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 七日目。<br /> 午前十時二十分、台ケ原宿を出発。緩やかに上る宿場町を出ると旧道はアップダウンを繰り返し、桝形になった道から国道20号線に入ると教来石宿である。国道沿いに宿場町を形成していたと思われるが名残はほぼない。<br /> 再び旧道に入り、山口関所を過ぎると高原の田園風景が開け、釜無川を渡ると信濃の国に入る。標高702m也。日蓮聖人の高座石を見学した後、原路道(はらぢみち)との分岐点の少し先、眞福寺まで続く急な上り坂を越えて、下り道をしばらく行くと蔦木宿である。ここも道は桝形となっており、国道20号線の沿道には宿場町らしい町並みが残っている。ただ、国道は大型トラックが行き来するばかりで人の往来はほとんどない。<br /> 宿場町の中心部を抜けると旧道は再びアップダウンを繰り返し、瀬沢の集落を過ぎると日陰の道に雪が残っている。ここ何日かの間に降雪したようだ。重修一里塚あたりからは雲が出て来て小雪が舞い始め、甲州街道の最高地点でもある原の茶屋を過ぎると道は下りに。雪道は滑らぬよう慎重に進み、御射山神戸の坂を越えて下り道を行くと金沢宿に到着。権現の森を通過し、貴船神社を臨む石碑を過ぎ宮川に沿った旧道を進み、茅野一里塚まで来ると無電柱化の進んだ市街地となり、上川を渡ると大鳥居が見え茅野駅前に到着する。今日はここで止まることとする。本日の走行距離、七里十八町也。<br /> 着替えた後、駅前の「そば処茶屋」さんに入店。生ビールを飲み干した後、高天の冷をいただきながら天セイロに舌鼓を打ち七日目を締めくくったのでした。

憧れのお伊勢参り【七日目】 台ケ原→茅野

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2024/12/15 - 2024/12/15

229位(同エリア237件中)

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20

かくちゃんさん

この旅行記のスケジュール

2024/12/15

この旅行記スケジュールを元に

 七日目。
 午前十時二十分、台ケ原宿を出発。緩やかに上る宿場町を出ると旧道はアップダウンを繰り返し、桝形になった道から国道20号線に入ると教来石宿である。国道沿いに宿場町を形成していたと思われるが名残はほぼない。
 再び旧道に入り、山口関所を過ぎると高原の田園風景が開け、釜無川を渡ると信濃の国に入る。標高702m也。日蓮聖人の高座石を見学した後、原路道(はらぢみち)との分岐点の少し先、眞福寺まで続く急な上り坂を越えて、下り道をしばらく行くと蔦木宿である。ここも道は桝形となっており、国道20号線の沿道には宿場町らしい町並みが残っている。ただ、国道は大型トラックが行き来するばかりで人の往来はほとんどない。
 宿場町の中心部を抜けると旧道は再びアップダウンを繰り返し、瀬沢の集落を過ぎると日陰の道に雪が残っている。ここ何日かの間に降雪したようだ。重修一里塚あたりからは雲が出て来て小雪が舞い始め、甲州街道の最高地点でもある原の茶屋を過ぎると道は下りに。雪道は滑らぬよう慎重に進み、御射山神戸の坂を越えて下り道を行くと金沢宿に到着。権現の森を通過し、貴船神社を臨む石碑を過ぎ宮川に沿った旧道を進み、茅野一里塚まで来ると無電柱化の進んだ市街地となり、上川を渡ると大鳥居が見え茅野駅前に到着する。今日はここで止まることとする。本日の走行距離、七里十八町也。
 着替えた後、駅前の「そば処茶屋」さんに入店。生ビールを飲み干した後、高天の冷をいただきながら天セイロに舌鼓を打ち七日目を締めくくったのでした。

旅行の満足度
3.0
グルメ
3.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
JR特急 JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 長坂駅<br />貨物列車の車両点検の影響であずさが遅れ、韮崎駅から台ケ原までのバスに乗れず、仕方なく鈍行に乗り換えて長坂に来訪。1時間ほど待って北杜市営バスに乗車。乗客は私一人でした。

