2023/10/26 - 2023/10/26
2位(同エリア543件中)
松本伸雄さん
戦国時代、安東愛季が本拠とした山城の一つ。
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脇本城跡登城口。
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安東家の家紋、檜扇に違い鷹の羽。
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鳥居横の案内板。
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トリカブトです。
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標高100mを登ります。階段はないです。
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菅原道真を主祭神とする菅原神社の第二の鳥居。
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秋田湾の脇本漁港。
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脇本城案内所。此処でスタンプをいただきます。
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内館方向。
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内館入口。
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男山屋敷跡。
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馬乗り場。
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脇本城跡は、男鹿半島南側の脇本地区に位置する中世の城跡です。
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日本海に突き出すようにそびえる標高100mの丘陵地に位置し、自然地形を巧みに利用しつつ、大規模な造成をして整備した中世、戦国のいわゆる土づくりの城です。
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築城年代は明らかではありませんが、出土遺物の特徴などから、15世紀にはすでに城として機能していたと考えられます
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竪堀方向。元亀、天正年間(1570~92)前半には、安東愛季が脇本城を改修して本拠を移したと言われる。
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空堀。
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大土塁へ。
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井戸跡。かって脇本城が攻め込まれた時、当時の城主は貯え持っていた金銀財宝を家臣に持たせ逃げるように指示したが、金の茶釜だけは持ち出さずに井戸の底深くに埋めたと言われる伝説があったそうです。
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館神堂。
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この伝説を信じた人は、夜な夜な井戸跡を掘り続けたそうな。
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150ha東京ドーム32個分の広さです。
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東側の大土塁に囲まれた曲輪には、殿様の御屋敷があったとされる。
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主郭東から城下町を望む。間口が狭く奥行きが長い、短冊形の地割と、カギ型に曲がった道は城下町の特徴です。
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内館地区の中央部には、中世以来の道と推定される古道が通っており、秋田藩主佐竹家も男鹿往来に利用したため、天下道と呼ばれている。
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海の奥が八郎潟です。
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西側の土塁からの夕日。きれいでした。
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築城数百年を経てもなお、当時の面影を偲ばせる遺構の数々は、その残存状況のよさからも当時の土木技術の高さをうかがわせます。
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安東氏は豊臣政権下では、湊城へ本拠を置く秋田5万2000石の大名となった。
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夜は比内地鶏親子丼、ジュンサイ、いぶりがっこにしました。おわり
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この旅行記へのコメント (2)
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- 164-165さん 2024/05/12 06:45:07
- 続日本百名城巡り
- 松本伸雄さん おはようございます。
日本百名城巡りを達成され、今度は続日本百名城巡りに挑戦中ですね。憧れます。
にわか城巡りを開始しましたが、まだ11城です。何年かかるやら??
弘前城は今月訪問予定ですが、久保田城は近いですが、予定はありません。
スタンプを押すだけの旅にも疑問が出て悩みも出てきました。
体力にも自信がなくなり、悩みながらもなんとか続けたいです。
【164-165】
- 松本伸雄さん からの返信 2024/05/13 03:30:29
- Re: 続日本百名城巡り
- 見ていただきありがとうございます。
私はクラブツーリズムのツアーを利用しています。ガイドさんのお話が楽しみですが、コロナ以降催行中止が多いのが悩みのタネです。
お互いに元気に頑張りましょう。
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