2023/02/17 - 2023/02/20
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bunkichiさん
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3年ぶりに大学時代の仲間3名(前回と同じ)で台湾に行ってきました。
前回は「還暦越えオヤジ」とまだ称してましたが、この3年で爺さまへに変身してしまいました。
老害ジジイだからというわけではないのですが、爺さま御一行が今回向かった先は台北近郊にある老街(桃園・大渓、淡水・老街)です。
当所は2日間かけて2カ所まをわる予定でしたが、翌日雨の天気予報にまどわされ、1日で2カ所をドタバタ、ヨボヨボと走り巡りました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- ブッキングドットコム
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-
ようやく台湾に旅行することができました!
飛行機でこの画面を拝めるのも3年ぶりです。O(≧∇≦)O イエイ!!
今回の台湾旅行も前回と同じ仲間で行ったのですが、この3年間で皆すっかり「爺さま」になってしまいました。 -
爺さまになったからという訳ではないのですが、台北近郊にある「老街」を行ってみることにしました。
ちなみに「老街」とは清朝あるいは日本統治時代に造られた街並みのことです。
先ずは桃園市にある『大渓老街』に向かいます。
『大渓老街』へは『台鐵』で桃園駅で降り、『5096』番のバス(約1時間)もしくはタクシー(40分、料金:約500元)での行き方がありますが、せっかちな爺達なので『桃園客運大渓総站』と書いた紙を見せてタクシーで向かいました。 -
桃園駅周辺の道路がやたら工事しているため、タクシーは渋滞の中ノロノロと進みます。
それでも約40分ほどで『大渓老街』入口にある『慈康陸橋』に到着しました。 -
ほとんどの『大渓老街』ガイド記事は、このあたりでバスを降車(新街尾バス停)して、すぐ横道の『和平路』から散策を始める記事が多いのですが、
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あえて『桃園客運大渓総站』(終点のバスターミナル名)まで行ったのは、すぐ近くに「新南老街」の看板が立つ『中山路』があり、こちらの方が人通りが少なく、建物をじっくり見るのにはこちらから始めた方が良いかと思ったからです。
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さっそく通りに沿ってギリシャ式破風やローマ式のアーチや柱を用いたレトロな建物群が目に飛び込んできました。
中山路は、名門貴族や富商、郷里の紳士、知識階級の文人官僚などが住居を構えた高級住宅街だったそうです。
番号が奇数なら名門豪邸(向かって左側)
番号が偶数なら倉庫、一般人の住宅(向かって右側)だそうです。 -
しかし偶数番号側を見ても12号建物の外壁レリーフは立派です。
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36号建物上部(パラペット?)装飾の獅子像、レリーフも立派です。
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確かに42号建物は少しショボい感はありますが、それでも一般住宅には立派な外観だと思います。
それだけこの地域は裕福で繁栄していたと言えるのではないでしょうか。 -
一方、奇数番号側はどうかというと、外壁・柱装飾等の造りは明らかに立派です。
11,13,15号と繋がったこの建物は1899年に第一期の大渓の町長を務めあげた呂鷹揚の建物で中央に鷹が鎮座してました。 -
27号建物上部(ペディメント?)の花飾りの装飾も色あせたと言えはいえ、かつての繁栄を彷彿させます。
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この中山路で一番豪華な建物、『建成商行』(35号)です。
当時(1920年代)流行のバロック風装飾で建造されています。
正面には「簡」の名字とローマ字で「Kensei Shoco、建成商行」と刻まれています。 -
ここは樟脳や炭鉱業を営んでいた大渓きっての大富豪、「簡阿牛氏」の住居だったそうです。
残念ながら内部は残っておらず、廃墟状態でした。 -
中山路は思いのほか短く、台北の問屋街『迪化街』のイメージで行くともう終わりといった感じでした。
しかもこの3年半に及ぶコロナ禍観光客激減のせいかすっかり寂れていました。
せっかくこんなに伝統的建物が残っているだけにこのまま廃れてしまうのにはあまりにも悲しいと言わざるをえません。 -
中山路を出ると左手には中正公園が広がっています。
その公園からは下方に大渓橋が見えます。 -
この橋もここの観光スポットのひとつなので、せっかくなので階段を下りてみました。(階段で下に降りる場合は、必ずエレベーター近くの階段を利用しましょう。少し離れた階段では橋にたどり着けず痛い思いをします)
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階段を下ると、バロック風建築の大渓橋入口門がデーンと鎮座していました。
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川沿いの遊歩道を少し歩き、階段坂(石坂古道)を登ると『福仁宮』が面する和平路に着きあたります。
