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大塚美術館・神戸の旅で一泊二日ながら充実した旅ができたことで味を占め、今回は飛行機で福岡・太宰府を旅することにしました。両方とも訪れたことがある地ではありますが、久々の再訪となるので過去の記憶との照合や新しくできたスポットの訪問など新鮮に楽しむことができました。また、いつもは見て回る観光が主な私ですが、今回は名物が目白押しの食処福岡へ「もつ鍋」を食べに行くという使命を課し、見事?果たすことができました。海外旅行では「食」を捨てていた私ですが、国内旅行は貪欲に美味しいものを食べて行こうという画期となった旅行となりました。<br /><br />日程は以下の通りです。<br /><br />1日目(2/22) 羽田 ⇒ 福岡空港・・・博多・・・太宰府・・・福岡市内<br />2日目(2/23)  福岡市内・・・博多・・・福岡空港 ⇒ 羽田

空旅Short(もつ鍋の薫りに誘われて)福岡&太宰府の旅【3】1日目③ 「大」宰府にて。古代の繁栄を想う

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2023/02/22 - 2023/02/22

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とーり

とーりさん

大塚美術館・神戸の旅で一泊二日ながら充実した旅ができたことで味を占め、今回は飛行機で福岡・太宰府を旅することにしました。両方とも訪れたことがある地ではありますが、久々の再訪となるので過去の記憶との照合や新しくできたスポットの訪問など新鮮に楽しむことができました。また、いつもは見て回る観光が主な私ですが、今回は名物が目白押しの食処福岡へ「もつ鍋」を食べに行くという使命を課し、見事?果たすことができました。海外旅行では「食」を捨てていた私ですが、国内旅行は貪欲に美味しいものを食べて行こうという画期となった旅行となりました。

日程は以下の通りです。

1日目(2/22) 羽田 ⇒ 福岡空港・・・博多・・・太宰府・・・福岡市内
2日目(2/23) 福岡市内・・・博多・・・福岡空港 ⇒ 羽田

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
交通
4.5
同行者
一人旅
交通手段
自転車
旅行の手配内容
個別手配
  • さてここからは太宰府近郊を回ります。歩くには距離があるのでレンタサイクルを借りました。太宰府駅で扱っており、「太宰府散策きっぷ」で100円引きで借りれます。電動アシストもあったのでそちらをチョイスしました。<br />(駅12:30 ⇒ 12:42観世音寺)

    さてここからは太宰府近郊を回ります。歩くには距離があるのでレンタサイクルを借りました。太宰府駅で扱っており、「太宰府散策きっぷ」で100円引きで借りれます。電動アシストもあったのでそちらをチョイスしました。
    (駅12:30 ⇒ 12:42観世音寺)

  • コースはこんな感じです。駅から西へと向かい、最後の水城跡まで行って引き返してこようかと思います。結構距離はありますがアシスト付なら行けるでしょう。

    コースはこんな感じです。駅から西へと向かい、最後の水城跡まで行って引き返してこようかと思います。結構距離はありますがアシスト付なら行けるでしょう。

  • ということでまずは「筑紫観世音寺」。

    ということでまずは「筑紫観世音寺」。

  • おおっ、この雰囲気30年以上前に来たときの記憶が蘇ります。

    おおっ、この雰囲気30年以上前に来たときの記憶が蘇ります。

  • ちなみにこちらが前回来たときの写真。昭和63年、35年前です。

    ちなみにこちらが前回来たときの写真。昭和63年、35年前です。

  • 「筑紫観世音寺」。有名なわりに小振りな建物です。<br />(観世音寺・戒壇院12:42~12:45)

    「筑紫観世音寺」。有名なわりに小振りな建物です。
    (観世音寺・戒壇院12:42~12:45)

  • 額に観世音寺と書かれています。

    額に観世音寺と書かれています。

  • 観世音寺の左手には戒壇院の門があり、繋がっています。

    観世音寺の左手には戒壇院の門があり、繋がっています。

  • こちらが戒壇院の建物。観世音寺より立派に見えます。ここ筑紫観世音寺の戒壇院は出家者が正式な僧侶と認められる戒律を授ける場所として東大寺、下野薬師寺と並び、天下の三戒壇と言われる重要な場所でした。今では訪れる者も少なくひっそりとしています。

    こちらが戒壇院の建物。観世音寺より立派に見えます。ここ筑紫観世音寺の戒壇院は出家者が正式な僧侶と認められる戒律を授ける場所として東大寺、下野薬師寺と並び、天下の三戒壇と言われる重要な場所でした。今では訪れる者も少なくひっそりとしています。

  • 正式な入口はこちら。長閑な田園風景の中まっすぐ道が延びています。<br />(戒壇院12:45 ⇒ 12:56政庁跡)

    正式な入口はこちら。長閑な田園風景の中まっすぐ道が延びています。
    (戒壇院12:45 ⇒ 12:56政庁跡)

  • すぐ近くにあるのがこちら「大宰府学校院跡」。官人の養成機関の跡だそうです。

    すぐ近くにあるのがこちら「大宰府学校院跡」。官人の養成機関の跡だそうです。

  • 今は何もない野原になっています。

    今は何もない野原になっています。

  • 続いて到着しました。大宰府展示館。時間の都合と入場料がかかるのでここは割愛し、自転車を停め隣の政庁跡へ。

    続いて到着しました。大宰府展示館。時間の都合と入場料がかかるのでここは割愛し、自転車を停め隣の政庁跡へ。

  • 「大宰府政庁跡」、まずは看板でお勉強。<br />(大宰府政庁跡12:56~13:04)

