2024/12/02 - 2024/12/02
1638位(同エリア8990件中)
minoさん
美術館巡りツアー最終日は自由行動と市内観光が選べました
夫はツアーのみなさんと一緒に市内観光でしたが
私は単独でMoMAとMETを見学してきました
MoMAの鑑賞後にハラルガイズを買いホテルでお昼ごはん
休憩してから地下鉄に乗り、セントラルパークを横断して
再びメトロポリタン美術館へ
夕飯はカップのお茶漬け
夜8時にホテルロビー集合してツアーバスでJFKへ移動
jalの深夜便に乗り、日本の羽田空港へ帰りました
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
シェラトンタイムズスクエアホテルから歩いて5分
MoMAのチケットはあらかじめネットで入手 -
スクールバスを発見
-
5分くらい並んだかな程度で入館
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-
『恋人たち』マグリット
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『母の肖像』フロリン・ステテイマー 1925年
-
サルバドール・ダリ 1932年
回顧的女性胸像
ダリによれば、ミレーの《晩鐘》から着想を得たとそう
解説より
「若い女性の頭部には、インク壺を乗せたパンが置かれている。このモチーフと構図は《カタルーニャのパン》とほぼ同じであるが、二人の人物が描かれており、この二人がミレーの《晩鐘》に描かれている人物である。なおパンは《カタルーニャのパン》と異なり、柔らかくなっている。
多くの人はミレーの晩鐘の絵に対して普通はセンチメンタルなものを感じるかもしれないが、ダリは少し異なる。
ダリ独自の解釈によれば、胸に祈りを捧げて頭を垂れている女性は、無意識の性的欲求を示しており、カマキリのポーズを示して男性を襲おうとする女性の性的パワーの表れだという。ダリは女性の中に眠る官能性に秘められている危険性をカマキリに関連づけた。
一方の男性は帽子で股間を隠しており、頭をうなだれているが、これは男性の性的抑圧、または性的不安を表しているものだという。インク壺をのせたパンが柔らかくなっているのもそのためである。
首にはトウモロコシと走馬灯が首飾りのようにかけられている。これは「ゾートロープ」とよばれるもので、走馬灯と原理は同じだが、ゾートロープは回転させるとアニメーションのように連続した動きになるヨーロッパのおもちゃである。この首飾りに描かれている男性はダリに似ている。
また、女性の額にはダリにとって「死」を象徴するアリが群がっている。」 -
『Still Life with Aubergines』ナスのある静物画
アンリ・マティス 1911年 -
『ダンス』
マティス -
グスタフ・クリムト
着物を着た立っている女性 (Dame im Kimono)
1917-18
紙に鉛筆 -
グスタフ・クリムト
《希望Ⅱ》1907年から1908年
クリムトが好んだモデルの1人であるヘルマを描いたもの
妊婦に焦点を当てたクリム作品の2作目
『ヴィジョン』と題された作品
先行して描かれた《希望》にちなんで《希望Ⅱ》と呼ばれる
クリムトは1903年に《希望I》で、裸の身重なヘルマを描いた
この《希望Ⅱ》は、幾何学的な図形で装飾された長いドレスを身に着けている
茶色の長い髪に目を閉じ、むき出しの胸と膨らんだ腹部に向かって頭を下げている
服の前には、不釣り合いな人間の頭蓋骨が
《希望I》でも、彼女は頭蓋骨と死神らしき人物を伴っている
絵の足元では、3人の女性も祈るように頭を下げている
110.5×110.5センチメートルの正方形の大きさ
女性は絵の中央3分の1を占め、左右には金箔を施した濃い色の背景
女性の衣服は、金箔で装飾され、豊かな色彩と模様が施されていて
正教会のイコンのように平坦です
繊細に描かれた人間の顔や輪郭、また背景の暗い色調と対照的 -
希望Ⅱは、1908年の第1回ウィーン・クンストシャウに出品
《希望I》は翌年の第2回ウィーン・クンストシャウまで展示されず
中心人物のヌードがスキャンダラスであったため
この絵は1914年12月以前にウージェニー・プリマヴェーシが入手し、
1930年代後半にオットー・カリールあるいはその後継者ヴィータ・キュンストラーのノイエギャラリーによって売却
その後、1978年にハンス・バルナスがニューヨーク近代美術館(MOMA)に売却するまで、個人コレクションに -
フィンセント・ファン・ゴッホ
《郵便夫ジョセフ・ルーランの肖像》1889年 -
このジョセフ、穏やかな表情
-
クリムト
Profile of a Girl 1898~99
紙に色鉛筆 -
『公園』
クリムト -
-
-
「私と村」
シャガール 1911年
おとぎ話に出てくるような夢のような農村の空間が、都会芸術の代表であるキュビスムの技法を使って一続きで重なるように描かれているのが特徴 -
-
『二人の裸婦』
ピカソ 1906年
ピカソはこの時25歳
「バラ色の時代」を離れ、ほとんど「キュビスム時代」 -
『アビニヨンの娘たち』
ピカソ 1907年
スペインのバルセロナ、アビニヨー通りから命名されたこの大作は娼窟を描いたもの
画面左側の女性の横顔は古代エジプト彫刻、
中央の2人の顔には、イベリア彫刻(古代スペイン彫刻)
