2023/03/27 - 2023/03/27
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SamShinobuさん
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神楽坂は今まで数えるくらいしか行ったことがなかった。今夜は神楽坂でジャズライブがあるので馴染みの薄い街を半日歩いてみることにした。
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ギンレイホール
飯田橋駅で降りると、実に懐かしい映画館が目の前に現れた。閉館したと聞いていたが、辛うじてまだ外観は残っていた。
神楽坂2丁目にある名画座「ギンレイホール」は、2022年11月に多くの名画座ファンに惜しまれつつスクリーンを閉じた。学生時代に通った名画座のひとつだったので、閉館のニュースはとても残念だった。
ギンレイホールの開業は1974年だが、中学1年だった1976年からここで映画を観ている。ちなみに当時の映画ノートを見ると、1976年1月25日に「三銃士」と「おかしなおかしな大冒険」(ジャン=ポール・ベルモンド主演)の2本立てを観た。同年2月1日には「ザッツ・エンタテインメント」と「マイ・フェア・レディ」、同じく5月9日には「俺たちに明日はない」と「エデンの東」をこのギンレイホールで鑑賞している。 -
映画ノートによると1976年に観た映画の本数は合計241本で、ほぼ毎週どこかの名画座で2本立てや3本立ての映画を観ていた。まだレンタルビデオなどない時代、よく「ぴあ」を片手に一日に何本もはしごしたものだ。午前授業の土曜日は親から貰ったお昼代を映画代にあてて、午後はずっと空腹に耐えながらスクリーンを凝視していた。場末の名画座では客席で煙草を吸う客も少なくなかったし、館内全体がトイレと芳香剤の臭いでくらくらすることもあった。それでも幕が開くと何もかも忘れるほど映画に夢中になる子供だった。
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ギンレイホールは入っているビルの老朽化で立退くそうだが、2022年7月に閉館した岩波ホール同様、歳を取ると思い出の場所との別れが増えて寂しい限りだ。
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三州屋飯田橋店
さて、まずは腹ごしらえだ。お昼ごはんをどこで食べようかと駅周辺をぶらぶらしていると、見覚えのある三州屋の暖簾が目に飛び込んできた。え、あの三州屋? -
1940年代に蒲田で創業した三州屋は、暖簾分けで都内に数店舗あった。昼は定食屋、夜は居酒屋として営業しており、銀座店はよく利用していた。銀座でお昼に美味しい魚が食べられる定食屋は希少だったので重宝したし、SL広場前の新橋店はいかにも大衆酒場らしくてお気に入りの居酒屋だった。他に神田店もあったが近年神田店、新橋店ともに閉店してしまい、2022年には蒲田本店も閉めてしまった。とうとう銀座店(2店舗あり)のみになってしまったと思っていたが、ここ飯田橋にも三州屋があったとは。
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入店してみると昭和然とした内装とメニューから、間違いなくあの三州屋と確信した。それでも念の為お姉さんに訊いてみると、やはり暖簾分けした店舗のひとつだそうだ。檜一枚板の重厚なカウンターに座り、偶然の出会いに感謝しつつ瓶ビールを注文。
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平日の昼間からサラリーマンを横目にビールで喉を潤す。申し訳ないほど旨い。
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さてランチメニューでしばし悩む。刺身定食もいいが今日は銀むつ照り焼き定食(税込1030円)にしよう。常連さんが「なめこ汁で」と言っている。お姉さんに訊ねると、プラス20円で豆腐の味噌汁からなめこ汁に変更できるとのこと。それならばと、常連さんを見習ってなめこ汁にして貰った。
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銀むつの脂の乗った白身が旨味たっぷりでたまらない。
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さあ、お腹が膨れたところで、神楽坂めぐりをしよう。
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神楽坂下
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神楽小路
神楽坂はその名の通り坂なので、飯田橋方面からだと登り坂になる。ここを上がって行くと、最初の小路が神楽小路だ。 -
この時は知らなかったが、神楽坂は何しろ小路が多い。多いなんてものではない。小路は迷宮への入口なので、間違いなく街歩きが楽しくなる。
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みちくさ横丁
神楽小路の奥に出現するみちくさ横丁。小路より更に狭いところに横丁ってカオスなんですけど。 -
