2022/12/14 - 2022/12/14
895位(同エリア1153件中)
hiroさん
この旅行記スケジュールを元に
今回は、池袋駅周辺を訪れる機会があり平日の午後に以前より立ち寄ってみたいと思っていた「自由学園明日館」をはじめ「豊島区立郷土資料館」などに立ち寄りながら池袋駅南口エリアを街歩きしてみました。
先ずは、20世紀を代表する ”近代建築の三大巨匠” と称される世界的に著名な建築家のフランク・ロイド・ライトが設計した学校建築であり国の重要文化財に指定されている「自由学園明日館」に向かいました。
この「自由学園明日館」は、池袋駅から南西方向に位置する住宅街となる豊島区西池袋2丁目に位置し、現在では国の重要文化財でありながら、さまざまな用途で利用可能な動態保存の形式が認められている一般に開放された多目的施設となっています。
以前に「自由学園明日館」の施設のひとつである講堂で開催された催しで講堂内部に入館したことがあり、その際に教室棟側の建物も気になり教室棟建物内にも立ち寄ってみたいとずっと思っていました。
施設内(中央棟・東教室棟・西教室棟・講堂)の見学は、通常見学(10時から16時まで・最終入館時間15時30分)および毎月第3金曜日のみ夜間見学(18時から21時まで・最終入館時間20時30分)があり、今回は通常見学の施設内喫茶室が利用できる喫茶付見学(800円・コーヒーまたは紅茶および焼菓子付き)として喫茶室での休憩をはさみながら、施設内各所を写真撮影して廻り楽しむことができました。
「自由学園明日館」の施設については、建物など建築に興味のある方を中心に是非お勧めしたい見学スポットです。
続いて「自由学園明日館」から北側方向(徒歩3分程度)へ住宅街を抜けて南北方向に通る ”劇場通り(都市計画道路補助73号線)” の南端に位置する愛称を「IKE・Biz(イケビズ)」と称する「としま産業振興プラザ」7階フロアにある「豊島区立郷土資料館」に向かいました。
ちなみに「IKE・Biz」の建物前面道路は、山手通りと明治通りの中間に位置する都市計画道路であり、池袋駅西口エリアのシンボル的な建物「東京芸術劇場」に通じていることから ”劇場通り” と呼ばれていますが、現時点において「としま産業振興プラザ」から南側の住宅街エリアが工事未着手の状態となっています。
「豊島区立郷土資料館」は、豊島区に関する歴史・文化・民俗などの貴重な郷土資料を展示する施設であり、「自由学園明日館」と同様に豊島区西池袋2丁目に位置します。
以前にも「豊島区立郷土資料館」に入館してみたいと思い「IKE・Biz」まで出向いたことがありましたが、ちょうど新型コロナウイルス感染症予防対策の一環で長期間にわたる休館中となっており入館できなかった経緯がありました。
今回訪れた「豊島区立郷土資料館」では、巣鴨町・西巣鴨町・高田町・長崎町の4町が合併して豊島区が誕生した1932年(昭和7年)から90年となる節目の年であることから区制90周年特別展 ”豊島大博覧会~過去から学び、今日を生き、未来に希望~” が開催されていました。
東京23区内有数のターミナル駅のひとつに数えられる池袋駅周辺を中心に豊島区内を明治期から現在に至るまでの時代の流れと共に変貌を遂げてきた街の様子がジオラマ模型および映像などを用いて展示されているほか、豊島区制100年に向けた池袋駅周辺の再開発事業計画に関する情報を池袋駅周辺大型都市模型などを用いて分かり易く展示されており楽しむことができました。
豊島区といえば、日本創成会議により ”少子化および人口流出をきっかけとして2040年までに自治体として存続できない可能性のある地域とされる消滅可能性都市” として2014年(平成26年)に発表した全国896自治体の中で東京23区で唯一ランキング入りしていますが、魅力ある街づくりに関する区政の取り組みについて池袋駅周辺を中心に街並みが今後どのように変化していくのか注目していきたいと感じました。
「豊島区立郷土資料館」の次は、 ”劇場通り”の池袋警察署前交差点を右折して池袋駅西側からJR東日本・西武鉄道の各路線の線路下部を通り東側に通じる通称となる ”びっくりガード” をくぐり、豊島区南池袋1丁目に位置するオフィスビルとして開業した「ダイヤゲート池袋」の2階フロア屋外エリアに人工デッキを整備して一般に公開されている広場である「ダイヤデッキ」に立ち寄りました。
