2024/01/16 - 2024/01/21
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ばねおさん
1903年に発足したパリの展覧会サロン・ド-トンヌは、2023年に120回目を迎えた。
サロン・ド-トンヌ(秋の展覧会)という名の通り、例年10月に開催されるのだが、120年という節目にあたり多大な準備を要するということで、2024年1月に繰り延べ開催となった。
もともとは「春」の官展に対抗して、「秋」となったのだから、1月開催はぎりぎりセーフといって良いだろう。
冗談は別として、シャンゼリゼ大通の慣例の展示会場も、パリ五輪の準備の影響により、前年の2022年からは19区のラ・ヴィレット公園のグランホールへ変更となった。
ラ・ヴィレット公園は名前こそ知ってはいたものの、当時住んでいたモンパルナスからも遠く、又、19区というあまり風評のよろしくない地区ということもあって、これまで足を向けたことはなかった。
それがサロン・ド-トンヌ展をきっかけに、2022年以来、何度も足を運ぶことになり、ラ・ヴィレット公園やその周辺の魅力を知ることができたことは幸いだった。
肝心の120年展は、発足以来の有名画家たちのオンパレードとなるかと思いきや、フランソワ・ポンポンひとりに絞り込み、そして、ウクライナへの連帯と支援の姿勢を忘れないという、思い切った演出であった。
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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パリ最大の広さを持つラ・ヴィレット公園は、中央にウルク運河が流れていて南北に分かれている。
公園の北側へのアクセスであるメトロ7号線の「Criméeクリメ」駅から10分ほど歩くとウルク運河(Canal de l'Ourcq)に出る。
ここにはちょっと珍しい可動橋 Pont Levant があって、一見の価値がある。 -
クリメ通り (Rue de Crimée) がウルク運河にかかる部分の橋で、船の通行のために橋桁が昇降するのである。
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橋の手前で遮断機が下りて交通止めとなる様子は、鉄道の踏切を思わせる。
船を通すために水面近くから上昇していく橋の断面と油圧式ジャッキらしきものが見える。
四隅には巻き上げ機のような構造物もある。 -
クリメ通りは路線バスも通る一般道路。
交通量はさほど多くはないけれど、遮断機が下りると時間が経つにつれ車両も人もどんどん溜まっていく。 -
先を急ぐ歩行者には、隣に歩道橋があるのだが、利用者はあまりいない。再び遮断機が上がるのを待っている人が大部分だ。
この歩道橋の歴史は古く、歴史記念物に指定されているとのこと。 -
水面と橋桁との間は狭いので、小さなレンタルボートも、橋が上昇しないと通過できない。
写真左手側がラ・ヴィレット貯水池、右手方向がラ・ヴィレット公園となる。 -
バスティーユ広場下のアーセナル港から出発した運河クルーズ船もここを通ってラ・ヴィレット貯水池で終着となる。
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途中、サンマルタン運河でも数か所の可動橋を経てきたはずだが、いずれも回旋式なので昇降式可動橋はここだけとなる。
おそらく、パリで唯一の昇降橋のはずだ。 -
船が通過し、橋桁が道路の位置にまで戻され、遮断機が上がると、待ちかねた人や車が一斉に動き出し、しばらくの間は混み合う。
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歩行者は通行するだけでなく、橋の上にしばらくとどまって貯水池方面を眺めている人たちも多い。
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橋の上はこのようになっている。
車道の両側には木製の歩道がついている。 -
橋のたもとには、詰所のような昔の建物が残っている。
書かれている年号は1884-1885とあるので、今から140年前ということになる。
中央に描かれているのはパリの紋章だ。 -
この近辺で見かける簡易トイレ。
公園の行楽客のためだろうか、他所では見たことがない。 -
下部は開放されているので、足元は丸見えである。
男性用はともかく、女性用はちょっと...
