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mistralの生まれ育った地は、この近く、千葉県旭市です。<br />猿田神社はおそらく七五三のお宮参りにも行ったのではないかと思われます。<br />両親も亡くなってしまった今となっては、確かめようもなくなってしまいました。<br />着物を着てかしこまって写真館で撮影した写真は、いまだに手元に残されています。<br /><br />結婚後は故郷を離れてしまいました。<br />コロナ禍になって以来、今までおろそかにしていた地元にも目を向けるようになり、ふるさと探訪をしてきました。<br /><br />https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/11669279/<br /><br />↑その折りの「椿の海」を訪ねた旅行記です。<br /><br />比較的近くの夏目の堰まで白鳥を見にやってきたことがありましたが、猿田神社までは時間切れとなって来ることができませんでした。<br />今回、実家を訪問したおりに思い立って猿田まで来てみました。<br />神社の廻りは相変わらずうっそうとした深い森が取り囲んでいて、おそらくその姿は何十年、何百年経ったとしても変わることがない、神秘的な気配を漂わせていました。

2022年の大みそかに猿田神社に参拝をした記録。

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2022/12/31 - 2022/12/31

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mistral

mistralさん

mistralの生まれ育った地は、この近く、千葉県旭市です。
猿田神社はおそらく七五三のお宮参りにも行ったのではないかと思われます。
両親も亡くなってしまった今となっては、確かめようもなくなってしまいました。
着物を着てかしこまって写真館で撮影した写真は、いまだに手元に残されています。

結婚後は故郷を離れてしまいました。
コロナ禍になって以来、今までおろそかにしていた地元にも目を向けるようになり、ふるさと探訪をしてきました。

https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/11669279/

↑その折りの「椿の海」を訪ねた旅行記です。

比較的近くの夏目の堰まで白鳥を見にやってきたことがありましたが、猿田神社までは時間切れとなって来ることができませんでした。
今回、実家を訪問したおりに思い立って猿田まで来てみました。
神社の廻りは相変わらずうっそうとした深い森が取り囲んでいて、おそらくその姿は何十年、何百年経ったとしても変わることがない、神秘的な気配を漂わせていました。

旅行の満足度
4.0
同行者
家族旅行
旅行の手配内容
個別手配
  • 猿田駅前にある空き地に車をとめて、<br />無人駅の見学。<br />駅は「さるだ」と読む。<br />猿田神社は「さるたじんじゃ」との読み。

    猿田駅前にある空き地に車をとめて、
    無人駅の見学。
    駅は「さるだ」と読む。
    猿田神社は「さるたじんじゃ」との読み。

  • 千葉駅から総武本線の各駅停車に乗って<br />ことことと走って<br />1時間30~40分で到着する。<br />(mistral実家の最寄駅は旭)

    千葉駅から総武本線の各駅停車に乗って
    ことことと走って
    1時間30~40分で到着する。
    (mistral実家の最寄駅は旭)

  • 今回猿田駅について<br />興味深い史実を「横浜臨海公園さん」の旅行記<br />「下総國猿田宮参拝記」から教えていただきました。<br />↓がその旅行記です。<br /><br />https://4travel.jp/travelogue/10362500<br /><br />(以下のコメントは、横浜臨海公園さんが丹念に調査され旅行記に<br />著された解説をもとにさせて頂いています。以下「 」部分。)<br /><br />写真中央に一部のぞいているのは、猿田神社へ向かうために<br />架けられた橋の橋脚で、<br />「昭和50年(1975年)鉄道の電化にあたり、架線があたる恐れがある<br />とのことで、橋全体をジャッキアップをし、高くなった部分を<br />コンクリートで構築した為にレンガではなくなった部分(白い部分)」<br />が見えている。

    今回猿田駅について
    興味深い史実を「横浜臨海公園さん」の旅行記
    「下総國猿田宮参拝記」から教えていただきました。
    ↓がその旅行記です。

    https://4travel.jp/travelogue/10362500

    (以下のコメントは、横浜臨海公園さんが丹念に調査され旅行記に
    著された解説をもとにさせて頂いています。以下「 」部分。)

    写真中央に一部のぞいているのは、猿田神社へ向かうために
    架けられた橋の橋脚で、
    「昭和50年(1975年)鉄道の電化にあたり、架線があたる恐れがある
    とのことで、橋全体をジャッキアップをし、高くなった部分を
    コンクリートで構築した為にレンガではなくなった部分(白い部分)」
    が見えている。