「ダイヤデッキ」の各所には、ベンチが設置されているほか「ダイヤデッキ」の下部を通過する西武池袋線の電車を見下ろせる展望スペースなどが整備されているほか眺望もよいので幅広い年齢層の方が利用しやすい空間となっています。
また「ダイヤデッキ」は、 ”池袋駅東西連絡通路(東西デッキ)整備基本構想” の一環として整備されたものであり「豊島区立郷土資料館」に展示されていた開発事業計画による構想で今後の「ダイヤデッキ」がどのように変化しながら池袋駅の東西連絡通路が完成していくのかを想像しながら楽しむことができました。
機会があれば、今回立ち寄ることのできなかった「目白庭園」(豊島区目白3丁目、「自由学園明日館」から徒歩5分程度となる南側に向って西武池袋線の踏切を渡って直ぐの場所)などを含めてまた池袋駅南口エリアを散策してみたいと思います。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
-
写真:自由学園明日館(外観・中央棟)
「自由学園明日館(じゆうがくえんみょうにちかん)」は、学校法人「自由学園」(所在地:東久留米市学園町1丁目)および「婦人之友社」(本社:豊島区西池袋2丁目)が共同所有する学校創設時となる大正時代に当時の北豊島郡高田町雑司ヶ谷村(現:豊島区西池袋2丁目)に建設された旧校舎(木造一部2階建て・鉄板葺き切妻屋根)になります。
現在では、生活学習・展示会・講演会・コンサート・結婚式および懇親会などの各種パーティー会場として、さまざまな用途で利用可能な一般に開放された多目的施設となっており、中央棟・東教室棟・西教室棟・講堂からなる4棟の建物で構成されています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(外観・中央棟)
「自由学園」の創設については、明治時代にジャーナリストとして ”家庭之友” (後の婦人之友)を創刊した「婦人之友社」の創業者である羽仁吉一・もと子夫妻がキリスト教の精神に基づき ” 思想しつつ 生活しつつ 祈りつつ” さらに ”よく教育するとはよく生活させること” を理念に掲げた女学校として、1921年(大正10年)に女子入学生26名受け入れて創立しています。
また、新約聖書の一節である ”真理はあなたたちを自由にする” から、学校名称を「自由学園」として開校しています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(外観・中央棟)
「自由学園」の校舎建設については、「自由学園」が開校する1921年(大正10年)のはじめに羽仁吉一・もと子夫妻と友人関係であった建築家の遠藤新が「帝国ホテル(旧館)」(通称:ライト館)の設計・監理のために来日中の世界的に著名な建築家として知られているフランク・ロイド・ライトを羽仁吉一・もと子夫妻に紹介したことがきっかけとなり、その際に懇談の中で羽仁夫妻が目指す教育理念に共鳴したフランク・ロイド・ライトが「自由学園」校舎の基本設計を引き受けています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・ホール)
フランク・ロイド・ライトの基本設計による校舎建設工事については、「自由学園」開校式の1か月前からはじまり、着工間もない未完成の状態である校舎教室内で開校式が執り行われています。
その後も未完成の校舎で授業をしながらの校舎建設となりましたが、開校式の翌年となる1922年(大正11年)に校舎・中央棟および西教室棟が完成、さらに1923年(大正12年)から翌年にかけて中央棟の中央北側エリアに遠藤新が設計を手掛けた食堂など附属施設の増築工事も追加されたのちの1925年(大正14年)に東教室棟が完成したことでフランク・ロイド・ライトの基本設計による校舎建設工事が全て完了しています。
また、「自由学園」が開校してから生徒数も毎年増加していく中で校舎のシンボル的なスペースである中央棟のホールが手狭となっていたことから当時の父兄から新たな施設建設の提案もあり、校舎敷地南側の道路を挟んだ当時テニスコートとして利用していたエリアに遠藤新の設計による講堂が1927年(昭和2年)に完成しています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・ホール)