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和平路も『慈康陸橋』近くでは、先に歩いた中山路同様に日本統治時代に建てられたレンガ造りの建物が連なり、レトロな雰囲気が味わえます。
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一方、『福仁宮』周辺では土産物、飲食店がたくさん並び、観光客で賑わってました。
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ここでは中山路ほど立派な建物は残ってはいませんが、建物上部(パラペット?)の装飾に関してはなかなか凝った彫像、レリーフも多く残されてます。
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それぞれ意匠が凝らされていました。
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ここには地元名物に「豆干」という豆腐を布でくるみ、香料で煮てから乾燥させたものがあります。
一番有名店の『黄日香』に寄ってみましたが、事前に調べてなかったのでよくわからないまま購入してしまいました。 -
お土産やグルメ目的が主であれば、こちらの通りだけで十分かも知れません。
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バタバタと大渓老街を周回(赤点線が歩行経路)して、バスターミナル『桃園客運大渓総站』まで戻りました。
そして次の目的地『淡水』を目指します。
というのも「明日は雨」との天気予報にビビり今日中に行かねばと思ったからです。
本当はもっと裏路地、博物館等に寄るべきところがあったのですが.....。 -
さて、一刻も早く『淡水』を目指すものの、タクシーの運転手が台鐵と高鐵の「桃園」駅を間違えて迷走した結果、予定より大幅に遅れてMRT信義線『淡水』駅に到着したのは15時半近くになってしまいました。
~\(_ _;)/~
しかも、この日は土曜日でイベントも多く、駅は大混雑していました。 -
到着時にはわずかに青空が見えてましたが.....
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あっと言う間に空はくすんだ状態となってしまいました。
結果論から言えば、翌日も同じような天気でしたから焦って行く必要はなかったのですが.....。 -
屋台、奇妙なオブジェがならぶ河口遊歩道をブラブラ進みます。
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約20分歩いて『紅毛城』に到着しました。
「紅毛」とはかつて日本人も西洋外国人を「紅毛碧眼」と呼んでいた様に漢人がオランダ人を「紅毛」または「紅夷」と称していたことより「紅毛城」と呼ばれるようになったそうです。 -
元々はこの場所にスペイン人が1628年建てられた城があったのですが、オランダ人によって駆逐され再建、そのオランダ人も鄭成功により駆逐、そして清朝を経て1867年以降はイギリス領事館として利用されることになりました。
1941年に日本軍接収、戦後はイギリスに返還されるが中華民国との国交断絶により管理国もオーストラリア、米国とめまぐるしく変わり、ようやく1980年に台湾政府に返還されたというなんとも所有・管理国(者)凄まじく変わった城です。 -
この城のすぐ横には可愛い衛兵姿の淡水紅毛城のマスコットキャラ、「淡水 紅毛城 Woody熊」君が佇んでいました。
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こちらは、『紅毛城』だけでは居住スペース不足から、1891年にすぐ隣に建設された『英國領事館』です。
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ヴィクトリア朝の様式を取り入れた建物内では、当時の生活の様子を伝える展示がされていました。
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官邸の客間
家具もさることながら彩色磁器のモザイクタイルの床もステキなデザインです。 -
1階東側の食堂
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装飾品の豪華さには目を引かれます。
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客間と食堂の天井扇風機は、以前より残されたものであり、1941年にゼネラル・エレクトリック社で生産された製品だそうです。
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シャンデリア好きの私にはたまらない光景です。
w(°o°)w おおっ!! -
こちらのスペインコロニアル様式の建物は、1862年に建てられた『旧清淡水関税務司官邸 - 別名(小白宮)』です。
『紅毛城』から約10分ほど淡水駅にもどる高台の道の途中にあり、紅毛城のチケットで一緒に入場することができます。 -
室内は展示スペースとして利用されてますが、やはりここは「小白宮」の別名が示すように美しい白い外観と整然と並ぶ半円型アーチが絶好の写真ポイントとなっているようです。
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幸か不幸か閉館が間近なので人はほとんどいなかったのですが、ここの庭園も美しいだけにもう少し早い時間の方が良かったのは言うまでもありません。
