2023/10/23 - 2023/10/23
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naoさん
奈良市東部の自然豊かな里山にある柳生町は、日本を代表する剣術流派の一つである「柳生新陰流」を創始した柳生宗厳などを生んだ、柳生一族の郷として知られています。
宗厳の子柳生宗矩は、徳川将軍家の兵法指南役として秀忠や家光に仕えたことで一万石の大名に列せられ、大和国柳生藩を立藩し陣屋が置かれました。
柳生一族の中でも、広く知られているのが柳生十兵衛で、数々の小説、映画ドラマなどの主人公として取り上げられています。
のどかな里山風景に溶け込むように、伝統的な民家が点在する現在の柳生町には、柳生一族にまつわる史跡が数多く残されています。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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柳生町へ向かう途中の、大柳生町で見かけた茅葺民家。
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多数の付属屋を備えた広大な屋敷の中に建っています。
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柳生町の前に、県道4号線を京都の笠置方面に走って「阿対の石仏(あたやのせきぶつ)」を訪れました。
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室町時代の建立と伝えられる「阿対の石仏」は、打滝川に架かる小さな橋を渡った森の中にたたずんでいます。
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大小二体が浮き彫りされた磨崖仏。
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右が阿弥陀磨崖仏、左が地蔵菩薩磨崖仏で、それぞれ墨と顔料で彩色されています。
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磨崖仏の脇に祀られた小さな石仏。
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しみじみ摩崖仏を見上げると、薄暗い森に光芒が差し込んでいます。
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柳生下町の「阿対の石仏」を訪れた後、柳生町へ向かいます。
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この辺り一帯には、日本の原風景と言うべきのどかな里山風景が広がっています。
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白漆喰塗の土蔵には、鏝絵が施されています。
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かつての茅葺屋根を鉄板で覆った民家。
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白黒の漆喰を塗り籠めた瓜型の虫籠窓のある民家。
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のどかな里山風景を演出するのにピッタリな荒壁の建物。
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こちらの土蔵も荒壁で仕上げられています。
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その荒壁の土蔵と並んで、かつての茅葺屋根を鉄板で覆った民家が建っています。
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少し離れた町並みに残る大和棟の民家。
なお、この町並みの一角に柳生十兵衛が剣術を磨くため諸国行脚の旅に出る前に植えたと言われる杉が残っていますが、落雷による立ち枯れのため無残な姿を見せています。 -
白漆喰を塗り籠めた虫籠窓のある民家です。
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ショウウィンドウのあるこちらの民家は、陶磁器の窯元のようです。
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こちらの建物にも瓜型の虫籠窓や出格子が見られます。
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縁側に並べられた陶磁器の作品たち。
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このバス停の辺りから柳生町になります。
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国道369号線の西側で、見事な石垣の上に白漆喰塀をめぐらせているのは、柳生藩の家老小山田主鈴の旧屋敷です。
小山田主鈴は柳生藩の財政立て直しに尽力したことが認められ、家老に抜擢されたと言われています。 -
かつての茅葺屋根を鉄板で覆った民家がたたずんでいます。
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そこはかとなく秋の風情を感じさせてくれる光景です。
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旧柳生藩家老屋敷へやって来ました。
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石垣に沿って緩やかな階段を上ると表門に通じています。
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長屋門の形式をとっている表門。
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こちらは表門を入った先にある主屋で、周りには納屋、米蔵、物置などが置かれていたそうです。
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主屋には正式な客を出迎えるための式台玄関がしつらえられています。
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旧柳生藩家老屋敷を出て先へ進みます。
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旧柳生藩家老屋敷から少し南に歩くと、立派な長屋門を構えた小山田家分家があります。
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こちらもかつての茅葺屋根の民家ですが、瓦風の屋根が葺かれています。
