2025/01/12 - 2025/01/12
353位(同エリア357件中)
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九日目。
午前十時四十分、辰野駅を出発。辰野駅からは岡谷街道に戻らず駅前通りを抜けて宮木宿で伊那街道と合流。歩道もない狭い国道153号線をしばらく行くとめがね橋に到着。渇水期なのか川に水は流れていない。
旧道に入り下りとなった道を進み大出城跡を過ぎ小さな川を渡り再び坂を上ると岡谷街道と伊那街道の合流点である松島追分に到着。ここからしばらく下り道を行くと松島宿である。無電柱化が進み近代化された町並みに宿場の風情は感じられないが、桝形になった旧道を入ると昔の建物がちらほら。
郵便局あたりで再び国道に戻り、木ノ下の集落で12時のサイレンに気を取られたまま走り続けたため、旧道に入り損ね、そのまま国道を進む。再び旧道に入って明和坂を上った後、不死清水で給水して、田畑の集落に入り、一か所に集められた石碑を見学して、旧道を進み坂下入舟の交差点を右折。権兵衛街道との分岐となる明十橋を渡ると伊那部宿である。
旧井澤家住宅を見学した後、急勾配の薬研坂を下りると街道と並行して走るJR飯田線と交差する踏切に合わせてそれぞれ下島、沢渡、赤木と駅が続く。宮田宿を過ぎると、旧道は急な下り坂となり、大田切橋を渡ると再び飯田線と交差。大田切駅である。北の原公園を周回するように坂を上り国道をしばらく行くと中心街の入口に一里塚がある。緩やかに上る道をしばらく行き、駒ケ根バスターミナルを過ぎたあたりの交差点を左折して商店街をしばらく下ると駒ヶ根駅である。今日はここで止まることとする。本日の走行距離、七里三十二町也。
着替えた後、駅前の「水車」さんに入店。生ビールを飲み干した後、日本酒「夜明け前」の冷をいただきながらソースかつ丼とナミビアの郷土料理だという「マタンガラ」に舌鼓を打ち九日目を締めくくったのでした。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- JR特急 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
辰野駅
昭和58年(1983年)塩嶺トンネルを抜ける短絡線ができるまでは、特急も止まる駅だったのでホームは長大で、JR東日本とJR東海の境界駅でもありますが、乗降客は数人でした。
今回、塩尻から通称辰野線を経由して辰野に入りましたが、善知鳥(うとう)トンネルを抜けてから辰野まではローカル線とは思えないようなスピードが出ていました。さすが特急列車が走っていた路線だけあります。辰野駅 駅
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辰野駅前通り
閉店している店もあり寂れてしまっている感じがしますが、建物には人の気配がしました。生活圏としては成り立っているのでしょうか。 -
横川川
「横川橋」という橋名板なのかと思いきや「横川川」とあり、何だこりゃと思い写真を撮りました。「横川川」という名の川のようです。「横川」にしなかった理由があるんでしょうね。ちなみに、橋名は後で調べたところ「伊那富橋」という名称でした。 -
伊那街道宮木宿
何となく宿場町の雰囲気が残っており、現代の建物ではありますが「問屋」と記載された表札を掲げた家もありました。 -
北の沢めがね橋
伊那街道はかつてこの沢を上り下りしていたそうですが、明治20年代に馬車が通れるように北の沢川にめがね橋を架けてその上に盛土して谷を埋めるような形で道を通したのだそうです。現在の技術ならアーチ橋を架ければ済むのでしょうが、当時はこうして馬車が通れるようにしたんですね。 -
大出城跡
天竜川を臨める小山の地形を生かして室町時代後期から戦国時代にかけて建造された城のようですが、城主等詳しいことは分かっていないのだそうです。 -
松島追分
電柱の奥、写真右の背の低い道標には「右すハみち 左まつもと道」と、電柱の手前にある道標には「南名古屋飯田道 右東京諏訪道」「明治三十三年二月」の文字が刻まれています。
背の低い道標は、追分の位置が分かりにくく道に迷う旅人が多かったことを受け寛延2年(1749年)に建立されたものなのだそうです。追分は、徳川の御代、違う場所にあり、馬車を通れるようにするため道が付け替えられた際にここに移動し、それを機に新しい道標が建立されたのではないかと勝手に妄想しています。 -
伊那街道松島宿
無電柱化が進み町並みもきれいですが人がいません。 -
伊那街道松島宿の旧市街地
街道の宿場町というよりは昭和レトロといった感じです。 -