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『旧清淡水関税務司官邸』を出て淡水・老街につながる坂途中に日本統治時代の日本式住居、『淡水街長 多田栄吉故居(ただえいきちこきょ)』があったので寄ってみました。
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1930~1933年に淡水街の第4代街長(現在の区長に相当)を務めた多田栄吉氏が1934年に完成させたもので内部は和室が再現されていました。
かつて台湾の日本統治時代の建物巡りをした者としては、じっくり見たかったですが、内部見学は事前に申込が必要らしいので致し方ありません。 -
さてさてバタバタと駆け回って『淡水』駅前の広場まで戻ってきました。
途中の『淡水・老街』は食べ歩きにはいいかもしれませんが、建物的には面白くないのでひたすら歩き続けました。
広場から雲の切れ間から見える山がなんとも神秘的でありました。 -
さて、2日間で廻る予定を1日で済ましたのですから疲労困憊となりました。
翌日、疲労には「うなぎ」が一番と前回「定休日」でなくなく撤退したうなぎ屋『肥前屋』にリベンジで行ってみました。
(「還暦越えオヤジ達が行く温泉と飽食の台北」参照下さい)
https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/11624540/
お店のオープンは11時なのにもかかわらず、10時10分過ぎに到着。
さすがに誰も並んでいないので周辺をブラブラしてオープンを待ちます。 -
この周辺にも奇っ怪なオブジェを見つけることができます。
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先の奇っ怪なウサギ像のとなりにある旧アメリカ領事館、現『光點台北(台北之家)』でも行ってコーヒーを飲んで時間を潰せば良いのですが、ここも11時オープンなので仕方がありません。
(ここに入っている映画館横の天井画がなかなかステキですよ) -
なんだかんだブラブラしているうちに11時近くなってしまったので、再び『備前屋』に行ってみればなんと長蛇の行列!
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列の後ろに並んでいると、お店のおばちゃんが事前にメニューを持って注文を聞きに来ます。
周りから聞こえてくるのは中国語やら韓国語。(私の前は韓国人のカップルであった)
どうやらこの列の周囲にいる日本人は私だけのようでした。 -
店内はぎっしり混み合い。相席は当たり前でぎゅぎゅう詰められます。
このお店は安い日本料理屋ということで人気なようです。
ほとんどの人がトンカツ定食やらエビフライ定食など「鰻重」以外の注文していました。 -
さてさてお待ちかねの「鰻重(大)」です。
480台湾ドルです。この時は円安で1台湾ドル約4.5円でしたから2,200円ぐらい。
3年前は1台湾ドル約3.5円の時に比べれば高くなったとはいえ、味も美味しいし、やはり台湾に行ったら「鰻重」ですね。
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この旅行記へのコメント (4)
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- bangkokdaisukiさん 2023/04/18 14:38:05
- ギリシャ式破風やローマ式のアーチや柱を用いたレトロな建物群に感動
- はじめまして。bunkichi sama,
台湾長い事行っていないなあ、と思いこちらの旅行記にたどり着きました。
実は たまたま 台湾ホテルで検索していたら 桃園市がでてきて、でも町からちょっと遠いいし、と思っていた所、こんなにすてきなギリシャ式破風やローマ式のアーチや柱を用いたレトロな建物群があるとは知らず。 もう絶対に見てみたいですね。
こんな建物があるなんて、ガイドブックとかでも見た覚えがないのは、桃園を見ていなかったからかもしれませんが。。。
ううう とても参考になりました!
- bunkichiさん からの返信 2023/04/18 17:52:19
- Re: ギリシャ式破風やローマ式のアーチや柱を用いたレトロな建物群に感動
- 旅行記に訪問頂きありがとうございます。
レトロ建物好きであれば、ぜひ桃園・大渓老街を訪ねて見て下さい。
ただ、残念なことに「新南老街」(中山路)の建物は内部見学ができませんでした。
bangkokdaisukiさんの旅行記で下関港の「旧秋田商会ビル」を拝見したら(私も行ったのですが)内部見学できたのをあらためて知りました。この時もバタバタ廻ったのがいけなかったようです。
やはり旅はもっと余裕が必要ですね。
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- mom Kさん 2023/04/16 12:44:04
- しまったあ
- 臭豆腐好きなので、前回老街は、深坑から十份エリアを選んでしまいました。桃園に、こんなに豪華な老街があったなんて。これでは、台湾好き、通い派とは言えないです。
ウナギが苦手なんです。すみません。
でも行きます。一年以内に大渓老街へ。ご紹介、ご案内ありがとうございます。
- bunkichiさん からの返信 2023/04/17 08:07:18
- RE: しまったあ
- 旅行記に訪問頂きありがとうございます。
桃園・大渓老街本当にいいところでしたよ。
台北近郊にもかかわらず、ちょっと行くのが不便の場所ですが、ぜひ行ってみて下さい。
旅行記にも書きましたが、あまりにもバタバタ廻ったので私自身もう一度落ち着いて行きたいと思ってます。
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