おそらく日本女性であったら使用をためらうのではなかろうか。 -
運河にはレンタルボートが行き交っている。
波の無い、実に静かな水面だ。 -
ラ・ヴィレット公園へ向かって運河沿いに進んでいくと、係留された艀が何艘か見られる。
セーヌに係留されている艀やボートとはちょっと趣が違う印象だ。 -
「赤鼻」と船名が記された、やや生活感のある艀。
つい、遠い昔の横浜の風景を思い出す。
横浜港につながる運河にはダルマ船と呼ばれるたくさんの艀が係留され、そこで暮らす人たちがいた。ダルマ船で育つ子供たちの為には、水上学園があって...
半世紀以上も経った今では、こうしたことを記憶している人はだいぶ少なくなってしまった。 -
お店として利用されている艀もあった。
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船上カフェ。
一興には違いないが、できればもう少し周囲の風景なりを楽しめる場所がほしいところだ。 -
運河は遊泳禁止とある。
わざわざ断らずとも、ここで泳ぐ人がいるの? -
でも、ワンコは許される?
散歩中の犬がざぶんと飛び込んで泳いでいた。 -
運河にかかる廃線らしき鉄橋。
人間の手による構築物の中でも、橋という存在にはなぜか惹きつけられる。 -
鉄橋に沿って向こう岸に渡る歩道橋も設けられていた。
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もしかしたらプティト・サンチュール( La Petite Ceinture)かも知れないと思いあとで調べたらその通りだった。
プティト・サンチュールというのは、昔のパリ環状鉄道線で、1934年以降は廃線となった。
長らく放置されていたものが、近年になって整備され、鉄路は遊歩道に、旧駅舎はレストランや劇場などに生まれ変わっている。昔のままのホームや駅舎はなかなか味わいがあって面白い。
公開されている左岸のプティト・サンチュールの全てと右岸の一部は踏破したが、この辺りはまだ非公開の部分になっている。 -
公園を南北に分けているウルク運河は、サンマルタン運河へ続いている。
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公園の真ん中を運河が流れている風景というのも面白い。
パリには大きな公園がいくつもあるが、その中で最大の広さを持っている ラ・ヴィレット公園 La Villette は55ヘクタールあるという。とにかく呆れるほど広い。 -
北側にある科学技術館とLa Géode(ラ・ジェオード)。
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ポンピドゥーセンターの4個分はあるという科学技術館には多くの種類の見学施設や体験施設が用意されていて、大人も子供も楽しめる場所になっている。
館内にはファストフードの店も入っているので、軽食をとりながらの休息もできる。 -
まるで巨大なパチンコ玉のようなラ・ジェオード(ドームシアター)は、内部が映画館になっている。
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Argonaute(アルゴノート)という潜水艦の展示。
アルゴノートは1958年に進水し、1982年まで実際に使われていた潜水艦で、有料だが内部の見学ができる。 -
遊園地のある区画の入り口。
テーマパークのように広い遊園地は、遊具の種類も多く、小さな子供連れには大人気のようだ。 -
公園内には南北を結ぶ架橋もあるが、このような浮橋も設けられていて自転車やバギーカーの利用者はここを渡っている。
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こちらは南側。
広大な芝地では、家族連れやグループが思い思いに楽しんでいる。 -
どのような利用がされているのだろうか。
ツリーハウスがいくつかあった。 -
下の人物と比較すると、その大きさが分かる巨大な屋外スクリーン。
ここでは夏の間、野外映画が上映される。
映画好きなフランス人にとっては、ひとつの夏の風物詩であるようだ。 -
南側のアクセスは、メトロ5号線Porte de Pantin駅から。
地上に出るとすぐ目の前が公園の南端で、音楽都市 Cité de la Musiqueと名付けられた一帯には音楽、舞踊関連の施設が建ち並んでいる。
右手には、音楽博物館、コンサートホール、そしてパリ交響楽団の本拠地。 -
広場を挟んで左手には、コンセルバトワール・パリ(パリ国立高等音楽院・舞踊科 Conservatoire National Supérieur de Musique et de Danse de Paris)。
この学校に関係する友人は、治安のよろしくない地区に移転させられたとしきりとぼやいていたが、メトロの出入口にも近いので、それほどの心配はなさそうだ。 -
後方にサン・ドニなどの不穏な一帯が控えるこのあたりに、政府がさまざまな文化施設や文化機関を移転させているのは、啓蒙して全体を「中和」させようとする意図があるからだという説があるが果たしてどうだろうか。
