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10年以上に亘って行きつけにさせていただいている富山市の「銀八鮨」から一夜明けました。<br />コロナで行けない年もありましたが、ほぼ年に1~2回のペースで富山を中心に訪れて、観光では富山県内はほぼコンプリートしております。<br />ということで、最近は観光は富山以外に行くことが多くなって来ています。<br />今回も、2日目と3日目は福井の観光を楽しんで来ました。

秋の北陸路、富山は「銀八鮨」、福井は「恐竜」?~(2)晩秋の福井路です。

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2023/11/18 - 2023/11/20

296位(同エリア397件中)

entetsu

entetsuさん

この旅行記スケジュールを元に

10年以上に亘って行きつけにさせていただいている富山市の「銀八鮨」から一夜明けました。
コロナで行けない年もありましたが、ほぼ年に1~2回のペースで富山を中心に訪れて、観光では富山県内はほぼコンプリートしております。
ということで、最近は観光は富山以外に行くことが多くなって来ています。
今回も、2日目と3日目は福井の観光を楽しんで来ました。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
4.0
グルメ
4.5
交通
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
レンタカー ANAグループ
旅行の手配内容
個別手配
利用旅行会社
ANAセールス
  • 福井観光で、先ずやって来たのが「白山平泉寺」です。<br />「歴史探遊館 まほろば」にまず立ち寄ります。

    福井観光で、先ずやって来たのが「白山平泉寺」です。
    「歴史探遊館 まほろば」にまず立ち寄ります。

    白山平泉寺歴史探遊館 まほろば 名所・史跡

  • 白山に続くこの地でも今年は熊が出たそうです。

    白山に続くこの地でも今年は熊が出たそうです。

  • 熊除けの鈴をお借りしました。

    熊除けの鈴をお借りしました。

  • 「平泉寺白山神社」に来ました。<br />天気予報は、雨時々曇りですがこの時はなんとか持ちこたえてくれていました。

    「平泉寺白山神社」に来ました。
    天気予報は、雨時々曇りですがこの時はなんとか持ちこたえてくれていました。

  • 一の鳥居。<br />昔はこの坂より上には魚の持ち込みは禁止されていて、菩提をもとめて煩悩を断じ身を清め心を慎むということで、精進坂と呼ばれています。<br />また、この坂は昔は52段あり、1段の高さが高くてのぼるのが大変だったそうですが、現在は84段となりのぼりやすくなっています。(HPより)<br />https://heisenji.jp/hakusan-shirine/

    一の鳥居。
    昔はこの坂より上には魚の持ち込みは禁止されていて、菩提をもとめて煩悩を断じ身を清め心を慎むということで、精進坂と呼ばれています。
    また、この坂は昔は52段あり、1段の高さが高くてのぼるのが大変だったそうですが、現在は84段となりのぼりやすくなっています。(HPより)
    https://heisenji.jp/hakusan-shirine/

    平泉寺白山神社 寺・神社・教会

  • 参道途中左側にあるのが社務所。<br />お札を頂きに立ち寄ります。<br />

    参道途中左側にあるのが社務所。
    お札を頂きに立ち寄ります。

    旧玄成院庭園 寺・神社・教会

  • 社務所横には「旧玄成院庭園」があります。<br />一向一揆で平泉寺が焼失した時、難を逃れた顕海和尚が9年後戻ってきて再興されました。<br />このポスターは、2025年5月23~25日に行なわれる三十三式年開帳の案内です。この時は、何としても行きたいなと思っていましたが、残念ながらスケジュール合わずでした。YouTubeで観ましたが凄い人出でした。

    社務所横には「旧玄成院庭園」があります。
    一向一揆で平泉寺が焼失した時、難を逃れた顕海和尚が9年後戻ってきて再興されました。
    このポスターは、2025年5月23~25日に行なわれる三十三式年開帳の案内です。この時は、何としても行きたいなと思っていましたが、残念ながらスケジュール合わずでした。YouTubeで観ましたが凄い人出でした。