  • 「総武本線が通る前は、総武鐡道の管轄であったが<br />路線を決めていく上で、猿田神社の境内を通過せざるを<br />得なくなり、この煉瓦積建築橋梁を造り、猿田神社に<br />奉納したもののようだ。」<br /><br />(建築にまつわる史実は、横浜臨海公園さんの旅行記に詳細が<br />ありますので、ご興味のある方は是非ご訪問ください。)<br />

    「総武本線が通る前は、総武鐡道の管轄であったが
    路線を決めていく上で、猿田神社の境内を通過せざるを
    得なくなり、この煉瓦積建築橋梁を造り、猿田神社に
    奉納したもののようだ。」

    (建築にまつわる史実は、横浜臨海公園さんの旅行記に詳細が
    ありますので、ご興味のある方は是非ご訪問ください。)

  • 建築後すでに100年以上の年月が経っているもの。<br /><br />このような経過を、地元の方々はご存じなかったようで<br />横浜臨海公園さんのお話によって初めてお知りになった<br />そうだ。<br />

    建築後すでに100年以上の年月が経っているもの。

    このような経過を、地元の方々はご存じなかったようで
    横浜臨海公園さんのお話によって初めてお知りになった
    そうだ。

  • 橋には「先神橋」とあった。<br />

    橋には「先神橋」とあった。

  • 線路沿いに歩いてきたらいきなり先神橋のふもとに<br />出たので、もう一度道路沿いに建つ<br />第一鳥居から入りなおしています。

    線路沿いに歩いてきたらいきなり先神橋のふもとに
    出たので、もう一度道路沿いに建つ
    第一鳥居から入りなおしています。

  • 第二鳥居。<br />ここから参道は先神橋を渡っていく。

    第二鳥居。
    ここから参道は先神橋を渡っていく。

  • 橋の右手そばにある<br />日露戦争記念碑。<br /><br />良く碑文を読まず撮影だけして帰ったが<br />横浜臨海公園さんによれば、碑文は<br /><br />陸軍大将で旅順攻略司令官だった乃木希典(のぎまれすけ)<br />の筆によるそうだ。<br />「軍事参議官職ということから、明治40年(1906年)前後の筆<br />ではないか」と横浜臨海公園さんは推定されておられる。

    橋の右手そばにある
    日露戦争記念碑。

    良く碑文を読まず撮影だけして帰ったが
    横浜臨海公園さんによれば、碑文は

    陸軍大将で旅順攻略司令官だった乃木希典(のぎまれすけ)
    の筆によるそうだ。
    「軍事参議官職ということから、明治40年(1906年)前後の筆
    ではないか」と横浜臨海公園さんは推定されておられる。

  • 橋から線路が見えている。

    橋から線路が見えている。

  • 巨木が周囲には生い茂る。

    巨木が周囲には生い茂る。

  • 「猿田神社の森」と書かれた石碑が石段の麓に<br />立っている。<br />この森は千葉県指定の天然記念物のようだ。

    「猿田神社の森」と書かれた石碑が石段の麓に
    立っている。
    この森は千葉県指定の天然記念物のようだ。

  • 指定されたのは昭和59年。<br />銚子地方における希少なスダジイの極相林として貴重なもののようだ。<br />本殿の南斜面には高木層にスダジイ、亜高木層にヤマボウシ、アカガシ、<br />ヤブニッケイなどが生育し、、、とある。

    指定されたのは昭和59年。
    銚子地方における希少なスダジイの極相林として貴重なもののようだ。
    本殿の南斜面には高木層にスダジイ、亜高木層にヤマボウシ、アカガシ、
    ヤブニッケイなどが生育し、、、とある。

  • 手水舎<br />昭和41年建立。

    手水舎
    昭和41年建立。

  • コロナ禍となって、柄杓が置かれてないところもあるが<br />ここでは明日からの新年に備えて、真新しいものの用意が<br />されている。<br />両端にはかなり摩耗してしまっているが恐らく龍の像が。

    コロナ禍となって、柄杓が置かれてないところもあるが
    ここでは明日からの新年に備えて、真新しいものの用意が
    されている。
    両端にはかなり摩耗してしまっているが恐らく龍の像が。

  • 拝殿参拝の用意も整っているようだ。

    拝殿参拝の用意も整っているようだ。

  • しにあの旅人さんによれば<br />右側でにらみをきかせているのは「唐獅子」とのこと。<br />ずっと一対の狛犬さんと思っていた。<br />そういえば本殿彫刻などで、駆け回る唐獅子や牡丹の彫刻を<br />見かけていたことを思い出す。

