2024/07/06 - 2024/07/07
105位(同エリア144件中)
funasanさん
- funasanさんTOP
- 旅行記670冊
- クチコミ18件
- Q&A回答38件
- 4,359,207アクセス
- フォロワー201人
「アウグスブルク」ってどこ?日本人には馴染みのない都市ですね。でも歴史は非常に古く、ローマ皇帝アウグストゥスの時代、紀元前15年にローマ人によって町が建設されたことに由来します。
しかも、16世紀頃、アウグスブルクはとんでもなく栄えました。証拠物件があります。アウグスブルク市庁舎4階にある「黄金のホール」(写真)です。全くもってビックリ仰天です。
ぶらぶら街歩きをしているとアウグスブルクがいかに繁栄した都市であったかが分かります。ネルトリンゲンから鉄道で1時間ちょっと、ロマンティック街道添いの古都です。その栄光の歴史を少しだけ見てみました。
※新著出版しました。
『シドニー発着 魅惑のニュージーランド周遊クルーズ14日間:
ロイヤル・プリンセス(ジュニア・スイート)乗船記』
https://www.amazon.co.jp/dp/B0DCVD7WTM/
私のホームページに著書紹介、旅行記多数あり。
『第二の人生を豊かに』
http://www.e-funahashi.jp/work/index.htm
-
ネルトリンゲン駅は小さな無人駅で駅員も乗客もいません。ホームにあった古びたチケット販売機を見つけ、いざ切符を買おうと試みるも、ここで思わぬ難関に直面しました。
写真:ネルトリンゲン駅前の宿泊ホテル -
機械の画面の英語表示を押しても反応はなくドイツ語のみ。ドイツ語のまま必死にあれこれ試してみたものの、迷路に入るばかり。完全にお手上げ状態で私はもう挫折しそうでした。
写真:ネルトリンゲン駅ホーム(列車到着) -
そんな時、まさに救世主が現れました。ホームに現れたのは、地元の高校生くらいの愛らしい女の子2人です。私は迷わず助けを求めました。「何時何分初の電車でアウグスブルクに行きたくてチケット買おうとしているのですが英語表示が出ない。手伝ってもらえますか?」と。もちろん英語で。
写真:ネルトリンゲンからアウグスブルクまでの鉄道経路 -
ところが…彼女たちは私の言葉に首をかしげ、全く通じていない様子なのです。「まさか…英語が通じない?」と驚きました。これまで私は何度もドイツを旅して、「ドイツ人はみな英語を喋る。特に若者は英語が堪能だ」と思い込んでいたのです。でも、ここネルトリンゲンでは違いました。都会と地方との教育格差の現実に直面した瞬間でした。
写真:ネルトリンゲン駅ホーム(列車到着) -
それはともかく、単純に「Help me, ticket, Augsburk」で通じたようで、彼女たちに手伝ってもらいました。ところが…、彼女たちも今まで券売機では買ったことがない様子で色々トラブっていました。試行錯誤を繰り返し、最後にはチケットを発券できて助かりました。
写真:アウグスブルク駅に到着 -
ネルトリンゲンからアウグスブルク行きの列車は、非常に混んでいました。私は何とか座席を確保できましたが、周りはマラソン大会に参加した人々や観光客で溢れていました。途中、車掌が検札にやって来ましたが、皆さん紙のチケットなど持っていないのですね。見るからに年配の爺ちゃん・婆ちゃんでさえ、スマホを見せて検札しているのです。どんどん進んでいます。ここで悟ったのです。
写真:アウグスブルク中央駅 -
ドイツ鉄道のチケットはすべてスマホで発券し、バーコードをスクリーンショットで保存すれば、駅窓口の長い列に並ぶことも、券売機で苦労することもなく、スマホ1つで完結。こんなに便利なものはない。以後、私のドイツ鉄道旅行のチケットはスマホ発券・検札になりました。進化しました。(拍手)
写真:アウグスブルク中央駅前の建物 -
