2023/07/10 - 2023/07/10
1177位(同エリア1655件中)
junさん
今回は静岡市内、静岡駅周辺の史跡、戦跡散策でした。
まず、話題の駿府城です。駅前なので行き易いです。
高低差も無いまったくの平城なので、散策には助かります。
続いて、新静岡駅から静岡清水線で柚木駅。
静岡護国神社の戦跡を散策しました。
写真にはGPS情報を入れていますので、参考にしてください。
表紙写真は、駿府城本丸跡の「徳川家康公之像」です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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スタートは静岡駅前の「くれたけインプレミアム」です。
くれたけインプレミアム静岡駅前 宿・ホテル
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静岡駅に近い、駿府城の巽櫓です。
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府中弥次喜多の像。
弥次喜多銅像 名所・史跡
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二の丸橋。
濠の外側は静岡県庁です。 -
傾いた石碑があったので、なにかと見たら、「行幸御野立跡」でした。
1930年(昭和五年)に、昭和天皇が歩兵第34連隊を閲兵した際の御野立所、とのことです。 -
近くに「東照公御遺訓」の碑があります。
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発掘調査中の天守台跡です。
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本丸掘です。
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銀座の柳。最近のようです。
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見つけました。
歩兵第34連隊跡の碑です。
場所がわからず、感で見つけました。
後の人にわかりやすいように、この写真にはGPS情報を入れています。 -
この碑には、軍神橘中佐と記載されています。
軍歌の歌詞ですね。
「遼陽(りょうよう)城頭(じょうとう)夜は闌(た)けて 有明月(ありあけづき)の影すごく 霧立ちこむる高梁(こうりょう)の 中なる塹壕声絶えて 目醒(めざ)め勝(が)ちなる敵兵の 胆(きも)驚かす秋の風 ・・・」 -
三つ並んでいる一番右の碑は、ほぼ読めないです。
ただ、明治三十〇年七月八日、〇行啓〇駿府城〇とあるので、皇太子等の皇族が来られた記念碑のようです。 -
これも本丸掘です。
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東御門です。
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巽櫓です。
左は静岡県庁。 -
駿府城から東南へ、徒歩数分で新静岡駅です。
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静岡清水線で、4駅目、柚木駅に向かいます。
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柚木駅。
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静岡県護国神社です。
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参道を歩いて、ふと、右の林の中を見たら、歩兵第118連隊(サイパン島)の慰霊碑がありました。
案内板、地図も無かったのですが、私の慰霊碑探索は上達しました。 -
独立歩兵第13連隊(泉5316部隊、レイテ島)の慰霊碑です。
歩兵第13連隊とは異なります。 -
二の鳥居から拝殿です。
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独立歩兵第164大隊の碑です。
フィリピンに派遣されました。 -
これはノモンハン事件の慰霊碑です。
ノモンハン(現中国)には静岡の部隊は派遣されていないと思いますが、
ここに慰霊があるのは驚きです。 -
ノモンハン事件慰霊碑
元第23師団参謀陸軍大佐鈴木善康書、とあります。
戦後、私は彼と文通していました。ここで会えるとは。 -
満州第574部隊(歩兵第38連隊、グアム島)の碑です。
38連隊は、奈良、静岡等の出身兵士からなっていました。
横井庄一さんも同連隊です。 -
内匠部隊(第100師団独立歩兵第166大隊など、ミンダナオ島)の慰霊碑です。
部隊長名(内匠豊中佐)での碑とは、よほど慕われていたのでしょう。 -
この銅像については調べましたがよくわかりません。
工学士市川紀元二銅像とあります。
明治41年に東京帝国大学に設置したものを昭和33年に、この神社に移したようです。
日露戦争で活躍した奥保鞏元帥の名前もあります。 -
これも駿府城にあった歩兵第34連隊傍の神社鳥居をここに移したとのことです。
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最後は浜松により、鰻弁当を食べて、今回は終了です。
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