”近代建築の三大巨匠” と称されるアメリカ合衆国(ウィスコンシン州)出身の建築家であるフランク・ロイド・ライトと日本との繋がりは、1893年(明治27年)に開催されたシカゴ万国博覧会(イリノイ州)におけるパビリオンのひとつとして、日本から現地に宮大工を派遣し建設された平等院・鳳凰堂(京都府宇治市)を模した伝統的な日本の木造建築となる日本館・鳳凰殿が建設中から現地でエキゾチックで優雅な建物として話題となり、当時シカゴ近辺の建築事務所で勤務していたフランク・ロイド・ライトもこの日本館・鳳凰殿に魅了され、その後における自身の設計にも大きな影響を受けるとともに日本文化に興味を抱いた結果、1905年(明治38年)に初来日してから合計7回にわたり日本を訪れています。
フランク・ロイド・ライトが設計を手掛けた「自由学園」校舎の設計においても正面の中央棟から左右対称に東教室棟および西教室棟を配置する建物正面は、平等院・鳳凰堂を彷彿させるデザインとなっています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・ホール)
フランク・ロイド・ライトと遠藤新の関係については、1916年(大正5年)に「帝国ホテル(旧館)」の設計・監理を引き受けたフランク・ロイド・ライトが1917年(大正6年)に来日した際に遠藤新がフランク・ロイド・ライトの設計事務所で勤務するようになり、「帝国ホテル(旧館)」の設計・監理の助手を務めるなどフランク・ロイド・ライトとの師弟関係が築かれています。
「帝国ホテル(旧館)」および「自由学園」校舎の建設途中でフランク・ロイド・ライトが母国に帰国することになった1922年(大正11年)に遠藤新が自身の設計事務所を設立し、フランク・ロイド・ライトが手掛けていた「帝国ホテル(旧館)」および「自由学園」校舎の設計・監理を引き継いでいます。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・ホール)
「自由学園」が開校してからは、生徒数が毎年増加していく中での対応策として1925年(大正14年)ごろから移転計画が持ち上っており、新たな学校用地として現在の本部である北多摩郡久留米町(現:東久留米市学園町1丁目)の広大な敷地を購入し、1930年(昭和5年)から1934年(昭和9年)にかけて校舎移転が完了しています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・ホール)
「自由学園」開校から13年間にわたり「自由学園」の学びの舎であったフランク・ロイド・ライトおよび遠藤新が設計に携わった校舎については、1934年(昭和9年)に校舎移転が完了すると、その名称が「明日館」となり「自由学園」の卒業生が在学中に学んだことを活かし社会に働きかける場所として活用されるようになっています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・教室)
時代が移り変わり太平洋戦争末期の東京大空襲による戦災を免れ終戦を迎えた「自由学園明日館」については、1948年(昭和23年)から1973年(昭和48年)までの25年間にわたり高等学校卒業後の女子を対象とした「自由学園生活学校」の学び舎として利用されており、その後にバブル期を迎えると老朽化した建物の保存あるいは解体するかの議論を経て、国内初となる文化財を使用しながら文化財の価値を保存する動態保存の形式が認められ、1997年(平成9年)に中央棟・東教室棟・西教室棟・講堂の4棟が国の重要文化財に指定されています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・教室)
国の重要文化財に指定されたのちの「自由学園明日館」については、中央棟・東教室棟・西教室棟の3棟を1999年(平成11年)から2001年(平成13年)の3年間にわたり大規模な保存修理工事および耐震工事が実施され、重要文化財の建物を活用しながら保存する動態保存の形式で現在の一般に公開された多目的施設となっています。
また、講堂についても中央棟・東教室棟・西教室棟と同様に2015年(平成17年)から2017年(平成19年)の2年間にかけて大規模な保存修理工事および耐震工事が実施されて現在に至っています。自由学園明日館 名所・史跡
-