みちくさ横丁の奥に名前は聞いたことのあるジャズバー「コーナーポケット」を見つけた。こんなところにあったのかと嬉しくなったのも束の間。なんと昨年5月に閉店したようだ。
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東京理科大学
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泉鏡花旧居跡 北原白秋旧居跡
東京理科大学の門の脇に見つけた。泉鏡花は明治36年から39年にかけて、北原白秋は明治41年から42年までこの地に住んでいたようだ。鏡花はここで神楽坂の芸妓と暮らしていたというのだから、なんとも艶っぽい。 -
熱海湯
ネットで調べたら神楽坂には銭湯が2軒もあった。銭湯ファンとしては、時間が許せばハシゴしたい。
熱海湯は昭和29年築。東京銭湯の代表的な屋根、千鳥破風が凛々しい。宮造り建築が昭和の銭湯らしい。 -
椿が美しい。
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脇へまわると煙突が見える。
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小さな春があった。
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さあ入ってみよう。
500円を番台で払って脱衣場に入ると、見事な格天井が迎えてくれる。
脱衣場横には心地好い風が入る中庭があり、小さな池に鯉が泳いでいる。
常連さんが番台のおじさんに
「エサ、いつやった?」と訊いている。
「昨日あげたかなあ」と、呑気なおじさん。
するとその常連さん、勝手に戸棚から鯉の餌を取って、パラパラまき出した。
「可哀想に。毎日あげなよ」とお互い笑っている。
楽しそうに世間話するおじさんたちにほっこりした。 -
開店直後は地元の客が多いので、常連の邪魔にならないように多少気を遣いながら入湯。
建築廃材で沸かす薪ボイラーの湯はかなり熱い。熱めの湯にさっと入るのが江戸っ子の粋だった文化がまだ健在だ。
中島盛夫絵師の富士山のペンキ絵と、鯉と金魚のタイル絵に心が踊る。
お湯を軟らかくするために大量の備長炭が湯船に浸しており、そのせいかお湯が透き通っていて気持ちいい。
シャンプーとボディソープは備え付けがあるので、自分はバッグに常備の手ぬぐい一本で済む。
昼間から大きな風呂につかるのは実に気持ちが良かった。
熱海湯という屋号もいい。創業当時の熱海は日本人の憧れのリゾート、新婚旅行のメッカだった訳で、戦後間もない花街の夢を感じさせる。
「ねぇ、だーさん、熱海に連れてってよ」
「おう、連れてってやる。そこの熱海湯ならな」
「も~馬鹿!」
そんな会話、絶対あったよね。
かつて熱海湯には、一日に200人からの芸者が入りに来ていた時代もあったそうだ。
建物、内装、お湯に至るまで熱海湯はまさにザ・銭湯の王道をいっていて、懐かしさに身も心も熱くなった。 -
熱海湯階段
見番横丁につながる熱海湯横の階段を芸者小道とも言うそうだ。
ちなみに見番横丁の見番とは芸妓置屋の事務所のこと。 -
東京神楽坂組合
熱海湯階段を上りきったところの見番横丁には、東京神楽坂組合があった。 -
東京神楽坂組合には、神楽坂の料亭と芸者16名が所属している。
「神楽坂をどり」のポスターを眺めていたら、中から芸妓舞踊に合わせた太鼓や鼓の音色が漏れ聴こえてきた。まさに「神楽坂をどり」の稽古中だろうか。
お~花柳界! -
「神楽坂をどり」の書体が寄席文字のようだと思ったが、やはり橘右之吉の筆だった。
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本多横丁
ここから横丁のオンパレードだ。 -
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善國寺
1595年に池上本門寺第12代貫主である日惺上人により創建された寺。 -
狛犬ならぬ狛寅が迎えてくれるここの境内が、なんと縁日発祥の地らしい。
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毘沙門天が祀られているので、地元では「善國寺」というより毘沙門天様と呼ぶ人が多いという。
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夏目漱石の「坊っちゃん」には「神楽坂の毘沙門の縁日で八寸許りの鯉を針で引っかけて」とあるが、金魚すくいならぬ鯉釣りの屋台があったのだろう。八寸ということは24センチの鯉を針でかけたのだが、そんな鯉持って帰るの大変だろうと余計なお世話。
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相馬屋源四郎商店
江戸時代から神楽坂で商売をしていたという老舗で、原稿用紙発祥の店らしい。相馬屋のホームページによると、明治の中期に、和半紙だった原稿用紙を尾崎紅葉の助言で洋紙にして売り出したのが「相馬屋製」。 夏目漱石、北原白秋、石川啄木、坪内逍遥といった文豪たちが愛用したそうだ。 -
店内には夏目漱石の原稿が展示してあったので、お断りして写真を撮らせて貰った。
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和可菜
