2024/07/14 - 2024/07/14
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hijunoさん
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枚方を歩きました。
枚方はかつて宿場町として栄えました。
近くの河、淀川を利用する船の往来も盛んでした。
枚方宿は大阪 京都間の中継地として、街道、また水運の両方が発達してきました。
その枚方宿にあった料理 料亭旅館の鍵屋は現在資料館として多くの資料を展示し、その建物も保存されています。
枚方宿も多くの人でにぎわって、経済的にも豊かであったとばかり思っていましたが、実は大名行列や朝鮮使節、琉球使節の費用を供出したり、
はてはベトナムからのゾウの運搬まで、その内実は厳しものがあったのだということもわかりました。
淀川がすぐ近くにあり、当時、三十石船の客船に近づき、料理やお茶、お酒などを提供する「くらわんか船」があり、「くらわんか」と呼びかけて商いをしていたようです。
そのくらわんか船で用いていた陶器なども発掘され、展示されていました。
ビデオもあり、展示物が豊富で、とても楽しく見学しました。
月に一回行われる市も開催されていて、多くの店が出店、にぎわっていました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 自家用車 徒歩
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枚方公園駅で下車。
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枚方パーク、通称ひらぱー。
懐かしい~。 -
まず、こちらのお店へ寄ります。
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こちらは、くらわんか餅で有名なお店。
創業は百余年とあります。 -
美味しそうな和菓子がずらり。
お店の手作りです。 -
お土産を買うことに決めていたので、何にしようか~すごく迷います。
どれも美味しそうで。 -
イチオシ
結局迷って、こちらがお土産。
水無月はこの季節なので、、、
くらわんこ、、って、面白い! -
イチオシ
くらわんか餅は、江戸時代、淀川を行く客船に食べ物などを売っていた船で売られていたお餅だそうです。
柔らかいお餅の上の餡子、美味しかった~。 -
くらわんか餅→くらわんこ饅頭、、、
船に乗ったワンコがとても可愛いです。 -
お店の中にあった写真に目が。。
冷たそうなアイスのような。。
朝から暑かったので、ついつい。。 -
抹茶味の不思議な触感、
葛を凍らせた、お餅も中に入った和菓子です。
モチモチとした、とても美味しく、冷たく、夏にぴったり。
お店の中で食べさせていただきました。
お茶まで出していただいて、ありがとうございます♪ -
今日のお目当ては、鍵屋資料館。
江戸時代の宿にあった料理屋、料理旅館だったところが資料館になっているところです。 -
イチオシ
かつての枚方宿の道沿いに、毎月第二日曜日に行われている、くらわんか五六市が
行われ、街道沿いに多くの店が出店していると聞きました。
楽しみです♪ -
枚方宿の説明板。
枚方宿は、東海道品川宿から数えて56番目の宿場町です。
東西の全長も約5㎞、豊臣秀吉時代に造られた文禄堤といわれる堤を利用して京街道として発展していったそうです。
参勤交代の紀州徳川が利用したり、淀川で大阪と京都を結ぶ三十石船の中継地にもなっていました。
江戸時代には京都と大阪を移動する手段は二つ。
ひとつは、京街道・大阪街道を行く方法、もうひとつは淀川を移動する方法。
枚方は京都と大阪の中間の地点にあったので、貨物やお客さん達を運ぶ中継の地点として「枚方宿」が設けられました。
旅客船や貨物船の船着き場も設置されています。 -
駅周りもお店が出店。準備中。
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スマホを片手に歩きますが、ところどころにある石表示、助かります。
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資料庵へいく途中の看板。
この枚方宿には、かつて、シーボルトやアーネストサトウなども利用したそうですが、その中でも、シーボルトは故郷を思わせるような風景だったと記しています。
シーボルトやケンペルも、詳しく枚方宿のことを書き残しているそうです。
当時の風景が美しかったことが偲ばれます。 -
道沿いに、趣のある建物が見えてきました。
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美しく整備された家々が多かったです。
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扉も折りたためる式のもの。外からちらり。
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資料館のお隣も古い建物だそうですが、入口でおみやげ物を売っていました。
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鍵屋資料館。
鍵屋は江戸時代には、料亭、料理旅館でした。
主屋は1811年に建てられた町家の建築、船待ちの宿と煮売屋としての特徴がありました。1997年に廃業しています。
資料館となってからは、その歴史や出土した遺物の展示などが展示されています。
かなりの見ごたえのある豊富な資料でした。 -
以前の様子の写真。
このあたり、船宿、旅籠が連なっていたそうです。
人々の往来がにぎやかだったことでしょう~ -
中に入ってみます。
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入口から上品なお庭がありました。
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駒札の説明板があります。
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玄関へ。
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館内の説明。
鍵屋は主屋と別棟があります。
資料館となっているのは、別棟のほうで、昭和3年に新築されたようです。
別棟は東西を二棟をつないだ構造。
1階は個別の客室で展示室になっています。
2階は63畳もある大広間。
主屋のほうは、町屋の構造。 -
枚方市の鳥瞰図がありました。
にぎやかな人とモノの往来、多くの店や旅館などが立ち並んでいたことでしょう~ -
入口でチケット購入。
お土産ものコーナーもありました。 -
旅館の雰囲気。
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古い電話がありました。
ダイヤルもありません。 -
イチオシ