今日のホテルはアウグスブルクの駅前にある「IntercityHotel Augsburg」です。ところが、駅周辺をいろいろ探しても見つからないのです。予約確認書を改めてみて見ると、インターシティホテル アウクスブルクの下に「Rugs Hotel Augsburg City」とありました。
-
どうやら名前が変わったようです。駅前にもどってきて、よく見たら「Rugs Hotel Augsburg City」(写真)がありました。この小さな表示では初訪問者は“発見”できないです。
-
ちょっと不満を抱えてホテルの玄関をくぐると…、何やら変な内装です。どうもケバくて私の感性に合いません。
写真:フロント横のロビー -
フロントのドイツ人?青年は早口の英語でペラペラ喋って手短にチェックインを進めていきます。いつものことなので適当に聞き流して「料金、朝食の有無、時間、近くのスーパーマーケット」だけ確認してルームキーをもらいました。
-
彼の説明の中で「市内の電車無料」とか何とか言っていたので、それを最後に確認しました。すると、宿泊者は「市内観光用に電車・バス無料チケット発行サービスあり」という返事でした。これは助かります。
写真:フロント横のロビー -
部屋はちょっと狭いですが床にスーツケースを広げられるし、ツインベッドで夫婦が別々に安眠できます。料金は2名朝食付で128.7ユーロでした。170円換算で21879円なので許せる範囲です。
-
バスルーム(写真)は比較的広くて使いやすいです。さすがにバスタブはありませんが、ピカピカに磨かれた洗面台・シャワーブースは合格点です。
-
このホテルの特筆は朝食ビュッフェですね。レストランが駅前のメインストリートに面していて眺めがいいです。特に円形に配置された窓側のテーブル席(写真)がお勧めです。床から天井まで続く大きなガラス窓こしに、朝の忙しい駅前の風景を眺めながらの朝食は格別です。
-
レストラン(写真)は結構広くて、続々とお客が入ってきます。さすが、人口2万人のネルトリンゲンの駅前ホテルとは違いますね。アウグスブルクの人口は約30万人(2023年)です。
-
アウグスブルク市内は大きく広がっていて、徒歩観光だけでは時間がかかります。ここは路面電車(トラム)を使った方が効率的に回れます。そのためには路線図(写真)が役に立ちます。
-
中央駅から街の中心部に行くには、まず3番、4番、6番のどれかのトラムに乗り、1区間だけ乗車して「ケーニヒ広場」で下車。ここで2番のトラムに乗り換えます。
写真:朝食ビュッフェカウンター -
2番「Augsburk West」行のトラムに乗ると、主要な観光目的地「市庁舎前広場」「ドーム(大聖堂)」等に行けます。
写真:朝食ビュッフェカウンター -
実は、アウクスブルクの路面電車は、ホテル宿泊客に対して無料で利用できる制度があったのです。宿泊施設で発行されるチケットを持っていると、市内の交通機関(バス、地下鉄、Sバーン、トラムなど)を宿泊期間中に無料で利用することができます。このホテルの特別サービスではありませんでした。な~んだ…。
写真:朝食ビュッフェカウンター -
さあ、朝食です。ビュッフェカウンターからタンパク質を中心にピックアップ(写真)して今日1日のカロリー補給をします。以前は新鮮野菜を大量に食べていましたが、胃袋が小さくなったせいか「タンパク質ファースト」です。
-
いよいよ、市内観光に出発です。駅前からトラム(写真)に乗ってgo,go,go!しかし、天気が悪く冷たい雨まで降ってきます。これには参った。カメラマン(私)の気持ちが沈んでいきます。
-
町の中心「市庁舎前広場」(写真)に来てもあまり感動しません。一方で妻は、凄い凄いの連発です。彼女の心は天気にあまり変動せず、ヨーロッパの見知らぬ都市に来ただけで幸せそうです。
-
アウグスブルクで最も有名な建物「市庁舎」(写真)が広場に君臨するように建っています。この堂々とした宮殿のような建物は、何と現役の「市庁舎」なのです。内部にはオフィスがあり、職員が働いています。さっそく中に入ってみましょう。
