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日本のマナスル登山隊は、1952年の調査隊遠征から足掛け 5年をかけて、56年に念願の初登頂を果たしました。<br /> この成功が、当時の鳩山首相も全国民の喜びと称えるなど、日本登山界に画期的な影響があり、空前絶後の登山ブームを巻き起こすなど社会現象になったものです。<br />小学生だった私の記憶の中にも強い印象が残っています。<br /><br /> 今回、マナスルトレッキングの時に、その足跡を出来るだけ辿ってみたいとの思いで計画し、槙隊長の「マナスル登頂記」や毎日新聞社の DVD「マナスルに立つ」を参考に、日程調整をしました。<br /><br />・・・・ 昨年末に投稿したのですが、手順を間違えたのか? その後4travelを見ると、<br />表紙1枚だけの旅行記になっていたので、修復しようとしましたが叶わず、抹消して<br />再度、投稿しました。<br />

日本マナスル登山隊の足跡を辿る旅(改)

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2022/11/03 - 2022/11/25

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72

佐々の賢次郎

佐々の賢次郎さん

日本のマナスル登山隊は、1952年の調査隊遠征から足掛け 5年をかけて、56年に念願の初登頂を果たしました。
 この成功が、当時の鳩山首相も全国民の喜びと称えるなど、日本登山界に画期的な影響があり、空前絶後の登山ブームを巻き起こすなど社会現象になったものです。
小学生だった私の記憶の中にも強い印象が残っています。

 今回、マナスルトレッキングの時に、その足跡を出来るだけ辿ってみたいとの思いで計画し、槙隊長の「マナスル登頂記」や毎日新聞社の DVD「マナスルに立つ」を参考に、日程調整をしました。

・・・・ 昨年末に投稿したのですが、手順を間違えたのか? その後4travelを見ると、
表紙1枚だけの旅行記になっていたので、修復しようとしましたが叶わず、抹消して
再度、投稿しました。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
3.0
交通
3.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
高速・路線バス 徒歩 バイク
航空会社
タイ・スマイル タイ・エアアジア X
旅行の手配内容
個別手配
  • 1956年 第三次マナスル登山隊<br />       槙 有恒 (ゆうこう) 隊長のマナスル通信 より要約<br /><br />目            次<br /><br />日本隊の行動マップ  <br />3/11日 カトマンドゥ 出発  <br />3/12日  バター・バザールの先に 露営 <br />3/13日  サマリ の谷間の水田跡に露営 <br />3/14日 チャランフェディ の丘に露営 <br />3/15、16日 アルガト・バザールに露営  <br />3/17日  ソテイコーラ の段々畑に露営<br />3/18日  コーラベシに露営 <br />3/19 日  ヤルバーガ の砂地に露営 <br />3/20日  ジャガットの先 タラ に露営 <br />3/21、22日  ニヤックの先 松林の中に露営 <br />3/23日  デンの先 ビヒ に露営   <br />3/24日  ナムルンの先の傾斜地に露営 <br />3/25、26日  ロウ村の広い傾斜地に露営 <br />3/27日  サマ入口とB.Cの分岐にテント設営 <br />3/28日  B.Cの分岐点まで荷揚げ   <br />3/29日  放牧小屋を食堂と調理室に <br /><br />5/ 9日  初登頂なる。今西隊員、ガルツェン氏<br />5/11日  第二登頂隊も登頂を果たす ; 加藤隊員、日下田隊員<br /><br />5/20日 ラルキャ・バザー のテント場に露営<br />5/21日  氷河の累積岩の岩陰に露営 <br />5/22日  ビムタン のテント場に露営<br />5/23日  カルチェ の露営地<br />5/24日  トンジェ の村に露営<br />5/25日  1日滞在した。<br /> <br />5/26日  タル の河原の砂地に露営    <br />5/27日  シャンゲ に露営     <br />5/28日  ムシ・コーラ (河) の段丘に露営 <br />5/29、30日  クディ の段丘にあるマンゴーの林に露営 <br />5/31日  マリーン の小池の傍に露営    <br />6/ 1日  ルディコーラ 河原に露営     <br />6/ 2日   バガワティ の吊り橋の先 段々畑に野営 <br />6/ 3日   1時間で峠を越え、ポカラの空港に到着  <br /><br />参考 ; ポカラ 国際山岳博物館 ・・・ 登山隊の装備品等展示 <br /><br />・・ 説明の中で(  )で囲った箇所は、私の行動と見解です<br />

