2024/11/03 - 2024/11/04
6888位(同エリア15338件中)
jokaさん
旅行二日目
昨日の大渋滞を見て予定の男体山登山は中止。
最悪東武日光駅まで歩けばいいのですが、そこまで張り切るモチベーションが湧いてこないので致し方なし。
かわりにお得意の早朝ラン&観光を採用することに。
まったくノーマークだった神社を見つけることができてラッキーでした。
昼間の散策だったらきっと足を延ばしていなかったと思います。
午前中で日光を切り上げて、残りは都内でありながら未知のゾーンである足立区、荒川区を街歩き。
では行ってきます!
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観光ランの場合、あまり早く動き始めても意味がないので、ほんのり明るくなり始める日の出30分前あたりを出発の目安にすることが多い。
今朝も5時に起きて5時半出発。 -
さすがこの時期の日光。この時間でも中禅寺湖方面への車列は途切れることがありません。早く出かけて渋滞前に帰路につく計画でしょうが健闘を祈ります。
昨日の午前中まではわたしも朝イチのバスで中禅寺湖まで移動して男体山を登るつもりでしたが、想定以上の大渋滞と東武バスの無策ぶりに振り回されたため予定変更。
朝ラン観光をして早めに日光をあとにすることにしました。 -
西参道を駆け上る。
斜度はそれほどでもないけど結構長い。 -
二荒山神社
画像ではアイフォンの明るさ補正がかなり入っていますが、実際にはまだ真っ暗。 -
茅の輪くぐりがありました。
いちおうくぐっておきます。 -
東照宮方面へ。
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日の出まであと10分ほど。
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日光山開山のの祖、勝道上人の銅像。
世界遺産の『日光の社寺』地区は二荒山神社、東照宮、輪王寺のいわゆる“二社一寺”で成り立っていますが、もともとこれらの寺社は日光山という一つの巨大霊場でした。
奈良時代にこの地を訪れた勝道上人はまず日光山の聖地に寺を、次に男体山(二荒山)を祀る社を建てました。
それが現在の輪王寺と二荒山神社の元となります。
東照宮は家康を神とする神社なので登場するのはずっとあとの話。 -
大護摩堂前を通り抜けて
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東照宮の表参道。
屋台の列が昼間の喧騒を物語る。
三連休だから出店してるのかな。まさか常設だったりして。 -
拝観時間は9時からなので開放スペースだけ通ってみましょう。
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石鳥居(重要文化財)
筑前藩主黒田長政により奉納。
石材はわざわざ九州から運び入れたそうです。 -
五重塔(重要文化財)
若狭藩主酒井忠勝により奉納。
江戸後期に火災で消失するも同じく若狭藩主酒井忠進により再建されました。
東照宮の成り立ちを考えると当たり前ですが、高名な戦国大名の名前がポンポン出てきくるのが凄い。 -
再び二荒山神社本面へ。
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二荒山神社
勝道上人が男体山を補陀落山(ふだらくさん:観音菩薩が降臨するとされる伝説の山)になぞらえ二荒山(ふたらやま)と名付け、二荒を音読みにして日光(にこう)となったという話に思わず膝を打ちました。
勉強になります。 -
中禅寺湖に跳ねる紅鱒をイメージして作られた像だそうです。
中禅寺湖は神聖な修行の場だったため殺傷禁止で、江戸時代まで魚がいなかったのだとか。明治に入って二荒山神社の宮司が自ら紅鱒を放流して漁を許可したのが釣り場としての中禅寺湖の始まりとのこと。
“殺生禁止→魚がいない”の因果関係がよくわからん。かえって魚が大繁殖しそうなものだけど。法力で生き物を寄せ付けなかったのかな? -
知ってる銘柄をつい探してしまう。
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このあたりがちょうど日の出時刻。
明るくなったので解説に従ってもう一度くぐってみました。知恵はいくらついてもいいですからね。 -
“良い縁 笹”
茅の輪ではないのか? -
“良い縁うさぎ”
古事記に出てくるうさぎは、大国主命に助けられた際、八上姫との結婚を予言したことから縁を呼ぶと言われてるだとかなんとか… -
気力にフォーカスした理由を知りたい。
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時間が合えば神苑も訪れてみたかったけれど、さすがにこの時間では開いていない。
あとからも立ち寄る時間はなさそうなのでまたの機会に。 -
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“良い縁 狛犬”
縁推しが凄い! -
狛犬の前にタオルでも干すのかと思ったら、カラフルなのはおみくじでした。洗濯バサミかと思った。
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夫婦ではなく親子とはめずらしい。
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正面の鳥居を出たところには“むすび大国”。
まだまだ続く縁推し。 -
日本有数の人気観光地のど真ん中に位置しながらもこの営業努力。
寺社仏閣にご利益は求めないので、個人的には「余計なことしないでください」となりますが、社会人としては見習うべきなんだと思います。 -
名前や由緒からもっと硬派な神社を想像していましたが、意外にも集客に力を入れてる印象。観光客は多くても、ほとんどが東照宮に吸われてるのかな?
