2022/11/03 - 2022/11/25
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佐々の賢次郎さん
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日本のマナスル登山隊は、1952年の調査隊遠征から足掛け 5年をかけて、56年に念願の初登頂を果たしました。
この成功が、当時の鳩山首相も全国民の喜びと称えるなど、日本登山界に画期的な影響があり、空前絶後の登山ブームを巻き起こすなど社会現象になったものです。
小学生だった私の記憶の中にも強い印象が残っています。
今回、マナスルトレッキングの時に、その足跡を出来るだけ辿ってみたいとの思いで計画し、槙隊長の「マナスル登頂記」や毎日新聞社の DVD「マナスルに立つ」を参考に、日程調整をしました。
・・・・ 昨年末に投稿したのですが、手順を間違えたのか? その後4travelを見ると、
表紙1枚だけの旅行記になっていたので、修復しようとしましたが叶わず、抹消して
再度、投稿しました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩 バイク
- 航空会社
- タイ・スマイル タイ・エアアジア X
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
1956年 第三次マナスル登山隊
槙 有恒 (ゆうこう) 隊長のマナスル通信 より要約
目 次
日本隊の行動マップ
3/11日 カトマンドゥ 出発
3/12日 バター・バザールの先に 露営
3/13日 サマリ の谷間の水田跡に露営
3/14日 チャランフェディ の丘に露営
3/15、16日 アルガト・バザールに露営
3/17日 ソテイコーラ の段々畑に露営
3/18日 コーラベシに露営
3/19 日 ヤルバーガ の砂地に露営
3/20日 ジャガットの先 タラ に露営
3/21、22日 ニヤックの先 松林の中に露営
3/23日 デンの先 ビヒ に露営
3/24日 ナムルンの先の傾斜地に露営
3/25、26日 ロウ村の広い傾斜地に露営
3/27日 サマ入口とB.Cの分岐にテント設営
3/28日 B.Cの分岐点まで荷揚げ
3/29日 放牧小屋を食堂と調理室に
5/ 9日 初登頂なる。今西隊員、ガルツェン氏
5/11日 第二登頂隊も登頂を果たす ; 加藤隊員、日下田隊員
5/20日 ラルキャ・バザー のテント場に露営
5/21日 氷河の累積岩の岩陰に露営
5/22日 ビムタン のテント場に露営
5/23日 カルチェ の露営地
5/24日 トンジェ の村に露営
5/25日 1日滞在した。
5/26日 タル の河原の砂地に露営
5/27日 シャンゲ に露営
5/28日 ムシ・コーラ (河) の段丘に露営
5/29、30日 クディ の段丘にあるマンゴーの林に露営
5/31日 マリーン の小池の傍に露営
6/ 1日 ルディコーラ 河原に露営
6/ 2日 バガワティ の吊り橋の先 段々畑に野営
6/ 3日 1時間で峠を越え、ポカラの空港に到着
参考 ; ポカラ 国際山岳博物館 ・・・ 登山隊の装備品等展示
・・ 説明の中で( )で囲った箇所は、私の行動と見解です -
カトマンドゥ 滞在中に 隊員が訪れていた 名所
ブダニールカンタ ; ヒンドウー寺院で7-8世紀作の ヴィシュヌ神 が
祭ってある
( ・・・ カトマンドウ市内からレンタル自転車で1時間程走って
到着しました) -
ヴィシュヌ神
-
3/11日 カトマンドゥ 出発
隊員12名、シェルパ20名、ポーター394名で出発、700mの登り
だが午後の日差しで炒り鍋の中にいる様で度々休みを取り、
カカニの頂に露営
槙隊長は、アルプス、ロッキーも知っているが、想像を越えた壮大な
山脈を目の当たりに見た!と 感動
(バスに乗り、カウレタナのバス停から 約1時間登ったカカニの頂は、180度ヒマラヤの眺望だった!) -
カウレタナのバス停
-
カカニの頂は、180度ヒマラヤの眺望だった!