    1956年 第三次マナスル登山隊
           槙 有恒 (ゆうこう) 隊長のマナスル通信 より要約

    目            次

    日本隊の行動マップ  
    3/11日 カトマンドゥ 出発  
    3/12日 バター・バザールの先に 露営 
    3/13日 サマリ の谷間の水田跡に露営 
    3/14日 チャランフェディ の丘に露営 
    3/15、16日 アルガト・バザールに露営  
    3/17日 ソテイコーラ の段々畑に露営
    3/18日 コーラベシに露営 
    3/19 日 ヤルバーガ の砂地に露営 
    3/20日 ジャガットの先 タラ に露営 
    3/21、22日 ニヤックの先 松林の中に露営 
    3/23日 デンの先 ビヒ に露営   
    3/24日 ナムルンの先の傾斜地に露営 
    3/25、26日 ロウ村の広い傾斜地に露営
    3/27日 サマ入口とB.Cの分岐にテント設営
    3/28日 B.Cの分岐点まで荷揚げ 
    3/29日 放牧小屋を食堂と調理室に

    5/ 9日  初登頂なる。今西隊員、ガルツェン氏
    5/11日  第二登頂隊も登頂を果たす ; 加藤隊員、日下田隊員

    5/20日 ラルキャ・バザー のテント場に露営
    5/21日 氷河の累積岩の岩陰に露営
    5/22日 ビムタン のテント場に露営
    5/23日 カルチェ の露営地
    5/24日 トンジェ の村に露営
    5/25日 1日滞在した。
     
    5/26日 タル の河原の砂地に露営
    5/27日 シャンゲ に露営   
    5/28日 ムシ・コーラ (河) の段丘に露営 
    5/29、30日  クディ の段丘にあるマンゴーの林に露営 
    5/31日 マリーン の小池の傍に露営 
    6/ 1日  ルディコーラ 河原に露営   
    6/ 2日 バガワティ の吊り橋の先 段々畑に野営 
    6/ 3日  1時間で峠を越え、ポカラの空港に到着  

    参考 ; ポカラ 国際山岳博物館 ・・・ 登山隊の装備品等展示 

    ・・ 説明の中で(  )で囲った箇所は、私の行動と見解です

  • カトマンドゥ 滞在中に 隊員が訪れていた 名所 <br />   ブダニールカンタ ; ヒンドウー寺院で7-8世紀作の ヴィシュヌ神 が<br />祭ってある <br />  ( ・・・ カトマンドウ市内からレンタル自転車で1時間程走って<br />  到着しました)<br />

    カトマンドゥ 滞在中に 隊員が訪れていた 名所
    ブダニールカンタ ; ヒンドウー寺院で7-8世紀作の ヴィシュヌ神 が
    祭ってある 
      ( ・・・ カトマンドウ市内からレンタル自転車で1時間程走って
      到着しました)

  • ヴィシュヌ神

    ヴィシュヌ神

  • 3/11日 カトマンドゥ 出発<br /> 隊員12名、シェルパ20名、ポーター394名で出発、700mの登り<br /> だが午後の日差しで炒り鍋の中にいる様で度々休みを取り、<br /> カカニの頂に露営<br />槙隊長は、アルプス、ロッキーも知っているが、想像を越えた壮大な<br />  山脈を目の当たりに見た!と 感動<br /><br /><br />(バスに乗り、カウレタナのバス停から 約1時間登ったカカニの頂は、180度ヒマラヤの眺望だった!)

    3/11日 カトマンドゥ 出発
     隊員12名、シェルパ20名、ポーター394名で出発、700mの登り
     だが午後の日差しで炒り鍋の中にいる様で度々休みを取り、
     カカニの頂に露営
    槙隊長は、アルプス、ロッキーも知っているが、想像を越えた壮大な
      山脈を目の当たりに見た!と 感動


    (バスに乗り、カウレタナのバス停から 約1時間登ったカカニの頂は、180度ヒマラヤの眺望だった!)