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二荒山神社の鳥居の奥に輪王寺の大猷院があるのですが、その脇に気になる小道を発見。
片道25分だと朝食予定時間ギリギリだけど… -
レッツゴー!
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少し進むと風情のある石段になりました。
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”修験道の地”という雰囲気たっぷり。
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石畳が続く。
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11月でよかった。
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あれかな?と思ったら輪王寺の行者堂でした。
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創建は平安時代。現在の建物は1575年に再興されたものだそうです。
峰修行ではここから入山して女峰山、男体山と回ったのち再び戻ってきたとのこと。
現在でも女峰山の登山口はこの裏にあって、山頂まで標高差1700m以上のほぼ直登というなかなかハードなコースとなっています。 -
少し迷ってから先に進むことに。
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日の出時刻から20分ほど過ぎてこの山奥にも朝日が射し込んできました。
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帰りは神橋方面に向かってみよう。
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趣のある石碑だなと思ってよくよく見てみると”大小べんきんせいの碑”?!
神聖な場所なので粗相はいけませんよ、という意図らしいですね。
庶民でも読めるように大小以外はひらがなで記してあるというリアリティー。 -
石畳の道にも光が差し込んで神聖な雰囲気に輪をかける。
パッと見、歩きやすそうな石畳ですが、実際にはかなり凸凹していてうかつに走ると捻挫します。
わたしは急いでいるので強引に突っ走りましたがおすすめはしません。 -
あれが白糸の滝?
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滝尾(たきのお)神社
820年弘法大師創建と伝えられています。
御祭神は女峰山の神様である田心姫命(たごりひめのみこと)。二荒山神社の御祭神、大己貴命(おおなむちのみこと)の妃神です。 -
と思ったらまだ石畳が続いていました。
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やっと拝殿が見えてきた。
この石鳥居は“運試しの鳥居”と呼ばれていて、三つの小石を額束(二本の横木に挟まれた四角)の丸い穴を目掛けて投げて、一つでも通ったら幸運が訪れるそうです。 -
楼門(重要文化財)
江戸時代中頃の建立。
明治4年の神仏分離までは弘法大師の筆によると言われる“女峰中宮”の額が掲げられていたそうです。 -
拝殿で参拝を済ませます。
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拝殿の奥の本殿(重要文化財)
本来ならここに仏像などの御神体が安置されているはずですが、滝尾神社の成り立ちを考えるにこの先に女峰山があるのだと思われます。 -
御神木である“三本杉”。
本殿の真裏に続き、雰囲気的にも周囲の環境からもおそらくここが滝尾神社の中心地らしい。
看板を読むと、御祭神の田心姫命が降臨した場所なのだとか。なるほど。 -
三本ということでてっきり大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと:太郎山の御祭神)の親子3神を表しているのかと思ったら、そうではないようでした。
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稲荷神社もありました。
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酒の泉
昔から知られた日光の名水。その名の通り数々の銘酒を生み出してきたとのこと。
二荒山神社の神苑では飲んだり持ち帰ったりすることができるそうです。 -
奥にもまだ何かあります。
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こちらにも何か祀られてる。