画真:自由学園明日館(内観・ホール)
「自由学園明日館」のシンボル的な中央棟のホールにある横5メートル、縦2.5メートルにおよぶ壁一面のフレスコ画は、「自由学園」創立10周年を記念して当時の「自由学園」美術教師であり彫刻家・版画家・洋画家としても多岐にわたり活躍していた石井鶴三が指導のもと在学中の生徒たちによって ”モーセの十戒” としてよく知られている旧約聖書・出エジプト記の一節をテーマに描かれたものです。
このフレスコ画は、太平洋戦時中にふさわしくない絵画としてフレスコ画の上に漆喰が上塗りされていましたが、重要文化財に指定されたのちの大規模な保存修理工事中に発見されています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・ホール 暖炉)
「自由学園明日館」のシンボル的な中央棟の中心に位置する南側の前庭に面した吹き抜けエリアで、当時の生徒たちの集いの場でもあったホール北側の壁に設置されている大谷石を用いた暖炉を写真撮影。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・食堂 暖炉)
「自由学園明日館」のシンボル的なホール北側の壁に設置されている暖炉と背中合わせに隣接し、スキップフロアの手法を取り入れてホール部分の床と段差が設けられている食堂内に設置されている大谷石を用いた暖炉を写真撮影。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・食堂)
「自由学園明日館」の食堂は、附属施設として遠藤新が設計を手掛けて増築された施設であり、創設者の羽仁吉一・もと子夫妻の ”温かいものをみんなで食べる” という教育理念のもとに生徒たち全員が協力し合い畑で育てた野菜などを用いて昼食を自炊して食べていたエリアです。
現在は、「自由学園明日館」を訪れる見学者の喫茶室として利用されています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・ホール上部:F.L.ライト・ミュージアム)
「自由学園明日館」の中央棟・食堂エリアから階段を数段上がった1階ホール部分の吹き抜け上部に接する2階スペースには、「自由学園明日館」の建築模型をはじめフランク・ロイド・ライトの建築哲学に関する書籍などが展示されているほか、羽仁吉一・もと子夫妻とフランク・ロイド・ライトにまつわるエピソードを紹介する ”F.L.ライト・ミュージアム” が整備されています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・ホール上部:F.L.ライト・ミュージアム)
フランク・ロイド・ライトは、アメリカ合衆国(ウィスコンシン州)出身の20世紀を代表する ”近代建築の三大巨匠” と称される世界的に著名な建築家のひとりです。
フランク・ロイド・ライトのほか、スイス出身でフランスを中心に活躍したル・コルビジェおよびドイツ出身でドイツおよびアメリカ合衆国を中心に活躍したミース・ファンデルローエの3名による世界的に著名な建築家が ”近代建築の三大巨匠” と称されています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・ホール上部:F.L.ライト・ミュージアム)
フランク・ロイド・ライトは、アメリカ合衆国を中心に数多くの建築物の設計に携わっていますが、日本国内においても「帝国ホテル(旧館)」および「自由学園明日館」のほかに幾つかの建築物の設計に携わっており、現在でも「自由学園明日館」をはじめ「帝国ホテル(旧館)」正面玄関部分が愛知県犬山市にある野外博物館・明治村に移築されているほか、兵庫県芦屋市山手町に「山邑邸(現:ヨドコウ迎賓館)」さらに東京都世田谷区駒沢に「林愛作邸(現:電通八星苑)」(非公開)の4棟の建築物が現存しています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・展示物)
1997年(平成9年)に中央棟・東教室棟・西教室棟・講堂の4棟が国の重要文化財に指定された際の ”重要文化財指定書” も展示されています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(外観・講堂)