-
左側;西 から右側;東方向へ ・・・ アンナプルナ・ヒマ―ル
-
マナスル・ヒマ―ル
-
ガネッシュ・ヒマ―ル
-
ランタン・ヒマ―ル ・・・ 頂部だけで? 方向で判断しました
-
右端;ロールワリン・ヒマ―ル と クーンブ・ヒマ―ル
(目視では エヴェレストを確認出来ました) -
3/12日 バター・バザールの先に 露営
カカニから1500m をひたすら下り、渓流に沿って下り バターバザール の田の上に 露営
( 1500m 下って 渓流沿いに西の方向へ進み、北側へ進む ) -
バターバザールのバスパーク
(カトマンドウ市内からバスで3時間掛かって到着しました。
その後1時間歩いてトリスリに向かいました) -
バターバザールの田畑
-
3/13日 サマリ の谷間の水田跡に露営
バター・バザールを出発して 1時間で トリスリバザール に着き
400名が買い物を始めると お祭り騒ぎになった。
( トリスリ・バザールの商店街 ) -
( トリスリ・バザールの商店街 )
-
(サマリ の方向は望めたが 日本の道路と違い石ころ道は
行く事が出来ず断念!)
3/14日 タルプ(1500m)の峠越えで壮観な眺望を眺め 800m下ったアンク・コーラ傍の
チャランフェディの孤立した丘に露営 ; ガネッシュが見えるこの丘は
ティルマンが好んだとされ“ティルマンの丘”と呼ばれた
(チャランフェデイー はアルガトバザールから15km有り 移動手段が色々探したが無くて断念!
後追いで若者が10,000 Rs(1か月分の給料)なら行くと、言って来たがガイドが断った) -
3/15、16日 半日の行程なのでアンク・コーラで水浴び・魚をとったり
してアルガトバザールの 北外れの マンゴー畑 に露営 -
( アルガトバザールの商店街 )
-
3/17日 行程は短く、早い隊員は昼前に着き、ソテイコーラの
段々畑に露営 -
ソテイコーラのバナナ畑
-
3/18日 右岸の急峻な岩壁を三か所越えるのに時間が掛かり、
最後のポーターは午後6時にコーラベシに到着して露営 -
右下の集落がコーラベシ
-
3/19 日 断崖の壁を伝って UP/DN すると、眼下に広々とした河原が
展開、ヤルバーガ の砂地に露営 ; 隊員は”上高地”と呼んだ
河原の両岸は 垂直に 5 - 600m の岩峰が立ち 上流は 4000m
級の雪嶺が望まれる -
(渓谷が続いているが、此処は開けていて解放感充分!)
-
3/20日 不安定な丸木橋を右岸へ、左岸へ渡るのに時間が掛かり
ジャガットに9時半に到着。税関と駐屯兵にもてなしを受けた。
この後、セティバスの先 “タロ” に露営 ; ( 現地では
Tara と言っていた ) -
Tara の露営地跡
-
3/21日 バンシン村の上方を通過し一気に1000m程登り、後は800m
下ってニヤックの先 松林の中に露営
(現在は 吊橋が架かり左岸を遡るが 以前はTaraから右岸の
岩壁を登り ニヤック に!) -
( 一気に登る 1000mの岩壁 )
-
3/23日 晴れ間に出発したが、雨が降り出し気温は8度に!
デンの先 “ビヒ” に露営 ・・・ 雪嶺の山々が見え出し
ヒマラヤの核心に! -
デンの先 “ビヒ” に露営
-
3/24日 今朝は6度で山は雪煙を上げている。支流が石灰岩に
トンネルをうがっている等、三度橋を渡り、森林地帯を進み
、ナムルンの先の傾斜地に露営
( 支流のトンネルを見つける事は叶わず ) -
ナムルンの先の傾斜地 ??
