2023/07/22 - 2023/08/01
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Weiwojingさん
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今年の夏も昨年に引き続いて北海道を旅してみた。今回は北西部の縦断旅行を試みた。昨年は、利尻島、礼文島、稚内、名寄といった北東部から白老、札幌、函館を回って来たが、今年は全く訪れたことがない太平洋岸からオホーツク海方面へ出かけてみたいと思った。
北海道内の移動は全て鉄道である。前もって出発地の釧路から帰路の新千歳空港まで通して切符を購入しておいた。全期間うまく利用できたが、若干変更を余儀なくされたところもあった。しかし、大したことはなかった。
先ずは、釧路と根室の報告であるが、どちらも初めてのところであったので、事前にいろいろ調べておいた。
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釧路空港から釧路駅に着いた。中央がJR釧路駅である。3時過ぎの到着であったが、先ずはホテルへ直行した。ホテルは駅から歩いて数分のところにあった。
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駅を出て驚いた。大きなクリーム色の教会が駅のそばにあるではないか。こんなところに教会があるのかと思ったが、しかし、よく見るとそれは教会ではなく、キリスト教式結婚式場のようであった。
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駅前にはもう一つ気になるものがあった。駅前広場に一本の大きな木(イチイ)があり、そのわきに「風雪の樹」と記された石碑がある。
一体何なのか調べてみると、これは1972年(昭和47)に鉄道管理局が日本での鉄道開通(1872 / 明治5年、新橋ー横浜間で開通)100周年と釧路市制50周年を記念して植えられたそうである。 -
駅構内にあるインフオーメションセンターでラーメンの美味しい店を教えてもらった。ホテルに荷物を預け、その足で出掛けたが、4時が閉店ということで、何とか間に合った。
この店はミシェランガイドに載っているそうで、外国人の客の方が多かった。しかもカウンターだけの小さな店である。 -
「魚醬ラーメン」というのを注文した。しつこくなく、ちょうど良い味であった。
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駅の近くに釧路図書館があり、ほぼビル全館が図書館の施設のようであった。釧路文学館も併設されていて、石川啄木を始めこの地に関わりのある文学者の事績を知り、多くのことを学ぶことができた。
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街中にこのようなビルがあり、入り口にはゴジラそして上の方には何とあの「考える人」があるではないか。
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上の方を見上げると、ロダンの「考える人」を模した彫像があった。どことなく異なるようなきがするが、しばし、見上げてしまった。顔つきが日本人風だ。
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街中では歩道とはいわずどこで草花が咲き乱れ、短い夏を謳歌しているようだあった。ただ、紫陽花がまだ結構咲いているが、本州と比べると、1か月以上遅いような気がする。
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街をぶらぶら歩いていると、釧路川に出て、遠くに港が見えた。港には大型船が停泊していて、出来れば明日はこの辺りへ行ってみたいと思った。
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昨日見た大型船は自衛隊の第一補給隊摩周艦という補給艦で、一般公開しているようであった。時間もあったので、見学してみることにした。
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艦内をぐるぐる見て回り、甲板に出ると、想像以上に大きな船であったのには驚いた。
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艦内には大型重機もたくさん積まれ、こんな大型船には乗ったことがないので驚くばかりであった。
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ここは医務室で、左側の奥の方にもさらにベッドが置かれているようだった。
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このロープは何に使うのだろうか。
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昼食時にあるレストランに入った。ちょうど目の前に釧路川を挟んでMOO (フィシャーマンズワーフ) が見え、しばしここでぼーとなって景色を眺めていた。
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ランチに注文したのは、サバを主体に野菜や肉などが盛られた定食で、ボリームがあり、小生には多すぎるほどであった。
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その上に最後にデザートとしてわらび餅が出て、コーヒーを飲んで締めくくた。
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小樽は石川啄木と関わりのある地であるが、いたるところに彼の記念碑や歌碑が建っている。観光案内書でもらつた啄木案内書には市内に25カ所ほどの歌碑があるそうだ。
この建物は啄木が釧路で記者をしていた時の旧釧路新聞社を復元したもので、もともとは1908年(明治41)にこの地に建てられたそうである。今は「港文館」という名前で、啄木に関する情報を発信している。 -
啄木は結局釧路には76日間しかいなかったが、この釧路新聞社で働き、多くの短歌を残している。釧路市内には彼の短歌が記された25程の歌碑があるそうだが、全部を見るのは難しい。いくつか見るにとどめた。