-
長い階段を上って4階まで来ると、突然、目の前に驚くべき光景が広がっていました。「黄金のホール」(写真)です。ビックリ仰天!その名の通り、目を見張るような黄金の装飾が細部にまで施されており、まさに圧巻の美しさです。参った、参った…
-
天井の絵画(写真)にはアウグスブルクの歴史や神話的なテーマが描かれており、その細部を眺めるだけでも時間を忘れるほどです。つい立ち止まって天井を見上げていたら首が痛くなりました。
-
中央の大きな楕円形の絵画(写真)には、天使たちに囲まれた壮大なシーンが描かれ、周りの小さな円形の絵画には、神話や歴史的な物語が描かれています。アウグスブルク市の重要な出来事を表していることが多いです。
-
この黄金ホール(写真)の豪華さは、アウグスブルクがかつて繁栄した商業都市であり、ヨーロッパの文化的な中心地の一つであったことを物語っています。こんなに豪華な場所が現代にも残っていることに、驚きを隠せません。
-
では、なぜ、アウグスブルクがこんなにも黄金の山になったのか?ここでちょっとアウグスブルクの歴史の勉強です。16世紀のドイツ国内、つまり神聖ローマ帝国におけるアウグスブルクは、重要な交易ルートの中心に位置していました。
写真:市庁舎広場 -
特にアウグスブルクは、南北を結ぶヨーロッパの主要な貿易ルートと、東西を結ぶルートの交差点に位置しており、商業活動の中継地としても大きな役割を果たしました。次の写真黄色部分は神聖ローマ帝国の領土が最大だった頃(1200年 - 1250年)の版図です。
写真:マキシミリアン通り :アウグスブルクで一番瀟洒な建物が並ぶ通りです。 -
貿易の南北ルートはバルト海沿岸のハンザ同盟都市(ハンブルクやリューベック)から、ニュルンベルクを経由してイタリア北部のベネチアやジェノバに至る道です。このルートは、バルト海沿岸で取引される毛皮や木材、北海の海産物が南欧へ運ばれる重要な路線でした。
-
東西ルートはフランスやネーデルラント(現在のオランダ・ベルギー地域)から、ドイツ中部を経由し、アウグスブルクを通って東欧やバルカン半島、さらにオスマン帝国へ至る道です。このルートでは、織物や金属製品、香辛料が東西を行き来しました。
写真中央:マキシミリアン通りにある「聖モーリッツ教会 」
写真右:「織物の家」…16世紀にはアウグスブルクの発展の原動力となった、織物の市場として利用されます。 -
アウグスブルクは、この両方の交易ルートの要所にあり、中継地として非常に重要でした。さらに、都市そのものが商業の中心地として発展し、特に銀行業と商業によって大きな繁栄を享受しました。
写真:マキシミリアン通りにある「メルクーア噴水」 (世界遺産:アウグスブルクの水管理システム) -
フッガー家やウェルザー家といった富豪の商人や銀行家が、アウグスブルクを本拠地とし、帝国全域にわたる商取引を行いました。
写真:マキシミリアン通りにあるカフェ -
こうした商業活動により、アウグスブルクは当時、ヨーロッパでも最も重要な経済の中心地の一つとなり、特に金融業が大きな役割を果たしていました。交易ルート上の中心的な商業都市になりました。
写真:ヘラクレス噴水 (世界遺産:アウグスブルクの水管理システム) -
アウグスブルクの繁栄を象徴とする建物がもう1つあります。それがマキシミリアン通りにある「シェッツラー宮殿」(写真)です。これは1770年に建てられた銀行家フォン・リーベンホーフの邸宅です。
-
この建物の一部は16~18世紀のドイツ絵画を中心とした「ドイツ・バロック美術館」&「州立美術館」になっています。
-
入館してじっくり絵画鑑賞をしました。
-
見事な作品です。
-
予備知識を持たず、この美術館に入ったのですが、最後に度肝を抜かされました。ロココホールです。次の写真をご覧あれ。市庁舎の黄金のホールにも劣らない芸術性溢れたホールです。
