2024/03/08 - 2024/03/10
126位(同エリア809件中)
ひらしまさん
フエはベトナム最後の王朝であるグエン(阮)朝の都だった。
グエン朝は、19世紀初めにカンナム・グエン(江南阮)朝を再興し、清にならった小帝国を築いた。しかし、1880年代にはフランスに敗れてその保護国となり、その後20世紀半ばにホー・チミンらによる革命で倒され消滅している。
旅の最後に、その王宮や帝廟をフエに訪ねた。
1kd=6.2円(通貨ドンは桁が大きすぎるので千ドンが実質的な単位になっています。この旅行記では1千ドンを1kdと表記します)
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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フエ駅に着いてGrabを呼び出すも反応なし。少し前までフエではGrabが営業していなかったそうで、今でも台数は限られているようだ。なんとかタクシーを捕まえてサイゴン・モーリンホテルへ。
受付でVIPルームですよと言われてはいたけれど、こんなに広いとは思わなかった。部屋に入ると前方に応接セットがあり、右奥にダイニングテーブルがある。 -
その先が寝室だった。
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我々には不似合いな豪華な部屋だが、ベッドが一つで振動が伝わるマットレスなのが困る。受付に戻って、予約したとおりのベッド2台の部屋に交換してくれと要求するが、満室なので部屋は変えられないという。マネージャーらしき女性が出てきてエキストラベッドを入れるというので了承した。
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結局、手前の部屋は、応接セットもダイニングテーブルも一切使わなかった。トイレが2か所あって2人同時に使えたことだけがよかった(笑)。
むだに広いこんな部屋をなぜ予約したのか自分でも不思議だが、超円安のわびしい昨今、朝食込み1人6800円でこんな立派な部屋に泊まれる贅沢を、つかの間味わってみたかったのかもしれない。 -
ベランダからフォーン川とチャンティエン橋を眺めて俄VIP気分を楽しんだ。
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夕食に行く前に、目の前の公園でファン・ボイチャウの像を見る。
ファンは20世紀初めに日本に渡り、フランスに支配される祖国の青年を日本留学に招いて独立運動の活動家として育てる東遊運動を組織したが、日本政府に国外追放されてしまう。しかし、彼を援助した日本の市井の人々との交流はその後も続いたという。
政府の意向にただ従うのではなく、自分の考えで他民族の独立を助けようとした日本人が少なからずいたことが誇らしく思える。 -
公園のフォーン川沿いがきれいに装飾されていたので、その写真を撮っていると、家族連れの若いお母さんがカメラの前に飛び出してポーズをとったのには驚いた。ベトナム人って結構茶目っ気があるんだな。
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チャンティエン橋もライトアップされ、古都フエは案外にぎやかな雰囲気だ。
川に沿って東方向に歩いて行くと、船を模した水上レストランが大勢のお客さんで賑わっている。女性客が多いのは「女性の日」だからかもしれない。
今夜はレストランも混みそうだ。少し歩みを速めた。 -
この日は西洋料理が食べたくなってBistro La Caramboleに来た。店の前に二十人くらいが立っていたのでやっぱり入れないかと思ったが、かろうじて席に案内してもらえた。
客はほとんど欧州系で、人がいないテーブルには予約席の札が立っている。 -
海老とアボカドのサラダ。
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スパゲティボロネーゼ。どちらもおいしかった。
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この日は「女性の日」のお祝いモード。
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若いベトナム人カップルが近くの予約席に座った。女性は、うさぎの形にパッケージされた豪華な赤いバラの花束を抱えている。
好奇心旺盛な妻は、図々しくお願いして花束を抱えた写真を撮らせてもらった。外国人に英語で話しかけられ緊張気味の彼女。
この写真を4トラに載せる許可は当初出なかったが、あとで彼女が我々のテーブルに来てくれて、スマホ翻訳のベトナム語で話したら快くOKしてくれた。
大切な日に邪魔してごめんね。どうぞお幸せに! -
旅の7日目。
大木の生い茂る中庭で朝食。雰囲気がよく、料理も豊富。 -
けさはベトナム風(?)にしてみた。粥はどこでもおいしい。
