2024/06/26 - 2024/06/26
7位(同エリア526件中)
松本伸雄さん
東北地方を治めた古代律令国家の城
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外郭東門跡
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手前から、北殿、後殿、正殿
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正殿。645年(大化1)の大化改新後、東北地方の日本海側気候にある越の沼垂郡を皮切りに、蝦夷と呼ばれた化外の民を律令体制に組み込むための朝廷の出張機関として、古代城柵群と総称される施設がいくつも築造された。
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西楼。8世紀前半には、朝廷の命を受けた大野東人により、当時朝廷と蝦夷の勢力圏内の境界線であった仙台平野に多賀城が築城された。
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正殿。多賀城には、軍事施設としての鎮守府のほか、郡山遺跡にあったと考えられる陸奥国府が移転された
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政庁跡から南門を見る。
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政庁南門跡。
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西翼廊。
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政庁復元模型。
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政庁~南門間道路。城内のメインストリート。道幅は奈良時代が13㍍で、平安時代が23㍍もありました。
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城前地区に建物跡を作っていました。
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未だ説明書が無いので何かわかりません。
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大きな建物です。
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東屋かな?
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南から北側を見上げる。
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排水用の石組桝。
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石組桝
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南門を作っていました。
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多賀城跡の碑。
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多賀城碑。藤原あさかりが多賀城を改修した記念碑で、外郭南門を入った右手にある。724年の多賀城創建と762年の改修を伝える貴重な歴史資料である。
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ガイドさんが読んでくれました。
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多賀城碑。覆屋の中に碑が建ってます。江戸初期の万治~寛文年間の発見といわれ、壺の碑と呼ばれる。松尾芭蕉が「奥の細道」で紹介している。
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外郭南門再建中です。
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南門。
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あやめ園へ。
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花は少ないです。
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多賀城南辺の築地塀と櫓。3本出ているのは柱の位置。
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古希の色。
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長井小紫。
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ハスの花。
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