兵庫横丁の石畳を進むと、1954年創業の小さな旅館が現れる。 -
名だたる巨匠がここでシナリオを執筆した和可菜だ。今井正、内田吐夢、深作欣二、山田洋次他数多くの映画監督と脚本家の名作が和可菜から生まれた。
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山田組のスタッフからここの話をよく耳にしたし、成島出監督に一献お付き合いいただいた際にも和可菜でシナリオを書いたと聞いた。
何しろ映画業界では有名な旅館だ。なので以前近くを通った時に、どんな宿か見たくなって探し当てたことがあった。そんな和可菜も2016年に閉店したらしい。近々、隈研吾によってリノベーションされるようだ。 -
なぜかコボちゃんの像があった。長年連載されていたコボちゃんは懐かしい。
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地下鉄神楽坂駅の横に赤城神社の鳥居が見える。
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赤城神社
1300年に群馬の赤城神社から分霊されたのが起源で、江戸時代には日枝神社、神田明神とともに「江戸の三社」と呼ばれていたとのこと。へえー、日枝神社や神田明神は有名だが、ここは知らなかった。 -
お洒落なガラス張りの社殿は2009年に隈研吾によって再建されたようだが、隈研吾仕事しすぎ。面白い建物だなあと思うとだいたい隈研吾。2021年、タイム誌が選ぶ世界で最も影響力のある100人の一人に選ばれただけある。
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この狛犬ユニークだなあ。そもそも狛犬とは想像上の生き物だから、こんなのもありだろう。神前を守護する役目の割に、なんかかわいい。
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境内の桜も丁度見頃だ。
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ムカデのオブジェ発見。コロナウイルス感染症鎮静を願って寄進されたとある。
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でもなんでムカデ?
言い伝えによると、赤城山の神様が大ムカデになって他の神様と戦ったかららしい。小さくたって気持ち悪いのに、怪獣のような巨大なムカデがいたらそりゃ怖いよな。コロナも一目散に退散だ。 -
あかぎカフェ
境内に併設されたお洒落なカフェで休もう。 -
メニューにお神酒ジェラートなるものを発見し少し迷ったが、ここは白ワインにしておこう。
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いい心持ちになってしばし寛ぐ。
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窓が広いので境内の桜も見えて、ワインでお花見ができた。
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翁庵
ライブ前に何かお腹に入れておきたいので、軽く蕎麦でもたぐろう。神楽坂で蕎麦屋と言ったらミシュラン掲載の「蕎楽亭」があるが、今日は定休日だった。
そこでたまたま見つけた何の変哲もない蕎麦屋に入ってみることにした。 -
町中華ならぬ町蕎麦という名がぴったりの翁庵は、いかにも大衆向けの気安い雰囲気がいい。
ところがスマホで調べてみると、創業はなんと1884年(明治17年)の超老舗だった。それにも関わらず一切気取りのないところが気に入った。隣りにある東京理科大学の学生の腹を満たすため、庶民の蕎麦屋を守り通してきたんじゃないかと推察する。 -
先ずは蕎麦焼酎の蕎麦湯割りを注文し、ゆっくり蕎麦前を確認する。梅干はサービスのようだ。
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つまみは定番の板わさにしよう。かけそばにカツが乗った「かつそば」がオススメのようだが、今日のところはオーソドックスにもりそばに決めた。
飲みながらさらに翁庵をググってみると、山田洋次監督も行きつけらしい。前述の和可菜でシナリオを執筆する際に、和可菜は夕食が無いので、山田監督はよくここに食べに来たそうだ。へえー。こういう店を好むあたり山田監督らしいなあ。 -
山田監督といえば僕は勝手に不思議な縁を感じている。
「男はつらいよ」を初めて観たのは1975年12月公開のシリーズ16作目「男はつらいよ 葛飾立志編」だった。寅さんのあまりの面白さにスクリーンに釘付けになり、なにより観客が一体になってドッカンドッカン受けているのに驚いた。僕はまだ中学生だったが、早速寅さんの口上を覚えてクラスで披露する始末だ。
それから時を経て社会人の映画サークルで松竹大船撮影所を見学することになった。それがシリーズ37作「男はつらいよ 幸せの青い鳥」(1986年12月公開)の撮影だ。長渕剛と志穂美悦子が共演し、それがきっかけで結婚した話題作である。僕は初めての撮影所見学で舞い上がり、とらやのセットを見てわくわくしていた。そして渥美清さん演じる寅さんがとらやにふらっと帰ってくるシーンをじっくり見させて貰い、至福の時を過ごしていた。するとなんと撮影の合間に渥美清さんがわざわざ僕らのところに来てくれたのだ。きっと映画ファンが見学に来ていると聞いたのだろう。サービス精神旺盛な渥美さんは、「今年のお正月映画のオススメは何だい?」などと気さくに話しかけてくれて、僕は内心狂喜乱舞していた。