今日は、午前中に王宮を見て、午後はカイディン帝廟とミンマン帝廟を巡ってからフエ・フバイ空港からハノイへ移動する予定。
チェックアウト時に午後の移動の車手配を相談すると観光デスクに回されたが、1200kdと言われ想定より高いので、あとでGrabを当たってみることにしてとりあえず保留にする。 -
荷物を預け、歩いて王宮へ。
清に服属し越南(ベトナム)という国号を与えられた王朝だけあって、みごとに中華風の王宮で、あらためてベトナムも中華帝国の勢力圏であったことを実感する。 -
とはいえ、この王宮もベトナム戦争で大半が破壊され、修復が続いている。
太和殿の側面から。この2棟連棟形式はベトナム独自の建築様式だそう。 -
オリジナルの建物も残っている。
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瓦屋根の美しさはホイアンの町でも感じたが、王宮はさらにすばらしい。
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この門の奥に紫禁城があったが、対フランス独立戦争で破壊され、回廊だけが残っている。
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廃墟であっても美しさがある。
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修復された回廊ではアオザイ姿の女性たちが写真を撮りあっていた。
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どの屋根も龍が守っている。
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八角堂の向こうに場違いな西洋建築が見える。
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親仏派だったカイディン帝が1923年、バロック様式に改築させた建中楼。これも跡形もなく破壊されていたものが、つい最近再建された。
とても華やかではあるけれど、突然ベルサイユにワープしてしまった気分で落ち着かない。
でも、ベトナムの若者には人気のようで、ここでもレンタル衣装でポーズを決めての撮影が繰り広げられていた。 -
建中楼の裏手、王宮の一番奥の堀には小島があって橋で結ばれている。
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時には皇帝が一人で水鳥を眺めて過ごしたのかも、なんて思った。
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時計回りに歩いてみる。塀の装飾。
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漢字だろうか。
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皇帝が水遊びを楽しんだ舟かもしれない。
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歴史を感じさせる門。
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皇帝の書斎だったという太平楼。近年修復され、装飾が目を引きつける。
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その裏側だったか、屋根の装飾がすばらしい。
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東の顕仁門から出る。
思っていた以上に立派な王宮だった。修復された華やかな建築もよし、昔のままの部分も歴史を感じさせてくれた。 -
ランチにしようとGrabで宿の少し南にあるNhà Hàng Spiceへ。夜は空港なのでちゃんとした食事はこれが最後というつもりで選んだ店。
店名を冠した肉のグリルのセットを、これなら間違いないだろうと注文した。飲物はすぐ出てきたが、しかし、看板料理は30分待っても出てこない。午後の時間が気になるので、泣く泣く料理をあきらめ精算を求めると、飲物代は結構ですとのこと。きちんとした店らしいのに残念だった。
Bプランでバインミーの店に行った。ところが、なんと開店は夕方からだった。そういえばフォーの店で午前中だけというところもあったし、食べ物によって時間帯がいろいろだ。
結局、ホテルで車を手配してもらい、待っている間に手持ちのバナナでも食べてすませようということになった。
カイディン帝廟とミンマン帝廟を巡ってからフエ・フバイ空港へ行くのをGrabで検索すると、エリア外となっていたのだ。 -
サイゴン・モーリンホテルに戻ると観光デスクは不在だったため、昨日のフロントマネージャーに車を手配してもらった。そこで観光デスクで言われていた1200kdを出そうとしたら、600kdと言われ驚いた。半額になってしまったのだから。