-
3/25日 10時半に待望のマナスルが全容を現し、雪煙をなびかせて
いた。ロウ の村に1時半に到着し広い傾斜地に露営
経験者は当時を語り、新参者はその印象を語り半日は
マナスルの話だった -
広い傾斜地に露営
-
3/26日 賃金・心付けの支給で もめて日没まで続いた。
3/27日 サマの入口で、住民が暴力で阻止したため、スッパの護衛が
排除した。サマ入口にテントを設営し、スッパ と 一部は
B.Cの分岐にテント設営。
( スッパ は この地区を統括する役人で、日本隊を
援助するため、派遣された ) -
ベースキャンプ(B.C)の分岐点
3/28日 サマ入口の荷を、B.Cの分岐点まで運び上げた。400個の半数 -
ベースキャンプ(B.C)の分岐点
-
ベースキャンプ(B.C)の分岐点
-
3/29日 午前中に全て運び上げ、午後からベースキャンプへ荷を揚げた
放牧小屋の石垣が残る所を 食堂と調理室にして、夜はストーブを
囲み、旅路の終わりに到達した喜びに浸った -
放牧小屋の石垣が残る所を 食堂と調理室
3/30日 第一キャンプまでの標識など設置。サマの代表が交渉案を持参
4/1日 昼近くサマ部落の代表と、契約に署名捺印、約束の金額を支払った
之で、マナスル登山に 何ら干渉・邪魔される事がなくなった
4 / 7日 第一 キャンプ設営
4 / 13日 第二 キャンプ設営
4 / 23日 第三 キャンプ設営
4 / 25日 第四 キャンプ設営
5 / 4日 第五 キャンプ設営
5 / 8日 第六 キャンプ設営
5 / 9日 初登頂なる。今西隊員、ガルツェン
5 /11日 第二登頂隊も登頂を果たす ; 加藤隊員、日下田隊員
( この後は、4 ~ 5000mになるので、現在の体力を考え登っていません )
5 / 20日 ラルキャ・バザー のテント場に露営
5 / 21日 氷河の累積岩;の岩陰、チョーダナ? の雪嶺を望む盆地に露営;
5 / 22日 ビムタン のテント場に露営
5 / 23日 カルチェ の露営地
5 / 24日 トンジェ の村に露営
5 / 25日 1日滞在した。 -
5/26日 鉄橋を右岸へ、さらに木橋を左岸へ渡り明るい谷間を進み
開けた タル の河原の砂地に露営 -
タル の河原の砂地
-
5/27日 左岸の中腹を上下して、右岸に渡る橋は竹の足場で数時間を
要してシャンゲに露営 -
シャンゲに露営
-
5/28日 ムシ・コーラ (河) の段丘に露営
・・・( 現在はダムが出来、湖底に! )
ヒマルチュリーを源とする川で、マルシャンディ・ナディ(大河)に合流する
( 現在は ナディ・コーラ と呼ばれている ・・・ 現地の人も ムシ・コーラは知らなかった ) -
( 現在はダムが出来、湖底に! )
-
5/29日 行程は短く、鉄橋を右岸に渡り、川が合流する クディ の
段丘にあるマンゴーの大木の林に露営
5/30日 1日滞在 -
クディの街並み
5/31日 屋根伝いに長々と西に進み、段々畑と山稜に囲まれた、
マリーン の小池の傍に露営
( ベシサハール から20km 離れていて、移動手段が無く断念した )
6/ 1日 谷に下り、渓流と峠を越え数時間、ルディコーラ 河原に露営
登山用の爆薬が未使用だったので、爆発させ大量の魚を取った
( モーターバイクでバガワティ を訪れ ルディコーラへも行く
予定が、滑って倒れたので断念!) -
6/2日 峠を越え、マディコーラ左岸を進み、バガワティ の吊り橋を
渡ると、橋が傷んでいたので、登山用縄で補強したが時間が掛かり
傍の段々畑に野営
( 現在、吊橋は更新され、車両用のコンクリート橋も架かっていた ) -
車両も通れるコンクリート橋
-
バガワティ の集落
-
段々畑が拡がる露営地
-
6/3日 1時間で峠を越えると、アンナプルナが見える予定が雲に
遮られていた(此の光景は見る事が叶わず) -
雲の合間に、左下に湖水が隠見した ・・・ ベグナス湖
-
ポカラ の 飛行場 ; 二・三軒の わらぶき 茶屋の前にテントを張った
カトマンドウから 何時飛んでくるか判らず 連絡も出来ず
気長に待った。 -
茶屋の前にテントを張った
6/ 7日 槙隊長他6名、ポカラより空路カトマンドゥに到着
6/ 8日 千谷他3名、シェルパ8名、ポカラよりカトマンドゥに到着
6/11日 大塚、松田、シェルパ15名、ポカラよりカトマンドゥに到着 -
ポカラ 国際山岳博物館
マナスル登山隊 の 装備品等を 展示 -
マナスルのオブジェ
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日本隊の集合写真
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マナスル登山隊 の 装備品等を 展示
・・・ ガラスに照明・太陽光が反射しました!
左 側 -
中 央 部
-
右 側
-
アイゼン
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酸素調整器、スパナ類
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羊毛手袋
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インナーソックス
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羊毛手袋
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革手袋
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昭和天皇 に 謁見し報告
-
1956年 第三次 マナスル登山隊の帰国後の動静
6/22 本隊 日本到着
6/23 清瀬文部大臣から全員に感謝状が渡された
6/26 マナスル登頂祝賀会が秩父宮殿下臨席のもと行われた -
6/26 マナスル登頂祝賀会が秩父宮殿下臨席のもと行われた
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