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大阪府と和歌山県の境に程近い大阪府阪南市山中渓は、平安時代に上皇、天皇、皇族や公家らの貴族階級をはじめ、武士、庶民にいたる、身分の上下に関係なく広まった熊野詣や、江戸時代に紀州藩の参勤交代に使われた紀州街道(熊野街道)沿いの町で、最盛期には旅籠20数軒を数える宿場町(山中宿)として栄えました。<br /><br />石畳が敷かれたかつての街道筋には、古い町家が点在する町並みが続き、今も当時の風情をしのばせてくれます。<br /><br />また、紀州街道(熊野街道)の風情ある町並み周辺に豊かな自然を復活させるべく、昭和40年代から山中川に桜の植栽が始められ、現在では約1000本もの見事な桜並木に成長し、夜間にはライトアップされた幻想的な夜桜を楽しむこともできる桜の名所として、多くの花見客が訪れています。<br /><br />なお、この稿では紀州街道山中宿散歩の旅行記を綴ります。

2023 紀州街道 山中宿散歩

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2023/04/04 - 2023/04/04

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nao

naoさん

大阪府と和歌山県の境に程近い大阪府阪南市山中渓は、平安時代に上皇、天皇、皇族や公家らの貴族階級をはじめ、武士、庶民にいたる、身分の上下に関係なく広まった熊野詣や、江戸時代に紀州藩の参勤交代に使われた紀州街道(熊野街道)沿いの町で、最盛期には旅籠20数軒を数える宿場町(山中宿)として栄えました。

石畳が敷かれたかつての街道筋には、古い町家が点在する町並みが続き、今も当時の風情をしのばせてくれます。

また、紀州街道(熊野街道)の風情ある町並み周辺に豊かな自然を復活させるべく、昭和40年代から山中川に桜の植栽が始められ、現在では約1000本もの見事な桜並木に成長し、夜間にはライトアップされた幻想的な夜桜を楽しむこともできる桜の名所として、多くの花見客が訪れています。

なお、この稿では紀州街道山中宿散歩の旅行記を綴ります。

同行者
一人旅
交通手段
自家用車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 紀州街道山中宿の北の入口にやって来ました。<br /><br />地元では、紀州藩の参勤交代に使われた紀州街道を「れきしの道」と銘打って、町並み保全に努めておられます。

    紀州街道山中宿の北の入口にやって来ました。

    地元では、紀州藩の参勤交代に使われた紀州街道を「れきしの道」と銘打って、町並み保全に努めておられます。

  • 晒葺き屋根の門がある町家は、主屋に虫籠窓がしつらえられています。

    晒葺き屋根の門がある町家は、主屋に虫籠窓がしつらえられています。

  • 紀州街道から少し入った所に、枝垂れ桜で知られる地福寺があるので行ってみます。

    紀州街道から少し入った所に、枝垂れ桜で知られる地福寺があるので行ってみます。

  • 地福寺へ向かう参道に、明治5年(1872年)に設置された山中公立小学校(堺県立第51番小学校)があったことを示す説明板が立てられています。

    地福寺へ向かう参道に、明治5年(1872年)に設置された山中公立小学校(堺県立第51番小学校)があったことを示す説明板が立てられています。

  • 地福寺に着きました。<br /><br />鐘楼の奥にそれらしい桜が見えています。

    地福寺に着きました。

    鐘楼の奥にそれらしい桜が見えています。

  • 地福寺の釣鐘です。

    地福寺の釣鐘です。

  • 境内に一歩足を踏み入れたとたん、感動に包まれてしまいました。

    境内に一歩足を踏み入れたとたん、感動に包まれてしまいました。

  • こんなにも見事な枝垂れ桜が咲いているんですもの!<br /><br />名だたる桜にも劣らない、素晴らしい佇まいです。

    こんなにも見事な枝垂れ桜が咲いているんですもの!

