2024/08/27 - 2024/08/27
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ヌールッディーンさん
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訪問時は特別展「えべつ縄文文化展~土とともに歩んで1万年~」が開催されていました。特別展とれんが資料展示室を見てきました。(常設展示のうち「北のやきもの展示室」は見られなくなっていました。)
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れんが資料展示室では、主に北海道や江別でどのようにレンガが作られ、北海道でどのように使われたかという歴史が展示されていました。
個人的に少し意外に感じたのは、江別地域が北海道のレンガ造りの中心になったのは明治31年頃からという点でした。というのは、北海道庁旧本庁舎(いわゆる赤れんが庁舎)が完成したのが明治21年なので、それより前に江別で生産が活発になっていたようなイメージを持っていたためです。
解説によると、北海道の赤レンガ生産地は、函館付近→札幌付近→江別地域と中心地が移ってきたようなので、札幌付近で生産していた時期に道庁の庁舎も建てられたのかもしれません。
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縄文文化展は、江別周辺で見つかった様々な様式の縄文式土器が展示されており、充実した内容という印象でした。
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江別市内だけで142カ所の遺跡が発見されているというのに驚きました。
発券されている場所に傾向があるようですが、それは江別市郷土資料館で説明されていました。
要約すると、4万年前に支笏火山が噴火し、その際の噴出物が江別まで流れ込み野幌丘陵を作りました。約6千年前に気温が上昇して海水面が高くなり、江別のあたりも内陸奥深くまで海が入り込んできましたが、野幌丘陵は海にならなかったため、人が住み続けることができたため、丘陵の沢地に沿って遺跡が発見されている、ということになります。
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萩ヶ岡式土器(縄文中期5000~6000年前)
本州に由来する円筒上層式と道東・道北に由来する北筒式の影響を受けている様式です。
北方(道東・道北・樺太など)と南方(本州)の影響がどのように交差したのか、歴史的にどの時期にどの地域からの影響が強くなったのか(そして、それはなぜか)、というあたりに個人的には興味を引かれるのですが、今回の展示では、その辺りをダイナミックに(あるいはビジュアル化して)見せてくれるようなやり方になっていなかった(そうした見せ方は少なかった)ように思います。例えば、各様式の説明を読むとどの地域の土器の影響を受けているのかは書かれてはいますが、それを全体の流れとしてまとめて説明はされていなかったように思います。
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やかんか急須の形の土器(縄文後期3000~4000年前)
急須は中国から日本(奈良時代頃?)に伝わっているはずで、やかんも日本で使われたのが鎌倉時代あたりからのようなので、この種の土器が直接の起源ではないようです。
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