2024/01/20 - 2024/01/20
141位(同エリア146件中)
かくちゃんさん
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第2区は、越ケ谷をスタートし、栗橋までのコースとなります。
北越谷駅を出て、下間久里、備後の両一里塚を通過すると粕壁宿に到着。無電柱化されきれいに整備された小雨降る宿場町を経て、小渕、三本木の両一里塚、杉戸宿、茨島一里塚、幸手宿、幸手、小右衛門の両一里塚を通過し、本日のゴール栗橋駅前に到着。
駅前東口にある韓国居酒屋モイジャさんで一人打上げ。海鮮チヂミ、トッポギ、韓国餃子を美味しくいただき、帰途に就いたのでした。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
スタートの北越谷駅。
これだけ立派な高架駅なのに急行は止まりません。北越谷駅 駅
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日光街道 7番目の一里塚 下間久里(しもまくり)一里塚があったと思われる場所周辺。
場所は特定されていませんが、写真にある阿弥陀堂あたりではないかと勝手に妄想しています。 -
日光街道 8番目の一里塚 備後一里塚址。
立派な石碑が建っています。 -
粕壁宿日光道中の道しるべ。
写真では分かりにくいですが、道しるべは左手の白壁の建物(旧商家東屋田村本店)の右側にあります。天保年間(1830年代)に建てられたものなのだそうです。日光道中の道しるべ 名所・史跡
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日光街道 4番目の宿場町 粕壁宿。
街全体が宿場町の痕跡を辿れるよう工夫がなされています。
「粕壁」の名は終戦直前まで使われていたため、市町村合併で「春日部」となった後も、地名としての粕壁は残り、市内には「春日部市粕壁(かすかべしかすかべ)」と市名と町名が同じ読みながら漢字が違う不思議な地名があります。
同じような地名としては東海道のちりゅう(知立、池鯉鮒)があります。粕壁宿の案内板 名所・史跡
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浜島家住宅土蔵。
国登録有形文化財で戦前まで佐渡屋の屋号で米穀商を営んでいたそうです。黒塗りの土塀はピカピカでその手入れの良さを感じます。 -
日光街道 9番目の一里塚 小渕(こぶち)一里塚址。
備後一里塚と同じような石碑が建っています。春日部市内の一里塚跡は石碑で案内されています。 -
山田桐箪笥店。
江戸時代から続く桐ダンスの修理、再生、削り直しの専門店で小渕追分の近くにあります。シャッター、洒落てますよね。 -
日光街道 10番目の一里塚 三本木一里塚址。
ここは石碑ではなく民家の生垣の中に案内板が建っています。民家に植えられた木は残念ながら3本ではなく4本あります。 -
豊嶋屋関口酒造。
江戸後期の建物で、酒屋は最近まで営業していたようです。 -
杉戸宿高札場跡。
平成28年に開宿400年を記念して復元したものなのだそうです。東武動物公園、実は宿場町です。 by かくちゃんさん杉戸宿高札場 名所・史跡
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日光街道 5番目の宿場町 杉戸宿。
宿場町としての面影が残り高札場が復元されていますが、最寄り駅は1981年(昭和56年)に「杉戸」から「東武動物公園」に改称されてしまっています。中山道の宿場町「三留野」も最寄り駅が1968年(昭和43年)「南木曽」に改称されていますが、かつての駅である宿場町が鉄道の駅名から消えるのは寂しい限りです。 -
日光街道 11番目の一里塚 茨島(ばらじま)一里塚址。
山田うどん食堂高野台店の駐車場の隅に三本木一里塚と同じような案内板があります。杉戸町内の一里塚跡は石碑ではなく案内板となっています。 -
幸手宿旅館あさよろず。
創業は文政2年(1819年)という老舗旅館で、漢字では「朝萬」と記すようです。
中山道の妻籠や奈良井のような純和風旅館も魅力的ですが、こうして令和の世まで姿を変えても営業し続けているという旅館にも惹かれるものがあります。旅館あさよろず 宿・ホテル
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幸手宿永文商店。
会社は明治に設立されたのだそうで、街道の両側にはかつてはこのような建物が多数あったと思われますが、現在では永文商店さんだけとなっています。壁面の芭蕉の絵が素敵ですよね。 -
永文商店のトロッコ。
街道沿いの商家はかつて、間口が狭く奥行が長い「ウナギの寝床」型が一般的だったようで、手前が店舗、次が住居、奥が倉庫という形態を永文商店は今なお残しています。トロッコは商品の入出荷の運搬に使用されるもので、今も現役なのだそうです。 -
日光街道 6番目の宿場町 幸手宿。
幸手は各街道が分岐する交通の要衝だったようです。 -
幸手宿本陣知久家跡。
知久家は江戸時代、幸手宿で最も重要な役割を果たしその繁栄に尽力した名家でしたが、明治に入ると家運が傾き、幸手から姿を消してしまったのだそうです。何とも寂しい話です。本陣 知久家跡 名所・史跡
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日光街道 12番目の一里塚 幸手一里塚址。
ここは案内板と石碑の両方があります。 -
日光街道道しるべ。
筑波道との分かされに設けられたこの道しるべは安永4年(1775年)に建てられたのだそうです。 -
日光街道 13番目の一里塚 小右衛門(こえもん)一里塚。
案内板によると塚の上にある弁財天堂は昭和初期に付近から移築されたものなのだそうです。石垣で囲まれた塚は写真を撮った方向西側から高さが約2mあり、その形体と広さは往時と同じのようです。街道から少し離れています。 -
韓国居酒屋モイジャ。
生ビールとハイボール、泡盛のロック、海鮮チヂミ、トッポギ、韓国餃子をいただきました。 -
韓国餃子。
全て手作りなのだそうで、皮は小麦粉と米粉を混ぜたもの、餡はミンチに白菜とギャベツを半々、春雨に隠し味として水分を抜いた豆腐が使用されています。食べたことのない味で大変美味しゅうございました。
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