  • カウレタナのバス停

    カウレタナのバス停

  • カカニの頂は、180度ヒマラヤの眺望だった!<br />

    カカニの頂は、180度ヒマラヤの眺望だった!

  • 左側;西 から右側;東方向へ ・・・ アンナプルナ・ヒマ―ル

    左側;西 から右側;東方向へ ・・・ アンナプルナ・ヒマ―ル

  • マナスル・ヒマ―ル

    マナスル・ヒマ―ル

  • ガネッシュ・ヒマ―ル

    ガネッシュ・ヒマ―ル

  • ランタン・ヒマ―ル ・・・ 頂部だけで? 方向で判断しました

    ランタン・ヒマ―ル ・・・ 頂部だけで? 方向で判断しました

  • 右端;ロールワリン・ヒマ―ル と クーンブ・ヒマ―ル<br />   (目視では エヴェレストを確認出来ました)

    右端;ロールワリン・ヒマ―ル と クーンブ・ヒマ―ル
       (目視では エヴェレストを確認出来ました)

  • 3/12日  バター・バザールの先に 露営<br />   カカニから1500m をひたすら下り、渓流に沿って下り バターバザール の田の上に 露営<br /><br />( 1500m 下って 渓流沿いに西の方向へ進み、北側へ進む )<br />

    3/12日 バター・バザールの先に 露営
    カカニから1500m をひたすら下り、渓流に沿って下り バターバザール の田の上に 露営

    ( 1500m 下って 渓流沿いに西の方向へ進み、北側へ進む )

  •  バターバザールのバスパーク<br /><br /> (カトマンドウ市内からバスで3時間掛かって到着しました。<br />     その後1時間歩いてトリスリに向かいました)

    バターバザールのバスパーク

     (カトマンドウ市内からバスで3時間掛かって到着しました。
         その後1時間歩いてトリスリに向かいました)

  • バターバザールの田畑

    バターバザールの田畑

  • 3/13日  サマリ の谷間の水田跡に露営<br />    バター・バザールを出発して 1時間で トリスリバザール に着き<br />   400名が買い物を始めると お祭り騒ぎになった。<br /><br /> ( トリスリ・バザールの商店街 )

    3/13日 サマリ の谷間の水田跡に露営
    バター・バザールを出発して 1時間で トリスリバザール に着き
      400名が買い物を始めると お祭り騒ぎになった。

     ( トリスリ・バザールの商店街 )

  • ( トリスリ・バザールの商店街 )

    ( トリスリ・バザールの商店街 )

  • (サマリ の方向は望めたが 日本の道路と違い石ころ道は <br />  行く事が出来ず断念!)<br /><br /><br />3/14日 タルプ(1500m)の峠越えで壮観な眺望を眺め 800m下ったアンク・コーラ傍の<br />チャランフェディの孤立した丘に露営 ; ガネッシュが見えるこの丘は<br />      ティルマンが好んだとされ“ティルマンの丘”と呼ばれた<br />(チャランフェデイー はアルガトバザールから15km有り 移動手段が色々探したが無くて断念!<br />後追いで若者が10,000 Rs(1か月分の給料)なら行くと、言って来たがガイドが断った)<br />

    (サマリ の方向は望めたが 日本の道路と違い石ころ道は
      行く事が出来ず断念!)


    3/14日 タルプ(1500m)の峠越えで壮観な眺望を眺め 800m下ったアンク・コーラ傍の
    チャランフェディの孤立した丘に露営 ; ガネッシュが見えるこの丘は
          ティルマンが好んだとされ“ティルマンの丘”と呼ばれた
    (チャランフェデイー はアルガトバザールから15km有り 移動手段が色々探したが無くて断念!
    後追いで若者が10,000 Rs(1か月分の給料)なら行くと、言って来たがガイドが断った)

  • 3/15、16日 半日の行程なのでアンク・コーラで水浴び・魚をとったり<br />       してアルガトバザールの 北外れの マンゴー畑 に露営<br />

