2023/09/19 - 2023/09/19
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ばねおさん
パリからオランダへ1泊2日の小旅行。
当初は2泊3日の予定でいたのだが、都合で短縮することになり、あれもこれもの欲は捨て、フェルメールだけを中心に組み立てた旅行となった。
1日目はアムステルダム国立美術館 RIJKSMUSEUM。
2日目はハーグのマウリッツハイス美術館、そしてフェルメールの故郷デルフトへ。
フェルメールの現存作品数は35とか36と言われている。
その内、母国オランダにあるフェルメールの作品は、アムステルダム国立美術館に4点、マウリッツハイス美術館に3点の合計7点である。
さらに10月10日までは他所からの2点がアムステルダム国立美術館に展示されているので、期間限定ながら9作品を見ることができる。
アムステルダム国立美術館では、世界中から28点が集結した「史上最大規模」のフェルメール展が6月まで開催されていて大変な賑わいであったようだ。
史上最大規模のフェルメール展に行けなかったのは残念ではあるが、本当に見たい作品は上記の9点に含まれているので、間近でゆっくりと筆致を眺めることができた。
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
-
パリ北駅からアムステルダム中央駅までは約3時間半の鉄道旅。
飛行機だと1時間で行けるが、空港までの前後の時間を考えるとやはりタリスが便利だ。 -
パリ北駅 9:21発、アムステルダム中央駅行き、到着は12:44。
発着は、北駅の6番から10番までのホームのいずれか。
発車25分前に電光掲示板にホーム番号の表示が出ることになっている。 -
乗車ホームの案内が出ると、あっという間に長蛇の列ができる。
指定席なのだから慌てる必要はないはずだが、車両番号によってはホームをだいぶ歩くことになるので、やはり早めに進みたいと誰もが考えるからだろう。
途中の停車駅はベルギーのブリュッセル、アントウェルペン 、オランダへ入ってロッテルダム、スキポール空港となる。 -
モンパルナス駅のようにホーム手前に改札はなく、車両ごとに係員が立ちチェックをして乗車。
ボンボワヤージュとにこやかな挨拶を受けて座席に向かう。
おや、この車両はまだ誰も来ていなかった。 -
パリ北駅を発車したタリス9321号は、予定の時刻通りにアムステルダム中央駅に到着した。
数日前にタリスから連絡があり、工事のため運行時刻に変更があるとのことだったが何のことはない時刻表通りであった。
途中のブリュッセルとスキポール空港駅ではやはり乗降が多い。
ブリュッセルまでは空席があったが、そのあとはほぼ満席となった。
スキポール空港駅のホームでは日本人らしき姿もちらほら見かけた。
赤煉瓦の立派な駅舎。
アムステルダム中央駅は東京駅のモデルとも言われてきたが、それはともかく二つの駅は姉妹駅として交流を持っていると聞いたことがある。 -
アムステルダム中央駅でメトロに乗り換えて宿泊先ホテルへ向かう。
メトロはアムステルダムでもMのマークで分かりやすい。
オランダの鉄道はこの1月から新システムが導入され、乗車券を買わずにクレジットカードを改札機にかざすだけで乗れるようになったという。
初めての経験なので、果たしてうまくいくかなと思いながら改札機のスキャンにかざしたらゲートが開いた。
これは便利だ。
写真は改札機の様子だが、入場出場ともに同じ形で、赤いバツではなく、緑の矢印が表示されている改札機上部のスキャナーにかざすと中央にあるゲートが左右に開く。
出る時も、同様にスキャンを行う。 -
駅には券売機も設置されているが、これで購入するとクレジットカードやデビットカードで直接出入りするよりも料金が割高になるという。
今回はカードでのスキャン入場のみで通したので、どのくらいの違いがあるものか分からないが、非接触型カードを持っていれば、わざわざ券売機を利用する理由はどこにもない。
ただ、オランダの乗車券は区間ではなく時間で(例えば1時間、24時間というように)購入するので、カードの場合は出場した時点で経過時間が計算されるのだろう。
短期旅行者にとってはとても便利な仕組みだが、改札を出る時も忘れずにスキャンする必要がある(もっとも、そうしないとゲートが開かないが)。無人駅などでうっかり忘れると多額の請求があるようだ。
ただ、入場時と出場時にそれぞれカードをかざす必要があるので、うっかりとカードを失くしたりすると厄介だ。
カードに連携しているスマホでも利用できるので、これからはスマホ利用が多くなるのだろう。 -
アムステルダム中央駅の地下からのエスカレーターはずいぶんと長く、深度があるように思える。