    「大宰府政庁跡」、まずは看板でお勉強。
    (大宰府政庁跡12:56~13:04)

  • 礎石の跡が残っています。

    礎石の跡が残っています。

  • その奥の方に「都督府古趾」碑がありました。この辺に正殿があったのでしょうか。

    その奥の方に「都督府古趾」碑がありました。この辺に正殿があったのでしょうか。

  • 広い敷地に礎石がたくさん並んでいます。往時は西国政庁の中心として絢爛豪華な建物が軒を連ねていたことでしょう。

    広い敷地に礎石がたくさん並んでいます。往時は西国政庁の中心として絢爛豪華な建物が軒を連ねていたことでしょう。

  • 一番手前から奥を眺めます。今では西国の都がここにあったとは思えないほどのんびりした空気が流れます。<br />

    一番手前から奥を眺めます。今では西国の都がここにあったとは思えないほどのんびりした空気が流れます。

  • 続いて来たのはすぐ近くにある「坂本八幡宮」です。ここは奈良時代、大宰帥大伴旅人の邸宅があった場所と伝えられています。<br />(坂本八幡宮13:07~13:10)

    続いて来たのはすぐ近くにある「坂本八幡宮」です。ここは奈良時代、大宰帥大伴旅人の邸宅があった場所と伝えられています。
    (坂本八幡宮13:07~13:10)

  • ここは小さな社殿があるだけのごく地元の方のお参りする神社のように見受けられ、実際35年前大宰府に来たときも参拝しなかったどころか存在すら知りませんでした。

    ここは小さな社殿があるだけのごく地元の方のお参りする神社のように見受けられ、実際35年前大宰府に来たときも参拝しなかったどころか存在すら知りませんでした。

  • ですがここ大伴旅人の邸宅で催された歌会において詠まれ万葉集に記載されている歌が今の元号「令和」の典拠となったとのことで、新元号が発表されてからは俄かにたくさんの人が訪れるようなところになったそうです。こんな立派な碑も作られ、私が訪れた際も観光バスで見に来ている方々がたくさんいました。

    ですがここ大伴旅人の邸宅で催された歌会において詠まれ万葉集に記載されている歌が今の元号「令和」の典拠となったとのことで、新元号が発表されてからは俄かにたくさんの人が訪れるようなところになったそうです。こんな立派な碑も作られ、私が訪れた際も観光バスで見に来ている方々がたくさんいました。

  • 碑の裏側にはそのあたりのことが記されています。

    碑の裏側にはそのあたりのことが記されています。

  • こちらは縁起。元号の件とは関係なく昔からある案内板のようです。

    こちらは縁起。元号の件とは関係なく昔からある案内板のようです。

  • さらに自転車を走らせ、住宅街に入ったところに石碑が。<br />(筑紫国分寺跡13:17)

    さらに自転車を走らせ、住宅街に入ったところに石碑が。
    (筑紫国分寺跡13:17)

  • 「筑紫国分寺跡」。国分寺自体は隣にありますが、当時はこちらに置かれていたようです。

    「筑紫国分寺跡」。国分寺自体は隣にありますが、当時はこちらに置かれていたようです。

  • 石段と礎石が残っているだけです。

    石段と礎石が残っているだけです。

  • 国分寺からかなり走ってようやく着いたのがここ「水城跡」です。<br />(水城跡13:26~13:34)

    国分寺からかなり走ってようやく着いたのがここ「水城跡」です。
    (水城跡13:26~13:34)

  • 案内版が詳しく説明してくれます。

    案内版が詳しく説明してくれます。

  • 水城とは663年の白村江の敗戦後、唐の侵略に備え大和朝廷が大宰府防衛のため築造した城ということですが、城というより築堤のように横に長く延びた土塁です。小高くなっていて上に碑が建っていました。

    水城とは663年の白村江の敗戦後、唐の侵略に備え大和朝廷が大宰府防衛のため築造した城ということですが、城というより築堤のように横に長く延びた土塁です。小高くなっていて上に碑が建っていました。

  • 下をみるとこんな感じ、結構高さがあります。古代の技術でこんなものが造れるのかと驚かずにはいられません。

    下をみるとこんな感じ、結構高さがあります。古代の技術でこんなものが造れるのかと驚かずにはいられません。

  • 今は道路や鉄道などで分断されていますが昔は一直線に築堤が続いていたのでしょう。太古のロマンを感じます。

    今は道路や鉄道などで分断されていますが昔は一直線に築堤が続いていたのでしょう。太古のロマンを感じます。

  • その水城の築堤を掘り「水城館」という小さな資料館がありました。少し入ってパンフなどいただきました。さあここで「大宰府」巡りは終了、一気に太宰府駅へ戻ります。<br />(水城跡13:34 ⇒ 13:52駅)

    その水城の築堤を掘り「水城館」という小さな資料館がありました。少し入ってパンフなどいただきました。さあここで「大宰府」巡りは終了、一気に太宰府駅へ戻ります。
    (水城跡13:34 ⇒ 13:52駅)

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