2022/11/04 - 2022/11/04
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髭のび太さん
新型コロナ感染禍で遠くまでは足を伸ばせなくなっていたので、光が丘公園で黄葉が見れるらしいと言う情報を得たので、吉祥寺駅から狭隘路線バスに乗って光が丘公園近くで下車し、光が丘公園から東京大仏まで歩いて見た。
東京都の西部の鉄道網は東西には何本も走っているが、これらを結ぶ南北には環状線の様な接続が無い。この人口が密集し通勤通学に利用される駅間連絡に使われ、駅前や市街地の狭い路地を多く通過するバスの路線を狭隘路線バスと呼ぶらしい。
今回利用したバスは、西武バスの<吉60> 吉祥寺駅発(石神井公園駅経由)成増町行を利用した。バス停は41駅も有り、乗車距離は13.6キロメートル 50分も乗って料金は、均一料金で220円だった。
路線バスなので生活感のある道路を進んで行くのが見ていて楽しいのだが、道路の幅が狭い所が何カ所かは有り、特に電柱が障害になっていて、対面通行が難しく離合するのに待機する場合があった。
今回は、身近ながら1時間程のバスの旅と都内で見られる自然を巡り小さな旅を楽しむ事が出来て良かった
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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吉祥寺駅バス停から、西武バス <吉60> 吉祥寺駅(石神井公園駅)成増町行 11:15分発に乗車
画像は、バスが出発する際に見えた早くもクリスマスツリーが飾ってある吉祥寺駅前の象の花子像ゾウのはな子像 名所・史跡
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西武バス車内の乗降客の様子
ほぼ定刻通りに進み、石神井公園駅北口バス停に到着
乗り降りが一番多かった -
因みに、石神井公園駅北口バス停の手前に石神井郵便局バス停があって、下車すると目の前が練馬区立石神井松の風文化公園になっている。
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練馬区立石神井松の風文化公園に入って行くと緑が多い公園が目に入る
石神井松の風文化公園 公園・植物園
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この公園内を進んで行くと、石神井池のある石神井公園にでた。2023年の10月28日には一部黄葉していて、湖面に投影し見応えのある場所もあった。
機会が有れば後日投稿したいと思います。石神井公園 公園・植物園
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吉祥寺から 33駅 10.5Km 約50分の高松五丁目バス停で下車、料金は220円
高松6丁目の信号を右に渡って、光が丘駅方面に進むと、高松6丁目の街路樹は紅葉していた。 -
光が丘公園にショートカット出来るかなと光が丘西大通りを左折すると、練馬区立 四季の香ローズガーデンに遭遇した。
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キッチンガーデンと名付けられていた
中々手が入れられている様だった -
キッチンガーデンには、シロバナムシヨケギク、ワイルドストロベリー、パイナップルミント、スパニッシュセージ等が植えられていた
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香りのハーブガーデン
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四季の香りガーデンの案内板
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色彩のローズガーデン センターには、鹿のオブジェとアイオブザタイガーカインダー・ブルーやイエロー・アプリコットローズの花がカラフルに咲いていた
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フォトスポット 色彩のローズガーデンにはバラのアーチがあった
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アーチに近づいて見ると、フクロウや小鳥とリスなどの小動物のオブジェも飾ってあった
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色彩のローズガーデン の全景
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四季の香りガーデン入口
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香りのローズガーデンの散策路
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アンブリッジローズ 色彩のローズガーデン
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光が丘団地の中にある「香りのローズガーデン」が有るのが分かる画像
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香りのローズガーデン
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香りのローズガーデン & 光が丘団地
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香りのローズガーデンのブルーローズを見ながら光が丘IMAと光が丘清掃工場の間の道を通って行った
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光が丘 ふれあいの径に出ると、銀杏は色付いていた
画像は光が丘公園方面 -
画像は光が丘駅方面
イチョウの黄葉は東側の片側だけで、西側はまだ色付いていなかった -
光が丘 ふれあいの径の銀杏の全景
有楽町の旧都庁舎前に街路樹が京葉線工事の支障となったため、「ふれあいの径」に移植されたらしい。いずれも樹齢100年を超す巨木で40本あるとの事で見応えがあった -
光が丘 ふれあいの径の銀杏並木は400m位続いている様だった
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光が丘 ふれあいの径の銀杏並木 & 光が丘清掃工場と白くて高い煙突は地上150mの高さが有るそうだ
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光が丘公園 ふたご橋を渡ると光のアーチがあった
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光が丘公園に入ると 平和への祈り モニュメントがあった
