2024/09/14 - 2024/09/14
5位(同エリア177件中)
松本伸雄さん
全国唯一3匹の鯱を戴く三階櫓を持つ城
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ホテルで朝食をいただいて
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戦後時代にこの地の新発田重家が本拠地とした旧新発田館跡に、慶長3年(1589)加賀国大聖寺から入封した溝口秀勝が築城した
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平成16年に再建された三重三階の三階櫓。自衛隊の敷地内に有り中は見えません。左の塀も自衛隊のです
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内堀
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T字型の屋根に鯱が3匹います。なまこ壁が綺麗です
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鉄砲櫓跡に、自衛隊内にあった二の丸隅櫓を移設、現存です
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土橋門が有りました
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表門は新潟県内で唯一、江戸時代から現存する城郭建造物です
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国の重要文化財に指定されてます
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初代藩主溝口秀勝は、尾張国(現愛知県)中島郡溝口村の出身です。秀勝は、信長、秀吉、家康の3人の天下人に仕え、上手く乱世を切り抜けました
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辰巳櫓へ向かいます
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二の丸方面、自衛隊です
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辰巳櫓(復元)
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ニ階へ
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礎石
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鯱等
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石落とし
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今右下に居ます
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切妻出窓の屋根
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本丸表門のニ階へ
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今は土橋ですが、かっては木橋がかかっていました
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表門にも石落としが有ります
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旧二の丸隅櫓へ。五階菱、溝口氏の家紋です
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前に此処にあった鉄砲櫓の瓦を利用してなまこ壁にしました
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二の丸隅櫓の天井
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破風は無いです
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辰巳櫓、切妻出窓や長押が採用されており、格調高い櫓です
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昔の堀のあと、生活排水路になっています
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堀部安兵衛は新発田藩の中山弥次右衛門の嫡子として新発田で生まれた。父、弥次右衛門が辰巳櫓の失火の責任を取り浪人になりました。安兵衛は19歳で江戸に出ます。堀内道場に入門し、剣術を磨きます。同道場の菅野六郎左衛門が高田馬場で果たし合いをすることになり、助太刀を買って出て、3人切り倒します。この決闘での活躍が江戸で評判になり、この評判を知った赤穂浅野家家臣、堀部金丸が安兵衛を養子に迎えます
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新発田藩初代藩主溝口秀勝より、堀部安兵衛の方が知名度があると、ガイドさんが嘆いてました。 おわり
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