    名だたる桜にも劣らない、素晴らしい佇まいです。

  • 苔むした灯籠に蔦の新芽が延びています。

    苔むした灯籠に蔦の新芽が延びています。

  • 枝垂れ桜の奥に見えているのが本堂です。

    枝垂れ桜の奥に見えているのが本堂です。

  • 右手の建物が本堂です。

    右手の建物が本堂です。

  • 地福寺の枝垂れ桜は素晴らしいとは聞いていましたが、これ程とは思いませんでした。<br /><br />こんな見事な桜が堪能出来て大満足です。

    地福寺の枝垂れ桜は素晴らしいとは聞いていましたが、これ程とは思いませんでした。

    こんな見事な桜が堪能出来て大満足です。

  • 地福寺からは山中宿の甍の波が見渡せます。

    地福寺からは山中宿の甍の波が見渡せます。

  • 紀州街道に戻って来ました。

    紀州街道に戻って来ました。

  • 瓜型の虫籠窓がある町家です。

    瓜型の虫籠窓がある町家です。

  • 名栗加工の外格子をめぐらせたこちらの建物は、江戸時代中期に建てられた旧庄屋屋敷です。

    名栗加工の外格子をめぐらせたこちらの建物は、江戸時代中期に建てられた旧庄屋屋敷です。

  • 説明板には築後約270年と書かれています。

    説明板には築後約270年と書かれています。

  • 建物の規模に応じて、煙出しの越屋根も巨大です。

    建物の規模に応じて、煙出しの越屋根も巨大です。

  • こちらの風情ある町家から、何やら楽しそうな気配が伝わってきます。

    こちらの風情ある町家から、何やら楽しそうな気配が伝わってきます。

  • カラフルな鷺のステンドグラスが楽しそうな雰囲気を醸し出していたんですね。<br /><br />この町家横の脇道の入口に「山中神社」と彫られた石標が立っているので、ちょっと行ってみます。

    カラフルな鷺のステンドグラスが楽しそうな雰囲気を醸し出していたんですね。

    この町家横の脇道の入口に「山中神社」と彫られた石標が立っているので、ちょっと行ってみます。

  • 脇道に面する町家の外壁に、手の込んだ鏝絵のような装飾が施されています。

    脇道に面する町家の外壁に、手の込んだ鏝絵のような装飾が施されています。

  • しばらく進むと、「八王子社観音堂(奥の院)」と彫られた石標が立っています。

    しばらく進むと、「八王子社観音堂(奥の院)」と彫られた石標が立っています。

  • こちらの観音堂は、山中神社に祀られている八王子社の奥の院のようです。

    こちらの観音堂は、山中神社に祀られている八王子社の奥の院のようです。

  • こちらが山中神社です。

    こちらが山中神社です。

  • 鳥居の前に鎮座する阿形の狛犬と・・・

    鳥居の前に鎮座する阿形の狛犬と・・・

  • 吽形の狛犬。

    吽形の狛犬。

  • こちらが八王子社です。<br /><br />先ほどの観音堂は、こちらの奥の院になるようです。

    こちらが八王子社です。

    先ほどの観音堂は、こちらの奥の院になるようです。

  • 一対の灯籠を備えた八王子社。

    一対の灯籠を備えた八王子社。

  • 社の前に鎮座する阿形の狛犬と・・・

    社の前に鎮座する阿形の狛犬と・・・

  • 吽形の狛犬。<br /><br />掌に乗るような小ささです。

    吽形の狛犬。

    掌に乗るような小ささです。

  • 阪南市の汚水桝の蓋。<br /><br />中央の市章のまわりに、市の木「松」、市の花「さつき」、豊かな生活と自然を潤す水を表す「波」が配置されています。

    阪南市の汚水桝の蓋。

    中央の市章のまわりに、市の木「松」、市の花「さつき」、豊かな生活と自然を潤す水を表す「波」が配置されています。

  • 晒葺きの門に見越しの松が植えられた町家です。

    晒葺きの門に見越しの松が植えられた町家です。

  • お隣の町家は、瓦葺の門にアラカシが植えられています。<br /><br />色使いなど、とてもよく似た外観の町家が隣り合っているんですが、微妙な点に変化が見られます。

    お隣の町家は、瓦葺の門にアラカシが植えられています。

    色使いなど、とてもよく似た外観の町家が隣り合っているんですが、微妙な点に変化が見られます。

  • こちらは、瓜型の虫籠窓がある町家をリノベーションした小さな複合施設です。

    こちらは、瓜型の虫籠窓がある町家をリノベーションした小さな複合施設です。

  • カフェや卵かけごはん屋さんなどが入っています。

    カフェや卵かけごはん屋さんなどが入っています。

  • 最盛期には20数軒の旅籠が軒を連ねていたという山中宿。<br /><br />最後の一軒として昭和の終わり頃まで残っていた「とうふや」という旅籠の面影を伝える版画が、町並みの一角に掲げられています。