「自由学園明日館」の講堂は、中央棟・東教室棟・西教室棟の3棟からなる旧校舎エリアの敷地南側に面しているインターロッキング舗装が施された前面道路(通称:F.L.ライトの小路)を挟んだ向かい側となる敷地の一画に位置します。
ちなみに講堂のある敷地エリアには、講堂の東側に隣接して「自由学園」の創設者である羽仁吉一・もと子夫妻が創業した「婦人之友社」の本社ビルがあります。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(外観・講堂)
「自由学園明日館」の講堂建設については、校舎(中央棟・東教室棟・西教室棟)を設計したフランク・ロイド・ライトと師弟関係にあった遠藤新の設計により、木造一部2階建て・鉄板葺き切妻屋根となる建築面積:403.3平方メートルの建物として1927年(昭和2年)に完成しています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(外観・講堂)
「自由学園明日館」の講堂意匠設計については、校舎建築の設計者であるフランク・ロイド・ライトの設計コンセプトが取り入れられており、外観および内観の細部におよび校舎建築と調和のとれた違和感のないデザインとなっています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(外観・講堂)
「自由学園明日館」の講演会・コンサートなどで利用可能な落ち着きのあるレトロ感漂う講堂(定員:272席・2階客席含む)外観の西側を写真撮影。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・講堂)
「自由学園明日館」の講演会・コンサートなどで利用可能な落ち着きのあるレトロ感漂う講堂(定員:272席・2階客席含む)内観を1階の客席後方(舞台下手側)から舞台を写真撮影。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・講堂)
「自由学園明日館」の講演会・コンサートなどで利用可能な落ち着きのあるレトロ感漂う講堂(定員:272席・2階客席含む)内観を1階の客席後方から舞台を写真撮影。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・講堂)
「自由学園明日館」の講演会・コンサートなどで利用可能な落ち着きのあるレトロ感漂う講堂(定員:272席・2階客席含む)内観を1階の客席後方(舞台上手側)から舞台を写真撮影。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・講堂)
「自由学園明日館」の講演会・コンサートなどで利用可能な落ち着きのあるレトロ感漂う講堂(定員:272席・2階客席含む)内観を舞台上から1階および2階客席を写真撮影。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・講堂)
「自由学園明日館」の講演会・コンサートなどで利用可能な落ち着きのあるレトロ感漂う講堂(定員:272席・2階客席含む)内観を2階客席から舞台を写真撮影。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・講堂トイレ)
「自由学園明日館」の講堂に設置されているトイレエリアは、2015年(平成17年)から2017年(平成19年)の2年間にかけて大規模な保存修理工事および耐震工事が実施されるまでトイレブースを隠すようにベニヤ板で仕切られて備品倉庫として使用されていたそうです。
現在は、ベニヤ板の仕切りが取り外されて1927年(昭和2年)に竣工した当時のトイレのようすがそのまま展示されています。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:自由学園明日館(内観・中央棟屋内廊下)
「自由学園明日館」へのアクセスは、池袋駅・東口と西口の東西方向をつなぐ3本の地下連絡通路(北通路・中央通路・南通路)の中で南通路を西口方面に向かいガラス屋根の吹き抜け空間となっているルミネ池袋および東武百貨店プラザ館のある複合ショッピングビル・メトロポリタンプラザビルのエスカレーターで地上に向かう池袋駅地下道の西口(南)4番出口から正面を南北に通るメトロポリタン通りを南側のホテルメトロポリタン方向に向かって約500メートル(徒歩7分程度)の住宅街の中に位置します。自由学園明日館 名所・史跡
