2023/08/01 - 2023/08/01
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ハイペリオンさん
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親父の一周忌があったので、大阪へ行って
きた。
その際、心霊スポットとして有名な奈良の
廃宗教施設、白高大神を訪れた。
心霊スポット、肝だめしスポットとして有
名な場所らしいが、草木も眠る丑三ツ時に
むっくり起きて、広大な霊園の中をジョギ
ングしているような人間なので、霊感とか
にはとんと無頓着。真っ昼間ということも
あって特に怖いところではなかった。
そもそも人間の見る能力は、視力に違いは
あるものの同じもので、Aさんには見えな
いものが、Bさんには見えるなどというこ
とはあり得ない。誰もいないところを指し
てBさんが「あそこに女の人が立っている」
と主張したとしても、それはBさんの脳の
中で誤作動が起き、勝手に像を作り出して
いるにすぎない。
しかしまあ、霊が見えるということにして
おけば、何かと役に立つこともあるだろう
から、そういうことにしているんだろう。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- ANAグループ 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- 楽天トラベル
-
近鉄奈良線学園前駅。
学園というのは進学校として名高い
東大寺学園のことだと思っていたが、
帝塚山学院のことだった。
ここから若草台というところを通る
バスに乗る。 -
若草台到着。
住宅の端っこにある停留所だった。 -
住宅地に背を向け、軽トラ一台がや
っと通ることのできるような狭い道
を小さな丘を目指して歩く。 -
あのこんもりとした森のあたりだろうか。
真夏だから当然だが、それにしても暑い。
汗がダラダラ流れる。
しかし、蒸し暑さを少しは和らげてくれ
そうなのどかな田園風景である。 -
森の中に鳥居が見えた。どうやらあそこ
のようだ。当然周囲に街灯はないから、
夜に来たらやっぱり不気味かもしれない。 -
鳥居の手前には完全に崩壊した家屋が。
戦前の宗教施設だから、築80年は経過
しているだろう。誰もいなくなれば崩
壊も致し方なし。 -
鳥居の真ん中に「白高大神(しらたかお
おかみ)」の文字が見える。
しかし、その下にあるスズメバチの巣が
怖い。
スズメバチに気付かれないように大きく
迂回して鳥居の向こうに出た。 -
「玉姫教會 中井シゲノ」の文字が彫ら
れている。
「ノ」の文字が映っていないが、中井シ
ゲノという人物がここ、白高大神という
宗教施設の代表者だった。 -
その下には寄進者と思われる人たちの名前
が彫られていた。すべて中国人だった。 -
とりあえず舗装されてはいる細い道を行く。
小径の端は崩れ、手すりも歪んでいて、崩
壊寸前の趣。 -
赤い簡素な鳥居がある。
-
「八永○神」の文字。
3文字目がわからない。 -
「神理教瀧川行場」の文字。
神理教は江戸末期に九州に興った神道系の
宗教団体である。なぜその名を冠したもの
がここにあるのか。 -
石段の隣に廃屋がある。
-
六畳一間程度の広さだが、そんなに古
い感じでもない。 -
内部はしっちゃかめっちゃかだが、
まるで昭和の安アパートのよう。
ブラウン管のテレビは白黒だろうか。
中井シゲノ本人が生活していたのか、
それとも教団の関係者が住んでいたのか。 -
鳥居の奥には石が祀られていた。
-
真ん中には瀧川古女郎大明神と彫ら
れている。 -
いくつかの鳥居をくぐった先に少し
広い場所があり、小さな小屋があった。 -
小屋の中にはここに祀られていると
思われる神様が羅列されていた。
少し調べたが、いずれも『記・紀』
に登場する古い神様ばかりだった。 -
真ん中には何の変哲もない石が置か
れていた。
これが御神体なのか。
手前には酒が供えられている。それ
ほど古い感じではないから、今もこ
こへお参りに訪れる人はいるようだ。 -
またまたここにも様々な神様の名が
彫られた石があった。
「義経大神」というのもあった。 -
教親社と彫られた石の後ろに祠。
これも神道系の団体だろうか。 -
その先を細い道なりに歩くと再び
石の鳥居が現れ、横穴が開いていた。 -
鳥居の前にはまたまた神様たちの
石碑が。 -
