2024/11/23 - 2024/11/23
508位(同エリア995件中)
ともっそさん
奈良公園周辺も楽しいけれど、やはり飛鳥に行きたい。
平城京跡周辺や、山の辺の道にも行きたいな~。
悩んだ結果、今回は飛鳥へ。
奈良のミステリアスさは、とても魅力的ですね。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自転車 私鉄
-
駅前にレンタル自転車のお店がいくつかありますが、まずは徒歩で行きたいところが一か所。
橋を渡って、川沿いに進みます。橋には、玄武のモチーフが。地図を見たら確かに、方角が北!
飛鳥なら、阿倍野から近鉄南大阪線の利用が便利なのですが、無理して奈良線を使ったせいで、予定よりずいぶん時間がかかってしまいました。今回は道に迷わない行程になりますように。 -
駅前の観光案内所でもらった地図を片手に、古墳に向かって、てくてくと。
地図に記された目的地とは、微妙にズレているような気がする。でも、何やらそれらしき小高い場所が見えてきたので、きっとあれに違いない。
地元の人が、怪訝な顔をして見てくるなあと思いつつ、階段を上がります。 -
なぜ寺に着いたのだ・・・。
道を間違えていたらしい。どうりであの視線。 -
慌てて元来た道を戻り、発見。
素通りしてしまっていたらしい。
ここが、訪れたかった、岩屋山古墳。国の指定史跡になっています。
この存在感の真ん前をどうして素通りできたのか、まったくもって不思議。 -
7世紀前半頃に造られたと言われていて、被葬者は斉明天皇や吉備姫王等が候補として挙がっています。
この入り口と、古墳らしい土の盛り上がり方がよいですね。 -
石室は表面を磨いた精美な切石造の横穴式石室。
7世紀の技術、すごい。 -
この石の表面の柄は、自然のものなのでしょうか。一面に見られます。
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石室から外に向けて。
ちょっとダンジョンぽい。 -
古墳の上の1本の木に、何やら杉玉に似た姿の葉?枝?の玉が。
鳥の巣でしょうか。 -
あー、のんびりする。
この史跡は、駅から徒歩5分ほどの好立地にあるのですが、他の観光スポットは飛鳥駅を挟んだ反対側の東側にあり、逆方向になるせいか、他に観光客の姿はありません。 -
線路。
こういう線路を見ると、旅してるなあという気分で楽しくなります。
この後、駅の方に戻り、レンタサイクルを借りました。
飛鳥は坂道が多いと知ってはいたのですが、お天気もいいし、時間にも余裕があるからと、よせばいいのに、足漕ぎ自転車を。 -
欽明天皇陵からスタート。
第29代天皇で、推古天皇の父親にあたります。 -
墳丘長140メートルの前方後円墳。
ここにも、のどかが広がっています。
風が強いのですが、お日様が照っていて心地よい。 -
吉備姫王墓。
この方は、皇極天皇・斉明天皇の母親で、欽明天皇の孫娘です。
この奥にある、有名な石像が見たくてやってきました。 -
四体の石像があります。
女・山王権現・僧・男。この写真は、左から女、山王権現。
猿に似ていることから、猿石と呼ばれています。
僧の像以外は、裏面にも顔が彫られているそうです。飛鳥資料館のレプリカなら、360度全方向から見られるらしい。 -
左から、僧、男、の石像。
特にこの僧の石像は、僧だと教えられなければお猿にも見えます。 -
葉っぱ1枚落ちておらず、とても大事に保全管理されているようです。
-
飛鳥には多くの石像や石造物があります。
猿石の次は、特に有名なあそこへ。
思っていたより、要所要所に案内板が立っていて、大きく迷わずにすみました。
が。予想以上に勾配がきつく、自転車を押して上る山道。 -
それでも、到着。
鬼の雪隠。
鬼が旅人を霧で迷わせ、捕らえて料理して満腹になったあと、この雪隠で用を足したと言われています。
実際のところは、古墳の石棺式石室の一部、底石と蓋石として使用されていたと考えられていますが、前者の方が想像の余地があって楽しいですね。
自転車をこの脇に置いて、次はもちろん、 -
鬼の俎板。
鬼が旅人を調理したという、まな板。 -
鬼の俎板は、鬼の雪隠とは道路を挟んだ反対側に。
