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2月15日は、日光で「フレンチ」を食べてきました。<br />本日は、茨城の大洗から栃木の日光までの旅ですが、その1では水戸の梅まつりで偕楽園を見てきました。<br />梅まつりは水戸の藩校・弘道館でも行われていますのでその2で立ち寄ります。<br />水戸から日光へはダイレクトに向かいます。<br />日光では少し時間がありましたので神橋などを見て回り、最後に金谷ホテルでフランス料理を食します。<br /><br />

日光で「フレンチ」を食べてきました。その 2

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2023/02/15 - 2023/02/15

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いいちゃんさん

2月15日は、日光で「フレンチ」を食べてきました。
本日は、茨城の大洗から栃木の日光までの旅ですが、その1では水戸の梅まつりで偕楽園を見てきました。
梅まつりは水戸の藩校・弘道館でも行われていますのでその2で立ち寄ります。
水戸から日光へはダイレクトに向かいます。
日光では少し時間がありましたので神橋などを見て回り、最後に金谷ホテルでフランス料理を食します。

同行者
カップル・夫婦(シニア)
旅行の手配内容
個別手配
  • 弘道館<br />左が正門、右の通用門から入ります。<br />入館料は偕楽園の入園券を提示すると300円、70歳以上は200円でした。<br />生まれた年を聞かれます。<br />「無くさないように」と言われたことが分かりました。<br /><br />

    弘道館
    左が正門、右の通用門から入ります。
    入館料は偕楽園の入園券を提示すると300円、70歳以上は200円でした。
    生まれた年を聞かれます。
    「無くさないように」と言われたことが分かりました。

  • 弘道館は1841年に水戸藩9代藩主徳川斉昭によって創設された藩校です。<br /><br />

    弘道館は1841年に水戸藩9代藩主徳川斉昭によって創設された藩校です。

  • 正面の正庁玄関から入ります。<br />国の重文で。<br />

    正面の正庁玄関から入ります。
    国の重文で。

  • 玄関を入ると諸役会所<br />正面に水戸の藩医が書いた尊攘(尊王攘夷)の書が掲げられています。<br />

    玄関を入ると諸役会所
    正面に水戸の藩医が書いた尊攘(尊王攘夷)の書が掲げられています。

  • 館内の案内図<br />左側が正庁(学校御殿)、右上が至善堂です。<br />

    館内の案内図
    左側が正庁(学校御殿)、右上が至善堂です。

  • 玄関から左に進むと正庁の手前が二の間、奥が正席です。

    玄関から左に進むと正庁の手前が二の間、奥が正席です。

  • 奥が十間畳廊下、その先が至善堂です。

    奥が十間畳廊下、その先が至善堂です。

  • 国の重文、至善堂です。<br />藩主の控室、子弟の学習の場でした。<br />

    国の重文、至善堂です。
    藩主の控室、子弟の学習の場でした。

  • 三の間、二の間と続き奥が至善堂御座の間です。<br />至善堂は、徳川慶喜が大政奉還後、4ヶ月間の謹慎生活を送っていたところです。<br />

    三の間、二の間と続き奥が至善堂御座の間です。
    至善堂は、徳川慶喜が大政奉還後、4ヶ月間の謹慎生活を送っていたところです。

  • 展示室

    展示室

  • 弘道館も水戸梅まつりの会場でした。

    弘道館も水戸梅まつりの会場でした。

  • 蝋梅も咲いていました。

    蝋梅も咲いていました。

  • 対試場、正席に藩主が臨席して武術などの試験が行われました。<br />正庁の中央に扁額がかかっています。<br />

    対試場、正席に藩主が臨席して武術などの試験が行われました。
    正庁の中央に扁額がかかっています。

  • 徳川斉昭公の筆になる「游於芸」の扁額です。<br />「げいにあそぶ」です。<br />

    徳川斉昭公の筆になる「游於芸」の扁額です。
    「げいにあそぶ」です。

  • 弘道館前の水戸城大手門、近年に復元されたものです。<br />水戸を後にして日光に向かいます。<br />

    弘道館前の水戸城大手門、近年に復元されたものです。
    水戸を後にして日光に向かいます。

  • 本日の泊りの日光金谷ホテルです。<br />Google MAPを見ていて最初に見つけたのがここでした。<br />ここしばらくホテルに縁が無かったので泊まることにしました。<br />有形登録文化財です。<br />