-
写真:豊島区立郷土資料館・展示物(年表パネル)
「豊島区立郷土資料館」は、豊島区に関する歴史・文化・民俗などの調査・研究とともに収集した貴重な郷土資料を展示する豊島区の施設であり、1984年(昭和59年)に豊島区が中小企業振興および地域経済の発展に寄与することを目的に建設した公共建設となる ”勤労福祉会館” (通称:きんぷく)の7階施設としてオープンしています。
その後に建物の老朽化にともない2016年(平成28年)から館内全体を一時的に休館として大規模な改修工事が実施され、2017年(平成29年)に新たな名称の ”としま産業振興プラザ” (通称:IKE・Biz)としてリニューアルオープンにあわせて休館前と同様に7階の施設として再開しています。豊島区立郷土資料館 美術館・博物館
-
写真:豊島区立郷土資料館・展示物(古地図)
「豊島区立郷土資料館」は、池袋駅西口エリアのシンボル的な建築物となる ”東京芸術劇場” の西側敷地に面して南北に通る劇場通り(都市計画道路補助73号線)沿いの池袋消防署・池袋都民防災教育センター(池袋防災館)に隣接する豊島区西池袋2丁目に位置します。豊島区立郷土資料館 美術館・博物館
-
写真:豊島区立郷土資料館・展示物(アトリエ村 ジオラマ模型)
太平洋戦争開戦以前の1930年代(昭和5年から昭和14年)に現在の豊島区要町・長崎・千早エリアを中心に若手芸術家向けのアトリエ付き賃貸住宅群(通称:アトリエ村)が存在しており、ジオラマ模型で展示されていました。豊島区立郷土資料館 美術館・博物館
-
写真:豊島区立郷土資料館・展示物(アトリエ村模型 解説パネル)
”アトリエ村” ジオラマ模型の解説パネルには、アトリエ付き賃貸住宅の間取り図付きで解説されています。
ちなみに詩人・小熊秀雄は、パリ市街に置き換えて上野の山がモンマルトルの丘とすると ”アトリエ村” はパリの芸術家が集う ”モンパルナス” であるとして、 ”アトリエ村” の芸術家を ”池袋モンパルナス” と称しています。豊島区立郷土資料館 美術館・博物館
-
写真:豊島区立郷土資料館・展示物(池袋ヤミ市 ジオラマ模型)
太平洋戦争終戦直後から池袋駅周辺では、東京大空襲による焼け跡に簡易的な長屋式バラック建ての露店が建ち並び統制対象品をヤミ取引で販売する ”ヤミ市” が形成されており、配給のみで生活が成り立たない人々に必需品を供給しながら、復興に向けた活力を与える場となっていた風景がジオラマ模型で展示されていました。豊島区立郷土資料館 美術館・博物館
-
写真:豊島区立郷土資料館・展示物(池袋ヤミ市 ジオラマ模型)
”池袋ヤミ市” は、池袋駅の東口エリアおよび西口エリアに存在しており、東口エリアが1952年(昭和27年)までに全て解体、西口エリアが1962年(昭和37年)までに全て解体されています。豊島区立郷土資料館 美術館・博物館
-
写真:豊島区立郷土資料館・展示物(旧豊島公会堂周辺 ジオラマ模型)
区制90周年特別展「豊島大博覧会~過去から学び、今日を生き、未来に希望~」(開催期間:2022年10月~2023年5月)の見どころとして、1965年から1969年(昭和40年から昭和44年)ごろの ”旧豊島区役所” ・ ”旧豊島公会堂” ・ ”旧豊島区民センター” 周辺エリアの風景がジオラマ模型で展示されました。
現在では、 ”Hareza池袋” として ”旧豊島区役所” 跡地に ”Hareza Tower” 、 ”旧豊島公会堂” 跡地に ”豊島区立芸術文化劇場”(施設命名権契約:東京建物 Brillia HALL)、 ”旧豊島区民センター” 跡地に ”としま区民センター” が建ち並んでいるいます。豊島区立郷土資料館 美術館・博物館
-
写真:豊島区立郷土資料館・展示物(池袋駅東口周辺 ジオラマ模型)
区制90周年特別展「豊島大博覧会~過去から学び、今日を生き、未来に希望~」(開催期間:2022年10月~2023年5月)の見どころとして、1965年から1969年(昭和40年から昭和44年)ごろの ”池袋駅東口周辺” エリアの風景がジオラマ模型で展示されました。豊島区立郷土資料館 美術館・博物館
-
写真:豊島区立郷土資料館・展示物(池袋駅西口周辺 ジオラマ模型)