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こちらもかつての茅葺屋根の民家です。
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地元で歯痛地蔵と呼ばれている摩崖仏が、普通に道路に面してたたずんでいます。
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こちらは柳生藩主の居館だった旧柳生藩陣屋跡です。
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現在はかつての陣屋の遺構に沿って石積みされ、当時の建物形状が再現されています。
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こちらは柳生城跡と彫られた石碑です。
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こちらは陣屋の正面玄関側に立っている柳生藩陣屋跡の石碑です。
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陣屋の遺構を東側から見た光景です。
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建物内に中庭があったところまで再現されています。
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2階にガラスの格子窓を入れた民家です。
掃き出し窓の前にイスが並べられているので、地元の皆さんの憩いの場になっているのかも知れません。 -
瓜型の虫籠窓のある民家です。
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奈良市の汚水桝の蓋です。
古都奈良の風情を感じさせる「ナラノヤエザクラ」と「シカ」がデザインされています。 -
こちらの民家の主屋にも瓜型の虫籠窓が開けられています。
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打ち出の小槌が表された下地窓。
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柳生町の町並みです。
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国道369号線越しに見た柳生町の光景です。
ちなみに、柳生新陰流を創始した柳生宗厳にまつわる柳生一刀石はこの山の東側にあります。 -
のどかな里山風景を見せています。
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国道369号線沿いにもかつての茅葺屋根を瓦風の建材で覆った民家がたたずんでいます。
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国道369号線の奈良交通辻村バス停から旧道に入った、打滝川沿いにある民家です。
瓜型の虫籠窓が豊かな風情を醸し出しています。 -
のどかな里山にポツンとたたずむ民家が見えてきました。
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さりげなくたたずむ民家ですが、見事なまでに里山風情を演出しています。
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茶畑と民家。
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お茶の新緑が陽の光を浴びて輝いています。
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国道369号線に面して、ここから少し東に入ったところにある立野寺への参道を示す道標が立っています。
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では、次に柳生一刀石へ向かいます。
なお、柳生一刀石へ通じる道路は車両通行禁止になっているので注意が必要です。 -
杉木立に包まれた坂道を上って行くと、天乃石立神社(あまのいわたてじんじゃ)の鳥居が見えてきます。
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鳥居をくぐって先へ進むと、扉のような巨岩が鎮座しています。
天乃石立神社の由緒書によると、御祭神は「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」、「豊盤門戸命(とよいわまどのみこと)」、「櫛盤門戸命(くしいわまどのみこと)」、「天盤戸別命(あまのいわとわけのみこと)」の四座とされていますが、「前伏盤」、「前立盤」、「後立盤」の三つに割れた巨岩と、「きんちゃく岩」が御神体として祀られています。
写真手前側に立っているのが「櫛盤門戸命」とされる「後立磐」、すぐ奥に寄り添うように立っているのが「豊盤門戸命」とされる「前立磐」で、少し離れた奥には「天盤戸別命」とされる「前伏磐」が横たわっています。
ちなみに、高天原の天岩戸にお隠れになった天照大御神を外に出すため、手力雄命(たじからをのみこと)がこじ開けた岩戸の扉がここまで飛来し、「前伏盤」、「前立盤」、「後立盤」の三つに割れたという逸話が残っています。 -
三つに割れた巨岩の奥にある社殿。
左側の丸い大きな岩が「天照大御神」とされる「きんちゃく岩」になります。 -
柳生一刀石は、天乃石立神社の奥にあるようです。
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木の根道を上った先に柳生一刀石が見えてきました。
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ここまで来ると真っ二つに割れているのが判ります。
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柳生一刀石には、柳生宗厳が天狗との剣術の試合中に一刀のもとに天狗を切り捨てたところ、二つに割れた巨石が残ったという逸話が残っています。
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この巨石は自然に割れたんでしょうが、柳生新陰流を創始した柳生宗厳の伝説として語り継がれるのも頷ける気がします。
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それにしてもこの木の根道、自然の摂理だとは言え見事な造形美です。
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天乃石立神社へ下りて来ると、柳生一刀石を見に来られていた先客の皆さんがお参りされています。
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天乃石立神社の境内を覆う杉木立。
では、これで柳生町散歩を終わります。
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