不死清水(しんずらしみず)
ここを通行するたびにこの水を愛飲していた老人が死ぬ間際、もう一度飲みたいと従者に汲みに行かせ、この水を飲んだところ元気になったという逸話のある湧水です。地下水がそのまま沁みだしているのでしょうか、ぬるいわけではないのですが、温かく感じる水でした。 -
田畑の石碑群
田畑地区の「田畑を語り合う会」の皆さんがこの地域にあった道祖神や二十三夜塔といった石碑を1か所に集めたものなのだそうです。 -
明十橋
伊那街道はこの橋を渡りますが、右手を行くと権兵衛街道を経て中山道に、左手を行くと高遠城下を経て甲州街道つながります。橋の下に流れる小沢川、渇水期にもかかわらずすごい水量でした。ダムから放流でもしたのでしょうかね。 -
伊那街道伊那部宿
伊那街道の塩尻、飯田の中間に位置する伊那部宿。明治に入って三州街道が坂下入舟から春日公園下まで直進するルートを通ったため、旧道には徳川の御代の面影が残っています。ただ、昭和23年(1948年)に大火があり、古い建物はあまり残っていません。「鍵の手」と呼ばれる直角に曲がった道がそのまま残っており、宿場は複雑な桝形になっています。 -
伊那部宿旧井澤家住宅
代々造り酒屋を営んできたという井澤家。住宅は17世紀末から18世紀初頭の建造と考えられているのだそうです。数次の大火による類焼を逃れ、平成の解体復元工事を経てその姿を令和の今に伝えています。伊那部宿旧井澤家住宅 名所・史跡
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JR飯田線下島駅
伊那街道と交差する踏切近くに駅があります。敢えて交差する地点に駅を造ったようです。下島駅 (伊那市) 駅
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JR飯田線沢渡(さわんど)駅
下島駅同様、駅は伊那街道と交差する踏切近くにありますがここには交換設備があり、かつて貨物発着していた頃の名残も残っています。駅舎は新しく建て替えられきれいな待合施設もあります。沢渡駅 駅
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JR飯田線赤木駅
この駅も伊那街道と交差する踏切近くにあります。赤木駅 駅
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伊那街道宮田(みやだ)宿
東山道の時代から宿場として存在し、飯田藩の参勤交代の際の宿泊地だったいう宮田宿。古い町並みが宿場町の雰囲気を感じさせてくれます。所々に古い建物が残っています。 -
JR飯田線大田切駅
この駅も伊那街道と交差する踏切近くにありますが、街道が拡張されているせいか他の下島、沢渡、赤木の各駅とは違う雰囲気となっています。大田切駅 駅
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伊那街道上穂一里塚跡
伊那街道で一里塚を初めて発見しました。石碑に名称が刻まれていなかったので私が勝手に名付けました。駒ヶ根の中心街の入口にあります。
石碑の裏には「昭和五十六年秋有志一同」と刻まれているため、市や教育委員会が建てた石碑ではないようです。地元の皆さんがここに一里塚があったことをずっと継承して来たんでしょうね。 -
JR飯田線駒ケ根駅
今は普通列車しか走っていませんが、特急列車が入って来るのではなかと思うような立派な駅です。駒ケ根駅 駅
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駒ケ根駅前「水車」
日曜日の15時過ぎに伺いましたが、地元の方と思われる面々が何組か酒盛りをしていました。出初式の日だったようで、消防の法被を着た方もちらほら。割烹食堂 水車 グルメ・レストラン
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ソースかつ丼と日本酒「夜明け前」
島崎藤村の小説「夜明け前」の舞台は中山道馬籠宿ですが、伊那谷の話もそれなりに出てきます。肝心の日本酒のお味はと言えば、すっきりとした後味で美味しかったです。 -
マタンガラ
駒ヶ根は町を上げて青年海外協力隊を応援している関係から、この店ではナミビアの郷土料理を提供しているのだそうです。牛の胃袋(ハチノス)のトマト煮込みとのこと。ハチノス、名前のとおり肉の中がスカスカな感じがする不思議なホルモンです。
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