グロテスクに歪曲された右の2人の顔には、アフリカ彫刻の影響
また右手前の女性は背を向け顔だけがこちら側をにらんでいる
遠近法や明暗法などによって得られる写実的な現実感はない
絵画ならではの新しい現実感を得るために、事物の形をいったん解体したうえで画面のなかで複数の視点から再構成する「キュビスム」の起点とされる
遠近法や明暗法に基づく伝統的な絵画の約束事を根本からくつがえした点で現代絵画の出発点 -
『3匹の子犬の静物語』
ポール・ゴーギャン1888年
ゴーギャンがこの絵を描いたとき、ブルターニュで実験的な画家たちの集団と暮らしていた
彼は自然主義的な描写や色彩を捨て
「芸術は抽象であり、自然の前で夢見ながら自然から引き出される」ものだと宣言
子犬の体は太い青で縁取られ、毛皮の模様はテーブルクロスの植物柄を反映したもの
この絵のインスピレーションは児童書の挿絵や、友人で画家仲間のゴッホから紹介された日本の版画から得たらしい -
『セイヨウトチノキの木の下で』
メアリー・カサット 1896~97
版画家として、ドライポイントの細く豊かな線と平坦な色面という独特の組み合わせを生み出す
1898 年にニューヨークで行われた展覧会の後、
ある評論家はこの作品を「現代で最も美しいカラー プリント」と評しました -
ピエール・ボナール
The Little Laundry Girl ( La petite blanchisseuse )
1896 -
『夢 』
アンリ・ルソー 1910年
ジャングルをテーマとするルソーの25を超える絵の1つ
ルソーの(1910年9月2日に死去)最後の作品 -
エドゥアール・ヴュイヤール
刺繍
1895-96 -
Mouth of the Seine at Honfleur, evening
ジョルジュ・スーラ 1886 -
額まで点描
-
この旅で3枚の赤いチョッキの少年を見ました
-
ピカソ 3人の音楽家
このテーマで描かれたピカソの絵はあたたかみがありどれも素敵
ポストカードを購入 -
泉のほとりの三人の女
パブロ・ピカソ 1921年
古典古代の造形に傾倒したピカソは、1920年代初頭に泉に集う古代ギリシア風の女性像に取り組む
本作品は、この主題を描いた大作《泉のほとりの3人の女》(1921年、ニューヨーク近代美術館蔵)の習作の一つ
1921年のパリ近郊のフォンテーヌブローでの制作は、泉や母子像をテーマにした古典的な主題の作品群のほか、その対極ともいえる人物像を徹底的に抽象化した「3楽士」のシリーズを生み出している -
中庭
階段の踊り場から -
『キャンベルのスープ缶』(Campbell's Soup Cans)
アンディ・ウォーホル 1962年
作品は一枚高さ20インチ、幅16インチのカンバスに描かれており、計32枚
個々のカンバスにはキャンベル・スープ・カンパニーが製造したスープ缶の絵が1缶描かれている
絵はシルクスクリーンという方法で制作されており、一枚の絵の全部が手書きであるわけではない
この絵は、ほぼすべて同じスープ缶をテーマとして画一的に大量生産されたものを描いている
大量生産されたものに囲まれ画一的な生活を送る現代人、
または大量に生産され流通する情報を風刺するものとする見方がある
同じものを繰り返し見せることで本来のメッセージと異なったメッセージを見せ
日常で目にする同じものが並んでいる風景を題材にすることで大量消費について考えるきっかけを作った
また、『キャンベルのスープ缶』が大衆文化由来のテーマに依存していたことにより、アメリカ合衆国における主要な美術運動であるポップアートが到来する一助となった。ウォーホルがキャンベルのスープ缶を描いた理由として、キャンベル・スープ・カンパニーはウォーホルが「自分が美しいと思うものを、いつも描いているだけです。」「僕がスープを好きだから。」と発言したことを挙げている -
肘掛け椅子に座る裸婦
(Henri Matisse) -
Roger and Angelica
オディロン・ルドン -
沈黙 1911 年頃
ルドン -
-
アントワーヌ・ドミニク・ソヴァール・オベール
芸術家の叔父
ポール・セザンヌ
1866
1866 年の秋、セザンヌは母方の叔父ドミニク・オーバールがさまざまな衣装をまとった一連の絵画を制作しました。この絵では、彼はローブと房飾りのついた青い帽子をかぶっています。メトロポリタン美術館のコレクションにある別の作品では、彼は修道士の姿で描かれています (1993.400.1)。友人は「彼の [新しい] 肖像画が毎日のように現れている」と報告しています。セザンヌは、粗く織られたキャンバスにパレットナイフで直接絵の具を塗り、これらの絵に彼が言うところの「勇敢な」性格を与えました。 -
Still Life With Apples (1895 Until 1898)
ポール・セザンヌ -
ポール・アン・ベッサン、港の入り口
1888 スーラ
スーラは、水と光の明るい性質を喚起するために、鑑賞者の目に溶け込むように小さな色の点を並べました
MoMAのディレクター、アルフレッド・H・バー・ジュニアは、この絵を音楽に例え、雲の影と白い帆を、調和のとれた混ざり合った複数の独立したメロディーとして表現しました -
アンリ・マティス
バイオリンケースのあるインテリア
ニース、1918-19年冬 -