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中は1階が喫茶店風な感じの場所で、休憩したり、お茶を飲んだりできるようになっている。
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2階が資料室で、啄木や彼を巡る様々な人々、啄木時代の釧路の様子など、詳しく紹介されている。これまで見たことがないような資料や写真などもあり、興味深いものがあった。
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外に出ると、石川啄木の立像があった。彼が北海道を転々と放浪し、釧路にも滞在していたことは知っていたが、この地に大きな足跡を残していたとはあまり知らなかった。
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遠くどこかを見つめているような姿をしているが、どこを見ていたのであろうか。
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市内各所に啄木が釧路で作った短歌が紹介されている。
吸うごとに
鼻がぴたりと凍りつく
寒い空気を吸いたくなりぬ -
十年まえに作りしといふ漢詩に
酔へば唱へき
旅に老いし友 -
三味線の弦のきれしを
火事のごと騒ぐ子ありき
大雪の夜に -
浪陶沙
ながくも声をふるはせて
うたふごとき旅なりしか -
あわれかの国のはてにて
酒のみき
かなしみの滓を啜るごとくに -
三味線の弦のきれしを
火事のごと騒ぐ子ありき
大雪の日に -
さいはての駅に下り立ち
雪あかり
さびしき町にあゆみ入りにき
これは小生の好きな啄木の短歌である。彼が初めて釧路の駅に降り立った時の作品である。 -
ふと歩道に目をやると、啄木の歌が記されたタイルがあった。釧路の街はどこへ行っても啄木の歌や銅像があふれている。啄木ファンにはうれしい限りである。
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釧路は正に坂の街とも言えそうなところで、高低差の多い東部地区には坂道マニアで有名なタモリさんが好みそうな味わい深い坂がいくつもある。
この「出世坂」も長い階段が続き、上り下りが大変でやっと上まで登っていくことが出来た。 -
この周辺には、相生坂、舟見坂、武富私道、仏舎利通、月見坂、ひぶみ坂などがある。一つひとつ歩いてみたかったが、体力的に大変なので断念した。
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「道立釧路芸術館」にも寄ってみた。
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レンガ造りの建物が目を引いた。
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北海道にはロシア正教会の教会が各地にあり、ここ小樽にもあるようだったので、「小樽ハリストス教会」を訪ねてみた。
小樽郊外の小さな丘の上にその教会があった。 -
正教会特有の玉ねぎ型のドームの屋根があり、白い壁と共に独特な姿をしている。幸いにして、教会の司祭さんがおられたので、内部の見学をお願いしたところ、快く見させていただいた。
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教会内を見させていただいた。正教会はプロテスタントともカトリックともかなり異なり、装飾が見事なほど華やかである。正面が祭壇なっていて、たくさんの聖画やイコンが飾られている。
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正教会の偉人や聖母マリアのイコンが置かれている。
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この教会には山下りんが描いたイコンが2つある。これは聖母マリアと幼子イエス・キリストを描いたものである。
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もう一枚はイエス・キリストがヨハネから洗礼を受けている画面である。山下りん(1857~1399 / 安政4~昭和14)は茨城県笠間の出身で、若き日にロシアのぺテルスブルグに留学し、ここでイコンの制作を学び、帰国後日本各地のロシア正教会にイコンを描いた女性である。
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小樽ではロシア正教会以外にもいくつもの教会が目に付いた。ここは日本基督教団釧路教会である。この日はあいにく中に入ることは出来なかった。
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カトリック教会もあり、中を見させていただいた。
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釧路川から見る夕日が素晴らしいと聞いていたのでぜひ見てみたいと思った。まだ時間がありそうなので、付近をぶらぶら歩いてみた。
この橋は幣舞橋(ぬさまいばし)で、この辺りから見る夕日は最高とのことで、すでに多くの人がカメラを手に欄干のところで待機している姿が見えた。 -
少し時間があるようだったので、MOO(フィシャーマンズワー)を覗いてみた。開店前の炉端焼きの店があり、店の従業員が忙しそうに働いている。ここには何十というテーブルが並び、正に壮観であった。
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だんだん夕暮れが迫って来て、太陽が沈み始めた。
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あっという間に夕陽が幣舞橋の上に現れた。「四季の像」(春、夏、秋、冬)のうちの2つの像のモニュメントの間に挟まれるようにして現われた。
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夕陽を背景にした「四季の像」のひとつ「夏」の像が浮かび上がった。
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港の沖合には漁船がこれから出航していくのだろうか、明かりを灯して移動しているのが見られた。
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この日は正に素晴らしかった。真っ赤な夕陽を背景に幣舞橋が浮かび上がり、ドラマティクな景観を見せてくれた。