    3/15、16日 半日の行程なのでアンク・コーラで水浴び・魚をとったり
           してアルガトバザールの 北外れの マンゴー畑 に露営

  •  ( アルガトバザールの商店街 )

     ( アルガトバザールの商店街 )

  • 3/17日  行程は短く、早い隊員は昼前に着き、ソテイコーラの<br />   段々畑に露営

    3/17日 行程は短く、早い隊員は昼前に着き、ソテイコーラの
       段々畑に露営

  • ソテイコーラのバナナ畑

    ソテイコーラのバナナ畑

  • 3/18日  右岸の急峻な岩壁を三か所越えるのに時間が掛かり、<br />   最後のポーターは午後6時にコーラベシに到着して露営<br />

    3/18日 右岸の急峻な岩壁を三か所越えるのに時間が掛かり、
       最後のポーターは午後6時にコーラベシに到着して露営

  • 右下の集落がコーラベシ

    右下の集落がコーラベシ

  • 3/19 日  断崖の壁を伝って UP/DN すると、眼下に広々とした河原が<br />      展開、ヤルバーガ の砂地に露営 ;  隊員は”上高地”と呼んだ<br /><br />  河原の両岸は 垂直に 5 - 600m の岩峰が立ち 上流は 4000m<br />    級の雪嶺が望まれる <br />

    3/19 日 断崖の壁を伝って UP/DN すると、眼下に広々とした河原が
    展開、ヤルバーガ の砂地に露営 ; 隊員は”上高地”と呼んだ

      河原の両岸は 垂直に 5 - 600m の岩峰が立ち 上流は 4000m
        級の雪嶺が望まれる 

  •  (渓谷が続いているが、此処は開けていて解放感充分!)

    (渓谷が続いているが、此処は開けていて解放感充分!)

  • 3/20日  不安定な丸木橋を右岸へ、左岸へ渡るのに時間が掛かり<br />   ジャガットに9時半に到着。税関と駐屯兵にもてなしを受けた。<br />  この後、セティバスの先 “タロ” に露営 ; ( 現地では<br />   Tara と言っていた )<br />

    3/20日 不安定な丸木橋を右岸へ、左岸へ渡るのに時間が掛かり
       ジャガットに9時半に到着。税関と駐屯兵にもてなしを受けた。
      この後、セティバスの先 “タロ” に露営 ; ( 現地では
       Tara と言っていた )

  •  Tara の露営地跡

     Tara の露営地跡

  • 3/21日  バンシン村の上方を通過し一気に1000m程登り、後は800m<br />   下ってニヤックの先 松林の中に露営<br /><br />   (現在は 吊橋が架かり左岸を遡るが 以前はTaraから右岸の<br />      岩壁を登り ニヤック に!)<br />

    3/21日 バンシン村の上方を通過し一気に1000m程登り、後は800m
       下ってニヤックの先 松林の中に露営

       (現在は 吊橋が架かり左岸を遡るが 以前はTaraから右岸の
          岩壁を登り ニヤック に!)

  • ( 一気に登る 1000mの岩壁 )

    ( 一気に登る 1000mの岩壁 )

  • 3/23日  晴れ間に出発したが、雨が降り出し気温は8度に!<br />    デンの先 “ビヒ” に露営 ・・・ 雪嶺の山々が見え出し<br />     ヒマラヤの核心に!<br />

    3/23日 晴れ間に出発したが、雨が降り出し気温は8度に!
        デンの先 “ビヒ” に露営 ・・・ 雪嶺の山々が見え出し
         ヒマラヤの核心に!

  • デンの先 “ビヒ” に露営

    デンの先 “ビヒ” に露営

  • 3/24日  今朝は6度で山は雪煙を上げている。支流が石灰岩に<br />    トンネルをうがっている等、三度橋を渡り、森林地帯を進み<br />   、ナムルンの先の傾斜地に露営<br />      ( 支流のトンネルを見つける事は叶わず )<br />

    3/24日 今朝は6度で山は雪煙を上げている。支流が石灰岩に
        トンネルをうがっている等、三度橋を渡り、森林地帯を進み
       、ナムルンの先の傾斜地に露営
          ( 支流のトンネルを見つける事は叶わず )

  • ナムルンの先の傾斜地 ??