    長坂駅
    貨物列車の車両点検の影響であずさが遅れ、韮崎駅から台ケ原までのバスに乗れず、仕方なく鈍行に乗り換えて長坂に来訪。1時間ほど待って北杜市営バスに乗車。乗客は私一人でした。

    長坂駅

  • 台ケ原宿<br />写真左奥の金精軒にはすでにお客がいましたが、観光客はまばらでした。

    台ケ原宿
    写真左奥の金精軒にはすでにお客がいましたが、観光客はまばらでした。

    七賢 グルメ・レストラン

  • 台ケ原宿つるや旅館<br />手前の旧館は旅籠の雰囲気満載ですが人の気配がありません。泊まれないようです。

    台ケ原宿つるや旅館
    手前の旧館は旅籠の雰囲気満載ですが人の気配がありません。泊まれないようです。

    つるや旅館 <山梨県> 宿・ホテル

  • 教来石(きょうらいし)宿<br />国道20号線の沿道に宿場があったと思われます。本陣跡に石碑は建っているものの、宿場町の名残は見つかりませんでした。<br />

    教来石(きょうらいし)宿
    国道20号線の沿道に宿場があったと思われます。本陣跡に石碑は建っているものの、宿場町の名残は見つかりませんでした。

  • 山口の関所跡<br />甲州と信濃の国境にある甲州24か所の口留番所の一つ。見通しの良い場所にあります。

    山口の関所跡
    甲州と信濃の国境にある甲州24か所の口留番所の一つ。見通しの良い場所にあります。

    山口口留番所跡 名所・史跡

  • 日蓮上人の高座石<br />民家の軒先のような場所を通って入ります。分かりにくいですが、写真中央の祠の下に大きな岩があります。

    日蓮上人の高座石
    民家の軒先のような場所を通って入ります。分かりにくいですが、写真中央の祠の下に大きな岩があります。

  • 原路道(はらぢみち)の入口<br />写真の未舗装道路はすぐ行き止まりとなりますが、道標はこの場所にあります。山道ですが、諏訪の中馬(ちゅうま:徳川の御代に発展した馬を利用した荷物運送業)は恒常的に原路道を通っていたようです。

    原路道(はらぢみち)の入口
    写真の未舗装道路はすぐ行き止まりとなりますが、道標はこの場所にあります。山道ですが、諏訪の中馬(ちゅうま:徳川の御代に発展した馬を利用した荷物運送業)は恒常的に原路道を通っていたようです。

  • 蔦木(つたき)宿<br />旧道にある看板、傘屋根ともにかなり年季が入っています。<br />

    蔦木(つたき)宿
    旧道にある看板、傘屋根ともにかなり年季が入っています。

  • 蔦木宿本陣大阪屋表門<br />表門だけが平成に入って復元されたそうです。

    蔦木宿本陣大阪屋表門
    表門だけが平成に入って復元されたそうです。

  • 平岡一里塚<br />木の根元の石碑、建立は昭和37年5月1日となっていました。塚は残っていませんが、かなり古くから一里塚があった場所として認識されていたようです。

    平岡一里塚
    木の根元の石碑、建立は昭和37年5月1日となっていました。塚は残っていませんが、かなり古くから一里塚があった場所として認識されていたようです。

  • 重修一里塚<br />塚らしい雰囲気が残っています。標高は950mです。

    重修一里塚
    塚らしい雰囲気が残っています。標高は950mです。

  • 原の茶屋<br />甲州街道の最高地点で標高は961m。明和9年(1772年)に一軒茶屋が開かれて以来集落が発展し、明治に入ると湧水が整備され、その水は明治天皇の行幸の際、御膳水として献上されています。写真左奥にある表紙の写真としても使用した桔梗屋は、明治、大正期には文人も訪れる旅館として繁盛したのだそうです。<br />