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光が丘体育館前を歩く可愛らしい幼稚園児達がいた
散歩か遠足かは知らないが? -
光が丘公園 黄葉したイチョウ並木を撮影する観光客
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光が丘公園 イチョウ広場
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光が丘公園 イチョウ広場でも撮影スポットになっていた
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光が丘公園 イチョウ広場から光が丘体育館方面
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光が丘公園 イチョウ広場から売店方面
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光が丘公園 観賞池と黄葉
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光が丘公園 けやき広場 銀杏並木
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鑑賞池を見た後、真っ直ぐ公園の中央を500m程進んで行ったら、光が丘公園 ねりまの銘木 鈴懸の木と表示された巨木(高さ 23m、太さ 3.1m)に出会った。
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光が丘公園 ちびっこ広場
子供達の遊び場にはもってこいだ -
光が丘公園 虫遊び広場と時計塔
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光が丘公園 赤塚口方面
バスを降りて、公園内を1時間程歩いたら光が丘公園 赤塚口 (正門)に着いたのでベンチに座って一休みした。
グーグルマップに依れば、2Km程歩けば、東京と名の付いた大仏に出るらしい。 -
東京大仏まで真っ直ぐに進んでいると、25分程で赤塚植物園に出た
エントランス近くにあった桂の木赤塚植物園 公園・植物園
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開園時間 午前9時00分から午後4時30分(12月は午後4時00分まで)
入園料 無料
休園日 12月29日から1月3日(年末年始)
板橋区立の植物園で、無料だったので寄って見た
写真は、赤塚植物園のエントランス付近にあった小さな池 -
赤塚植物園
一番低い位置にある正面口から、奥へ向けて敷地は徐々に上がっていき、ベンチのあるケヤキ広場へと至る本園の野草の道に沿って歩いて行った -
赤塚植物園にも小さなバラ園があった
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キクザキイチゲの表示があった
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キクザキイチゲの花が咲いていた
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野草の道に入って行った
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アズマイチゲの表示があるが、ホトトギスの様だ
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ホトトギスの花
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同じ濃いピンク色の花だが、こちらは、シュウメイギクの案内があった
和名は秋明菊、花は八重で淡紫紅色とあるからシュウメイギクで間違いなさそうだ -
まだ、紫陽花?が咲いていた
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本園 野草の道
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本園 つづら折りの道を登って行った
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本園のケヤキ広場に出た
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ケヤキ広場の全景
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本園から万葉・薬用園への通用口は一般の道路で工事中だった
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万葉・薬用園の日当たりの良い湿地一面にチガヤ(千萱又は茅、Imperata cylindrica)細い葉を立て群生していた
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万葉・薬用園の湿地にあった昔懐かしい藁干しがあった
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赤塚植物園の奥の方にあった農業園碑
子どもたちの農業への興味や理解を高めることを目的とした農園がオープンしていた -
農業園のポタジェ
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ポタジェに栽培して有ったスイスチャード
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スイスチャードとの案内板
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農園に栽培されていたボリジ
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ボリジの花の部分に近づいて撮影した
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農業園 付近の小学校が利用している農地の様子
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赤塚植物園 農業園の案内板
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赤塚植物園の本園に戻った
けやき広場の紅葉 -
赤塚植物園内にあった日本庭園の入口
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日本庭園内にあった 織部灯篭 & 白川砂利
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雪見灯篭
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根府川石