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子種石
石の前でお祈りした後、時計回りに回ると子どもを授かったり安産に効果があるそうです。 -
無念橋(重要文化財)
あまりにもさり気ない佇まいで最初に渡った時には存在に気付きませんでした。
もともとは三本杉を通して女峰山を遥拝する前に身を清めるために渡る場所でしたが、いつの間にか歳の数だけ足踏みすると登ったのと同じご利益が得られるという風に変化していったとのこと。
人の欲望にはキリがない… -
寡聞にして存在すら知らなかった神社ですが、とても見応えがありました。
思い切って階段上ってよかった♪
さてそろそろ帰りますか。
すでに予定より10分以上遅れているのでちょっと急ぎましょう。 -
行きは右から来たのですが、神橋に寄ってみたかったのでそのまま直進。
スマホが不調でまったく役に立たないので標識だけを頼りに進んでいます。
ちょっと不安… -
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足元は相変わらず不安定で一歩一歩がねん挫一歩手前を行ったり来たりですが、空気が澄んでいて日差しも爽やか。
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手掛石
田心姫命が手を掛けたという伝説の石らしい。
そんなこと言いだしたら、このあたり足踏み石だらけになってしまうのでは? -
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滝尾神社から10分ほどで輪王寺の開山堂(重要文化財)の脇に出ました。
日光山開山の祖、勝道上人と十大弟子の像が安置されているそうです。 -
先を急いで通り過ぎるつもりが奥になんか気になるものが。
う~ん、仕方ないっ。 -
こちらは勝道上人の墓。
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仏岩
頭上に仏の姿をした岩が並んでいたのが、地震で崩れてしまって名前だけ残っているそうです。地面の石像は無関係。 -
偶然でしょうが真ん中の仏さまに朝日が当たっていてちょっと感動しました。
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観音堂(香車堂)
ひたすら香車の駒だけが祀られていてちょっと異様な雰囲気。
将棋の香車の駒が直進しかしないことから、祀られている駒を持ち帰ってお産に臨むと安産のご利益があるとされているそうです。無事出産がすむと借りた駒と共に新調した駒を奉納する習わしになっているのだとか。 -
寄り道を終えてランニング再開。
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緩やかな下り坂で快適、快適♪
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見えてきました。
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営業時間内だと橋の上に立てるようになっているんですね。
当然今は時間外。反対側に回ってみましょう。 -
神橋(重要文化財)
勝道上人が大谷(だいや)川に行手を阻まれ神仏に加護を求めると、深沙(じんじゃ)大王が現れ二匹の蛇を放ち、その背に山菅を敷いて橋にしたという伝説から生まれました。背中から山菅が生えたver.もあるようです。 -
朱塗りの現在の姿になったのは三代将軍家光の命による日光東照宮の大造替時(1636年)。その際に“神橋”と改名されました。
それまでは山菅橋などと呼ばれていたようです。
明治時代に洪水で流されましたが、すぐに再建されて今に至ります。 -
神橋となって以来、江戸時代を通じて将軍や山伏などを限られた人を除いて通行できなくなりました。
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手前の擬宝珠(ぎぼし)が一つ少ないのは道路の邪魔になるからです。撤去された擬宝珠は昨日訪れた二荒山神社の宝物館に展示されていました。
正確には明治時代に鉄道軌道を通す際に移動されたとのこと。
江戸時代ならあり得ない出来事なので、周辺の人達はさぞ驚いたことでしょう。 -
時計を見ると7時ちょうど。
いかん、急がねば! -
どこにでも顔を出す男体山。
さすが日光のシンボルになるだけのことはある。 -
待望の朝風呂へ。
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運良く貸し切り。
朝のお散歩後の風呂は最高です! -
旅館の朝食は久しぶり。
白米と納豆とみそ汁があれば十分ご馳走。生卵とめざしがあれば言うことなし!