資料が展示されています。
ところどころは撮影禁止のマーク。 -
鍵屋の歴史についての説明があります。
説明によると、、、
驚いたのは、天正年間にすでに鍵屋の名前があること。
「高槻キリシタン文書」には鍵屋志門の名前があるそうで、すでに天正年間から創業していたと考えられています。
1773年の文書で、その創業は明らかで、60年前から三十国船の客に餅を売る商売を行っていたことが記載されているそうです。
江戸時代の後期には、船宿として栄えます。
明治時代になると、三十国船が蒸気船に変わりますが、船の乗り降り場として、また蒸気船が衰退してからは観光の屋形船として。
さらに、大正・昭和時代には高級料理旅館として栄えたそうです。 -
イチオシ
美しい部屋です。
客室だったところ。 -
調度品が置かれ、
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当時の船の様子。
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枚方宿は遺跡として発掘されています。
豊臣秀吉の時代に造られた文禄堤。
完成後は、斜面に屋敷地が造成され、町屋が建ち並んだそうです。
秀吉の時代の生活は地表面の2m下にあります。
発掘の調査によると、町屋の礎石やカマドや流し、火災のあと、火災の際の片付けのための土坑、畑も見つかっているそうです。 -
日本の陶器の説明。
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発掘の様子がパネルで。
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16世紀から17世紀のころの陶器。
中国からのものもあります。 -
17世紀前半~18世紀前半の陶器。
実に柄もさまざま。
どれもお洒落な雰囲気の陶器ばかり。 -
初期伊万里のもの。
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発掘された陶器いろいろ。
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枚方宿遺跡で出土した陶器屋の陶器。
火災があったことが認められています。 -
イチオシ
こちらは、くらわんか茶碗といわれる陶器。
長崎の波佐見産の染付碗や皿が遺跡から大量に出土しています。
くらわんか船で使われた茶碗でもあったようです。
ほっこりとしたデザインや素朴で丸みを帯びた可愛い形~ -
こちらも、くらわんか船で使われた陶器たち。
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こちらも出土品。
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鍵屋の出土品。
料理屋、旅館として使われていた陶器。 -
伊万里や多才な陶器、とても優雅な陶器でした。
18世紀には火災もあったようです。 -
廊下もピカピカ。
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奥にはさらに展示室続きます。
これらは、以前は客室だったところなんですね~ -
1811ねに建てられたといわれる、主屋の解体の過程工程がパネルで説明。
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とても大掛かりな工事。
木々の組み合わせが複雑~
柱もほとんどが虫食いだったとありました。 -
模型。
大きな建物です。
ふと、淀川にこんなに近くて、洪水などには見舞われなったのだろうか、、 -
見取り図。
淀川に近代的な堤防が築かれる前のものだそうです。 -
枚方宿について詳しいパネルがあります。
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枚方宿はほとんど、上りに利用されたようです。
こういった宿を片宿というのですね、、初めて知りました。
下りは、ほとんどが、淀川の水運の船が利用されていたようです。
片宿は、当然財政難でした。 -
ゾウも枚方宿に泊まっています。
徳川吉宗が注文したゾウ、ベトナムから中国を経て長崎に着いて、歩いて
江戸に向かったそうですが、初めてゾウを見た人は驚いたでしょうね~
その経費も相当のもの。
ゾウも60日もかけて歩いて、可哀想な気もします。 -
枚方宿では大名行列も。
おもに紀州藩の参勤交代です。
この人馬の負担は枚方宿やその周りの村々。相当厳しいものだったようです。 -
枚方宿の街並み。
時間があれば、ゆっくり回ってみるのも面白いかも、、 -
紀州藩の武士に提供された食事です。
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とてもゴージャスな重箱。
何重あるのでしょう~ -
江戸時代のお歯黒に使う道具など。
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江戸時代の看板や、
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天秤。
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シーボルトも、枚方宿が、故郷のドイツの風景にていることを記していますが、その景色をとても気に入っっていたようです。
そのほかにも著名な人々が利用していました。 -
大名行列の様子を再現しています。
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船の鑑札。
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文献など。
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淀川の水運を使った、人や貨物の輸送、とても安価で済んだようです。
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京都の名所淀川の風景、歌川広重の画です。
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淀川の船の様子。
色んな船が行き交っていたのですね~
淀川をいく客船 三十石船が枚方に近づくと、煮売茶船の「くらわんか船」が近づいて、
乱暴な声で「酒くらわんか」「餅くらわんか」と叫んでいたそうです。
税を免除されるかわりに、人命救助などの役目もあったそう。
そのほか、船は、朝鮮通信使や琉球の使節などもあったようで、
淀川に近づくと小さな船に乗り換えていたそう。
この負担も宿の負担。 -
「くらわんか船」の乱暴な物売りの様子がビデオで再現されていました。
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びっくりしたのが、こちらのくらわんか船を再現した様子。
リアル!