タクシーはすぐに来て、マネージャー女史に感謝の握手をし、大勢に見送られて出発した。車内でようやくバナナにぱくついた。 -
フランスの傀儡といわれたカイディン帝(在位1916-25)の廟。第一印象は墨絵の世界で、フランスかぶれという評判とは違うイメージだ。
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室内はたしかにフランス風。
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いや、中華とフランスのコラボレーションだ。
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外観はなぜか白黒。いや、最初は白亜だったのか。
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中華の文化の上に新しい西洋の文化も吸収しようという意図は理解できる。しかし、この帝廟のために重税を課せられた民は納得できなかったことだろう。
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次に、百年ほど時代をさかのぼり、阮(グエン)朝の最盛期を築き西洋文化を排除したミンマン帝(1820-41)の廟に来た。こちらは対照的に純中華風だ。
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花の時期はさぞいいだろうな。
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最盛期の帝廟だけあってとても奥行きのあるミンマン帝廟だった。
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フエからハノイへのベトナム航空便は30分遅延したが、その情報はSMSで送ってくれず、家のパソコンに届いていた。
ハノイ・ノイバイ空港に着いて、ターミナル1の4階レストランフロアに上がったのは夜8時半。開いている店は1軒だけで、しかもビーフヌードルしかないと言われたが全然オッケーである。
ベトナム最後の夕食はおいしいフォーで、しかも国内線ターミナルだけに75kdと安く、大満足だった。 -
Grabで宿へ行こうと思ったが、Hanoi Airport Hotel -Convenient & Friendlyという宿名がヒットしない。しかたなくタクシー乗り場で運転手にベトナム語表記を見せるが、首をかしげるだけだ。
そこに現れた男がスマホ検索して、ついて来いと言う。タクシー仲間かと思ったらどうやら白タクらしいので、いくらかと聞くと500だと言う。たった3キロで論外だ。即、断り引き返す。
すると、別の男が引き継いで、200にするという。相手の作戦のうちだろうが、しょうがない。妥協しよう。
タクシー運転手も知らないそのホテルはとても小さかった。階段を上り2階の部屋に入ると、天井の蛍光灯が点滅していて、もう場末の安ホテル感が最高だ。クローゼットもない。シャワーには仕切りがない。
朝食付のはずだが、受付のアルバイト風青年に尋ねると、そういう契約ではないとスマホ翻訳で答えてきた。そもそもレストランもないのだ。
寝るだけとはいえ、なんてホテルを予約したんだ。昨夜のVIPルームとの落差は、もう笑うしかない。
しかし、よくよく見れば、冷蔵庫の上にカップ麺と袋スナックが2個ずつある。これを朝食と考えればまんざらウソでもないか。点滅する蛍光灯はつけなくてもほかの照明で用は足りるし、シャワーの排水は案外うまく流れた。
ベッドの寝心地は悪くなく、559kdでちゃんと眠れたのだから、これはこれでよしとしよう。 -
旅の8日目。最終日だ。
宿に手配してもらった車で、出発1時間半前にノイバイ空港に着いた。
前に並ぶ人数を見ても十分間に合うと安心しきっていたら、出国審査が滅茶苦茶遅く、大変に時間がかかった。その後のセキュリティの列は割り込ませてもらって、出発ゲートの女性係員にはにらまれながらも、なんとか5分前に座席に滑り込み、日本に戻ってくることができた。
タクシー代などが内輪に収まり残ってしまったドンを羽田の能登半島地震募金箱に託して、わたしたちのベトナム旅は無事に終わった。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- sanaboさん 2024/06/23 00:22:16
- グエン朝の古都フエ
- ひらしまさん、こんばんは
先週末、急遽計画したポーランド旅行から戻り、バタバタしていて
なかなか掲示板に伺えず申し訳ありませんでした。
(ウズベキスタン航空の便がキャンセルとなり、ウズ旅行は
秋に仕切り直しました)
ベトナム旅行の最後はグエン朝の都フエへのご訪問だったのですね。
宿泊されたサイゴン・モーリンホテルのVIPルームはホテルの部屋というより
邸宅を借り上げたかのような広さ、豪華さで驚きました!