和食の朝食はどこで食べても美味しいってよく考えたらすごいことです。 -
それでは朝の観光に出発。
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輪王寺再び。
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本堂前に人だかりが。
近くのお寺の方に尋ねると係の人の話を聞くとふだん団体客しか受け付けない場所に入れるとかなんとか。団体行動が嫌いなのでいつもならスルーなのに、何の気の迷いかつい合流。 -
結果、やっぱり時間の無駄でした。
人の時間をもらうならせめて薬師寺のお坊さんの説法ぐらいの技がないと。
規模はともかく、寺として諸々の面で格が違うな、という印象。というよりこれがふつうで薬師寺が異質なんだと思います。(個人の感想です) -
三仏堂(重要文化財)
輪王寺の本堂で東日本最大の木造建築だそうです。言うまでもなく徳川家光の命により建立。
ご本尊を真下から拝見できる点はよかったです。
秘仏の青い五大明王像は確かにインパクト十分ですが、拝観待ちの列に恐れをなしてさらっと通過。 -
紅葉シーズン真っ最中と聞いていたのですが、少なくとも昨日の中禅寺湖周辺も本日の東照宮近辺もそれほどの染まり具合は見られず。
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輪王寺宝物殿
小規模ですが、東照宮の陽明門、大猷院の二天門を守護していた風神・雷神像や国宝の大般涅槃経集解などを展示。
お経の内容や価値についてはちんぷんかんでも、美しい字を見るのは好きです。たまに見かける紺地に金の文字が配色的には一番かも。 -
宝物館を抜けるとこじんまりとした池泉回遊式庭園に出ました。
逍遥園というそうです。
作庭はどこにでも顔を出す小堀遠州。
日本全国で名を聞くので、中には眉唾なものもあるとは思いますが、さすがにこちらは本物でしょう。 -
屋台も営業開始。
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二荒山神社を通り過ぎて
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大猷院へ。
徳川三代将軍家光の廟所(墓所)です。
仁王門(重要文化財) -
口を閉じた“吽形(うんぎょう)”。こちらは正式には那羅延金剛というそうです。
元を辿ればヒンドゥー教のビシュヌ神で、大力を司ることから金剛力士と混同されて現在の名前に。
インド出身なのは名前からでもなんとなくわかります。
ちなみにお隣さんは密迹金剛とのこと。 -
御水舎
手水舎にしてはあまりにも豪華な造り。北九州の雄、鍋島藩の寄進です。
天井には狩野派絵師による龍が描かれていてお見事でした。 -
背後の湧水を集めて利用するエコシステムを導入。
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二天門(重要文化財)
日光山内で最も大きな門だそうです。 -
裏には風神、雷神もいるのに何故“天”だけをフォーカスしたのか?
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東担当の持国天。お隣さんは南を守る増長天でした。
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各門を抜けるごとに階段がある。
おそらく階段を登らせることで、徐々に天界に近づいているような感覚を作り出しているのだと思います。 -
鐘楼(重要文化財)
右側には鼓楼があります。
一般的には鼓楼と鐘楼は一日の時刻を知らせるのに使われましたが、大猷院では重要な法要の間鳴らされました。
鐘楼内には鐘が、鼓楼内には太鼓が置かれています。当たり前か。 -
鼓楼(重要文化財)
質実剛健な佇まいが良き。 -
夜叉門(重要文化財)
鐘楼と鼓楼の間を抜けると夜叉門です。
文字通り四体の夜叉が守っています。 -
祖父家康を祀る東照宮を凌がないようにとの家光の遺言により黒と金を基調としたシックな仕上がりになっている大猷院ですが、落ち着いた重厚な感じがかえって目に見えない部分での豪華さを強調しています。
個人的にはこちらの方が威厳があって好きですね。 -
烏摩勒伽(うまろきゃ)
四体の夜叉像の一つ。
右手に矢、左手に弓を持つ非常に珍しい仏像です。
この矢が破魔矢の起源とも言われているため、輪王寺が破魔矢発祥の地という説もあります。 -
夜叉門の先には大量の青銅の燈籠。
10万石以下の大名は先ほどの二天門より先に進むことが叶わず、代わりに石燈籠を寄進しました。配置される場所も家格などによりきっちり線引きされているようです。先ほどの鐘楼や鼓楼の周りにもたくさんありました。
二天門どころか夜叉門の内側にある青銅燈籠は名門中の名門揃い。御三家クラスの大名でないと並べられません。 -
唐門(重要文化財)
大猷院内では最も小規模な門ですが、優美さや細部の凝り具合では一切負けていません。 -
上部には長生きの象徴の鶴のつがい、下部には家光の干支である龍のつがい。
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ここから拝殿。内部は撮影禁止です。
大猷院のように拝殿・相の間・本殿と続く造りの建物を権現造りと言います。
ちなみにこちらの建物は国宝指定。 -
※画像はオフィシャルホームページより
全面金箔張りにも関わらず厳かな雰囲気が勝ってけばけばしさがまったく感じられません。実在の人物、しかも直前まで日本最大の権力者の墓所を建てるとなれば、仏様や歴史上の人物を祀る寺とは気の遣い方が違ってくるのも当然か。
厳粛な空気感に気圧されて観光客も声を落としているのがいいですね。
時間が許すなら、何時間は大袈裟でも何十分ぐらいなら相の間の前に正座して過ごしていたかった。
とてもとても気に入りました。 -
唐門の扉の鳳凰?