頭上には市内・近郊路線図が表示されていたが、上まで来てみると人の顔になっていた。 -
アムステルダム中央のメトロ52号線のホーム。
パリのメトロとつい比較してしまうが、パリのメトロのような得体の知れない有機物が入り混じったような独特な匂いもなく、味気はないが広々として清潔感がある。
車両も二回りぐらいは大きいように思える。 -
宿泊先ホテルはアムステルダム中央から二つ目の駅で、降りてから3分ほどの場所にあった。住宅街に溶け込んでいてホテルの看板がなければ見過ごしてしまいそうだ。
ホテル名は「Hotel Asterisk, a family run hotel」
後半の a family run hotel というのが少々戸惑うが、美術館に近く、交通の便が良いということで決めた。
ツイン一泊税込185.5ユーロ。素泊まりなのに円換算をすると1泊3万円近い。
ここ数年、ホテル利用をしていないので、相場というものが掴めていないのだが、以前に比べるとやはり高い気がする。それともアムステルダムだからか。
ただ、もっと高いホテルはいくつもあって、しかもどこもほとんど空室がない状況だった。 -
チェックインは15時からなのだが、1時間半以上も前に到着してしまった。
荷物だけ預かってもらうつもりでいたのだが、すでに部屋の用意ができているということでカードキーを渡された。
驚いたのはおしぼりを出されたことだ。
日本でならともかく、海外では今まで記憶がない。
部屋は豪華さは何もないが比較的ゆったりとした造りで、壁面にはレンブラントの有名な作品が絵柄となっていた。 -
ホテルからアムステルダム国立美術館まではあるいて10分もかからない。
この日は風が強く、小雨も混じっていたので美術館近くを基準にホテルを選んだのは正解だった。
トラムが行き交う道路沿いには、自転車専用レーン、歩道が設けられていて、この写真の例は分かりやすいが、見慣れない記号やら図柄が路上にあって意味がよく分からない。 -
パリも車道を減らして自転車専用道を設けているが、人と自転車の通行区分ははっきりしている。
ところがこちらは同じ色で区分けされているところがあって分かりづらい。
驚いたのは歩行者の信号が青なので横断したら、自転車が横からどんどんやってきて譲る気配は全くない。あとで知ったことだが自転車も青信号になっているらしい。
それでも、フランスなら歩行者が絶対優先なのだが、オランダは自転車が優位のようだ。
オランダに永く住んでいた人から、自転車にはくれぐれも気をつけるようにと言われてきたことを思い出した。
自分の頭の中では、歩行者>自転車>車 の優先順位と思っていたが、まるで根底からひっくり返されたような、大げさに言えばカルチャーショックを受けた。
こうなるとオランダ王国は、自転車王国に国名を改めるべきだ、と嫌味のひとつも言いたくなる。 -
自転車軍団との抗争はあったが、美術館に向かう途中の風景の中に見出すオランダらしさを楽しみながらがら歩いて行った。
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縦横に張り巡らされている運河は実に多く、運河、街、運河、街のサンドイッチのようだ。
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天気が良ければもっと見栄えがするのだろうが、特徴ある建物が多い。
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やがて美術館が見えてきた。
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手前には運河クルーズの発着場もあったが、この日は強風のためか利用客の姿は見えない。
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橋を渡ると正面に堂々としたアムステルダム国立美術館RIJKSMUSEUMが聳えていた。
17世紀のオランダ絵画を中心に、12世紀から20世紀までの約8000点の作品を所蔵している。 -
予約しておいた入場時間枠は14:45なので、まだ1時間近くも早く、入れまいと思っていたがすんなりと通してくれた。
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自然光を取り入れた巨大な中庭のようなアトリウム。
この下に案内所もあり、中2階にカフェもある。
カフェは大変な行列ができていた。 -
多くのステンドグラスが配された大広間。
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館内では見学者はそれなりに居るが、混み合っているということではない。
