2022/08/29 - 2022/08/29
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ちふゆさん
2022年8月29日(月)12時10分頃、兵庫県の真ん中辺りに位置する朝来市、播但線の新井(にい)駅からコミュニティバスに乗車し、20分足らずで神子畑選鉱場跡に到着する(下の写真1)。400円。
かつて隣町にあった明延鉱山の選鉱施設として建設された選鉱場跡。元々はここ自体が銀と銅を産出する鉱山だった。その歴史は古く、平安時代の800年頃から開拓されていたと伝わる。戦国時代には神子畑鉱山として栄えたが、生野鉱山の繁栄でその地位を奪われる格好で休山した。
1878年(明治11年)になると、近辺で有望な銀の鉱脈が発見され、明治政府が翌1879年から採鉱を本格化させ、当時生野にあった外国人居住の一部や鉱山事務所を置いたが、長く続かず、1896年(明治29年)には三菱へ払い下げられ、1917年(大正6年)に閉山された。
その頃、北西約6kmに位置する養父市の明延鉱山では採掘鉱量の増加により、従来の選鉱施設では手狭になって来ていた。明延鉱山は戦国時代頃より採掘が始められた多品種非鉄金属鉱山で、金・銀・銅・鉛・錫などを産出してきた。
そこで明延では採鉱後の一次破砕までを行い、神子畑に選鉱機能を移設する計画が持ち上がる。鉱山としての役目は終えてしまったものの、神子畑は1919年(大正8年)に明延鉱山から運び込まれた鉱石を選鉱する大規模な機械選鉱場として生まれ変わった。
神子畑選鉱所では、明延鉱山で採掘された鉱石を選り分け、16km南東にあった生野鉱山併設の生野製錬所や国鉄播但線経由で飾磨港から瀬戸内海の直島の精錬所へ送る中継拠点の役割を担っていた。
最盛期は約3000人が働き、山の斜面を利用した機械選鉱場はその規模・産出量ともに東洋一と謳われた。特に比重選鉱技術は国際的にも高い評価があり海外からも視察団が訪れるほどだった。また、24時間稼働しており、夜中になると選鉱場が光る姿が印象的で不夜城のようだったと云う。
円高の急激な進行で競争力を失った明延鉱山が1987年に閉山された後は本選鉱所も操業を終了し閉鎖された。その後は長らく建物が残存していたが、これらは2004年に撤去・解体された。現在はひな壇状に22段構成となっていた鉄筋コンクリートの基礎構造物と、選鉱所の上下を結んでいたインクラインの跡が残るだけとなっている
2006年前後に国道429号に隣接している区画が史跡公園「鉱石の道 神子畑ステイション」として整備された。時代と共に形を変えて日本の経済を支えてきた神子畑。現在も残る選鉱場跡の迫力はその深い歴史を私たちに伝えてくれる、まさに「東洋一」を実感できる産業遺産。
バス停から駐車場の奥を先に進むと左手の山腹にひな壇状の選鉱場跡がある。選鉱場は山の斜面を利用して造られており、幅110m、長さ165mあり、高さは75mある。22段の段差を使って、明延鉱山から運ばれて来た鉱石を砕き、すりつぶし、浮遊選鉱機により銅・亜鉛・鉛を分離させて選別し、比重選鉱機により重さで錫を取り出していた。
左手にはレールを使って台車を上下に運ぶインクラインが設置されている。各フロア間の人と物の移動に使われていた。最上部の操作室に置かれた巻き上げ機で、2台の台車を交互に持ち上げており、中央部に交差区間がある。
選鉱場跡の下には明延鉱山からこの選鉱場までの鉱石の移動に使われていた明神電車が展示されている。1929年(昭和4年)に鉱石輸送のために明延鉱山・神子畑選鉱場間6.1kmに開通した。1945年からは客車が連結され、1987年の閉山まで従業員やその家族を運んでいた。最初の料金は50銭だったが、1952年に1円に改訂され、以後廃止まで1円電車として名を馳せた。
1円電車の客車は3両が交代で使われていたが、ここに展示されているのはそのうちの1台のわかば号。他の2両のうちくろがね号は明延鉱山に、もう1両のあおば号は生野鉱山に展示されている。
1円電車から国道に出て、北に少し進むとシックナーと云う液体中に混じる固体粒子を分離する装置がある。円錐状の底部をもつ浅い円筒槽で、選鉱の最終段階で、脱水と濾過を行っていた。粉砕した鉱石をぐるぐる回転させ、使える金属と水分、薬品とに分離させていたもので、この選鉱場には5基設置されていた。円柱の柱が並んでおり、まるで神殿のようにも見える。