いちいち上品なんですよね。 -
見下ろすと二天門も雰囲気が変わります。
もはや門には見えない… -
実は二天門の裏(内側)の雷神と風神はレプリカ。
本物は先ほど訪れた輪王寺の宝物館に展示されていました。 -
法華堂(重要文化財)
内部は非公開。
半行半坐三昧という天台宗の修行を行うためのお堂だそうです。 -
滝尾神社への階段はこの位置にあります。
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常行堂(重要文化財)
先ほどの法華堂と廊下でつながっているという非常に珍しい建築形式。
この形式を二ツ堂(にない堂)と呼び、現存するものでは比叡山延暦寺と大猷院だけ。というより延暦寺を倣って大猷院にも設けたというのが正解です。
何処かで聞いたことがあるなと思いよくよく考えてみると、比叡山の常行堂で座禅を組んだことがありました。 -
そろそろ時間かな?
駅への送迎バスを申し込んであるので春茂登さんへ向かいます。
歩道横の澄んだ水が気持ちいい。 -
西参道沿いにお土産物屋さん兼食堂の廃墟を発見。
こんな一見すると超好立地でどうしてこうなった?
同じ西参道沿いでも幹線道路に近い場所では多くの同業他社が元気に営業中なので、単純にほんの少しの立地の違いか。 -
9時15分、旅館前から駅へのシャトルバスに乗り込みます。
東武バスのフリーパスを購入しているのでそちらを使った方が融通が利くのですが、昨日のグダグダ対応に呆れて使うのやめました。 -
中禅寺湖方面の車線は早くも渋滞気味。
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9時27分、東武日光駅到着。
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中禅寺湖方面のバス乗り場はすでに大変なことになっています。
帰りはどうするつもりなんでしょうか? -
駅前ロータリーで並びのできているこちらへ。
『さかえや』
揚げゆばまんじゅうを求めていつも人だかりの人気店です。 -
単品勝負なので回転は早い。
個数とその場で食べるか持ち帰りかを告げるだけ。
大半の人はその場で食べた上でお土産にもいくつか購入していました。わたしも一個ずつ。
冷蔵で三日間保存がきくのが大きい。 -
麦茶も完備。さすが人気店です。
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店の前にはベンチがあって、最大20人以上座れそう。
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保温器から取り出して渡す前に大量に振りかける塩が味のポイントでしょうか。
甘じょっぱくて美味い!
湯葉の要素はよくわかりませんでした。 -
東照宮方面へ5分ほど戻って
『補陀洛本舗 石屋町店』 -
補陀洛饅頭などの和菓子を販売するお店ですが、観光客にはもう一つの名物の方が有名です。
今思えば饅頭も買っておけばよかった… -
奥には快適そうなイートインスペースがありました。
せっかくなので利用させていただくことに。 -
ゆばむすび
『ふっくらと炊き上げた味付け“おこわ”を半生の“ゆば”で、そっと包みました』※ホームページより
セルフでお茶が用意されているのもポイント高い。 -
湯葉には出汁が染み込んでいて、噛むとじんわり口の中に香りが広がります。
炊き込みご飯は薄めの味付けで、湯葉の出汁と相まって全体的にやさしい味わい。 -
壁際には武将フィギュアがずらり。
おそらく関ヶ原の合戦での東軍陣営だと思われます。
なかなか精巧な出来映えでした。 -
実は東武日光駅から神橋までわずか1.5kmほど。
東照宮近辺であれば、バスを待つぐらいなら歩いた方が早いかもしれません。 -
駅の電光掲示板によればすで通常の2~4倍の時間がかかっているみたいです。
みなさんのご健闘を祈ります。 -
特急けごんに乗るはずなんですけど、発車5分前にもかかわらず準備中の札が。
よく見るとスペーシア?