    ナムルンの先の傾斜地 ??

  • 3/25日  10時半に待望のマナスルが全容を現し、雪煙をなびかせて<br />   いた。ロウ の村に1時半に到着し広い傾斜地に露営<br />  経験者は当時を語り、新参者はその印象を語り半日は<br />  マナスルの話だった<br />

    3/25日 10時半に待望のマナスルが全容を現し、雪煙をなびかせて
       いた。ロウ の村に1時半に到着し広い傾斜地に露営
      経験者は当時を語り、新参者はその印象を語り半日は
      マナスルの話だった

  • 広い傾斜地に露営

    広い傾斜地に露営

  • 3/26日  賃金・心付けの支給で もめて日没まで続いた。<br />3/27日  サマの入口で、住民が暴力で阻止したため、スッパの護衛が<br />    排除した。サマ入口にテントを設営し、スッパ と 一部は<br />    B.Cの分岐にテント設営。<br />   ( スッパ は この地区を統括する役人で、日本隊を<br />      援助するため、派遣された )<br />

    3/26日 賃金・心付けの支給で もめて日没まで続いた。
    3/27日 サマの入口で、住民が暴力で阻止したため、スッパの護衛が
        排除した。サマ入口にテントを設営し、スッパ と 一部は
        B.Cの分岐にテント設営。
       ( スッパ は この地区を統括する役人で、日本隊を
          援助するため、派遣された )

  • ベースキャンプ(B.C)の分岐点<br /><br />3/28日  サマ入口の荷を、B.Cの分岐点まで運び上げた。400個の半数

    ベースキャンプ(B.C)の分岐点

    3/28日 サマ入口の荷を、B.Cの分岐点まで運び上げた。400個の半数

  • ベースキャンプ(B.C)の分岐点

    ベースキャンプ(B.C)の分岐点

  • ベースキャンプ(B.C)の分岐点

    ベースキャンプ(B.C)の分岐点

  • 3/29日  午前中に全て運び上げ、午後からベースキャンプへ荷を揚げた<br />放牧小屋の石垣が残る所を 食堂と調理室にして、夜はストーブを<br />囲み、旅路の終わりに到達した喜びに浸った<br />

    3/29日 午前中に全て運び上げ、午後からベースキャンプへ荷を揚げた
    放牧小屋の石垣が残る所を 食堂と調理室にして、夜はストーブを
    囲み、旅路の終わりに到達した喜びに浸った

  • 放牧小屋の石垣が残る所を 食堂と調理室<br /><br /><br />3/30日 第一キャンプまでの標識など設置。サマの代表が交渉案を持参<br />4/1日   昼近くサマ部落の代表と、契約に署名捺印、約束の金額を支払った<br />    之で、マナスル登山に 何ら干渉・邪魔される事がなくなった<br /><br />4 / 7日   第一 キャンプ設営<br />4 / 13日  第二 キャンプ設営<br />4 / 23日  第三 キャンプ設営<br />4 / 25日  第四 キャンプ設営<br />5 / 4日   第五 キャンプ設営<br />5 / 8日   第六 キャンプ設営<br /><br /><br />5 / 9日  初登頂なる。今西隊員、ガルツェン<br />5 /11日  第二登頂隊も登頂を果たす ; 加藤隊員、日下田隊員<br /><br /><br /><br />( この後は、4 ~ 5000mになるので、現在の体力を考え登っていません )<br />  <br />5 / 20日 ラルキャ・バザー のテント場に露営<br />5 / 21日  氷河の累積岩;の岩陰、チョーダナ? の雪嶺を望む盆地に露営; <br />5 / 22日  ビムタン のテント場に露営<br />5 / 23日  カルチェ の露営地<br />5 / 24日  トンジェ の村に露営<br />5 / 25日  1日滞在した。<br /><br />

    放牧小屋の石垣が残る所を 食堂と調理室


    3/30日 第一キャンプまでの標識など設置。サマの代表が交渉案を持参
    4/1日 昼近くサマ部落の代表と、契約に署名捺印、約束の金額を支払った
        之で、マナスル登山に 何ら干渉・邪魔される事がなくなった