    本日の泊りの日光金谷ホテルです。
    Google MAPを見ていて最初に見つけたのがここでした。
    ここしばらくホテルに縁が無かったので泊まることにしました。
    有形登録文化財です。

  • 第2新館の部屋です。<br />スタンダードAの部屋で、金谷ホテルの標準的な部屋だそうです。<br />十分な広さがあります。<br />

    第2新館の部屋です。
    スタンダードAの部屋で、金谷ホテルの標準的な部屋だそうです。
    十分な広さがあります。

  • バスです。<br />かなりシンプルですし、古さを感じます。<br />ホテルなので大浴場は有りません。ここを使わなければなりません。<br />

    バスです。
    かなりシンプルですし、古さを感じます。
    ホテルなので大浴場は有りません。ここを使わなければなりません。

  • 電子クーポンを貰いました。

    電子クーポンを貰いました。

  • 神橋を見に行きます。

    神橋を見に行きます。

  • 日光二荒山神社が管理しています。<br />営業時間外でした。<br />

    日光二荒山神社が管理しています。
    営業時間外でした。

  • 大谷川にかかる神橋<br />橋の長さが28mあります。<br />奈良時代の末に勝道上人が日光を開山する際、大谷川に行く手を阻まれ神仏に加護を求めたところ、深沙王(じんじゃおう)が現れ2匹の蛇を放ち、その背から山菅(やますげ)が生えて橋になったという伝説の橋です。<br />橋は渡れますが、渡ったところで行き止まりなので戻らなくてはなりません。<br />

    大谷川にかかる神橋
    橋の長さが28mあります。
    奈良時代の末に勝道上人が日光を開山する際、大谷川に行く手を阻まれ神仏に加護を求めたところ、深沙王(じんじゃおう)が現れ2匹の蛇を放ち、その背から山菅(やますげ)が生えて橋になったという伝説の橋です。
    橋は渡れますが、渡ったところで行き止まりなので戻らなくてはなりません。

  • 板垣退助の銅像<br />何故?調べてみました。<br />明治元年、戊辰戦争の際、官軍の板垣は日光の社寺を戦火から守るため、たてこもっていた幕府軍を説得し無血開城に成功しました。その遺徳をたたえ昭和4に建立、第二次世界大戦で供出、昭和42年に金谷ホテルの前に再建とありました、<br />

    板垣退助の銅像
    何故?調べてみました。
    明治元年、戊辰戦争の際、官軍の板垣は日光の社寺を戦火から守るため、たてこもっていた幕府軍を説得し無血開城に成功しました。その遺徳をたたえ昭和4に建立、第二次世界大戦で供出、昭和42年に金谷ホテルの前に再建とありました、

  • 日光金谷ホテルベーカリー<br />登録有形文化財です。<br />2階がレストラン、1階が土産物屋さんでした。<br />クーポンをチャージしてこなかったので土産を買うことが出来ませんでした。<br />建物の前の坂を上がった所がホテルです。<br />「1速」でなければ上がれないような急坂です。<br />

    日光金谷ホテルベーカリー
    登録有形文化財です。
    2階がレストラン、1階が土産物屋さんでした。
    クーポンをチャージしてこなかったので土産を買うことが出来ませんでした。
    建物の前の坂を上がった所がホテルです。
    「1速」でなければ上がれないような急坂です。

  • ホテルの前に有ったので入りました。

    ホテルの前に有ったので入りました。

  • 内部<br />古い写真などが展示されています。<br />

    内部
    古い写真などが展示されています。

  • 電車が走っていた頃の金谷ホテル周辺のジオラマがありました。

    電車が走っていた頃の金谷ホテル周辺のジオラマがありました。

  • 神橋が大きく見えます??

