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江戸時代まで「伊予の国」と呼ばれた愛媛県は、江戸時代に入ってからは8つの藩から構成されていました。現在の宇和島市を含む、宇和島市周辺は宇和島藩として1614年より伊達家が藩を統治していました。<br /><br />伊達家と言えば、仙台や陸奥に拠点を置いているイメージが強いのですが、全国を統治する上での入り組んだ政治が関係しているのか、当初徳川家から宇和島群の石高を与えられていた富田家に代り、仙台藩主だった伊達政宗の庶長子(しょちょうし:側室等の正室でない女性から生まれた長男)である伊達秀宗が二代将軍徳川秀忠より伊予宇和島10万石を与えられ、伊達家による統治が明治の廃藩置県まで9代続きました。<br /><br />伊達家の本城だった宇和島城は、江戸時代以前から現存する12の天守のうちのひとつに数えられ、希少価値があります。特急列車を利用すれば、松山から宇和島までは1時間半位の乗車時間と知り、松山観光のついでに宇和島まで行ってきました。

現存する12天守のひとつ、宇和島城を訪問

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2021/12/30 - 2021/12/30

85位(同エリア380件中)

旅行記グループ 四国観光

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Antonio

Antonioさん

江戸時代まで「伊予の国」と呼ばれた愛媛県は、江戸時代に入ってからは8つの藩から構成されていました。現在の宇和島市を含む、宇和島市周辺は宇和島藩として1614年より伊達家が藩を統治していました。

伊達家と言えば、仙台や陸奥に拠点を置いているイメージが強いのですが、全国を統治する上での入り組んだ政治が関係しているのか、当初徳川家から宇和島群の石高を与えられていた富田家に代り、仙台藩主だった伊達政宗の庶長子(しょちょうし:側室等の正室でない女性から生まれた長男)である伊達秀宗が二代将軍徳川秀忠より伊予宇和島10万石を与えられ、伊達家による統治が明治の廃藩置県まで9代続きました。

伊達家の本城だった宇和島城は、江戸時代以前から現存する12の天守のうちのひとつに数えられ、希少価値があります。特急列車を利用すれば、松山から宇和島までは1時間半位の乗車時間と知り、松山観光のついでに宇和島まで行ってきました。

旅行の満足度
4.5

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