ここでは日本人らしき姿と多く遭遇した。
突き当たり正面がレンブラントの『夜警』の展示場所。 -
壁面の展示だけでなく、中央ギャラリーの天井近くにも目を惹くものが多い。
この美術館は10年の修繕期間を費やして2013年か14年にリオープンしているので、内装も相当手を入れたのだろう。 -
まずはこの美術館の看板作品となっているレンブラント(1606-1669年)の『夜警』。
周囲に工事用の台のようなものがあって違和感があるが、展示を続けながら修復作業が行われているのだそうだ。 -
同じくレンブラントの『織物商組合の幹部たち』(1662年)
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こちらはレンブラントが19歳の息子タイタスをフランシスコ会の修道士として描いた作品。(1660年)
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数多くの自画像を残したレンブラントの1661年の作品。
自分自身を使徒パウロになぞらえている。 -
ホテルの部屋に壁絵としてあった、『ユダヤの花嫁』
レンブラント最晩年の作品。(1665-1669年頃)
旧約聖書』の人物であるイサクとリベカとして描かれた可能性が高い、と解釈されている。 -
さて、いよいよフェルメール Johannes Vermeer (1632 - 1675) 。
作品は一画にまとめて展示がされていた。
『牛乳を注ぐ女』(1660年)
作品の素晴らしさは言うまでもないが、召使が牛乳を注いでいる単純作業を絵画の主題にすること自体が斬新だ。 -
『手紙を読む女性』(1663年)
以下は添えられている解説文の要約
「静かでプライベートな瞬間を楽しんでいるこの若い女性は、朝の光の中で手紙を読むことに没頭しています。彼女はまだ青いナイトジャケットを着ています。フェルメールは光の効果を並外れた精度で描き出しました。特に革新的なのは、淡い灰色の女性の肌のレンダリングと、水色を使用した壁の影です。」 -
『恋文』(1669-1670)
説明文は次のとおり。
「フェルメールはこの絵に珍しい見晴らしの良い場所を選んだ。前景の薄暗い空間から、別の部屋を垣間見ることができます。エレガントな服装の女性は、手紙を手渡したばかりの召使いを見上げる。その背後にある壁の海の景色は、書簡の主題をほのめかしているかもしれません。17世紀には、海はしばしば愛と比較され、恋人は船と比較されました。」 -
『小さな通り』として知られるデルフトの民家の眺望。(1658年)
以下、解説要約
「これは普通の家を描いた珍しい作品で、当時としては注目に値する。場所はデルフトのVlamingstraat 40-42です。フェルメールの叔母Ariaentgen Claesは、1645年頃から1670年に亡くなるまで、子供たちと一緒に右側の家に住んでいました。」 -
『ヴァージナルの前に座る女』(1670年頃)
こちらは、ロンドンナショナルギャラリーの所蔵作品で10月10日までの限定展示。 -
こちらも10月10日までの期間限定展示。
『赤い帽子の少女』(1665~1666年頃)
ワシントンナショナルギャラリーの所蔵作品。
キャンバスではなく板に描かれている。 -
レンブラント、フェルメールを見終わったあと、以下は自分が興味を持った作品をいくつか記録しておきたい。
ジェリー・ドゥー Gerrit Dou(1613-1675) 『The Night School』
美術館解説の要約
「暗い部屋の中で校長が影に立つ少年を指を立てて戒めている一方では少女が熱心に教科書を暗誦している。光はすなわち知識としての意味を持っている。」 -
ヤン・スティーン Jan Havicksz Steen(1625-1679)
『陽気な家族 The Merry Family 』(1668年)
親が悪い模範を示したら子供はどうなる?という教訓的な絵画。 -
同じくJan Havicksz Steen の『聖ニコラスの祝日』(1665~1668年頃)
伝統ある祝日に家庭で起きるさまざまな事柄を実に上手く盛り込んでいる。
この作者は寓話を絵で表現することがよほど好きなんだな、と思う。
なんとなく作者のユーモアのある人柄が目に浮かんでくるような気がする。 -
ジュディス・レスター Judith Lester (1609-1660)
リュート奏者を表現している作品『The Serenade セレナード』。
17世紀の女性画家で、女性で初めて画家のギルドに加盟を認められているほどの力量の持ち主。