    4 / 7日   第一 キャンプ設営
    4 / 13日  第二 キャンプ設営
    4 / 23日  第三 キャンプ設営
    4 / 25日  第四 キャンプ設営
    5 / 4日   第五 キャンプ設営
    5 / 8日   第六 キャンプ設営


    5 / 9日  初登頂なる。今西隊員、ガルツェン
    5 /11日  第二登頂隊も登頂を果たす ; 加藤隊員、日下田隊員



    ( この後は、4 ~ 5000mになるので、現在の体力を考え登っていません )

    5 / 20日 ラルキャ・バザー のテント場に露営
    5 / 21日 氷河の累積岩;の岩陰、チョーダナ? の雪嶺を望む盆地に露営;
    5 / 22日 ビムタン のテント場に露営
    5 / 23日 カルチェ の露営地
    5 / 24日 トンジェ の村に露営
    5 / 25日 1日滞在した。

  • 5/26日  鉄橋を右岸へ、さらに木橋を左岸へ渡り明るい谷間を進み<br />  開けた タル の河原の砂地に露営<br />

    5/26日 鉄橋を右岸へ、さらに木橋を左岸へ渡り明るい谷間を進み
      開けた タル の河原の砂地に露営

  • タル の河原の砂地

    タル の河原の砂地

  • 5/27日  左岸の中腹を上下して、右岸に渡る橋は竹の足場で数時間を<br />    要してシャンゲに露営<br />

    5/27日 左岸の中腹を上下して、右岸に渡る橋は竹の足場で数時間を
        要してシャンゲに露営

  • シャンゲに露営

    シャンゲに露営

  • 5/28日  ムシ・コーラ (河) の段丘に露営 <br />    ・・・( 現在はダムが出来、湖底に! )<br /> ヒマルチュリーを源とする川で、マルシャンディ・ナディ(大河)に合流する<br /> ( 現在は ナディ・コーラ と呼ばれている ・・・ 現地の人も ムシ・コーラは知らなかった )<br />

    5/28日 ムシ・コーラ (河) の段丘に露営 
        ・・・( 現在はダムが出来、湖底に! )
     ヒマルチュリーを源とする川で、マルシャンディ・ナディ(大河)に合流する
     ( 現在は ナディ・コーラ と呼ばれている ・・・ 現地の人も ムシ・コーラは知らなかった )

  • ( 現在はダムが出来、湖底に! )

    ( 現在はダムが出来、湖底に! )

  • 5/29日  行程は短く、鉄橋を右岸に渡り、川が合流する クディ の<br />   段丘にあるマンゴーの大木の林に露営<br />5/30日  1日滞在<br />

    5/29日 行程は短く、鉄橋を右岸に渡り、川が合流する クディ の
       段丘にあるマンゴーの大木の林に露営
    5/30日 1日滞在

  • クディの街並み<br /><br />5/31日  屋根伝いに長々と西に進み、段々畑と山稜に囲まれた、<br />  マリーン の小池の傍に露営<br /> ( ベシサハール から20km 離れていて、移動手段が無く断念した )<br /><br />6/ 1日  谷に下り、渓流と峠を越え数時間、ルディコーラ 河原に露営<br />     登山用の爆薬が未使用だったので、爆発させ大量の魚を取った <br /> ( モーターバイクでバガワティ を訪れ ルディコーラへも行く<br />    予定が、滑って倒れたので断念!)<br />

    クディの街並み

    5/31日 屋根伝いに長々と西に進み、段々畑と山稜に囲まれた、
      マリーン の小池の傍に露営
    ( ベシサハール から20km 離れていて、移動手段が無く断念した )

    6/ 1日  谷に下り、渓流と峠を越え数時間、ルディコーラ 河原に露営
         登山用の爆薬が未使用だったので、爆発させ大量の魚を取った 
     ( モーターバイクでバガワティ を訪れ ルディコーラへも行く
        予定が、滑って倒れたので断念!)