横穴の奥には台が据えられ、上には
「鎮魂」の文字があった。
ここにもお酒が供えられていた。
ここの神さまはかなりの酒好きのよ
うだ。 -
そしてここで行き止まりになっていて、
その奥からはおしっこのように水が落
ちていた。 -
さて、この白高大神を創建した中井シ
ゲノとはそもそも何者なのか。
彼女は1903年に生まれ、1991年まで
生きた巫女である。
大叔母のヤエに育てられたのだが、ヤ
エがオダイで、彼女の行動をそばで見
ているうちに中井シゲノもやがて神が
かり的な能力を身に付けたという。
ちなみにオダイとは、神に憑依され、
神のお告げを語る者である。 -
結婚して子供も授かった中井シゲノ
だったが、ある時子供の足が目に当
たり視力を失うという事故に遭う。
子供の足が当たったくらいで目が見
えなくなるのか、よくわからないが、
視力を失ったことによって、霊力に
磨きがかかり、霊場滝寺(生駒山大
乗滝寺か?)で修業を行う。
修行を始めて10か月がたった時、
突如両手を天にかざし「白高(しら
たか)!」と絶叫した。 -
修行中、中井シゲノは白いキツネを
見るようになり、自らを白キツネの
憑依とした。
シゲノは夢で見た神社を探しに大阪
へ出た。そこで夢とそっくりな神社
だったのが、天王寺区にある安居
(やすい)神社である。
奇しくも真田幸村が戦死した場所で
ある。
ここにあった玉姫社という祠が祀る
氏子もないということで宮司から譲
り受けた。玉姫教会の始まりである。 -
大阪に移住し、宗教活動を始め
てから、中井シゲノの下に集ま
る人が急増した。
相談者が抱える問題点の指摘が
的を射ており、口コミでどんど
ん人がやって来たようだ。
相談者は周辺の料亭の女将から
政治家、官僚、会社経営者と社
会的地位の高い者にまで及んだ。
入り口の鳥居の裏に彫られてい
た中国人たちもそのような人た
ちだったのだろう。
彼女はどんな人とも分け隔てな
く面談し、悩みを聞いた。そし
て、彼女に共感する人たちが集
まり、やがて玉姫教会となった。 -
ある人の抱える悩みや現状をピタ
リと当てる人というのは、そんな
に珍しくない。
テレビで「今夜占ってみました」
に出演するようなのは、スタッフ
が調べ上げたものをしゃべってい
るにすぎないが、初めて会った人
の現状を当てる人というのはいる
ものである。
若いころ親しかった女性で、自分
のことや両親のことを診てもらお
うと訪ねた占い師が、両親のこと
とかをズバズバ言い当てるので驚
いたと言っていた。さらに、彼女
の人間関係から、ぼくのことまで
出てきたといっていた。「大学を
出たのにドロップアウトしてバッ
クパッカーみたいなことをしてい
ますね」と言い当てたらしい。そ
の通りだったので、苦笑いするほ
かなかった。 -
作家の村上春樹は一時期占いに凝り、
タロットカードを自分なりにアレン
ジをして占っていたが、それがよく
当たったそうだ。ただ、彼自身はそ
れを霊的なものや透視術のようなも
のではなく「勘の鋭いもの」だろう
としていた。
おそらく、中井シゲノの場合も白キ
ツネの霊的な予言というようなもの
ではなく、村上春樹の言う勘のよう
なものなのだろう。
世の中にはいろいろなものを見て、
予言や占いめいたことをする人たち
がいる。
生年月日や星座、姓名、中には人の
書いた字をみてその人の家族構成を
言い当てるような人もいる。
クラブやスナックのママが客の年収
や人となりがわかるのと同じような
ものだ。
それらは霊などという得体のしれな
いものではなく、統計学や経験則で
あったり、勘の鋭いものではないの
だろうか。 -
オダイと呼ばれる人は多くいたが、
中井シゲノはその中でも頭抜けた
存在で、誰もがその実力を認める
人物だった。
戦争中も信者が増え続け、1948年
には伏見稲荷神社より伏見稲荷大
社天王寺支部の肩書が与えられた。 -
信者が増え続けても中井シゲノは特に
野心を持つこともなく、信者と共に滝
寺やここ白高大神で修業に励んだ。
普通の新興宗教ならば、このあたりで
教義を体系化し、勧誘活動で信者を増
やしお布施集めに熱心になるところだ
が、玉姫教会は一切そのようなことを
行なわなかった。おそらく取り巻きに
そのような俗的なことに長けた人物が
いなかったのだろう。
同じようにオダイから身を興し、かな
りの規模の宗教集団を作り上げたのが
同じ奈良にある天理教である。
天理教は中山みきの死後も発展を続け
たが、玉姫教会は中井シゲノが1991年
