2023/09/21 - 2023/09/21
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zenkyou01さん
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この旅行記のスケジュール
2023/09/21
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徒歩での移動
鎌倉駅から寿福寺
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太田道灌の墓
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源氏山山頂
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徒歩での移動
吉屋信子旧居から鎌倉駅まで
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低山・里山歩き 神奈川県鎌倉市 源氏山(3)・鎌倉散策(16) 標高93M 全行程 4時間38分 鎌倉駅~(12分)寿福寺(22分)~(17分)源氏山~(10分)源氏山公園頼朝像(1時間3分)~(1時間9分)葛原岡・大仏ハイキングコース登山口~甘縄神明神社・旧諸戸邸・吉屋信子旧居(59分)~(26分)鎌倉駅
「日時」2023年9月21日 曇り時々雨 「アクセス」横須賀線鎌倉駅下車
「参考案内書」なし
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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鎌倉駅 JR横須賀線の中間駅、江ノ島電鉄の終着駅です。駅西口に建っている時計台は、1916年の建てられた鎌倉駅の象徴だったもので、とんがり帽子の時計台として親しまれました。1984年駅舎建て直しの際、壊されずに時計塔として残されました。現在は駅西口の待ち合わせスペースに建っています
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八坂大神拝殿 1192年創建、相馬師常(鎌倉幕府御家人)が自分の屋敷神として京都八坂神社から分霊を勧請したのが始まりです。ご祭神は須佐之男命、桓武天皇、高望王、葛原親王です。鳥居を潜ると、左手に境内社、正面に拝殿、その奥に本殿があります
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寿福寺中門と本堂 臨済宗建長寺派の一寺。禅宗鎌倉五山の第三位。1200年創建。開基は北条政子、開山は栄西禅師。本尊は釈迦如来像です。伽藍は総門を潜ると、長い参道が続き、中門があります。中門の中には仏殿、庫裏、鐘楼等が建つっていますが、中門は閉鎖され、仏殿には近づけません。中門より、左に行きと仏殿の裏手に墓地があります。墓地には北条政子と源実朝の墓、高浜虚子、大佛次郎の墓がります。臨済宗の寺格の最上位は五山、次位は十刹、次次位は諸山です
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寿福寺大佛次郎の墓 昭和時代に活躍した歴史小説、現代小説、童話、鞍馬天狗で有名な大衆小説の作家です。鎌倉をこよなく愛し、若い頃より鎌倉に住み、財団法人鎌倉風致保存会の設立発起人・初代理事となる
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高浜虚子の墓 明治・大正・昭和時代に活躍した俳人・小説家です。やぐらの中にお墓があります
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源実朝の墓 鎌倉第三代将軍で、源頼朝の子です。甥の公暁に鶴岡八幡宮で暗殺されます
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北条政子の墓 鎌倉幕府初代執権北条時政の娘、初代将軍源頼朝の正室、第二代頼家、第三代将軍実朝の母です
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寿福寺内の登山口 寿福寺中門前を左に折れ、墓地手前にある左手の石段を登る
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太田道灌の墓 扇谷上杉氏の家宰を務めた太田道灌は江戸城を築いた武将・歌人です。英勝寺(道灌の子孫太田康資の娘英勝院(徳川家康の側室)が開基)はかって、道灌の屋敷があったところといわれています
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急な石段登り トイレの裏手にある石段を登り、源氏山山頂に向かう
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源氏山山頂 標高92.6Mの源氏山山頂に到着。展望はありません。石祠が建っています。以前来た時にあった、山頂標識は無くなっていました
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源頼朝像 源氏山公園の中心部には、鎌倉幕府初代将軍源頼朝像が建っています。桜の名所です。雨が降り出し、傍にある屋根のあるベンチ下で、雨宿りをしながら昼食をとる。昼食後葛原岡・大仏ハイキングコースに向かう。途中、葛原岡神社、化粧阪、銭洗い弁天の分岐を過ごす
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急下りする。数回の小さなアップダウンを繰り返し、進む
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分岐を左の長谷駅・高徳院にむかう。このような標識が要所にあり、道に迷うことは無い
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緩やかに下る。歩き易い道ですが、本日は雨、滑らないよう気を付けて歩く
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緩やかに下る。歩き易い道ですが、本日は雨、滑らないよう気を付けて歩く
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大仏切通への木段 石段急下りの途中、右手に急登り木段がある。これを登ると大仏切通に行きます(本日はスキップ)。大仏切通しは鎌倉八幡宮の西に位置し、大仏の北を通り、梶原方面に抜ける道です
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石段急下りが終了し、葛原岡・大仏ハイキングコース(北鎌倉駅~浄智寺・葛原岡神社・銭洗弁財天~高徳院)登山口に到着します。高徳院(鎌倉大仏)・長谷寺(本日はスキップ)の門前を過ごし、鎌倉駅に向かう
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安達盛長邸址 甘縄神明神社の鳥居の先に碑は立っています。安達盛長は源頼朝の伊豆流人時代からの側近で、鎌倉殿13人の一人です
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甘縄神明神社拝殿 創建は710年、ご祭神は天照大神、鎌倉最古の神社です
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旧諸戸邸 明治41年に横浜株仲買人福島浪蔵の別邸として建築、その後三重県の富豪諸戸氏の別邸となる。特徴はバルコニーの柱にギリシャ建築の様式を取り入れています。鎌倉市の子供会館でしたが、劣化により、現在は使用されていません
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吉屋信子旧居 大正から昭和時代にかけた活躍した小説家です。晩年に過ごした住居を鎌倉市に寄付し、今は鎌倉市の吉屋信子記念館として開設されています。今は閉館中です(期間限定公開)
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市立御成小学校校門 明治天皇皇女のための御用邸跡地に、1933年に鎌倉市立御成小学校が開校し、正門には御用邸の冠木門が引き継がれる。門標は高浜虚子書です。正門から中を見ると、左手に旧講堂が見られます
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この旅行記へのコメント (1)
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- イメ・トラさん 2024/09/15 09:12:15
- 初めまして
- おはようございます。
源氏山の表紙写真を見たとき、あれ?霧ヶ峰の遺跡だと一瞬思ってしまいました
自分の写真を確認したところ、霧ヶ峰の古い斎場あとは、ただの自然石を立てているだけなのに、どこか似ている。
おかしなところで共通の雰囲気を発見して楽しくなりました
これからもよろしくお願いします
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