短い階段を上ると、途端に視界が開けます。
周囲には田畑が。坂道のむこうには中学校もあって通学路になっているのですが、ひと気はなく、とても静かです。 -
カナヅカ古墳。
吉備姫王の真墓とする説もあります。
そうと言われなければ、素通りしてしまいそうですね。 -
天武・持統天皇檜隈大内陵。
すでに、足漕ぎ自転車運転により息切れが・・・。
ほぼ、ずっと坂。 -
白くて長い階段をのぼって、到着。
持統天皇は、日本で初めて火葬された天皇なのだそうです。 -
天武天皇と持統天皇が合葬されているとされています。
内部には八角形の石室があります。
天武天皇の兄であり、持統天皇の父である天智天皇の陵は京都。そしてそこも、八角らしい。 -
ぐるりと周囲を歩いてみます。
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墳丘は、直径50メートル、高さ6.36メートルの八角形。
八角形には、宇宙や天地を象徴する形とされているのだそうです。四方と四隅を合わせた八方を現し、すべての方向を意味するため、完全性や調和を象徴する形とされています。 -
どんぐりが、たくさん落ちています。
紅葉していないので分かりづらいですが、冬に向かっているのですね。 -
春には、見ごたえのある景色が見られるだろうな~。
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徳子安地蔵(ふくとくこやすじぞう)。
地蔵菩薩は、特に子供や旅人の守り神として親しまれているそうです。
この地蔵菩薩を左手に数メートル進むと・・・ -
亀石!
この石にはいくつか伝説があって、亀石が動くと災いが起こるというものがあります。亀石は最初は北を向いていて、次に東を向き、今は南西を向いています。これが西を向くと、大和国一円が泥の沼に化すのだとか。
他にも、大和盆地が湖だった昔、鯰と蛇の争いに勝利した蛇が湖水をすべて干してしまい、そこに棲んでいた亀がすべて死んだため、それを哀れに思った村人が亀石を作って供養したとか。 -
亀石からまっすぐに自転車を走らせ、橘寺の裏に出ました。
ここを通り過ぎ、県道155まで出ます。道路を挟んで左手に川原寺跡、右に橘寺。 -
先に、川原寺跡に。
飛鳥時代に建立されたお寺の跡。
飛鳥の四大寺の一つに数えられていたお寺ですが、衰微し、やがて廃寺に。
その奥に見えるこんもりとした木々の中に、板葺神社があり、そしてそこからすぐ近くには甘樫丘があり、そこには蘇我氏の邸宅があったそうです。 -
伽藍配置の跡・・・だったっけ?あれれ。
火災で寺院は焼失し、再建が困難になったことが衰微の原因の一つだそうです。
そして、平城京への遷都に伴い、他の三大寺は平城京へ移転したけれど、川原寺は飛鳥にとどまったのだとか。そのため他の三大寺より重要性が低下したことにより支援・資金力が落ちたことが追い打ちをかけたと考えられています。 -
当時は四大寺の一つに数えられながら、今はこうやって草生した中に跡を残すばかり。
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次はお向かいの橘寺へ。
聖徳太子生誕地、と書かれた石碑が立っています。 -
橘寺は、生誕地という以外にも、聖徳太子に縁の深い場所です。
そしてここには、有名な天井画と石像があります。
天井画のある場所は、法会により閉ざされていました。描かれた花の絵は、「浄土のようだ」と称されているすばらしいものだそうです。 -
二面石。
人の心の二面性を表していると言われています。
飛鳥時代の謎の石造物の一つとして数えられています。
右側は善相。 -
こっちの、左側は悪相。
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ススキは、奈良になんと似合うことでしょう。
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五重塔跡。
非常に珍しい形状をしているのだそうです。 -
蓮華塚。
聖徳太子が、降り積もった蓮の花を埋めた場所とされています。聖徳太子が講義を行っていた際に降ったことから、その講義の神聖性を象徴しているとか。