グレードダウンしてくれというお客様は滅多にいらっしゃらないでしょうね(笑)
でも”ベッドが一つで振動が伝わるマットレス”というのを私も旅先で
経験したことがありますので、お気持ちはよく解ります。
旅先では快眠第一ですよね。
うさ耳のバラの花束の女性に掲載の快諾をいただけて良かったですね。
スマホ翻訳やGRABなど本当に便利な世の中になりましたね。
中華風ながらベトナム独自の建築様式も見られる王宮、そして
趣の異なるカイディン帝とミンマン帝の廟は見ごたえのある建築ですね。
あの赤い回廊でアオザイを着た女性の写真を撮りたいな~と
思わず思いました。
フォーン川沿いの公園もフォトジェニックで素敵でしたね。
今後の旅の参考にさせていただきたく、大いに楽しませていただきました。
sanabo
- ひらしまさん からの返信 2024/06/23 22:53:22
- Re: グエン朝の古都フエ
- sanaboさん、こんばんは。
旅の疲れもまだ残ってらっしゃるでしょうに、お越しいただきありがとうございます。
> でも”ベッドが一つで振動が伝わるマットレス”というのを私も旅先で
> 経験したことがありますので、お気持ちはよく解ります。
ぼくはかつて寝返りを打てずに緊張してほぼ眠れなかった宿もありました。
外国の方はみなさん平気で眠れているようなのが不思議です。
そして、ロマンティックな部屋だとたいてい1ベッドなのがくやしいです。
> うさ耳のバラの花束の女性に掲載の快諾をいただけて良かったですね。
以前は撮影の承諾はいただいても掲載の承諾なんて気にもしていなかったものですが、今はそうもいきませんね。
でも、どこまでそうするのか悩みます。
sanaboさんは、ウズベキスタン航空にキャンセルされてしまったとは大変でしたね。
でも、すぐに切り替えてポーランドに行かれるとはさすがです。
すでに構想は練られていたんですね。
ポーランドといえば、ロシアともウクライナとも国境を接する国。
そういう意味では、去年のバルト3国の旅の続編のような意味合いもあったのでしょうか。
東欧の大国ポーランドの旅行記、楽しみに待ってます。
ひらしま
-
- ソウルの旅人さん 2024/06/19 08:37:40
- チャンアンは長安、ハノイは河内
- ひらしま様の5回にわたる旅行記を興味深く拝読しました。
7世紀から19世紀に及ぶ越南の王朝遺跡・寺院跡が残存している様は圧巻です。遺跡の姿は日本・韓国の歴史遺跡と重なります。私が越南の歴史に無知なだけですが、あらためて日・韓・越が中国の影響下に文明を発達させた事が歴然とします。置かれた地勢によって大きく進行方向は変わりましたが、この三国は兄弟か従兄弟です。
中国が周辺国に与えた最大の贈り物は『漢字』でしょう。漢字の伝達によって日・韓・越は文明化された事になります。最初の訪問地であるチャンアンが長安と教示願い、驚嘆しました。ハノイが河内であるとは大阪の河内地区とハノイの地形が類似しているからでしょう。ソウルの南山はナンザンではなくナムサンと発音されますが、この『ナム』とヴェトナムの『ナム』が同一であることに気付いたことは私にとっては大発見でした。ひらしま様は「日本語がいかに漢語文化の上に成り立っているかを強く再認識させられています。」と書かれておりますが、漢字という共通土壌で育った三国の共通点と相違点を探すことによって、日本社会をもっと深く認識できる気がします。
面白い旅行記を有難うございました。
ソウルの旅人
- ひらしまさん からの返信 2024/06/20 18:34:32
- Re: チャンアンは長安、ハノイは河内
- ソウルの旅人様、こんばんは。
いつもいつも含蓄のあるお便りをくださり、うれしいです。
「中国が周辺国に与えた最大の贈り物は『漢字』でしょう。漢字の伝達によって日・韓・越は文明化された事になります」
あらためて、その通りだなあと思いました。
今や世界中で使われている文字も、最初からどこにもあったわけではなく、メソポタミアや中国などで発明されたものが周辺に広まっていったわけで、文字を持った地域の文明が飛躍的に発展したことは容易に想像できますので、東アジア諸地域にとって「漢字」は本当に大きな贈り物であったのだと思います。
ともに漢族の豊かな文化の恩恵を受け、しかし時には華夷秩序の中での服従を求められる。
日・韓・越の「三国は兄弟か従兄弟です」とは、まさに言い得て妙ですね。
わたし自身、今までベトナムをそういうふうに見てこなかったのですが、この旅でベトナムの国名を初めとした地名も、人名も、みな漢語由来なのだと知り、中華風王宮を目の当たりにし、あらためて漢文化の存在の大きさを強く認識して、その周辺国の生き方を考える旅となりました。
これもソウルの旅人様のお導きのおかげですね。
ありがとうございました。
ひらしま
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