2024/05/07 - 2024/05/25
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ニースのミモザさん
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本来はイビス島の筈だったのに
マヨルカ島に3ヶ月程前に変更になり、
もう、クルーズ代金も支払っていたのに連絡も無く、
いつの間にか変更になっていた。
イビス島があるので、このクルーズを予約したのにショック!!!
行く気も薄れたけど、キャンセルも出来ないし仕方ない!
マヨルカもショア・エクスカーションを如何するか迷った。
見所は行っているので街歩きをしようかと思っていた。
でも、街中を余り歩いていないので街中も観光するツアーを選んでつもり・・
しかし、確認、理解不足だった。
でも、此処は行っていなかったので(余り興味が無かった?)
マヨルカ島(Mallorca,マジョルカ島)は、
西地中海に浮かぶスペイン・バレアレス諸島自治州の中心となる島。
夏季の平均気温は25℃~30℃、冬でも10℃~15℃と
典型的な地中海気候で、多くの観光客を惹きつけています。
人口は73万人程ですが、
夏季の観光シーズンには人口が2倍以上になると言われています。
ヨーロッパを中心とした他国からの観光客を魅了している観光地です。
マヨルカは、2004年~2006年に元サッカー日本代表の大久保選手が、
マリョルカのRCDマヨルカにレンタル移籍していた事も有りました。
初マヨルカの時にバルセロナからのフライトが、
RDCマヨルカの選手達と同じ飛行機でした。
音楽家のショパンも晩年マヨルカで過ごしました。
ショパンの生涯の中で最も影響を与えた女性が
小説家のジョルジュ・サンドで、
当時としては非常に革新的な考え方を持っており、
今でいうフェミニストの先駆けであったかと思います。
本名はオーロール・デュパンでショパンより6歳年上。
1838年の冬、ショパンとサンドは、
サンドの子供たちと共にマヨルカ島への逃避行へと出掛ける。。
地中海の西にあるマヨルカ島は気候の温暖な美しい島で、
健康を害していたショパンには打って付けの療養地として此処が選ばれた。
着いた当初は爽やかな空気と輝く太陽に満たされ幸せな日々を送る二人
だったが、やがて島が雨季に入ると湿気と寒さのため、
ショパンの病状は急激に悪化してしまう。
ショパンは苦しみながら作曲を続け、
そんなショパンをサンドは献身的に介抱した。
★スケジュール
2024年5月7日(火) 羽田へ
5月8日(水)
EK 313 羽田 (00:05) → ドバイ (06:20)
EK097 ドバイ(09:10) → ローマ(13:25)
ローマからチビタベッキアに移動後、1泊宿泊。
★5月9日~5月11日 クルーズ乗船
5月09日(木) チビタベッキア(イタリア)
5月10日(金) リボルノ(イタリア)
5月11日(土) ヴィルフランシュ(フランス)
5月12日(日) マルセイユ(フランス)
5月13日(月) バルセロナ(スペイン)
5月14日(火) パルマ・デ・マヨルカ (スペイン)
5月15日(水) 終日後悔
5月16日(木) マラガ (スペイン)
5月17日(金) ジブラルタル(英領)
5月18日(土) カサブランカ(モロッコ)
5月19日(日) 終日後悔
5月20日(月) リスボン(ポルトガル)下船
5月20(月)21日(火) リスボン滞在
5月22日(水)
EK192 リスボン(14:15) → ドバイ (00:05) 5/23
EK318 ドバイ(02:40) → 成田 (17:35)
5月23日 (水)、24木)東京滞在
5月25日 (土) 羽田から自宅へ
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 船 徒歩
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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又、来ましたマヨルカ島。
大聖堂が見えます。 -
お天気が余り良くないので、
蜂蜜色の大聖堂のカラーがイマイチです。 -
ショア・エクスカーションのバスの車内から、
此処は、数隻のクルーズ船が停泊しています。 -
バスの車窓から、大聖堂を写しています。
前回、大聖堂の内部も見学しまして大満足。 -
大聖堂の横を通り、
街中をドライブしてから町の郊外へ向かっていました?