どうやらこれではないようです。 -
乗車時間が迫ってすこし焦りながら探すとあちらのホームにそれっぽいのが停まってる。
東武日光駅の特急電車ホームは、奥のホームに行くためには手前のホームの先端部分まで回り込まないといけないという珍しい形式。
知らないと間に合わない場合もあるのではないでしょうか。 -
さすがにこの時間だとガラガラ。
でも途中から混み合ってきて、最終的には8割程度埋まっていました。 -
一時間半ほどで北千住に到着。
こんなに大きな駅だと思っていなかった(しかも東武鉄道!)ので驚きました。とくにエキナカの充実度が都内主要ターミナル駅に準ずるレベル。
恐るべし北千住! -
南改札を出るとこの様子。
先ほどまでの賑わいは夢?
北千住の繁華街は北側にあるようなので、“まだ本気を出してない”ってことなのか?
それにしても… -
ダブル踏切!?
調べてみると”大踏切”と呼ばれているみたいです。
北千住にはJR常磐線・上野東京ライン、東武伊勢崎線、地下鉄メトロ日比谷線、つくばエクスプレスの4社が乗り入れていて、後者2社は高架になっているけれど、前者2社は地上を並行して走っているため踏切が二つ続いているとのこと。道幅は100m以上に及び、駅東西の行き来の便の悪さがたびたび問題になっているそうです。 -
駅からゆっくり歩くこと15分、『千寿 竹やぶ』。
呑める蕎麦屋として評判の百名店です。
土日は並んでることが多いらしいので予約が確実。
昨晩男体山を諦めた時点で予約時間を変更しました。 -
無垢材を多用した高級感ある落ち着いた内装。
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飲み比べセット。
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本日のセットはこの三種。
大流行の十四代が入っていることが意外でした。 -
定番のお品書きに加えて黒板メニューにも気になるメニューがたくさん。
このメニュー表記だけで美味しさが伝わってきます。
料理も気配りとセンスですから。 -
お通しの蕎麦煎餅。
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自家製棒にしん(半分)
日本酒を呑む時かニシン蕎麦でしか食べない棒にしん。 -
戻りカツオの桜たたき
これが一番気に入りました。薬味の使い方が素晴らしい♪ -
賀茂金秀(広島)特別純米 赤あがり
飲み比べセットの中から追加。
故郷広島ですが、もっぱら賀茂鶴で賀茂金秀はほとんど飲んできませんでした。 -
鴨ネギの天ぷら
“鴨”と聞くとつい注文してしまう。 -
メヒカリの天ぷら
日本酒には魚が合いますね。
最近刺身に惹かれなくなってしまったので、天ぷらや焼き物を頼むことが多い。 -
田舎蕎麦
学生時代のアパートの近くにお気に入りの蕎麦屋があって、いつも田舎蕎麦大盛りを頼んでいたことを思い出しました。
それ以来かも。 -
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蕎麦湯がトロトロで抜群に美味い!
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最後に定番サービスらしいプリンが登場。
七千円越えの豪華ランチとなりましたが大満足です。近くにあったら定期的に通いたいけど足立区は遠いなぁ…
ご馳走様でした♪♪ -
国道四号線を北千住駅とは反対側に南下。
こんな石碑を見つけました。
ここで奥の細道、最初の句を詠んだらしい。 -
他にも芭蕉関連のモニュメントが複数あるみたいです。
別に他府県まで出かけなくても、都内日帰りでこういうブラタ◯リみたいな遊びもたまにはいいかも。 -
千住大橋
機能優先で工業感バリバリなはずなのに、それがやけにカッコいい。
西東京ではこの手の橋を見かけないなと思って調べてみたら昭和2年竣工。当時の多摩地区は林と農村ぐらいしかないのでは。
昔からの都会の特権ですね。 -
これぞ機能美!