    最盛期には20数軒の旅籠が軒を連ねていたという山中宿。

    最後の一軒として昭和の終わり頃まで残っていた「とうふや」という旅籠の面影を伝える版画が、町並みの一角に掲げられています。

  • こちらは、紀州藩の参勤交代の際に使われた本陣跡です。

    こちらは、紀州藩の参勤交代の際に使われた本陣跡です。

  • 現在は個人の住宅になっていますが、土塀や広大な庭などが残っているそうです。

    現在は個人の住宅になっていますが、土塀や広大な庭などが残っているそうです。

  • 花いっぱいの町家。

    花いっぱいの町家。

  • 紀州街道の町並みです。

    紀州街道の町並みです。

  • こちらのご主人は鉄道ファンのようで、格子窓の上にたくさんの鉄道模型を飾っておられます。

    こちらのご主人は鉄道ファンのようで、格子窓の上にたくさんの鉄道模型を飾っておられます。

  • それにしても、下屋を支える持ち送りの凄いこと。

    それにしても、下屋を支える持ち送りの凄いこと。

  • デザインに工夫した、格子窓のある町家です。

    デザインに工夫した、格子窓のある町家です。

  • 玄関に板戸を入れた町家です。

    玄関に板戸を入れた町家です。

  • 土蔵のある町家です。

    土蔵のある町家です。

  • 紀州街道の南の入口付近にある祠に鎮座する、小さな道祖神。<br /><br />この道祖神は、集落に病気や災いが入ってこないことと、街道を行き交う旅人の安全を祈願して建てられたものと考えられているそうです。

    紀州街道の南の入口付近にある祠に鎮座する、小さな道祖神。

    この道祖神は、集落に病気や災いが入ってこないことと、街道を行き交う旅人の安全を祈願して建てられたものと考えられているそうです。

  • こちらが紀州街道山中宿の南の入口です。

    こちらが紀州街道山中宿の南の入口です。

  • 山中宿の南の入口からすぐの所に、JR阪和線の山中渓駅があります。<br /><br />新たに建替えられたこの駅舎は、令和4年4月から供用開始されました。

    山中宿の南の入口からすぐの所に、JR阪和線の山中渓駅があります。

    新たに建替えられたこの駅舎は、令和4年4月から供用開始されました。

  • JR阪和線山中渓駅一帯には、紀州街道山中宿に彩を添えるようソメイヨシノが植えられていて、約1000本の桜並木を形成しています。

    JR阪和線山中渓駅一帯には、紀州街道山中宿に彩を添えるようソメイヨシノが植えられていて、約1000本の桜並木を形成しています。

  • 熊野街道の要所として南北朝時代に関所が置かれた跡地に、二基の石碑が立てられています。<br /><br />左は、通行する人馬や荷物から通行税を徴収していた山中関所址の碑で、右は、「永禄十二年(1569年)九月吉日」の銘が彫られた供養碑です。<br /><br />では、ここで引き返して桜並木を歩いてみます。

    熊野街道の要所として南北朝時代に関所が置かれた跡地に、二基の石碑が立てられています。

    左は、通行する人馬や荷物から通行税を徴収していた山中関所址の碑で、右は、「永禄十二年(1569年)九月吉日」の銘が彫られた供養碑です。

    では、ここで引き返して桜並木を歩いてみます。

  • 紀州街道山中宿の南の入口まで戻って来ました。<br /><br />ここからは左手の桜並木を歩きます。

    紀州街道山中宿の南の入口まで戻って来ました。

    ここからは左手の桜並木を歩きます。

  • 桜並木にはライトアップ用の提灯が吊られています。

    桜並木にはライトアップ用の提灯が吊られています。

  • 桜並木から見た山中宿の町並みです。

    桜並木から見た山中宿の町並みです。

  • こちらの広大なお屋敷は、先ほど見た旧庄屋屋敷になります。

    こちらの広大なお屋敷は、先ほど見た旧庄屋屋敷になります。

  • 旧庄屋屋敷の建物と土塀。<br /><br />では、このあたりで紀州街道山中宿散歩を終わります。

    旧庄屋屋敷の建物と土塀。

    では、このあたりで紀州街道山中宿散歩を終わります。

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