  • 6/2日   峠を越え、マディコーラ左岸を進み、バガワティ の吊り橋を<br />   渡ると、橋が傷んでいたので、登山用縄で補強したが時間が掛かり<br />    傍の段々畑に野営<br />( 現在、吊橋は更新され、車両用のコンクリート橋も架かっていた )<br />

    6/2日 峠を越え、マディコーラ左岸を進み、バガワティ の吊り橋を
       渡ると、橋が傷んでいたので、登山用縄で補強したが時間が掛かり
        傍の段々畑に野営
    ( 現在、吊橋は更新され、車両用のコンクリート橋も架かっていた )

  • 車両も通れるコンクリート橋

    車両も通れるコンクリート橋

  • バガワティ の集落

    バガワティ の集落

  • 段々畑が拡がる露営地

    段々畑が拡がる露営地

  • 6/3日   1時間で峠を越えると、アンナプルナが見える予定が雲に<br />   遮られていた(此の光景は見る事が叶わず)

    6/3日  1時間で峠を越えると、アンナプルナが見える予定が雲に
       遮られていた(此の光景は見る事が叶わず)

  •  雲の合間に、左下に湖水が隠見した ・・・ ベグナス湖

     雲の合間に、左下に湖水が隠見した ・・・ ベグナス湖

  • ポカラ の 飛行場 ; 二・三軒の わらぶき 茶屋の前にテントを張った<br />    カトマンドウから 何時飛んでくるか判らず 連絡も出来ず<br />    気長に待った。<br />

    ポカラ の 飛行場 ; 二・三軒の わらぶき 茶屋の前にテントを張った
        カトマンドウから 何時飛んでくるか判らず 連絡も出来ず
        気長に待った。

  • 茶屋の前にテントを張った<br /><br /><br />6/ 7日   槙隊長他6名、ポカラより空路カトマンドゥに到着<br />6/ 8日   千谷他3名、シェルパ8名、ポカラよりカトマンドゥに到着<br />6/11日  大塚、松田、シェルパ15名、ポカラよりカトマンドゥに到着<br /><br />

    茶屋の前にテントを張った


    6/ 7日 槙隊長他6名、ポカラより空路カトマンドゥに到着
    6/ 8日 千谷他3名、シェルパ8名、ポカラよりカトマンドゥに到着
    6/11日 大塚、松田、シェルパ15名、ポカラよりカトマンドゥに到着

  • ポカラ 国際山岳博物館<br /> マナスル登山隊 の 装備品等を 展示

    ポカラ 国際山岳博物館
     マナスル登山隊 の 装備品等を 展示

  • マナスルのオブジェ

    マナスルのオブジェ

  • 日本隊の集合写真

    日本隊の集合写真

  •  マナスル登山隊 の 装備品等を 展示 <br />    ・・・ ガラスに照明・太陽光が反射しました!<br />    左 側

     マナスル登山隊 の 装備品等を 展示 
        ・・・ ガラスに照明・太陽光が反射しました!
        左 側

  •  中 央 部 

     中 央 部 

  •  右 側

     右 側

  •   アイゼン

      アイゼン

  •  酸素調整器、スパナ類

     酸素調整器、スパナ類

  •   羊毛手袋

      羊毛手袋

  •   インナーソックス

      インナーソックス

  •   羊毛手袋

      羊毛手袋

  •  革手袋

     革手袋

  •    昭和天皇 に 謁見し報告

       昭和天皇 に 謁見し報告

  • 1956年 第三次 マナスル登山隊の帰国後の動静<br /><br />6/22  本隊 日本到着<br /><br />6/23  清瀬文部大臣から全員に感謝状が渡された<br /><br />6/26   マナスル登頂祝賀会が秩父宮殿下臨席のもと行われた<br />

    1956年 第三次 マナスル登山隊の帰国後の動静

    6/22  本隊 日本到着

    6/23  清瀬文部大臣から全員に感謝状が渡された

    6/26 マナスル登頂祝賀会が秩父宮殿下臨席のもと行われた

  • 6/26   マナスル登頂祝賀会が秩父宮殿下臨席のもと行われた<br />

    6/26 マナスル登頂祝賀会が秩父宮殿下臨席のもと行われた

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