    原の茶屋
    甲州街道の最高地点で標高は961m。明和9年(1772年)に一軒茶屋が開かれて以来集落が発展し、明治に入ると湧水が整備され、その水は明治天皇の行幸の際、御膳水として献上されています。写真左奥にある表紙の写真としても使用した桔梗屋は、明治、大正期には文人も訪れる旅館として繁盛したのだそうです。

  • 御射山神戸(みさやまごうど)一里塚<br />写真左に見える塚に生えるケヤキは塚が造られた慶長年間(17世紀初頭)に植えられたものと推定されるのだそうです。樹齢400年超、すごい迫力です。

    御射山神戸(みさやまごうど)一里塚
    写真左に見える塚に生えるケヤキは塚が造られた慶長年間(17世紀初頭)に植えられたものと推定されるのだそうです。樹齢400年超、すごい迫力です。

  • 金沢宿<br />大名が休憩や宿泊を行う本陣や旅籠の他にも、木賃宿や中馬宿もありました。古い建物が所々見られますが、保存されているというよりも空家となってそのまま残っている感じです。

    金沢宿
    大名が休憩や宿泊を行う本陣や旅籠の他にも、木賃宿や中馬宿もありました。古い建物が所々見られますが、保存されているというよりも空家となってそのまま残っている感じです。

  • 権現の森<br />17世紀の中頃まで金沢宿はこの辺りにあり「青柳宿」と称していました。

    権現の森
    17世紀の中頃まで金沢宿はこの辺りにあり「青柳宿」と称していました。

  • 旧道石碑から見た貴船神社<br />冠木門から石碑を見るとその先に貴船神社の鳥居が見える構造となっています。

    旧道石碑から見た貴船神社
    冠木門から石碑を見るとその先に貴船神社の鳥居が見える構造となっています。

  • 茅野一里塚<br />江戸から50番目の一里塚の跡ですが、コンテナに絵付きで案内されている一里塚は珍しいのではないでしょうか。痕跡は残っていませんが、コンテナの裏手にある駐車場の奥に石碑と案内板があります。案内板には明治18年(1885年)に民間に払い下げられ取り壊されたとあります。似たような例としては、中山道の謡坂十本木一里塚(https://4travel.jp/travelogue/11816341)がありますが、このような一里塚、全国にそれなりにあるんでしょうかね。

    茅野一里塚
    江戸から50番目の一里塚の跡ですが、コンテナに絵付きで案内されている一里塚は珍しいのではないでしょうか。痕跡は残っていませんが、コンテナの裏手にある駐車場の奥に石碑と案内板があります。案内板には明治18年(1885年)に民間に払い下げられ取り壊されたとあります。似たような例としては、中山道の謡坂十本木一里塚(https://4travel.jp/travelogue/11816341)がありますが、このような一里塚、全国にそれなりにあるんでしょうかね。

  • 茅野駅前大鳥居<br />建造が昭和初期なので、茅野駅から前宮(まえみや)や本宮(ほんみや)に行くための入口として設けられたようです。<br /><br />

    茅野駅前大鳥居
    建造が昭和初期なので、茅野駅から前宮(まえみや)や本宮(ほんみや)に行くための入口として設けられたようです。

  • そば処茶屋さん。<br />日曜日の15時前に入店。お客は先客が一組。さほど時間がかからず配膳。天ぷらは揚げたてが出てきて美味しかったです。

    そば処茶屋さん。
    日曜日の15時前に入店。お客は先客が一組。さほど時間がかからず配膳。天ぷらは揚げたてが出てきて美味しかったです。

    そば処茶屋 ちのベルビア店 グルメ・レストラン

  • 茅野駅<br />立派な橋上駅舎で駅前のロータリー、複合施設「ベルビア」が中核都市の玄関口としての雰囲気を醸し出しています。

    茅野駅
    立派な橋上駅舎で駅前のロータリー、複合施設「ベルビア」が中核都市の玄関口としての雰囲気を醸し出しています。

    茅野駅

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