そして、大化の改新の時に、この塚の大きさが一畝として面積を定める基準になりました。 -
しばし道に迷いながら、飛鳥宮跡に到着。
いやほんと、見過ごしそうなほど、普通にそこにあって・・・。 -
こちらも、言われなければ、ただの野原かなと通り過ぎてしまいそうです。
奈良は歴史が古いだけあって、由来や発祥などがわからないものが多いですが、詳しく知りたいと思う気持ちと、その謎めいたところが一層魅力的でもあり。 -
次は飛鳥寺に向かいますが、先に、その道中にある酒船石を見に。
飛鳥資料館に隣接していますが、そっちは有料。ここまできて、ちょっとケチってしまった。 -
酒造に使われたとされていますが、実際は不明らしい。
薬の製造や祭祀に使われた可能性もあるそうな。
江戸時代にはすでに、いくつもの仮説が唱えられていたという謎の多い石造物です。 -
上の平たい部分で作業した何かが、ここに溜まったのでしょうか。
-
日本最古の仏教寺院、飛鳥寺。
蘇我馬子によって創建されました。
蘇我馬子のお墓が、石舞台古墳(らしい)です。彼の持った権力の大きさが垣間見えますね。 -
飛鳥寺の大仏。
日本最古の大仏です。
609年に造られたものだそうです。
平安時代と鎌倉時代の二度の火災で損失を受けながらも、修復されて現在もこのお姿を保っています。 -
そしてこの大仏は、左右のお顔の表情が異なるそうです。
右側から見ると穏やかなお顔。 -
左側から見ると、厳しいお顔。
左右非対称にした理由はわかっていないそうです。 -
極楽浄土に導く姿を表現している阿弥陀如来像。
-
聖徳太子像。
木製で、室町時代のもの。
父親の用明天皇の病気回復を祈願されている姿だそうです。 -
鎌倉時代制作の、木製の法華経経典。
美しい彫刻が施されているそうです。
木製のものが、ここまで良い保存状態で残っているのがすごいですね。 -
大黒天。
鎌倉時代に制作されたもの。
訪れる人々に福をもたらすとされています。
たくさん撫でられたのでしょうか、お顔の凹凸が消えかかっています。 -
入鹿の首塚。
乙巳の変で中大兄皇子と中臣鎌足によって暗殺された蘇我入鹿ですが、首は斬られた後、100メートルほど離れた飛鳥寺の裏手のここまで飛んできたそうです。
日本書紀の中で入鹿は暴虐非道な人物として描かれていますが、本当はどんな人だったのでしょう。 -
板蓋宮跡。
乙巳の変の舞台としても知られています。
飛鳥宮は複数の宮殿の総称で、そこにあった宮の一つが板葺宮だったらしい。そういうことだったのね。。。 -
いつまでも眺めていられます。
しかし、日が陰ってきて、寒っっ。
そろそろ、最後の目的地へ。 -
高松塚古墳。
ここだけは本当に、電動自転車をお勧めします。
人体構造上、足漕ぎ自転車で踏破は無理。 -
被葬者は特定されていないそうですが、天武天皇の皇子などではないか、とのこと。
円盤状のような、面白い形状です。二段式の円墳と呼ばれるものだそうです。 -
こういう階段があると、のぼりたくなる。
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お、みかん。
-
資料館にも入ってみました。
この絵は、女子群像。四人一組で、計16人が描かれています。
当時の女官たちの姿を絵にしたものらしい。 -
海獣葡萄鏡。
葡萄の蔓と、海獣が描かれていることから。
そしてこの海獣は、想像上の生物で、うずまくたてがみを持った、獅子に似た姿だそうです。 -
青龍。
東の守護神です。 -
北の守護神は玄武。
亀と蛇が絡み合った姿。
亀は「長寿と不死」の象徴で、蛇は「生殖と繁殖」の象徴。この2つの生物が絡み合う姿は、陰陽の調和や生命の循環を表現しているそうな。
この後はキトラ古墳まで行こうと思ったのですが、道中全て上り坂であることを知り諦めました。なだらか~に、ずっと先まで続く上り坂が見えたので、そっと諦めました。
駅前の観光案内所に、ハニワを模した人形焼のようなお饅頭が売られていました。
飾っておきたい・・・。
飛鳥には、大きなガイドブックには載っていない史跡がたくさんあるので、制覇したいものです。
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