白い服の女 ピカソ
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ピカソ
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ピカソ
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ピカソ
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ピカソ
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『Anna Zborowska』
アメデオ・モディリアーニ 1917 -
『星月夜』
ゴッホ 1889年6月
フランスサン=レミ=ド=プロヴァンスのサン=ポール・ド・モゾール修道院の精神病院で療養中に描かれた -
モネ 睡蓮
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アガパンサス
1914-26
モネは頻繁に屋外で絵を描き、ジヴェルニーの植物、木々、池から無限のインスピレーションを得る
彼の所有地の庭園は、彼の晩年にとても大掛かりな場所となり、維持には専属の庭師 6 名が必要でした
モネは池の岸辺に、アフリカ原産の細くて薄いユリ科の植物であるアガパンサスを植えたほか、藤、アヤメ、竹など、他の数種類の植物も植えていました -
記憶の固執
サルバドール・ダリ1931 -
The Piano Lesson
アンリ・マティス -
『高い椅子に座る女性』(Femme au tabouretまたはLa femme assise)
アンリ・マティスが 1914 年
詩人で美術評論家のモーリス・レイナルの妻、ジェルメーヌ・レイナルの肖像画
単純化された幾何学的構造、暗い輪郭、落ち着いた色調 -
Moma すごい、素晴らしい
でも私自身が疲れ過ぎていて鑑賞するのに十分な気力が足りず
ハラスガラスを購入してホテルで食べました -
この写真は市内ツアーに参加した夫から送られたもの
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ホテルで昼食と休憩後に再び地下鉄に乗り
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公園を通り抜け
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スズメ
筋肉質で動きが精悍 -
リス
外国の公園あるある -
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再びメトロポリタン美術館へ
エジプトの展示を見てきました -
体力的に限界だったのでポイント狙いでここだけ見学しました
ヨーロッパ絵画のみでしたら一日見学でもなんとか見れそうな感じですが、それ以外も充実した展示ですので数日かけて見て周りたい場所でした -
美術館の周辺は高級住宅街です
-
夕方の公園を通り抜け、再び地下鉄駅へ移動しました
陽が落ちて暗くなる前に移動しようと焦りましたが、思ったよりも多くの人が公園内にいたので怖くはなかったです -
ホテル近くの地下鉄駅「7番街」から地上へ出る際の出口が、どこから出ればベストなのか分からずに適当に出てしまい、地上に出てから迷いました。
Wi-Fiルーターは夫が持っていて使えず、地図もなし
ブロードウェイ周辺からホテルに戻るには
通行人に声をかけてホテルの方向を教えてもらいました
地下鉄出口からホテルまでの所要時間は20分、
適切な出口から出れば1分
あらかじめ出口も調べておくべきでした
ホテルで最終の荷造り、お土産の買い忘れないかチェック
夕飯は持参のインスタトのカップお茶漬け
日本から持ってきたお菓子などぼりぼり食べ
お風呂に入った後は集合時間までゆっくり過ごしました -
夜8時にホテルをチェックアウト
ホテルロビーに集合です
ツアーバスに乗りJFK空港へ向かいます -
JFK空港クリスマスツリー
-
9時の空港は空いて搭乗手続きはすぐ終わりましたが
出国の保安審査は30分くらい並びました
並んでいる間にも受付窓口が減っていき、最終的に2つに -
ラウンジでゆっくり過ごしました
Greenwich Lounge -
おつまみ程度のものはありましたので
ひたすらスパークリングワインをぐびぐび -
今回の旅を振り返って心残りは
時間がなくて見れなかった絵がたくさんあったワシントンのナショナルギャラリー
時間があっても体力と気力がなくてダメだったのはMoma
メトロポリタン美術館は1日で見れるサイズではなかった
またお金貯めて、時間もやりくりして再訪したいです
毎日の食事や都市間移動の心配なしのツアーは楽でした
この短期間でこの数の美術館巡り、自力では無理
この後ツアーに参加出来てよかった
どの美術館も甲乙つけがたい素晴らしいところでした -
深夜便は定時に離陸
期待の最新機種でしたがモニターの調子悪く残念でした -
前半は起きていて
後半にがっつり寝ました
日本時間の早朝に到着
これにてアメリカ美術館巡りの旅行記終了です
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