  • 参道に戻りました。<br />「平泉寺白山神社」は、国史跡で古くから信仰の対象であった霊峰白山の越前側の拠点として、養老元年(717年)に泰澄によって開かれたと言われています。<br />一帯は、最盛期の戦国時代には8000人もの僧兵がいたと伝えられ、当時の日本では最大規模の宗教都市となり繁栄します。しかし、天正2年(1574)に越前一向一揆勢に攻められ、全山焼失しました。<br />

    参道に戻りました。
    「平泉寺白山神社」は、国史跡で古くから信仰の対象であった霊峰白山の越前側の拠点として、養老元年(717年)に泰澄によって開かれたと言われています。
    一帯は、最盛期の戦国時代には8000人もの僧兵がいたと伝えられ、当時の日本では最大規模の宗教都市となり繁栄します。しかし、天正2年(1574)に越前一向一揆勢に攻められ、全山焼失しました。

  • 左に曲り下ると「御手洗池 平泉」があります。

    左に曲り下ると「御手洗池 平泉」があります。

  • 池の中央にある岩は、影向岩と言います。<br />泰澄大師がこの岩に向かってお参りしていると、一人の女神が現れ、「今、私は権現である」と言われました。これが神仏習合のはじまりです。また、「私の本当の姿は、白山の頂上にある。早く登ってきなさい」と言われ、泰澄大師はその女神の導きにより白山の頂上を極めることができたそうです。この池は昔、平清水と呼ばれており、平泉寺の名前の由来はここからきています。(HPより)

    池の中央にある岩は、影向岩と言います。
    泰澄大師がこの岩に向かってお参りしていると、一人の女神が現れ、「今、私は権現である」と言われました。これが神仏習合のはじまりです。また、「私の本当の姿は、白山の頂上にある。早く登ってきなさい」と言われ、泰澄大師はその女神の導きにより白山の頂上を極めることができたそうです。この池は昔、平清水と呼ばれており、平泉寺の名前の由来はここからきています。(HPより)

  • 池の反対側には厳かなご神木があります。<br />今はこの先は通行止めですが、以前はこの階段を利用できました。

    池の反対側には厳かなご神木があります。
    今はこの先は通行止めですが、以前はこの階段を利用できました。

  • 参道に戻り、坂を上って行くと二の鳥居が現れます。<br /><br />この鳥居は権現造といい、鳥居の中央に屋根がついている神仏習合の時代の独特なものです。おそらく日本にはここにしかないと思われます。当時の鳥居は一向一揆で消滅しましたが、1778年(安永6年)に再建されたものです。白山三所大権現の大額は、中御門天皇の皇子天台座主公遵法親王がおかきになられたものです。三所とは白山の御前峰、大汝、別山を言います。(HPより)

    参道に戻り、坂を上って行くと二の鳥居が現れます。

    この鳥居は権現造といい、鳥居の中央に屋根がついている神仏習合の時代の独特なものです。おそらく日本にはここにしかないと思われます。当時の鳥居は一向一揆で消滅しましたが、1778年(安永6年)に再建されたものです。白山三所大権現の大額は、中御門天皇の皇子天台座主公遵法親王がおかきになられたものです。三所とは白山の御前峰、大汝、別山を言います。(HPより)

  • 参道正面に見えてきたのが拝殿です。

    イチオシ

    参道正面に見えてきたのが拝殿です。

  • 雨に濡れた苔が美しい。

    雨に濡れた苔が美しい。

  • 現在の拝殿は、江戸時代につくられた寄棟檜皮葺で、平安時代の風情をよく残しているそうです。<br />1574年(天正2年)の一向一揆で全焼する前の拝殿は、46間(およそ83メートル)あったと言われており、京都の三十三間堂より大きな建物だったそうです。左右に点在する礎石が当時の大きさを物語っています。

    現在の拝殿は、江戸時代につくられた寄棟檜皮葺で、平安時代の風情をよく残しているそうです。
    1574年(天正2年)の一向一揆で全焼する前の拝殿は、46間(およそ83メートル)あったと言われており、京都の三十三間堂より大きな建物だったそうです。左右に点在する礎石が当時の大きさを物語っています。

