2024/12/01 - 2024/12/01
157位(同エリア179件中)
かくちゃんさん
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六日目。
午前八時五十分、凍晴の甲府柳町宿を出発し、桝形の通りを進み宿場町を抜けると大通りに出る。国道52号線である。荒川、貢川を渡り旧道に入ると、上石田のサイカチがお出迎え。山梨県立美術館前を通過し、竜王郵便局を過ぎたところを右折すると丸石が鎮座する竜王新町下道祖神がお待ちだ。拝礼後、中央本線の踏切を渡ると道は急な上りとなり、坂の頂上を過ぎると今度は桝形の下り道。間の宿のような下今井の集落を抜け煉瓦造りの中央本線のガードをくぐり、舟形神社の背の低い鳥居に拝礼して、二十三夜塔前を左にカーブしながら進み、塩川を渡り中央本線の線路沿いの道をしばらく行くと鰍沢横丁が見える。韮崎宿である。
無電柱化された宿場町が終わっても沿道に人家が続く旧道を進み、桐沢橋で釜無川を渡る。快晴の空の下、桐沢橋から見る雪化粧した富士山は鉄塔や送電線といった遮るものが何もなく絶景である。渡橋後、坂道を上ると街道は徳島堰と並行する。徳島堰は途中離れたりくっついたりするが、上流に行くほど水嵩が増す。その水量はスプラッシュマウンテンの丸太ボートでも流れて来るのではないかと思うほどの勢いである。入戸野に入ると水の勢いを利用して振子式下掛水車を回す発電所までお目見え。街道を外れ遠回りして取水口を見学し、小武川を渡ると北杜市に入る。六里一里塚、七里一里塚はともに痕跡はないものの石碑が位置を知らせてくれる。尾白川を渡ると舗装していない古道が現れ、小高い丘につながる階段を上ると無銘の巨塔がある。巨塔見学後、古道に戻るも古道は人があまり通っていないらしく、通るとくっつき虫がランニングタイツにびっしり。舗装道に入ってくっつき虫を取った後、緩い上り道をしばらく行くと程なくして台ケ原宿に到着。本日はここで止まることにする。本日の走行距離、八里二町也。
公園で着替えた後、七賢の直営レストランである「臺民」さんに入店。おつまみセットの小鉢と甲州豚の塩糀づけをいただきながら瓶のプレミアムモルツを飲み干すと、ちょっと高かったですが奮発して七賢のスパークリング「空ノ彩」も注文して堪能。上機嫌で六日目を締めくくったのでした。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス JR特急 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
甲府駅前の武田信玄公銅像
朝8時30分でしたがもう観光客らしき人達がいました。武田信玄公銅像 名所・史跡
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甲府柳町宿
少し寂れている感じがしますが、現在も桝形となっている通りには手打ちそば奥村本店を中心にホテルなどが立ち並んでいます。手打ちそば奥村本店 グルメ・レストラン
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上石田のサイカチ
サイカチは川岸の湿ったところに生えます。写真のサイカチは貢川の河川敷が整備される前から生えていたようで樹齢約300年と推定されるそうです。二対となっていることから「夫婦サイカチ」とも呼ばれています。 -
竜王新町下道祖神
ここは徳川の御代の寄り合い場でかつては五十坪の広さがあったのだそうです。その一部が丸石神体の道祖神とともに古跡として保存されています。 -
第一信州往還踏切
中央本線が開通した当時、この道は甲州街道ではなく甲府と諏訪を結ぶ信州往還という位置づけたったようです。 -
下今井の街並み
甲州街道旧道の沿道にはこうした古い町並みがほかにも何か所かありました。間の宿のような雰囲気があります。 -
中央本線ガード
かつては煉瓦のすぐ上を汽車が走っていたんでしょうかね。 -
舟形神社の鳥居
高さが2.53mしかありません。石の鳥居でこんなに低いのを私は初めて見ました。建造は応永4年(1397年)と700年以上の歴史があります。 -
韮崎宿
徳川の御代、参勤交代で諸国の諸大名はこの宿場を通過していたものの、ここで宿泊することは少なく、本陣は問屋も兼務していたのだそうです。清水屋旅館 宿・ホテル