だれか居るのかと思ってしまいました。笑 -
イチオシ
お餅も、ごんぼ汁も売っていたようですね~
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二階へ。
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大広間。
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イチオシ
60畳だそうです。
大宴会ができそうです。
今でも使われているのかな。。 -
飾り棚。
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大広間や笹の間で食事もできるようです。
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笹の間。
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窓から、土手、道の向こうは淀川。
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著名な人々の画や
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書が並んでいます。
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見学おわり、玄関のほうへ。
枚方宿の資料や本など。 -
可愛いお土産がありました。
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お隣の主屋、のぞいてみます。
店前にはお土産もの。 -
ここでも、くらわんか餅がありましたよ。
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台所。
大きな梁が迫力あります。 -
旅人再現。
江戸時代の雰囲気~ -
江戸時代の雰囲気。
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イチオシ
古いものがあちこちに置いてありました。
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1811年の建物。
近代堤防ができる前は、裏はすぐ淀川だったようです。 -
鍵屋資料館の見学を終えて、枚方宿、歩きます。
この日は市があるので、人が多くて、にぎわっていました。
古い家を利用して、お洒落なお店も多いです。 -
面白いお店がありそう。
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甘い香りがするとおもいましたら、クッキーやパンなどのお店でした。
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パン屋さん。
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町家の家並みも続きます。
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住宅街を歩きます。
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こちらも可愛い雑貨、衣類屋さん。
手作りの服がたくさん。
モンペが可愛かったなぁ~ -
途中、道端で、お店が出ています。
野菜も果物も。
こちらのお店でバジルを購入。 -
町家の建物、きれいですね~
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イチオシ
大きな町家です。
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ちょっと見えにくいのですが、問屋役人をしていた家だそうです。
庄屋もかねて、金融の関係の仕事もしていたそう。 -
あちこち、道沿いにお店が出ていますが、人が映ってしまうので、なかなか写真は撮れません。
こちらはフリマのようでしたよ。 -
浄念寺。
1495年の開基、古いお寺です。 -
枚方は浄土真宗と深いつながりがあるようです。
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手作り市が続きます。
こちらは、着物の生地で作ったバッグ。
可愛いものが沢山ありました。 -
旧三矢村。
昔の村名もところどころにありました。 -
がま口財布も可愛い~
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沢山見どころのありそうな枚方です。
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昭和の時代の様子。
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お店前で赤紫蘇を売ってました、フレッシュで、安かった~
近かったら買ってかえりたかったです。
この時期は、しそジュースが飲みたい。。 -
常夜灯がありました。
1854年に能勢妙見寺に枚方宿の安全を祈願したそうです。 -
塩麹、、、つくりたいな。
こちらがお米屋さん? -
昔の写真があちこち。
にぎわってますね~ -
枚方宿、
沢山の見どころあるようです。 -
終点。今度はこちらから歩いてみたいです。
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古い道標がありました。
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京阪電車にのります。
駅へ。 -
枚方宿の地図。
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京阪電車で移動。
次は、百済王神社へ向かいます。
バスも乗り継ぎます。
トーマスシリーズの電車。
可愛いなぁ~
孫が喜びそう。 -
子供たちが喜びそうです。
次に続きます。
長くなりました。
最後までお付き合いいただいて、ありがとうございます。^^ -
追記
くらわんか五六市で買ったもの。
バジルとちりめんじゃこ。
ちりめんじゃこは薄味です。もうすこし、山椒の味がすると好みかも。。
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