員は42人。横綱はいなくても、三役と呼ばれる大関、関脇、小結は番付上必ず最低2人(東西1人)ずつ置かねばならない。大関が1人もしくは不在の場合は、横綱が大関を兼ねることになり、横綱大関と呼ばれる。実際この場所も大関は途中休場したが貴景勝一人で、全休だったが照ノ富士が東の横綱大関、貴景勝が西大関だった。

横綱と大関を合わせても1人または0の場合は、関脇以下から大関に繰り上げるのが定説となっているが、果たして本当にそんなことが行われるのだろうか。ありそうな話だが・・・

この場所の優勝争いは、12日目終了時点で、小結大栄翔と平幕の翠富士が2敗でトップを並走しており、関脇霧馬山と小結の若元春、琴ノ若の3人が3敗で追い、4敗が関脇豊昇龍と平幕の遠藤、大翔鵬、金峰山、千代翔馬の5人。

幕内最初の一番には十両優勝をリードする1敗の逸ノ城が登場し、幕内の武将山を上手投げで下し、十両優勝を決める。ただし翌場所、幕内復帰が発表された後に突然引退した。次の一番の水戸龍、隆の勝は物言いが付いたが、行事軍配通り水戸龍が勝った。

前半戦終了の3番前には人気力士の宇良が登場。私も近辺の大阪寝屋川出身で、京都の東寺近くの鳥羽高校卒業と云うこともあり応援しており、宇良タオルを購入して応援した。優勝争いの一角の大翔鵬を押し出しで破り、7勝目を挙げた。この場所は最終的に9勝を挙げて、前頭上位に進み、翌年(2024年)一月場所では小結を務めた。大翔鵬は優勝争いから脱落。

前半戦の最後は元大関の高安が優勝争いの一角に残っていた千代翔馬を寄り切りで破って勝ち越しを決めた。この場所は結局10勝して、その後小結まで復帰したが、1場所で陥落。再大関は難しそう。千代翔馬も優勝争いから脱落。

4時50分過ぎ、休憩に入り、勝負審判交代。三段目の最後2番から幕下を担当したセットから元横綱稀勢の里の二所ノ関親方の代わりに現大関琴櫻(この場所時点では琴ノ若)の父で親方の先代琴ノ若の佐渡ヶ嶽親方が入る。

5時過ぎ、後半戦開始。2番目にまたまた元大関の御嶽海登場。佐田の海に突き落とし で敗れ、9敗目を喫する。大関在位4場所は最短記録。この後も前頭上位までは進むが、三役は遠く、大関復帰は難しそう。

続いて元大関正代。元大関多過ぎ。大関は日本相撲協会発足以降、基本的に2場所連続負け越しで陥落となっているが、1958年から1969年までは3場所連続だった。この時、陥落後の場所10勝以上で復帰が定められ、6人7回(栃東が2回)復帰している。この特例でなく、2回大関に昇進したのは、魁傑と現役横綱の照ノ富士のみ。正代は竜電を寄り切りで下し勝ち越し、この場所10勝で小結に復帰した。

次は先日(2024年十一月場所途中)に40歳の幕内力士となった玉鷲。数少なくなったうちの子供たちより年上の力士。若手の琴勝峰に引き落としで敗れ、10敗目を喫した。この場所は12敗したが、今も幕内中位にいる。

最後6番は三役登場。まずは人気力士の小結翔猿。阿炎に送り出しで敗れ、9敗目。しかし、その後も三役に定着は出来ないが、前頭上位をキープしている。続いて優勝争い先頭の小結大栄翔。突き出しで明生を破り2敗を守った。

3敗の小結若元春も北勝富士を寄り切りで破り、大栄翔を追う。そして関脇霧馬山。4敗の遠藤を送り出しで破り、同じく大栄翔を追走。遠藤は優勝争いから脱落。結び前は関脇豊昇龍。優勝争いトップの翠富士を下手投げで破り、ギリギリ優勝争いに残る。翠富士は一歩後退。

結びの一番は大きな一番になった。優勝争いには絡めなかったが勝ち越しを目指す関脇若隆景と1差で大栄翔を追う小結琴ノ若。琴ノ若が圧力をかけて西土俵に寄るが、土俵際で若隆景が上手投げで対抗。2人が重なり合って倒れる。軍配は琴ノ若に上がったが、物言いが付いて、同体取り直しとなる。取り直しの一番は琴ノ若の叩きに乗じて若隆景が押し出した。琴ノ若は優勝争い、一歩後退。

しかし、最初の一番で若隆景はじん帯や半月板などを痛めていて、歩けないくらいの大怪我だった。結局翌日から休場で負け越したし、取り直し止めたら良かったのに。翌場所から3場所全休し幕下まで落ちたが、今年(2025年)一月場所で11場所ぶりに小結に復帰。

6時ちょっと前、全取組を終了し聡ノ富士が弓取り式。結びの一番の勝者に代わり作法を心得た力士が土俵上で弓を受け、勝者の舞を演ずる。平安時代から行われていると云う。現在の原型は江戸中期、将軍家斉の上覧相撲で横綱の2代谷風が演じたものと云う。

本来は、千秋楽のみに行われ、三役揃い踏みに大関として登場した2人のうちの勝者が行っていたが、1952年から毎日行うようになった。通常幕下以下の力士が行うが、特別に大銀杏を結い、化粧廻しを締めて土俵に上がる。基本的に横綱がいる部屋又は一門の力士によって行われ、横綱不在の場合は大関のいる部屋又は一門から選出される。

聡ノ富士は1996年初土俵のベテラン力士(77年生れ)。最高位は東幕下55枚目だが、この時点では二段目、最近の場所(2024年十一月場所)は東序ノ口4枚目で勝ち越した。2012年に伊勢ヶ濱部屋の弟弟子の日馬富士が横綱となり、同部屋の聡ノ富士が弓取り力士となった。

日馬富士が引退した次の場所の2018年一月場所で役目を終えたが、2021年に代理で復活。その直後にやはり部屋の弟弟子の照ノ富士が横綱となったため、聡ノ富士も復帰した。2024年の七月場所の5日目に弓取りの最多記録である638回を記録。その翌場所からは同部屋の琴翼が担当していたが、2025年一月場所で復活したが、照ノ富士の引退と共に琴翼に戻った。

6時過ぎ弓取り式も終わり、打ち出し。帰路に付いた。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.9266988196704455&type=1&l=223fe1adec

この場所の最終成績は以下の通り。
https://sumo-hositori.com/R0/R5-3.html

この日終了時点で、大栄翔が単独トップ。若元春と霧馬山、翠富士が1差で追う。14日目は大栄翔は3敗の翠富士に勝ち単独トップを守る。追う霧馬山は若隆景の怪我で不戦勝。若元春は豊昇龍に敗れて優勝争いから脱落。優勝は大栄翔と霧馬山の2人に絞られた。そして千秋楽に直接対決。霧馬山が突き落としで勝ち3敗で並び、優勝決定戦も突き落としで連勝、逆転で初優勝を遂げた。

最終的に12勝3敗が霧馬山と大栄翔、11勝が若元春と金峰山、10勝が豊昇龍、正代、翠富士、高安、錦富士の5人だった。三賞は殊勲賞は該当者なし、敢闘賞は金峰山、技能賞が霧馬山と大栄翔。


以上

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