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その向かいにあるムーセ旧居はフランス人の技師であり地質学者であったエミール・テオフィル・ムーセ(Emille Theophile Mouchet)のために1872年(明治5年)に生野鉱山から少し離れた白口に建てられた宿舎。ムーセは生野鉱山の機械化・近代化を支援し、家族と共に生野に暮らしたが、1880年にその任務を終え帰国した。
1888年(明治21年)ムーセ邸は神子畑に移転され神子畑鉱山の管理事務所として使われた。選鉱場となっても引き続き使われ続け、1987年の神子畑精錬工場の閉鎖まで使われた。1992年に県重要有形文化財の指定を受けている。
2004年には、建物の老朽化が進み、また国道429号バイパスが造られるのに伴い、当初位置より北西側に移すと共に改築工事が行われた。コロニアルスタイル(植民地様式)と呼ばれる特徴を持ち、七間四方の四周にベランダを巡らし、外壁の四隅には石を積み上げたように見せるコーナー・ストーンの技法が使われている。
改修後は、神子畑鉱山、神子畑選鉱場などの資料展示を行うムーセ旧居資料館、写真家織作峰子の作品を展示する写真美術館のムーセハウス写真館(2004年開館)として利用されている。
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帰りのバスの時間まであまりないので、取り急ぎバス停に近いところにあった鉱石の道 神子畑交流館「神選」へ。来訪者への休憩の場で、鉱石の道に関する情報発信を行う朝来市の施設で、2020年に開業した。施設の名前は選鉱場から鉱物を輸送するトロッコの出発点に架かる橋が神選橋だったことに由来している。元々は2001年に高齢者福祉施設として建設されたが利用者が少なく改造された。
1975年頃の明延鉱山から神子畑選鉱場をつなぐ一円電車ルートを再現した巨大なジオラマや、1894年(明治27年)頃の神子畑山神宮の神輿などの展示が行われ、神子畑選鉱場オリジナルグッズを販売する土産物ショップも併設している。2100円のTシャツ購入。
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バス停の奥、左手は神子畑小学校跡。1954年に佐嚢(さのう)小学校神子畑分校として開校し、1969年に神子畑小学校となったが、3年後の1972年に廃校となった。わずか18年で校史に幕を下した小学校だが、多い時には200名ほどの児童がいたそうだ。
小学校跡の向かいの広場に置かれた不動明王は1900年(明治33年)に現在地よりの上の鉱山に祀られたもので、2016年に現在地に移された。他にも故陸軍歩兵壹等卒加治鶴松君碑、笠原君紀功碑に神子畑小学校関係の石のレリーフや岩石園の碑が並ぶ。これらに関しては詳細不明。
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12時50分発のアコバスで新井駅へ戻る(下の写真2)。わずか40分ほどの滞在だったが、まあいいもの見られたので満足。
選鉱場跡から2km足らず下がったところに神子畑鋳鉄橋がある(下の写真3)。1885年(明治18年)に架けられた鋳鉄製一連アーチ橋で、日本に現存する鉄橋としては3番目に古いとされるが、1番目の大阪の心斎橋(1873年架橋)は錬鉄製で、2番目の東京の弾正橋(1878年)は錬鋳混用で、この鉄橋が全鋳鉄製の橋としては日本最古の橋。
神子畑鉱山の開坑以後、鉱石運搬のために生野までの16.2kmに馬車道(鉱山道路)が建設されたが、この橋はその馬車道に設けられた橋。工事すべての設計・施工は共に日本人となっているが、生野鉱山開発にあたったフランス人技師団の技術指導の結果によるところが大きい。
日本橋梁史の流れの中で、この鉄橋はその過渡期的なものであり、鋳鉄橋発展史上最終段階のものとしての意味からも歴史的に価値があり、力学的な美しさを持った大変貴重な文化財。本当は歩いて行きたかったのだが、そこまでの時間がなくバスの中から見ただけに終わった。
その少し下流に展示されているのが神新トロッコ(下の写真4)。1919年(大正8年)、神子畑選鉱場の稼働後に、馬車道のルート上に整備された動力式トロッコ。播但線の新井駅まで鉱石を運んだ。1957年にトラック搬送の導入により廃止された。
1時10分頃新井駅に到着し、17分の寺前行に乗車(下の写真5)。寺前で姫路行電車に乗り継ぎ姫路に3時過ぎに到着。JRの新快速で明石に出て、いったん下車し、娘宅に寄って、久々に孫たちに逢ってから帰宅した。
神子畑選鉱場跡に行った話、終了
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