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すっかり暗くなった。最後にもう一度、像とMOO( フィシャーマンズワーフ)を撮ってみた。
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左側に幣舞橋、右側にMOO(フィシャーマンズワーフ)がライトアップされて、美しい景観が広がっていた。
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この辺りは夕陽スポットエリアで、中央に幣舞橋そして右側橋のたもとに旧日本銀行釧路支店の建物が見える。
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2日後、釧路を後にして、花咲線を利用して根室に向かった。釧路駅には”Have a nice train!”と書かれたポスターがあったが、本来なら”Have a nice trip." とでも言うべきところだが、「花咲線の列車に乗って楽しんでください」というところなのだろうか。
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車体に「花咲線」と書かれた列車がホームに入ってきた。この列車で根室へ向かうのである。
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花咲線は単線で、しばらくは住宅地の間を縫うようにして進んで行った。
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しばらくすると、小さな駅が続き、おもちゃの家のような駅舎があった。正直なところ駅舎というよりは待合室だけの小さなスペースがあるだけであった。
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ここにも小さな駅舎があったが、人の姿はなく、静かに通り過ぎて行った。
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2時間ほどで終着駅根室に着いた。根室駅前に黄色い郵便ポストがあったが、この色のポストは初めて見た。
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駅前には古そうな民家があり、日用品を売っているようであったが、中に入ると建物はかなり古そうである。こういう建物が街を歩いていると、いくつか見かけた。
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昼食をとりたいと思い、駅前をうろうろしたが、あまりそれらしき店がなく、仕方なくラーメン店に入った。目に付いたカレーラーメンなるものを注文したが、あまり美味しいとは言えなかった。
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根室で宿泊したのは「イーストハーバーホテル」で、根室ではかなり大きなホテルのようである。駅から歩いて5分くらいで、それほど遠いというほどではなかった。
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街中の標識を見ていると、面白いことに気が付いた。行き先を示す文字が日本語、英語プラスロシア語であった。地理的には非常に近いのでさもありなんと思うが、そんな近いとは感じられなかった。
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「大徳寺」という寺が木立に隠れるようにして建っていた。
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偶然「ときわ台公園」に出た。公園の由来が書かれた立看板がある。
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公園自体はそんなに広くはない。
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ロシアとの関わりを示す記念碑が建っているが、よくわからない。近くにいたロシア人に聞いたが、言葉がほとんど通じない。
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公園の一隅に「根室女工節歌碑」という石碑がある。しばし時間をかけて読んでみた。
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こんな中学生くらいの子供たちが北海道各地から働きに来ていたのだろうか。彼女たちの仕事の合間に歌い、慰められた歌が紹介されている。
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「根室女工節」の歌詞があり、この前に立つと歌が聞こえてくる。
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公園の右側にまっすぐ伸びる直線道路があり、その先端部分に教会らしきものが見える。そこまで行ってみることにした。
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この教会が先ほど遠くから見えた教会で、「根室キリスト教会」(日本バプテイスト同盟)と名前が出ていた。この教会は1886年(明治19)創立ということで、歴史のある教会である。
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庭先に小さな実を付けた木があり、真っ赤に熟していた。
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教会の入り口のドアがちょっと珍しく思われたので、写真を撮らせていただいた。
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大きなカトリック教会もあり、建物が立派である。
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十字架の上にカモメが止まっていた。そういえば、しきりにたくさんのカモメが飛んでいて、この辺りが海に近いのだと実感させられた。