最初に千住大橋が架けられたのは徳川幕府創立前の1594年。隅田川最初の橋だそうです。
そりゃ貫禄あるはずだ。 -
千住大橋の南の袂にこんなファンキーな石碑が。
太平洋戦争勃発前年の昭和15年、地元の愛国婦人会により建立されました。
陸軍大将ののち内閣総理大臣、外務大臣などを歴任した林銑十郎(せんじゅうろう)揮毫。満州事変の際、朝鮮軍司令官だった林は独断で越境を命じ一躍時の人となったそうです。
そんなゴリゴリの武闘派揮毫の石碑が戦後の進駐軍占領時代を生き延びて今眼前にあるこの奇跡に感謝! -
ここから先は荒川区。
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四号線をそのまま南下して行くと雰囲気のある神社に遭遇しました。
素盞雄神社
平安時代の795年、役小角の弟子黒珍が創建。天照大神の弟の素盞雄大神と大国主神の子である飛鳥大神を御祭神とします。 -
なんというか一々絵になる神社なんですよね、、
-
こちら側は裏手に当たるようです。
この敷地内だけやけに明るい印象を受けます。空気が清らかというか。
あまり好きな言葉ではないけど、“パワースポット”ってこういう感じと言われればちょっと納得してしまいそう。 -
松尾芭蕉ロールプレイ看板。
要は「後世の人が芭蕉矢立て初めの地は千住大橋の北岸か南岸かで論争になるといけないので、どちらから旅立つか決められない。七日間ほど当地に逗留してお籠りがてら考えるか。せっかくなら近くの天王様(素盞雄神社)にもお参りしよう」
ということで、南岸旅立ち説を匂わせているわけです。
なりきり文体で記すとは、なかなかおもしろいことを考えますね。 -
奥の細道矢立初めの句碑
しっかり論争になってて草…… -
気分爽快♪
この銀杏は“子育ての銀杏”と呼ばれています。母乳不足に悩んだり、子の無事な成長を願う多くの女性にご利益をもたらすとのこと。
飛騨高山の國分寺境内の大銀杏と同じですね。 -
こちらが正面。
簡単にご挨拶だけ済ませました。 -
親子の狛犬は初めて見かけました。
-
瑞光石(ずいこうせき)
黒珍が祀っていた小塚の奇岩にニ柱の神が降り立ったのがこの神社の起源。その石を瑞光石と呼び、ここでお祀りしているそうです。 -
初耳でしたが見どころたっぷりの神社でした。
天気に恵まれたというのも大きいですが、それを加味しても神社の立ち姿がカッコいいというか様になっているというか。 -
千寿 竹やぶさんから歩くこと25分ほど。
目的地に着きました。
開店当初からずーーーっと気になってた宿題店、念願の初訪問です。 -
『ラーメン屋 トイ・ボックス』
まもなく創業11年を迎える大人気店。正式名称に”ラーメン屋”が含まれていることを初めて知りました。
13時20分頃の到着で10名ほどの行列。予想よりは少なくてホッとしました。 -
行列がある程度まで進むと先に食券を購入するように促されます。
最近評価急上昇の味噌も気にはなるものの、初訪問なので基本の一杯を。一軒目だったら連食確定なのですが。 -
味玉醤油ラーメン
まず見た目が美しい。一杯一杯に気配りされているのが感じられます。
スープ表面の黄色っぽい膜は鶏油です。 -
キリっと醤油が立ちつつも尖り過ぎず旨味たっぷり。
ここ10年くらいの首都圏醤油味の王道的な味わいです。百名店やミシュランのビブグルマンを獲る店にこの手のタイプが多いので、もはや新鮮味こそありませんが”フツーに美味い”。(褒め言葉です)
この系統の先駆的一軒として貫禄の一杯でした。
ご馳走様でした♪ -
最寄りの三ノ輪駅だと乗り継ぎがめんどくさそうなので鶯谷駅まで歩く。
近所では見かけない風景を堪能しました。
予想はしていたとはいえ紅葉シーズン日光の道路事情はそれをはるかに超えてきました。ホテルの方の話では今年に入って圧倒的一番の渋滞だったらしいので、ふつうの連休ならこんなことはないのでしょうが。
急な予定変更にもかかわらず思った以上に盛りだくさんの二日目でした。
やっぱり滝尾神社を見つけたのは大きかったですね。
現地のイメージもつかめたので来年こそは男体山にも登りたいと思います。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
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