に亡くなると、霊力を失うように退潮
していった。有力な後継者を養成しよ
うとしなかったこともあるのだろう。
中井シゲノの生き方は潔いし、宗教
者としてのあるべき姿を感じさせる。
現在は当時の関係者たちによって崩壊
しない程度に整備され、何とか守られ
ている状態となっている。
遊び半分で肝だめしに来て騒ぐ場所で
はない。 -
暑い中、汗をダラダラ流して近鉄奈良線の
駅まで戻り、南海なんば駅までやって来た。
帰りの飛行機まで数時間あるので、新世界
をぶらぶらしてめし食って空港に向かうつ
もり。 -
なんばから一駅の新今宮で降り、
ガード下をくぐった。
昔は浮浪者が立ちションをするから、
小便臭くて、さらにゴミが散らばって
いて、どうしようもない場所だった。
昔勤めていた会社の前を通り(恥)、
少し行くと通天閣が見えてきた。
あの会社、まだ続いていたんだな。
友達に会社の場所をいうと「えらい
ところにあるなあ」とあきれられた。
昔の新世界は普通の人が寄り付かな
い場所だったのだ。 -
新世界の入り口。
周囲には安ホテルがあり、中国語を
話す旅行者がうろうろしていた。 -
そういえば、今日は天神祭りの日だった。
大阪の天神祭りというのもよくわか
らない祭りではある。
神輿が出て、川に浮かべた船を燃や
したりと、何のための祭りなのだろ
うか。 -
これは布団太鼓(ふとんだいこ)という
やつか? -
なぜか射的屋がいくつもあって、観光
客でにぎわっていた。
「実弾禁止」て・・・そらそやろ。 -
目についた串カツ屋に入ることにした。
店員はベトナム人だった。 -
串揚げを数本注文。
やっぱり牛串カツはうまいね。
串カツ用のソースはプラスチックの容器
のを自分でかけるスタイル。
大阪の串カツ屋がテレビに出ると必ず2
度浸けしようとする客に「あああ、お客
さんソースは1回だけで!」とお約束の
シーンがあるが、ここではそれはない。 -
〆はとんぺい焼き。
戦後すぐの貧しいころの食べ物で、豚肉
をたまごで包んだ、豚肉のオムレツのよ
うなもの。うまい。 -
射的屋やゲーム屋台があり、B級グルメ
レベルの食べ物屋が密集している縁日み
たいな雰囲気が、外国人観光客、とくに
アジア系外国人との親和性が高いのだろ
う。現在の繁栄がわかる気がする。
いい時間になったので、南海電車に乗っ
て関西空港へ向かった。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- yamayuri2001さん 2023/08/29 09:51:27
- 宗教・・・
- ハイペリオンさん、こんにちは。
自分では絶対に行けそうにないところに、
ハイペリオンさんはいつも行かれるので、興味があるんです。
今回行かれたところは、関東地方ではなくて関西だということで、
お墓参りに行かれたのですね。
お父様が亡くなって一年・・・
きっと 寂しい一年だった事とお察しします。
道々、本当に朽ち果てそうなところですが、
ハイペリオンさん以外に 歩く人は居なかったのではないでしょうか?
さまざまな形の宗教があるのだなと、この旅行記から知りました。
そして、人生ってどうやって決まるのかなと考えました。
最後の 大阪グルメの締めくくり!
どれも美味しそうですね。
やっぱり食い倒れの街ですよね。
yamayuri2001
- ハイペリオンさん からの返信 2023/08/29 13:26:03
- そろそろ大阪へ帰る予定です
- こんにちは。毎日暑くて嫌になりますね。
先週ハワイへ行っていた人が帰って来まし
て、「向こうの方が涼しい」と言っていま
した。そういえば、yamayuriさんが愛する
マウイが大変なことになりましたね。風が
強いのもあったのでしょうが、戦争でもな
いのに、広範囲に焼野原になってしまう光
景を初めて見ました。亡くなられた方には
お悔やみ申し上げたい思いです。
親父はもう90を過ぎていまして、日に日に
弱っていく感じで、「今年はもうダメだろ
う」と言われながら数年生きたので、死ん
だと聞いたときは「とうとう死んだか」と
いう感じでした。素っ気なくい感じですが、
男ですから、こんな感じではないでしょう
か。母親だとまた違うでしょうけれど。
そんなわけで、土地の相続等もあるので、
今年中に大阪へ戻ることにしました。ただ
今ゴミ屋敷を絶賛断捨離中です。
では失礼いたします。
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