  • 本社です。<br />既に雪囲いされていて、外ら様子が見えません。<br />1795年(寛政7年)、第12代福井藩主松平重富により再建されたものです。総欅造で外観は白木造です。<br />この本社の扉は33年に一度しか開けられません。次に扉が開けられるのは、2025年。

    本社です。
    既に雪囲いされていて、外ら様子が見えません。
    1795年(寛政7年)、第12代福井藩主松平重富により再建されたものです。総欅造で外観は白木造です。
    この本社の扉は33年に一度しか開けられません。次に扉が開けられるのは、2025年。

  • 最近では、拝殿と本社をお詣りしてお終いにしていましたが、今日は更に少し階段を上がって行きましょう。

    最近では、拝殿と本社をお詣りしてお終いにしていましたが、今日は更に少し階段を上がって行きましょう。

  • 「楠木正成の供養塔」です。<br /><br />かつてはここに三之宮の拝殿がありました。楠木正成の甥の恵秀律師(えりゅうりっし)がこの拝殿でお勤めをしていると楠木正成が鎧甲の武者姿で目の前に現れたので、恵秀律師が不思議に思い調べてみると、この日に正成が湊川の合戦で戦死していたことを知ります。その後恵秀律師は供養の石塔を建てました。1336年(延元元年)建立。(HPより)<br />1574年(天正2年)の一向一揆の時に拝殿は焼失し、この石塔も一部失われましたが、1668年(寛文8年)に福井藩主松平光通の奉納により補修して周囲に玉垣をもうけました。

    「楠木正成の供養塔」です。

    かつてはここに三之宮の拝殿がありました。楠木正成の甥の恵秀律師(えりゅうりっし)がこの拝殿でお勤めをしていると楠木正成が鎧甲の武者姿で目の前に現れたので、恵秀律師が不思議に思い調べてみると、この日に正成が湊川の合戦で戦死していたことを知ります。その後恵秀律師は供養の石塔を建てました。1336年(延元元年)建立。(HPより)
    1574年(天正2年)の一向一揆の時に拝殿は焼失し、この石塔も一部失われましたが、1668年(寛文8年)に福井藩主松平光通の奉納により補修して周囲に玉垣をもうけました。

  • 杉が林立して美しい。

    杉が林立して美しい。

  • 枯れた木には苔が生えています。

    枯れた木には苔が生えています。

  • 「三之宮」です。<br />祀られているのは、栲幡千々姫尊(たくはたちぢひめのみこと)で安産の神様として知られています。参拝するとお産が軽くなるといういわれがあり、お参りの帰りに社務所で腹帯を求められます。

    「三之宮」です。
    祀られているのは、栲幡千々姫尊(たくはたちぢひめのみこと)で安産の神様として知られています。参拝するとお産が軽くなるといういわれがあり、お参りの帰りに社務所で腹帯を求められます。

  • 何時の時代に整備されたのか苔生す石垣。

    何時の時代に整備されたのか苔生す石垣。

  • 朴葉焼でお馴染みの朴ノ木の葉っぱです。<br />「三之宮」までお詣りしたので、参道を降りることにします。

    朴葉焼でお馴染みの朴ノ木の葉っぱです。
    「三之宮」までお詣りしたので、参道を降りることにします。

  • こちらは「開山社」。<br />開祖泰澄大師が祀られています。

    こちらは「開山社」。
    開祖泰澄大師が祀られています。

  • 「白山平泉寺」。<br />杉、苔、社殿。<br />いつ来ても美しい風景でした。

    イチオシ

    「白山平泉寺」。
    杉、苔、社殿。
    いつ来ても美しい風景でした。

  • 「道の駅 恐竜渓谷かつやま」に立ち寄り・・・、<br />

    「道の駅 恐竜渓谷かつやま」に立ち寄り・・・、

    道の駅 恐竜渓谷かつやま 道の駅

  • 地元スーパーかじ惣(KAJISO)でも土産物などを物色しました。

    地元スーパーかじ惣(KAJISO)でも土産物などを物色しました。

  • これはこの地方の名産「里芋」。<br />実は、福井県の越前大野市と勝山市は里芋の大名産地なんだそうで驚きました。<br />煮崩れせずホントに美味いお芋でした。こんなの食べたこと無い。<br />