    しにあの旅人さんによれば
    右側でにらみをきかせているのは「唐獅子」とのこと。
    ずっと一対の狛犬さんと思っていた。
    そういえば本殿彫刻などで、駆け回る唐獅子や牡丹の彫刻を
    見かけていたことを思い出す。

  • 左側、こちらは狛犬?でしょうか。<br />後方はお神輿の収納庫。<br />

    左側、こちらは狛犬?でしょうか。
    後方はお神輿の収納庫。

  • 拝殿は大正3年改築。

    拝殿は大正3年改築。

  • 神輿庫全体<br />内部には3基の神輿が展示されている。<br />そのうちの1基は珍しい入母屋造だそう。

    神輿庫全体
    内部には3基の神輿が展示されている。
    そのうちの1基は珍しい入母屋造だそう。

  • 左手に回っていくと<br />「力石」と書かれた立札が。<br />祭礼で力自慢をして持ち上げた石だそう。<br />48貫との重さは、約180キロにもなるようだ。

    左手に回っていくと
    「力石」と書かれた立札が。
    祭礼で力自慢をして持ち上げた石だそう。
    48貫との重さは、約180キロにもなるようだ。

  • 湧水のご神水。

    湧水のご神水。

  • お稲荷さんのお社がずらりと。

    お稲荷さんのお社がずらりと。

  • その先には鬱蒼とした森が続いている。

    その先には鬱蒼とした森が続いている。

  • 森の終わるあたりに丁度<br />線路が見える。

    森の終わるあたりに丁度
    線路が見える。

  • 千葉県指定天然記念物の猿田神社の森<br />(昭和49年3月に指定される)<br />写真からも、社殿を取り囲むようにスダジイが枝を<br />広げている様子がわかる。<br />林床にはスダジイの幼樹が多く、今後もスダジイ林として<br />存続するだろうと考えられている<br />学術的にも貴重な森。

    千葉県指定天然記念物の猿田神社の森
    (昭和49年3月に指定される)
    写真からも、社殿を取り囲むようにスダジイが枝を
    広げている様子がわかる。
    林床にはスダジイの幼樹が多く、今後もスダジイ林として
    存続するだろうと考えられている
    学術的にも貴重な森。

  • 神宮とその周りを取り囲む深い森の様子。

    神宮とその周りを取り囲む深い森の様子。

  • 本殿の説明:<br />社伝によると平安時代初期の大同2年(807年)に社殿が建立。<br />猿田彦大神、天鈿女命(あめのうずめのみこと)、菊理媛命<br />(くくりひめのみこと)を祀っている。<br />棟札によると延宝8年(1680年)の建立。正面三間、側面二間の三間社<br />流造で、檜皮葺の屋根、正面には唐破風の向背がつけられている、、、<br />(千葉県指定有形文化財)

    本殿の説明:
    社伝によると平安時代初期の大同2年(807年)に社殿が建立。
    猿田彦大神、天鈿女命(あめのうずめのみこと)、菊理媛命
    (くくりひめのみこと)を祀っている。
    棟札によると延宝8年(1680年)の建立。正面三間、側面二間の三間社
    流造で、檜皮葺の屋根、正面には唐破風の向背がつけられている、、、
    (千葉県指定有形文化財)

  • 天正検地帳<br />下総国海上郡三崎庄猿田郷村野帳 4冊<br />天正18年(1590年)小田原城攻略の功によって関東に移封された<br />徳川家康は、領内に検地を実施して支配地の把握に努めた。<br />この検地は豊臣秀吉の土地政策で行われた検地で太閤検地とも<br />いわれ、房総各地では天正19~20年にかけて実施された。<br />検地帳は2部作り、1部は関係領主が所有し、1部は村の名主が所有した。<br />猿田神社が管理している検地帳は名主側に残された検地当時の原本。

    天正検地帳
    下総国海上郡三崎庄猿田郷村野帳 4冊
    天正18年(1590年)小田原城攻略の功によって関東に移封された
    徳川家康は、領内に検地を実施して支配地の把握に努めた。
    この検地は豊臣秀吉の土地政策で行われた検地で太閤検地とも
    いわれ、房総各地では天正19~20年にかけて実施された。
    検地帳は2部作り、1部は関係領主が所有し、1部は村の名主が所有した。
    猿田神社が管理している検地帳は名主側に残された検地当時の原本。

  • この灯篭は、猿田神社本殿前に置かれている砂岩製の2管で、傘石に<br />寄進者の名前が入った銘文が刻まれている。<br /><br />銘文によれば銚子外浦の酒屋又兵衛が宝永5年(1708年)11月に猿田<br />神社へ奉納したものであることがわかるようだ。