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黒ぼく石
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四方仏型水鉢 & 天竜石
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袖型灯篭
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四方仏型水鉢
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六万石
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植物園 キツネノカミソリ
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バラ園
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ホトトギス
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アケビの実がなっていたのを見て赤塚植物園を後にした
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赤塚植物園の正門を出て角の坂道を上がると通用門見たいな場所と、真っ直ぐ進むと
乗蓮寺の駐車場があって、さの反対側に山門があってどちらからでも入れた。 -
乗蓮寺の境内側から見た山門
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乗蓮寺の境内に、東京と名の付く高さ13mもある東京大仏の坐像があった。
黄葉には少し早かった様だ乗蓮寺 寺・神社・教会
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天保飢饉の供養塔
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七福神 & 文殊菩薩
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南無阿弥陀仏像
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乗蓮寺の七福神
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一宿一飯地蔵と蓮
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案内板に依れば、
「説教浄瑠璃」五代目家元・若太夫(諏訪仙之助)の墓石です
「説教浄瑠璃」は、仏教布教の一手段である「節談説教」から派生し、寛永年間(1624~1644)頃からは、三味線を伴奏とした「語り物」として流行しました。その後一時衰えましたが、寛政年間(1789~1801)頃に、初代・薩摩若太夫によって再興されました。その五代目にあたるのが、下板橋中宿(仲宿)に居住するとともに同地を拠点として活躍した五代目若太夫〔文化8(1811)~明治10年(1877)〕です。五代目は、最盛期には多摩地域や埼玉県域に58人もの弟子を抱えていたとされ、「説教節史上の功績者」とも評されています。
現在、東京都指定無形文化財(芸能)である、三代目・若松若太夫(小峰孝男)と その師匠である二代目・若松若太夫(故・松崎寛)の芸能上の祖に当たります。五代目・若太夫は没後、旧下板橋宿にあった乗蓮寺に葬られましたが、昭和46年からの当寺の赤塚移転に伴い、墓も当地に移設されました。
蓮華の上に六角柱という珍しい形状の墓石には、「恵生芳願信士」という若太夫の 戒名と、「何処となく 行先広し 穐の風」という辞世の句、さらには妻・ゑんの 戒名、娘・千代、孫・はつ、古石という人物による追悼の句がそれぞれの面に刻まれています。
当墓石は、下板橋を拠点としていた若太夫の活動によって、「説教浄瑠璃」が、幕末維新期に周辺地域へと伝播していく状況を裏付ける歴史的資料であるということから、平成22年に板橋区の登録有形文化財となりました。 -
乗蓮寺HPに依れば、境内にある石造物の由来について以下の通り記述があった。
現在の豊島区駒込付近に所在していた 津藩藤堂家・江戸下屋敷(染井屋敷)に置かれていましたが、戦後、これらは「鉄拐堂」に隣接する個人宅、 昭和42年に、当時板橋区仲宿に所在していた乗蓮寺に移され、昭和46年からの当寺の赤塚移転に伴い、現在の場所に移設されました
「鉄拐仙人」「奪衣婆(婆々)」「天邪鬼(がまんの鬼)」
「恵比寿」・「大黒」「文殊菩薩」・「布袋尊」「役行者(小角)」
写真は足の病気に霊験ある 鉄拐仙人 -
お背中から大仏様を拝見
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行者の元祖 役の小角像
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近くから見上げた東京大仏
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文殊菩薩と我慢の鬼
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乗蓮寺 弁天池の弁天堂と鯉達
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乗蓮寺 弁天池の鯉達はとても元気だ
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乗蓮寺 弁天池の弁天堂は煌びやかだった
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乗蓮寺の本堂は堂々としていた
乗蓮寺の縁起に依れば、寛保3年(1743)4月7日、浄土宗祖法然上人ご生誕の日に際し、八代将軍吉宗が鷹狩りの途中に参拝、雨宿りをしたのが縁となり、後に将軍の休息「御膳所」に指定される程の由緒正しい寺だそうだ。 -
乗蓮寺の本堂と黄葉
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乗蓮寺正門下の階段横には、「板橋のお閻魔さま」として近隣にその名を知られ、多くの信仰を集めた迫力ある閻魔様が鎮座されている閻魔堂があった
これを本日の見納めにして、成増駅に向かった -
成増町バス停へ向かう途上、吉祥寺駅までのルートを検索した結果の画面をバス車内で画面コピーした
15:05 成増町バス停から西武バス 吉60吉祥寺駅行 に乗車
通過駅は 41駅 乗車距離は13.6キロメートル 50分も乗って料金は 220円だった
下車は、サンロード入口ではなく、終点の吉祥寺駅で降りた。定刻よりもやや早く到着した。
都内でも、お昼頃に出て黄葉だけでなくバラ園や植物園そして東京大仏までを気楽に見れる旅を終えた。
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