    これはこの地方の名産「里芋」。
    実は、福井県の越前大野市と勝山市は里芋の大名産地なんだそうで驚きました。
    煮崩れせずホントに美味いお芋でした。こんなの食べたこと無い。

  • ランチにやって来たのは、「福彩り食堂 のむら屋」です。<br />勝山市の観光協会で美味しいグルメ店という観点でリサーチしてやって来ました。<br />人気店らしく、ほぼ満席。<br />なんとか席に案内されました。

    ランチにやって来たのは、「福彩り食堂 のむら屋」です。
    勝山市の観光協会で美味しいグルメ店という観点でリサーチしてやって来ました。
    人気店らしく、ほぼ満席。
    なんとか席に案内されました。

    福彩り食堂 のむら屋 グルメ・レストラン

  • 越前・福井といえば、ソースカツ丼が有名ですが、こちらは「ふわっとろ玉カツ丼」が一押しのようです。

    越前・福井といえば、ソースカツ丼が有名ですが、こちらは「ふわっとろ玉カツ丼」が一押しのようです。

  • が、しかし、私が注文したのは「ソースカツ丼とおろし蕎麦のセット」。<br />これでなんと税込1,100円。<br />やはり福井では、ソースカツ丼と越前おろし蕎麦が食べたいと。<br />蕎麦は、二八蕎麦で美味しいです。<br />初めて食べた本場のソースカツ丼は、案外あっさりで驚きました。

    が、しかし、私が注文したのは「ソースカツ丼とおろし蕎麦のセット」。
    これでなんと税込1,100円。
    やはり福井では、ソースカツ丼と越前おろし蕎麦が食べたいと。
    蕎麦は、二八蕎麦で美味しいです。
    初めて食べた本場のソースカツ丼は、案外あっさりで驚きました。

  • 家内は、「醤油おろしカツ丼とおろし蕎麦のセット」。<br />大根おろしが被っていますが、「大根は身体に良いから~」と言ってました(笑)。

    家内は、「醤油おろしカツ丼とおろし蕎麦のセット」。
    大根おろしが被っていますが、「大根は身体に良いから~」と言ってました(笑)。

  • 店内には元バドミントン世界チャンピオン、世界ランキングも1位だった山口茜選手の載ったポスター。<br />彼女はこちら勝山市の出身で、勝山高校卒業するまで地元で活躍していました。<br />負傷し、東京に続いて出場したパリ五輪ではメダルを逃しました。体調戻してロスでは金メダルを取って欲しい、<br />頑張れ、茜ちゃん!!

    店内には元バドミントン世界チャンピオン、世界ランキングも1位だった山口茜選手の載ったポスター。
    彼女はこちら勝山市の出身で、勝山高校卒業するまで地元で活躍していました。
    負傷し、東京に続いて出場したパリ五輪ではメダルを逃しました。体調戻してロスでは金メダルを取って欲しい、
    頑張れ、茜ちゃん!!

  • 食後、車を走らせてにやって来たのは「一乗谷朝倉氏遺跡」です。<br />この一帯は、越前朝倉氏の戦国時代の城下町全体が遺跡となって残された、全国でもまれな大規模遺跡です。<br />一度来たかった。

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    食後、車を走らせてにやって来たのは「一乗谷朝倉氏遺跡」です。
    この一帯は、越前朝倉氏の戦国時代の城下町全体が遺跡となって残された、全国でもまれな大規模遺跡です。
    一度来たかった。