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徳島堰
十七世紀後半、江戸深川の商人・徳島兵左衛門俊正が私財を投じて開削に着手しましたが完成に至らず地元の郷士矢崎又右エ門によって修復、改修された後、甲府代官が管理していました。これが、明治維新後も使われ続け、昭和49年(1974年)石積からコンクリート水路に改修され現在に至っています。 -
入戸野発電所
発電所は3か所ありました。落差ではなく水の勢いだけで発電している機器を私は初めて見ました。 -
武川一里塚
「甲府ヨリ六里ナノテ六里塚トモ云ウ」と石碑に記されています。江戸からではなく甲府から距離を測っているところを見ると、徳川の御代には江戸から続く甲州街道ではなく甲府と諏訪を結ぶ信州往還と位置付けられていたのではないかと勝手に推測しています。 -
三吹一里塚
この一里塚にも武川一里塚と同様に「甲府ヨリ七里ナノテ七里塚トモ云ウ」と石碑に記されています。 -
甲州街道古道
ここからはじばらく未舗装の道が続きます。 -
無銘の巨塔
この巨岩は、明治14年(1881年)の日蓮大聖人の六百遠忌に向けて白州町中山から長坂町日野の見法寺まで運び「南無妙法蓮華経」と刻まれる予定でしたが、資金難で釜無川を越えることができず、ここに留め置かれたものなのだそうです。わざわざ丘の上まで運び、横倒しではなく立てて存置させたわけですから、放置されたわけではないようです。研磨までした巨岩に当時の皆さんが何らかの意味を持たせたかったんでしょうね。平成28年(2016年)になって、周辺を整備し案内の石碑を設置したようです。 -
台ケ原宿
鉄道の駅から離れていること、また、国道20号線のバイパス道路が開通したからでしょうか昔の街並みが残っており、宿場町の雰囲気が色濃く残っています。 -
レストラン臺民
七賢の直営レストランです。12月最初の日曜日、午後1時30分時点で席の半分が埋まっていました。臺眠 グルメ・レストラン
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おつまみセット
小皿5種類のおつまみに「甲州豚の塩糀づけ焼き」と「牛サーロインの味噌漬け」のどちらかが付きます。私は甲州豚の塩糀づけ焼きを選びました。値段は1,650円也。
おつまみではありますが味付けは特に濃いということもなく、それでもお酒にはちょうど良い味でした。 -
七賢スパークリング「空ノ彩」
普段飲むことがないので頼んでみました。脳が色合いと炭酸からシャンパンを想像してしまったようで、一瞬、甘味がないので味が変と思ってしまいました。飲み慣れて来るとおつまみと合って美味しかったのですが、360mlで2,150円と結構高いです。好んで飲むかと言うと...微妙です。 -
金精軒(きんせいけん)
元は十返舎一九も宿泊したという「まるや」という旅籠で、明治35年(1902年)に改装して営業を始めたのだそうです。
生信玄餅と大吟醸粕てら、まじで美味いっす。台ヶ原金精軒 本店 グルメ・レストラン
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北原家住宅
寛延3年(1750年)から続く酒造会社で、山梨銘醸として銘酒「七賢」を造っています。中は蔵と七賢の売店、明治天皇の行在所にもなった奥座敷があります。七賢 グルメ・レストラン
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山梨銘醸の蔵
トロッコのレールも残っており、左に曲がった通路の奥に酒造所があります。 -
北村家住宅母屋
明治天皇巡幸の折は、行在所として指定され、昭和初期には史蹟に指定されていたこともあってかきれいに保存されています。 -
長坂駅
山梨銘醸の隣にあるふれあい休憩所の前に「台ケ原ポンプ小屋前」という停留所があり、そこから北の杜バス(北杜市民バス)に乗車し長坂駅に。駅での乗り換え時間は5分しかありませんでしたが、ほぼ予定どおりに到着しました。乗客は私を含めて4人、いずれも観光客のようでした。料金は200円也。長坂駅 駅
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