途中、猛烈な睡魔に襲われ、目が覚めると山間部を走っていました。
目的地のパセオデモッサに到着する迄、松林、アーモンドやオリーブの木が
見えていました。
この木、ジャカランダかと思いましたが、違いました。
でも綺麗でした。 -
目的地の駐車場から歩いて行きます。
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山の中のこの町は、バルデモッサと言う町です。
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石造りの家が並ぶ道を歩いて行きます。
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晩年をマヨルカ島で過ごした音楽家のショパンです。
1838年の冬ショパンとサンドは、
サンドの子供達と共にマヨルカ島への逃避行へと出かける。
地中海の西にあるマヨルカ島は気候の温暖な美しい島で、
健康を害していたショパンにはうってつけの療養地として此処が選ばれた。 -
横姿。
マヨルカ島に着いた当初は、爽やかな空気と輝く太陽に満たされ
幸せな日々を送る二人だったが、やがて島が雨季に入ると湿気と寒さのため、
ショパンの病状は急激に悪化してしまう。
ショパンは苦しみながら作曲を続け、
そんなショパンをサンドは献身的に介抱したそうです。 -
ショパンの過ごしたカルトゥジオ修道院。
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パルマの街中の観光スポットを車窓から観光し、
ショパンの過ごした修道院の見学のツアーでした。
予約の際、番号を見間違って予約した様です?でも参加して良かったです。
ガイドさんが、全員分のチケットを購入しています。 -
修道院前。
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修道院の周り。
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修道院の周り。
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修道院の周り。
中央に男性のガイドさん。
周りは船の乗客です。 -
子供達も見学に来ていました。
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修道院に入りました。
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とても綺麗な所でした。
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キッチン。
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キッチン。
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食堂。
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シンプルな寝室。
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ショパンの部屋。
本人のモニュメントも。 -
拡大して見ました。
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リビングその1
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リビングその2
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飾り棚。
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裏庭に来ました。
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緑が多いです。
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綺麗なお庭です。
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池には金魚もいます。
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ショパンとジョルジュ・サンド。
ショパンの生涯の中で最も影響を与えた女性が
小説家のジョルジュ・サンド。 -
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天井の壁画も素晴らしい!
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礼拝堂。
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小さな礼拝堂ですが、
装飾や壁画も素晴らしい! -
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中庭が見えます。
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ショパンとジョルジュ・サンド。
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渓谷の斜面に面したお庭もこじんまりしていますが、
景観は素晴らしいです。 -
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右端は、今回のガイドさん。
私の理解力は乏しいですが、
かなり知識もあり、マヨルカの魅力を熱く語っていました。
早口なので付いて行けませんでした。 -
山の中の風景。
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長閑な風景。
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この辺りで雨に降られました。
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少し離れた所から、
修道院と薔薇の花を写しました。 -
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雨上がりのカルトゥジオ修道院。
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雨上がりのカルトゥジオ修道院。
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市内に戻り、ベルベール城に来ました。
パルマ市内が綺麗に見えます。 -
中央にシンフォニーも見えます。
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ベルベール城は、外観のみの見学でした。
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船に戻ります。
途中で市内に降ろして貰えたら、ぶらぶら散策しようかと思いましたが、
それも無く、船に戻りました。 -
船内から、カテドラルを見ています。
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ヨットとカテドラル。
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もう、見納めにもう1枚。
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パイロット船が来ました。
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出港しました。
マヨルカ島も今回で見納めでしょうか??? -
反対側。
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マヨルカ迄は、毎日寄港していたので
明日は、やっと終日航海日。 -
貨物船でしょうか?
ゆっくり、航海している様です。 -
左からも船が来ました。
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今田は右から・・・
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11Fのパームコート。
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11Fのパームコート。
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これはクルーズ船の様に見えます。
次はスペインのマラガに寄港します。
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