    一乗谷朝倉氏遺跡(庭園) 名所・史跡

  • 城下町は上・下城戸によって仕切られています。下城戸山裾には、巨石を積んだ桝形の城戸口がみられます。

    城下町は上・下城戸によって仕切られています。下城戸山裾には、巨石を積んだ桝形の城戸口がみられます。

    唐門 名所・史跡

  • (以下一乗谷朝倉氏遺跡博物館HPより)<br />当遺跡は、戦国時代の城下町全体が遺跡となって残された、全国でもまれな大規模遺跡です。昭和46年に278haが国の特別史跡に指定され、以来、50年以上にわたり、発掘調査と整備が続けられてきました。<br />また、平成3年には遺跡内の4つの庭園が国の特別名勝となり、さらに平成19年には、遺跡からの出土品2,343点が国の重要文化財に指定されました。朝倉当主の館跡をはじめ、武家屋敷や道路などの町並を復原した地区、上・下城戸跡、石仏群の残る寺院跡、標高473mの山上に築かれた一乗谷城跡など、谷全体に多くの見どころが点在しています。

    (以下一乗谷朝倉氏遺跡博物館HPより)
    当遺跡は、戦国時代の城下町全体が遺跡となって残された、全国でもまれな大規模遺跡です。昭和46年に278haが国の特別史跡に指定され、以来、50年以上にわたり、発掘調査と整備が続けられてきました。
    また、平成3年には遺跡内の4つの庭園が国の特別名勝となり、さらに平成19年には、遺跡からの出土品2,343点が国の重要文化財に指定されました。朝倉当主の館跡をはじめ、武家屋敷や道路などの町並を復原した地区、上・下城戸跡、石仏群の残る寺院跡、標高473mの山上に築かれた一乗谷城跡など、谷全体に多くの見どころが点在しています。

  • 朝倉氏は但馬国朝倉庄出身の武土です。南北朝時代に越前に入国し、越前朝倉氏の歴史が始まりました。応仁の乱を契機として、越前国を治める戦国大名となり、以後、5代100余年の治政を保ちました。<br /><br />

    朝倉氏は但馬国朝倉庄出身の武土です。南北朝時代に越前に入国し、越前朝倉氏の歴史が始まりました。応仁の乱を契機として、越前国を治める戦国大名となり、以後、5代100余年の治政を保ちました。

  • 初代孝景は家訓の中で、一乗谷に重臣を集住させることや、能力による登用、国内の人材を育成することの大切さを説いています。歴代当主はこの方針を受け継ぎ、越前の発展と安定に注力しました。<br /><br />

    初代孝景は家訓の中で、一乗谷に重臣を集住させることや、能力による登用、国内の人材を育成することの大切さを説いています。歴代当主はこの方針を受け継ぎ、越前の発展と安定に注力しました。

  • 5代義景は、のちの15代室町将軍足利義昭を一乗谷の安養寺に迎え入れ、朝倉館で盛大にもてなしますが、義昭を奉じて上洛することはしませんでした。<br />

    5代義景は、のちの15代室町将軍足利義昭を一乗谷の安養寺に迎え入れ、朝倉館で盛大にもてなしますが、義昭を奉じて上洛することはしませんでした。

  • 天正元年 (1573) 、織田信長との戦いに敗れ、 朝倉氏は滅亡し、城下町も灰儘に帰しました。<br />(一乗谷朝倉氏遺跡博物館HPより)

    天正元年 (1573) 、織田信長との戦いに敗れ、 朝倉氏は滅亡し、城下町も灰儘に帰しました。
    (一乗谷朝倉氏遺跡博物館HPより)

  • 復元された武家屋敷。

    復元された武家屋敷。

    一乗谷朝倉氏遺跡(庭園) 名所・史跡

  • 遺跡内の4つの庭園があり、その全てが国の特別名勝となっています。<br />今回は時間がなく、ぐるっと周遊しただけでした。本当に広い!<br />次回、またゆっくりと訪れたいものです。出来ればガイドさんの説明を聞きながらじっくり回りたいです。<br />

    遺跡内の4つの庭園があり、その全てが国の特別名勝となっています。
    今回は時間がなく、ぐるっと周遊しただけでした。本当に広い!
    次回、またゆっくりと訪れたいものです。出来ればガイドさんの説明を聞きながらじっくり回りたいです。