そして時は経ち、僕は映画関係の仕事をしていた。1995年に実質シリーズ最後の作品になった48作「男はつらいよ 寅次郎紅の花」で、10年ぶりに大船撮影所を訪れた時は感慨深いものがあった。しかし現場の渥美さんは元気がなく立っているのもやっとという感じだった。渥美さんはこの時すでに癌に侵され満身創痍の状態だったのだ。翌年8月4日にはついに力尽きて、転移性肺癌で荼毘に付された。8月13日に大船撮影所で行われた「渥美清さんとお別れする会」に参列した日は実に暑く、汗と涙でハンカチがびっしょりになった。
それ以降山田組のほとんどの作品を担当させて貰い、数え切れないくらい現場にお邪魔したが、やはり1995年の渥美さんの姿が一番忘れられない。痩せ細った体でどんなに辛そうにしていても、いざカメラが回るとシャキッと寅さんになって笑いを取っていた。 -
そんな思い出にひたっていたら、シメのもりそばが運ばれてきた。濃い目のつけ汁でずるずるっといただく蕎麦は、ほっとする味で大変満足した。
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志満金(しまきん)
夏目漱石や泉鏡花の小説にも登場する鰻の老舗だって。次回はここで鰻を食べようか。 -
善國寺の夜桜が美しい。
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駒坂
映画のロケで使えそうな趣きある階段を見つけた。
(高感度で撮影) -
第三玉乃湯
ライブ前に本日2軒目の銭湯に来た。ギリギリ当初の目的である銭湯のはしごに間に合った。 -
創業は1964年だが、2018年にリニューアルしたばかりなので綺麗なお風呂だ。
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脱衣場はお洒落な格天井。リニューアル時に高濃度炭酸泉と露天風呂を新設とある。
ぬるめの高濃度炭酸泉は坐骨神経痛にいいらしい。
露天風呂は都会の銭湯らしく天井がないだけの露天だが、四角く切り取られた夜空から降りてくる外気が心地好い。
控え目なサイズの富士山のペンキ絵は、田中みずき絵師によるものらしい。熱海湯の富士山を描いた中島盛夫絵師のお弟子さんだ。
シャンプー、ボディソープは備え付け。
ところで第三玉乃湯ということは、第一、第二もあったってこと?
気になったのでおじさんに訊いてみると、第一は阿佐ヶ谷に親戚がやっている玉乃湯があるとのこと。第二はもうないんですと言っていた。
さあ、喉が渇いたので飲みに行きますか。それにしても今日は、飲み→風呂→飲み→風呂→飲みとまるで温泉宿にいるようなローテーションだ。 -
u-ma kagurazaka
さて、本日のお目当ては「 u-ma kagurazaka」にてulalalacaのライブだ。 -
ulalalacaは小林 宏衣さん(vo)と上長根 明子さん(pf)のユニットで、宏衣さんは今年1月に横浜のMr.Brooklynで聴いて以来。宏衣さんは数多くのユニットで歌姫として活躍しているが、このulalalacaは2018年に今は無き名店「銀座NoBird」で初めて聴いてから好きになり、何度もライブにお邪魔している。ピアノの上長根明子さんは、2021年にリリースされた 最新アルバム「Prayer」を持っている。
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u-ma kagurazakaは初めてだが、なかなか雰囲気のあるいい店だ。
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ジントニックを注文。
息のあったおふたりの演奏はお酒を2割増し美味しくさせてくれて、まったりと寛げるライブだ。 -
映画「グレン・ミラー物語」(1954年)を学生の時に母親からVHSで見せて貰ったという宏衣さん。そんなMCから「ムーライトセレナーデ」が始まると、一気にJazzyな夜に包まれる。
そしてバート・バカラック「Close to You」のサンババージョンも痺れた。
チェットベイカーやアントニオ・カルロス・ジョビンのスタンダードを満喫し、ビートルズの「ブラックバード」やフランク・シナトラの「The Way You Look Tonight」に酔った。 -
笑顔の素敵なおふたりをパチリ。
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4年ぶりにお花見の宴会が解禁になり、先週東京の桜は満開を迎えた。今日は花曇りの中、神様が楽しむ神楽坂の隅っこを歩かせてもらった。
あまり馴染みのない場所を廻るのもいい。小路巡りが殊の外面白く、思っていた以上にノスタルジックな街で、気になる店や良さげな居酒屋を幾つも見つけた。土地勘も多少出来たので、次はもっとディープな神楽坂を歩いてみたいと思う。
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