-
シェッツラー宮殿の「ロココホール」(写真)は、18世紀に建てられた華麗な舞踏室で、バロックからロココ様式への移行を象徴する見事な装飾が特徴です。このホールは、豪華なシャンデリアと壁全体を覆う繊細な装飾、そして天井に描かれた大規模なフレスコ画で知られています。
-
特に天井画(写真)は、神話的なテーマが描かれており、アウグスブルクの商業的な繁栄や栄光を象徴しています。天井には、雲の中を飛ぶ馬車や、天使たちが描かれ、豊かさと平和の象徴として表現されています。
-
色彩の柔らかさと繊細なタッチが、この部屋全体に優雅で調和のとれた雰囲気を与えています。このロココホール(写真)は、当時の社交や舞踏会の中心的な場所として機能し、その豪華さは今でも訪れる人々を魅了しています。
-
「フッゲライ」(写真)は世界最古の現存する社会福祉住宅で、ヤコプ・フッガーが1521年に貧しい市民のために建設した「私営住宅」です。フッガーは当時の大富豪であり、社会的責任感から、経済的に困窮する市民が安価で住むことができる住居を提供しました。
-
賃貸料ですが、当時のルールでは住民は年間1ライヘンギルデン(現在の価値にして約88セント)を支払うこととされていました。この驚くべき低価格は、現代でも維持されており、現在でも年間0.88ユーロ(88セント)という非常に象徴的な額が家賃として設定されています。
写真:ヤコプ・フッガーのパネル -
ただし、フッゲライに住むためには現在も厳しい条件があり、アウグスブルク出身で、敬虔なカトリック教徒であり、経済的に困窮していることが求められます。また、住民は毎日特定の祈りを捧げることも義務づけられています。
写真:フッゲライ内にある教会 -
アウグスブルク大聖堂(写真)は、アウグスブルクの歴史と文化を体現する壮大な建築物で、正式名称は「聖母マリア大聖堂」です。この大聖堂は、9世紀に建設が始まり、ゴシック様式とロマネスク様式が融合した特徴的な建物です。
-
大聖堂の前に「ドーム噴水」 (写真)があり、「アウグスブルクの守護神三体」が、それぞれのポーズで陳列されています。一番哀れな姿なのは右側の女性像で名前はアフラ。なんでも逃亡中の宣教師をかくまった罪で、火あぶりにされて殺されたそうです。その後、キリスト教の殉教者、聖人としてあちこちで祭られています。
-
大聖堂の内部(写真)に一歩足を踏み入れると、まず感じるのは、その圧倒的な高さと静謐な雰囲気です。ゴシック様式の尖塔アーチが天井高くまで伸び、光がステンドグラスを通して柔らかく差し込んでいます。
-
大聖堂の最も注目すべき点は、その荘厳なステンドグラス(写真)で、これらの窓は11世紀に作られたもので、現存するヨーロッパ最古のステンドグラスの一部とされています。
-
ステンドグラス(写真)の鮮やかな色彩が、空間に神秘的な光をもたらし、訪れる者を包み込みます。
-
聖堂内にある礼拝堂「マリエン・カペレ」(写真)。建築家ガブリエル・デ・ガブリエリの設計によってバロック時代の1720年に建てられました。中央にマリア像が安置され、柱や壁には金箔が施された彫刻や天使像が見られます。この礼拝堂は、静かな祈りの場として、訪れる人々に神聖な雰囲気を提供しています。
-
市庁舎の隣に高さ約70mの「ペルラッハ塔」(写真)に上る予定でしたが、残念ながら改修工事のため閉館中でした。それにしても、あまり期待せずに訪れたアウグスブルクでしたが、想像以上に素晴らしい都市でした。
→フュッセン観光に続く
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
funasanさんの関連旅行記
アウクスブルク(ドイツ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
53