区制90周年特別展「豊島大博覧会~過去から学び、今日を生き、未来に希望~」(開催期間:2022年10月~2023年5月)の見どころとして、1960年から1964年(昭和35年から昭和39年)ごろの ”池袋駅西口周辺” エリアの風景がジオラマ模型で展示されました。豊島区立郷土資料館 美術館・博物館
-
写真:豊島区立郷土資料館・展示物(イケちゃんランド)
区制90周年特別展「豊島大博覧会~過去から学び、今日を生き、未来に希望~」(開催期間:2022年10月~2023年5月)の見どころとして、池袋の回遊体験ができる展示スペースが制作されました。豊島区立郷土資料館 美術館・博物館
-
写真:豊島区立郷土資料館・展示物(区制100周年に向けて)
池袋駅周辺大型都市模型などを用いて未来の豊島区 ”池袋駅の東と西をつなぐウォーカブルなまちづくり” 構想がわかり易く展示されていました。豊島区立郷土資料館 美術館・博物館
-
写真:ダイヤゲート池袋(外観)
「ダイヤデッキ」は、西武池袋線・池袋駅の南口改札から正面に向ってすぐの西武池袋線の線路東側エリアにかつて位置していた西武鉄道・旧本社ビル跡地および西武池袋線の線路上空を跨いで線路西側エリアまでを含めた5,530.96平方メートルにおよぶ敷地面積に建設されたオフィスビル「ダイヤゲート池袋」(地上20階・地下2階・高さ99.98メートル)の2階フロア部分となる線路上空エリアを人工デッキにより一般公開広場として整備し2019年(平成31年)に開業しています。
ちなみにオフィスビル「ダイヤゲート池袋」の建物名称については、外壁全面を覆うように設計されている特徴的な免震構造部材の鉄骨ブレースが鉄道の運行計画表となるダイヤグラムをイメージしたデザインとしていることとあわせて西武池袋線の電車がグランドレベルで建物をくぐり西武池袋駅を出入りするゲートとなっていることから名付けられています。西武池袋線の線路上空にある人工デッキ広場です! by hiroさんダイヤデッキ 名所・史跡
-
写真:ダイヤデッキ(ダイヤゲート池袋・2階線路上空デッキ)
「ダイヤデッキ」の整備については、豊島区が長年にわたり掲げている巨大ターミナル駅である池袋駅の東口エリアおよび西口エリアを結ぶ現状の地下連絡通路について防災上など安全確保の観点から混雑緩和を目的とするJR東日本・西武鉄道・東武鉄道の各路線上空に新たな ”池袋駅東西連絡通路(東西デッキ)整備基本構想” の一環であり、現状の池袋駅西口エリアに1992年(平成4年)に整備されているルミネ池袋および東武百貨店プラザ館で構成される複合ショッピングビル・メトロポリタンプラザビルのJR東日本・池袋駅改札がある人工デッキからなる「メトロポリタン口」広場が徐々にではありますが将来的に「ダイヤデッキ」と連結する計画となっています。西武池袋線の線路上空にある人工デッキ広場です! by hiroさんダイヤデッキ 名所・史跡
-
写真:ダイヤデッキ(ダイヤゲート池袋・2階線路上空デッキ)
オフィスビル「ダイヤゲート池袋」の北側エリアから「ダイヤデッキ」を南側に向って写真撮影。西武池袋線の線路上空にある人工デッキ広場です! by hiroさんダイヤデッキ 名所・史跡
-
写真:ダイヤデッキ(ダイヤゲート池袋・2階線路上空デッキ)
「ダイヤゲート池袋」2階フロアのピロティ部分となる「ダイヤデッキ」を北側から南側に向って写真撮影。西武池袋線の線路上空にある人工デッキ広場です! by hiroさんダイヤデッキ 名所・史跡
-
写真:ダイヤデッキ(ダイヤゲート池袋・2階展望スペース)
「ダイヤゲート池袋」2階フロアのピロティ部分となる「ダイヤデッキ」を南側から北側に向って写真撮影。西武池袋線の線路上空にある人工デッキ広場です! by hiroさんダイヤデッキ 名所・史跡
-
写真:ダイヤデッキ(ダイヤゲート池袋・2階線路上空デッキ)
「ダイヤデッキ」南側エリアから西武池袋線を運行する電車を椎名町駅方面(下り方面)に向って写真撮影。西武池袋線の線路上空にある人工デッキ広場です! by hiroさんダイヤデッキ 名所・史跡
この旅行記のタグ
関連タグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
池袋(東京) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
46