2023/09/26 - 2023/09/27
1355位(同エリア1912件中)
夢追人さん
名古屋から長野まで「特急しなの5号」に乗車した。車窓を楽しむため、左側のA・B席に座った。木曽川、中山道の宿場町が見え、上松付近では、浦島伝説の「寝覚の床」が一瞬車窓に見えた。長野駅からアルピコバスに乗り、善光寺大門で降りて、仁王門から石畳道の仲見世通りを歩いた。両脇には土産物店や菓子屋、そば屋など多くの店が立ち並んでおり、ものすごい人出である。日本語だけでなく、英語や中国語、韓国語など多くの言語が飛び交っている。途中、「おやき」を買って店の前の椅子に座って食べたが、大変美味しかった。
仲見世通りを少し歩くと右奥に世尊院の建物が見え、さっそくお参りに行った。幸いにも本尊の等身大「銅造釈迦涅槃像」の特別拝観日だった。その後、六地蔵、ぬれ仏に手を合せたのち、国重要文化財の山門をくぐり、国宝の本堂の前に出た。高さ約26m、間口約24m、奥行き54mの大伽藍に圧倒された。参拝後は緩やかな下り坂の表参道を20~40分かけて、ゆっくりと散策しながら長野駅まで歩いた。洒落たカフェや洋品店、土産物店が並び、見て歩くだけでも楽しい。途中、布袋や弁財天なども善光寺七福神にも遭遇することができた。
駅近くの東横インに宿をとり、夕食は駅ビルにある明治亭で、ソースかつ御膳を注文した。ボリュームがあって大変美味しかった。
翌日、30分あまりバスに乗って旧松代駅まで行き、松代の町並みを散策した。松代は、甲斐の武田信玄が川中島合戦時に、上杉謙信と戦う拠点として築城した「海津城」が始まりである。武田氏の滅亡後、真田信之が上田から移封されて以来、真田氏10代が約250年続いた城下町である。歩いて回るにはなかなか雰囲気が良い町で、旧松代藩鐘楼や矢沢家表門、旧樋口家住宅などを見て回り、最後に松代城址から旧松代駅まで歩いた。松代駅は、廃線となった長野電鉄屋代線の駅であり、駅舎やプラットフォームが今も残されており、駅舎に入ると懐かしい写真や資料が展示されていた。駅舎の前には、はるか昔の小学校時代によく歌った、松代ゆかりの作家の作曲した「汽車ポッポ」の石の歌碑が建てられていた。駅前のバス停から、再びバスに乗って長野駅まで帰った。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス JR特急 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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名古屋駅を出発する特急「しなの」
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車窓から一瞬見える浦島太郎伝説の「寝覚の床」。
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姨捨付近を走る列車から見える、日本三大車窓の善光寺平。
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善光寺大門
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善光寺仲見世通り
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特別公開されている善光寺世尊院の銅像釈迦涅槃像。
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善光寺六地蔵
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善光寺ぬれ仏
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壮大な善光寺本堂。
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善光寺参拝後、表参道を長野駅まで歩く。
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JR長野駅
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長野駅ビルから見る長野駅善光寺口の夜景。
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駅ビルの明治屋で夕食をとる。
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一泊した長野駅前の東横イン。
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松代藩筆頭家老の矢沢家の長屋門。
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江戸時代の松代の「時の鐘」旧松代藩鐘楼。
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真田藩士・旧樋口家の内部。
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旧樋口家の外観。
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松代真田邸前の通り。
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真田信之公像
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真田邸
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真田城址、太鼓門。
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長野電鉄、旧松代駅跡。
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旧松代駅前にある「汽車ポッポ」の歌碑。
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旧松代駅舎内
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松代からバスで長野駅まで帰る。
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