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その先にある噴水はフォンテーヌ・オ・ライオン Fontaine aux Lionsと名付けられていて、噴水を中心にあるのがフォンテーヌ・オ・ライオン広場。
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そして Grande Halle de la Villette(大ホール)。
これまた、巨大な建物であるが、実用本位という印象の外観は面白みのない印象だ。 -
大ホールの内部の鉄骨組みはグランパレを連想させる。グランパレ同様に、ここではさまざまなイベントが年間を通して開催されている。
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120年を迎えたサロン・ド-トンヌ展は、前年の119回展と同じく、ここを会場として催される。
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120年を迎えたサロン・ド-トンヌ展のカタログ表紙。
同じ年、日本では春陽会展が100周年を迎えている。 -
東京駅ステーションギャラリーで開催された100周年記念展には行くことはできなかったが、帰国後に記念冊子を手にして、あらためてその歴史に触れることができた。(表紙絵は岡鹿之助)
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さて、2024年1月17日、サロン・ド-トンヌのヴェルニサージュ(内覧会)。
あいにくの雨天となってしまったが、多くの人が詰めかけてなかなかの盛況だった。 -
入場するとすぐにフランソワ・ポンポン(François Pompon 1855-1933)の特設コーナーが設けられていて、原作に忠実な石膏樹脂製コピーを含めた20点近い作品が展示されていた。
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1922年のサロン・ド-トンヌに出品され、オルセー美術館に買い上げられたシロクマ像。晩年になって世に出たポンポンの代表作だ。
オルセー美術館で目にした人も多いだろう。 -
ポンポンの白熊は色々と表現の異なるバージョンがあって、作品によって少しづつ異なる表情を読み取るのも面白い。
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こちらは黒色だがフォルムはシロクマ。
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雄牛
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フクロウ
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鳥類も雄鶏、ペリカン、オウム、カラスと幅広い。
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パリ14区カンパーニュ・プルミエール通りにあった、ポンポンのアトリエ跡を訪ねたことがある。
以前、旅行記に書いているので省略するが、この通りにはフジタや高村光太郎、有島生馬、佐伯祐三等々日本人芸術家の足跡も数多い。 -
7番地に掲げられているポンポンを記念するプレート。
実際に在ったのは3番地なのだが、当時の建物はすでになく、何の痕跡も残ってはいない。
同じ建物にはロザリア・トビア(Rosalia Tobia )の食堂やモディリアーニのアトリエもあったのだが、何とも残念なことだ。 -
ポンポンの出身地ブルゴーニュのソリューSaulieuには小さなポンポン美術館(Musée François-Pompon)があって、デイジョン美術館にはポンポンの展示室が設けられているという。
どちらも機会があったらぜひ立ち寄ってみたいと思っている。 -
もともとは革新を旨としたサロン・ド-トンヌだが、多様性を尊重する気風は脈々と受け継がれている。
パフォーマンスもさまざま
前衛もあれば.. -
古典派もいる。
尊重すべきは多様な表現、そして新しさを追求する精神。
何年か前に、あでやかな着物姿の女性をお見かけしたが、なんでも日本の女流漫画家であるとのこと。日本の某美術団体が参加枠を持っているので、日本人も少なくない。 -
今回の展覧会でもうひとつ特筆すべきことは、ウクライナの画家たちの特設コーナーが設けられたことだ。
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ウクライナの美術といっても多種多様で、紹介されているのはほんの僅かでしかないが、大切なのは連帯し、持続して応援すること。
世界の動きは複雑多岐で実に慌ただしいが、不正義がまかり通る世の中にだけは断じてさせたくないものだ。
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