    神橋が大きく見えます??

  • ホテルのロビーに戻ってきました。<br />フロントです。<br />

    ホテルのロビーに戻ってきました。
    フロントです。

  • 館内ツアーが始まりました。<br />少し付き合いました。<br />金谷ホテルは明治6年、創業者の自宅の一部を外人宿泊施設にしたことに始まります。<br />明治26年、現在地にホテルを開業します。<br />明治34年に新館、大正10年に別館、昭和36年に第2新館が増築されます。<br />今回泊まった第2新館は昭和39年の東京オリンピックによる来客を見据えたものだそうです。<br />

    館内ツアーが始まりました。
    少し付き合いました。
    金谷ホテルは明治6年、創業者の自宅の一部を外人宿泊施設にしたことに始まります。
    明治26年、現在地にホテルを開業します。
    明治34年に新館、大正10年に別館、昭和36年に第2新館が増築されます。
    今回泊まった第2新館は昭和39年の東京オリンピックによる来客を見据えたものだそうです。

  • ロビーから2階へ上がる階段。

    ロビーから2階へ上がる階段。

  • 和的な要素もあります。

    和的な要素もあります。

  • 眠り猫

    眠り猫

  • クラッシックなバー

    クラッシックなバー

  • 泊っている第2新館はこの先を行きます。<br />左側の長押に彫刻が施されています。<br />

    泊っている第2新館はこの先を行きます。
    左側の長押に彫刻が施されています。

  • レストランで夕食です。

    レストランで夕食です。

  • こんなところにも彫り物があります。<br /><br />

    こんなところにも彫り物があります。

  • フランス料理のフルコースです。<br />ワンプレートのプランもありましたが、こちらを選択しました。<br />

    フランス料理のフルコースです。
    ワンプレートのプランもありましたが、こちらを選択しました。

  • アミューズ<br />何だったか覚えていません。<br />

    アミューズ
    何だったか覚えていません。

  • オードブル<br />ゴチャゴチャしています。<br />申し訳程度に載っている湯で落花生は好物です。<br />

    オードブル
    ゴチャゴチャしています。
    申し訳程度に載っている湯で落花生は好物です。

  • ポタージュスープ<br />一寸、しつこかったかな?<br />

    ポタージュスープ
    一寸、しつこかったかな?

  • パン<br />左上のミニ食パンはクリーミーでおいしかった。<br />お代わりもいただきました。<br />

    パン
    左上のミニ食パンはクリーミーでおいしかった。
    お代わりもいただきました。

  • 白胡麻を纏った「寒鰆」ポワレとエチュベソース・マリニエール<br />胡麻が強すぎて魚自体は?ソースは良かった。<br />

    白胡麻を纏った「寒鰆」ポワレとエチュベソース・マリニエール
    胡麻が強すぎて魚自体は?ソースは良かった。

  • 「とちぎ霜降高原牛」ロース肉のグリエ 黒胡椒ソース<br />これは美味しかった。<br />家庭では、このように焼くことは出来ません。<br /><br />

    「とちぎ霜降高原牛」ロース肉のグリエ 黒胡椒ソース
    これは美味しかった。
    家庭では、このように焼くことは出来ません。

  • デザート、アイスクリームが付くと落ち着きます。<br />アイスクリームの量がほどよかったのですが、このようなフルーツは個人的にはパスです。<br />コーヒーには小菓子が付きます。<br /><br />以上、フルコースでしたが、個人的にはパンと肉料理がというところでしょうか。<br />

    デザート、アイスクリームが付くと落ち着きます。
    アイスクリームの量がほどよかったのですが、このようなフルーツは個人的にはパスです。
    コーヒーには小菓子が付きます。

    以上、フルコースでしたが、個人的にはパンと肉料理がというところでしょうか。

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