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教会のそばにはこんな古い民家があり、人は住んでいないのかと思ったが、カーテンが引かれ、それなりに手入れされているようであった。
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何だか不思議な樹木が生えていた。枯れてしまったのかと思ったが、そうではなさそうである。
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街を歩いて驚いた。家並みが続くこの通リにはたくさん商店が軒を連ねていながら、開いている店が一軒もなく、歩いている人も全くいなかった。何だか白昼夢を見ているようだった。
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一軒だけ店を開いているところがあった。古本屋である。こんなところに古本屋があるとは意外であった。しかし、店内で本を物色していると、何人もの人が訪れていて、自分を含めて物好きな人もいるのだなぁと感心してしまった。
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「礁氷」という文字が壁面に見えるが、ここは日本酒を作る酒蔵なのだろうか。
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隣にもう一つ大きな酒蔵があり、ここには「カ」という文字が見える。これらは「北の勝」という清酒を作る工場であった。1887年(明治20)創業の由緒ある銘柄ということであった。
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夕方いったんホテルに戻り、その後夕食をとりに街へ出た。根室には「エスカロップ」という名物(ローカル・フード)があるというので、ニューモンブランという店に入ってみた。
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これが「エスカロップ」で、周りの客もこれを注文しているようであった。
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翌日は半日バスツアーで出掛けてみた。
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白鳥が飛来するという風連湖のほとりに出たが、この時期は白鳥はいない。
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美しい花がたくさん咲き乱れている。
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これは何の花か。ポピーだろうか。
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木立の中を歩き、海の見えるところまで進んでみた。
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巨大なシダ類が生い茂つている。人の手が入っていないのだろうか。
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「根室市春国原生野鳥公園ネイチャーセンター」をしばし見学した。
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「北海道立北方四島交流センター」に立ち寄った。
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内部は大変立派で、展示物もたくさんあったが、残念なことは見学者が非常に少ないということであった。
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ロシア文化ルーム
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日本文化ルーム
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ロシア語で「トイレはきれいに使いましょう!」と書かれているが、さすがに北方四島交流センタ―だけある。
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3日間の滞在を終え、再度花咲線に乗り、釧路へ戻った。
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こんな表示がある。「日本最東端有人の駅」と書かれているが、根室駅が日本最東端の有人駅とは驚いた。
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「最東端東根室到着証明書」なるものをいただいた。
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上記の証明書の裏側。
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もう一つこういう証明書もいただいた。
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列車の内部。乗客を見渡すと、地元の人が30%そして残りの人は観光客といつた具合である。
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線路はどこまでも一直線で、変化は乏しいが、太平洋を真近に見ながらの移動も退屈しない。
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このような風景を2時間程見ながら釧路駅に到着した。次の移動は網走までである。
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この旅行記へのコメント (1)
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- gontaさん 2023/11/02 11:09:27
- 「北海道立北方四島交流センター」
- 父ちゃん訪問時5/15は1時間弱ほど独りでしたね、、戻るとき大型観光バスが到着、一人のご婦人だけ降りて来られました、この方も貸し切りですね。
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