長い間、その存在を忘られていたが、別人の署名がある作品をルーヴル美術館が購入して、実はレスターの作品であることが判明し、再発見されたという経緯がある。
その生涯も作品もとても興味深いと思うので、今後、研究が進むことを期待している。 -
Willem Bartel van der kool (1768-1836)
『Piano Practice Interrupted』(1813年)
ウイレム・バルテル・ファン・デル・コールはフリジア人の画家。
ふざけている子供達の自然な様子を実に巧みに捉え、まるでスナップショットのように見える。 -
ベルナール・ブロマー Bernard Blommers (1845-1914)
『砂浜で編み物をする少女』(1870~1900年頃)
暖かな砂の上で裸足で日光浴を楽しみながら、少女が靴下を編んでいる。
単純な絵のように見えるが、彼女が編んでいるのは厳格な改革派プロテスタント教会を象徴する黒い靴下。なかなか意味深な一枚。 -
Marie Constantine Bashkirtseff マリー・バシキルツエッフもしくはマリア・コンスタンチノヴァ・バシュキルツェヴァ (1859-1884)
『義妹の肖像』(1881年)
マリー・バシキルツエッフはウクライナで生まれ、ニースとパリで育った。
パリでは女性を受け入れる数少ない画塾の一つアカデミー・ジュリアンで学び、多くの作品を発表している。
この肖像画の制作時期には、フランスの女性運動にも積極的に加わっていたが25歳で結核で亡くなった。
12才の頃からつけていた綿密な日記、モーパッサンとの文通によって作家としても知られている。 -
ヤン・ヴェルカーデ Jan Verkade (1868-1946)
『Memory』(1893年)
以下、解説文の要約
「ヤン・ヴェルカーデはゴーギャンを中心としたブルターニュのナビ派に属していた。ナビ派は伝統的な生活上の主題を好んで取り上げ、カラフルで様式化されたスタイルの表現で作品を制作した。その後、ヴェルカーデはイタリアで3年間暮らした。15世紀イタリア絵画とブルターニュの思い出からこのブルターニュの聖母は生まれた。」 -
最後に、オランダを代表する画家として忘れてはならないゴッホの自画像。
1886年にパリに移ったゴッホは弟テオからフランス絵画の新しい潮流について聞いた後、自画像で試作をしてみた。
自分を描いたのはモデルを雇う金を節約するためで、ここでは自分をファッショナブルに着飾ったパリジャンのように描いている。
まさにオランダ時代の静謐な画風から大転換した一作ではなかろうか。
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この旅行記へのコメント (2)
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- sakatomoさん 2023/09/28 19:38:38
- 懐かしの「夜警」!
- ばねおさん こんばんは
いつもありがとうございます。
約10年ほど前、アムステルダム美術間に行きました。
久しぶりの「夜警」「牛乳を注ぐ女」との再開です。ありがとうございます。
「夜警」の大きさにびっくりしたことを思い出します。
丁度、ハーグで核セキュリティサミットがあり、「夜警」の前で
米蘭首脳会談が行われていました。(大型ディスプレイで)
当時のオバマ大統領がヘリコプターで美術館前庭からハーグへ飛び立つ前に
前庭を後にしたことを今でもかみさんと娘から責められます。(笑)
なお、午後から通常に開館し美術館を堪能することができました。
これからもよろしくお願いします。
どこに行っても訪日客の多さにビックリです。(笑)
4トラの更新を楽しみにしています。
sakatomo
- ばねおさん からの返信 2023/09/29 03:08:41
- Re: 懐かしの「夜警」!
- sakatomoさん こんばんは
10年ほど前にそんな出来事があったんですか。
オバマ大統領とオランダとの首脳会談がレンブラントの大作の前で行われたというのは面白いですね。
もしかしたら「セキュリティ」サミットだから「夜警」に掛け合わせたのでしょうか?
それにしても貴重な、そして少々惜しかった思い出ですね。
奥様と娘さんにはオバマ大統領の出発部分は早く忘れてほしいところでしょうが、こうしたことがあったからこそ一層鮮明に憶えているということになるのかも知れません。
訪日客の多さは円安が最大の原因でしょうが、日本はいつまで世界に対してバーゲンセールを行うのでしょうね。海外に居ると通貨安を肌身に染みて感じます。
それでは、また。
ありがとうございました。
ばねお
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