2023/04/16 - 2023/04/16
41位(同エリア667件中)
松本伸雄さん
黒田氏が着工し、細川氏により完成。
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中津大神宮から入ります。
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中津城と二重櫓。天正16年黒田孝高(官兵衛)が着工したが、領内の反乱や朝鮮出兵などで未完成のまま10年が過ぎた。
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模擬天守(奥平家歴史資料館)。関ヶ原の戦い後、黒田氏に代わって細川忠興が入封し、小倉城と並行して中津城の大修築も開始した。
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続100名城の看板。中津城の完成後は、家督と小倉城を三男忠利に譲って自らは中津城ヘ移り、隠居城としました。
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来た道を天守から。
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中津川。小祝橋。
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大分地方検察庁。
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丸いプールの上の繁みが福澤諭吉旧居です。
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中津川河口の先、周防灘まで一望出来ます。北門橋。
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二重櫓。
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旧城主奥平氏の子孫が1964年に建造した模擬五重天守。
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今は干潮ですが、満潮になるとお堀の水が増えます。
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お祭りの屋台の車輪が割れないように沈めてあります。
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丸い輪が見えます。
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サギが獲物を狙って動きません。
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石垣の下に犬走りが見えてます。
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城と黒田夫妻。
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左側細川氏、右側黒田氏。新しい細川氏時代の石垣が丸みを帯びた自然石で、逆に黒田氏時代の石垣は四角く加工された石が多く使用されている。これは、黒田氏が川上にある古代の神籠石列石の遺跡から四角く加工した神籠石を持ち出し、石垣として使用したためです。
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中津城に天守が存在したかは不明です。模擬天守は、萩城天守を参考にして作られました。
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城内には22基の櫓が築かれたが、天守は築かれなかった。
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黒田官兵衛孝高と正室光姫。
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中津から5km離れた唐原山城跡の神籠石列石を、中津築城に際して転用した。列石特有の、L字状に切欠きのある石材が使われている。
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船で運んで海藻を下に敷いて陸揚げしたそうです。
福岡の石を大分に取られたと怒っているみたい。 -
鉄門跡。中津川に面して開かれ、河川から直接本丸につながっていた。現在は石垣で開口部が埋められている。
先回のガイドさんは、高校生がたむろしていてで、今回は痴漢があったので閉鎖したとのこと? -
中津神社。
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水門跡。
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左右に立石を、上部に巨石を配置した、見せるための石垣です。
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海水を沸かした風呂屋さん。湯船は深いそうです。
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お風呂に入ったあと休憩出来るみたい。
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本丸南面に残る三の丸との間の水堀は、戦後は空堀と化していたが、近年水堀として復元。
おわり
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