  • この日の宿のある福井市に向かっています。<br />途中、道の駅「一乗谷あさくら水の駅」に立ち寄ります。

    この日の宿のある福井市に向かっています。
    途中、道の駅「一乗谷あさくら水の駅」に立ち寄ります。

    道の駅 一乗谷あさくら水の駅 道の駅

  • 水の駅のシンボル。<br />三連水車の脇には粉ひき小屋もありました。

    水の駅のシンボル。
    三連水車の脇には粉ひき小屋もありました。

  • 水の駅のすぐ近くにある足羽川にあるのが、「足羽川頭首工」。

    イチオシ

    水の駅のすぐ近くにある足羽川にあるのが、「足羽川頭首工」。

  • 昔は、足羽川に5ヶ所の用水の取り入れ口があり、田んぼへ水を送っていました。<br />度重なる水害のたびに改修を行っていましたが、福井大震災により各用水路が壊れ、農家からの用水の安定供給が望まれ、昭和38年に県営足羽川地区用排水改良事業により上流に各用水を統合した頭首工が築造。(水土里ネットふくいHpより)

    昔は、足羽川に5ヶ所の用水の取り入れ口があり、田んぼへ水を送っていました。
    度重なる水害のたびに改修を行っていましたが、福井大震災により各用水路が壊れ、農家からの用水の安定供給が望まれ、昭和38年に県営足羽川地区用排水改良事業により上流に各用水を統合した頭首工が築造。(水土里ネットふくいHpより)

  • 平成10年に老朽化のため現在の頭首工に改修されました。<br />これはその時撤去された遺構。

    平成10年に老朽化のため現在の頭首工に改修されました。
    これはその時撤去された遺構。

  • この日の泊りは福井市内のアパ。

    この日の泊りは福井市内のアパ。

    アパホテル<福井片町> 宿・ホテル

  • 福井市の片町いうJR福井駅から徒歩10分ほどの福井市屈指の繁華街にありあます。

    福井市の片町いうJR福井駅から徒歩10分ほどの福井市屈指の繁華街にありあます。

  • 話題のアパ。

    話題のアパ。

  • あまり利用しませんが今回はこちらへ。

    あまり利用しませんが今回はこちらへ。

  • 隣に隣接する別館泊でした。

    隣に隣接する別館泊でした。

  • スパ設備、大浴殿・露天風呂付ホテルでした。

    スパ設備、大浴殿・露天風呂付ホテルでした。

  • 天国の階段・・・(笑)

    天国の階段・・・(笑)

  • 夕食はこちら「まるさん屋 福井片町店」です・<br />店舗の写真は撮り忘れたのでHPから拝借しました。

    夕食はこちら「まるさん屋 福井片町店」です・
    店舗の写真は撮り忘れたのでHPから拝借しました。

  • まるさん屋さん。<br />越前福井の海鮮中心に楽しめるという人気の居酒屋さんです。

    まるさん屋さん。
    越前福井の海鮮中心に楽しめるという人気の居酒屋さんです。

  • お刺身盛り。<br />ご覧の通り白身魚中心で新線。美味しい。<br />

    お刺身盛り。
    ご覧の通り白身魚中心で新線。美味しい。

  • 日本酒にチェンジ。

    日本酒にチェンジ。

  • 福井の大名物「浜焼き鯖」。<br />夏場、いたみ易いサバを保存するために考え出された、京都へ続く鯖街道の起点である小浜市の代表的な食の一つです。<br />程よい脂が乗って美味い。

    福井の大名物「浜焼き鯖」。
    夏場、いたみ易いサバを保存するために考え出された、京都へ続く鯖街道の起点である小浜市の代表的な食の一つです。
    程よい脂が乗って美味い。

  • 「へしこ」。<br />青魚(代表的なのは鯖)を塩漬けにし、さらに糠漬けにした郷土料理。<br />酒が進みます。<br />その他、色々飲み食いしたけど写真忘れました。<br />3日目に続きます。

    「へしこ」。
    青魚(代表的なのは鯖)を塩漬けにし、さらに糠漬けにした郷土料理。
    酒が進みます。
    その他、色々飲み食いしたけど写真忘れました。
    3日目に続きます。

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