    この灯篭は、猿田神社本殿前に置かれている砂岩製の2管で、傘石に
    寄進者の名前が入った銘文が刻まれている。

    銘文によれば銚子外浦の酒屋又兵衛が宝永5年(1708年)11月に猿田
    神社へ奉納したものであることがわかるようだ。

  • 本殿(有形文化財)は天正2年(1574年)に再建、<br />本殿は延宝8年(1680年)に建立されたもので、<br />現在まで340年ほど経過してきている。<br />根本的な修理はこれまで行われておらず<br />建立以来初めて建物すべてを解きほぐし<br />破損部を新規に取り替え、再びくみ上げる工事を実施する。<br />工事期間は令和8年3月までの長期にわたるようだ。

    本殿(有形文化財)は天正2年(1574年)に再建、
    本殿は延宝8年(1680年)に建立されたもので、
    現在まで340年ほど経過してきている。
    根本的な修理はこれまで行われておらず
    建立以来初めて建物すべてを解きほぐし
    破損部を新規に取り替え、再びくみ上げる工事を実施する。
    工事期間は令和8年3月までの長期にわたるようだ。

  • 本殿の横から出て

    本殿の横から出て

  • 奥宮へ向かっている。

    奥宮へ向かっている。

  • 途中で左手に下る道を降りる。

    途中で左手に下る道を降りる。

  • どうやら御神水がいただけるようだが<br />この時期、訪れる人がいないのか

    どうやら御神水がいただけるようだが
    この時期、訪れる人がいないのか

  • 枯葉で埋もれてしまっていた。<br /><br />手前には御神砂をいただける崖地もあった。

    枯葉で埋もれてしまっていた。

    手前には御神砂をいただける崖地もあった。

  • 「親鸞聖人霊場旧跡」との石碑<br />貞永元年(1232年)浄土真宗宗祖の親鸞がこの地に庵を<br />建てて滞在された。<br />霊夢により猿田彦神の加護を得たそうで、当地に<br />東光寺を建てたとの伝承がある。(東光寺はのちに他所へ<br />移転した。)<br />

    「親鸞聖人霊場旧跡」との石碑
    貞永元年(1232年)浄土真宗宗祖の親鸞がこの地に庵を
    建てて滞在された。
    霊夢により猿田彦神の加護を得たそうで、当地に
    東光寺を建てたとの伝承がある。(東光寺はのちに他所へ
    移転した。)

  • 参拝をすませ拝殿から下る石段を見下ろしている。

    参拝をすませ拝殿から下る石段を見下ろしている。

  • 橋の上部には<br />覆い被さるように繁っている巨木が。

    橋の上部には
    覆い被さるように繁っている巨木が。

  • こんな様子。

    こんな様子。

  • 新年を迎える前日に<br />綺麗に履き清められた神社で<br />1番乗りでのお詣りをしたような気分になって<br />一礼をしてあとにした。

    新年を迎える前日に
    綺麗に履き清められた神社で
    1番乗りでのお詣りをしたような気分になって
    一礼をしてあとにした。

  • すでに日も翳ってきているが<br />帰り道近くでもあるので<br />夏目の堰をまわって

    すでに日も翳ってきているが
    帰り道近くでもあるので
    夏目の堰をまわって

  • 白鳥さんたちの様子を見て帰ろうと<br />車を走らせているところ。

    白鳥さんたちの様子を見て帰ろうと
    車を走らせているところ。

  • 今年もたくさんの野鳥がやってきていた。

    今年もたくさんの野鳥がやってきていた。

  • 車道近くでも<br />平気で羽を休めているのは鴨の仲間たち。

    車道近くでも
    平気で羽を休めているのは鴨の仲間たち。

  • かなり遠くにいるのは<br />用心深い白鳥たち。

    かなり遠くにいるのは
    用心深い白鳥たち。

  • 時折、数羽ずつ<br />餌を探していた近くの田圃から<br />ねぐらとなる堰に飛び帰ってくる。

    時折、数羽ずつ
    餌を探していた近くの田圃から
    ねぐらとなる堰に飛び帰ってくる。

  • けれどもすっかり日も落ちた中での撮影は限界となり

    けれどもすっかり日も落ちた中での撮影は限界となり

  • 寒さも加わり車に乗り込んだ。<br /><br />今年も多くの野鳥が、冬の間の餌場、越冬地を求めて<br />遠路はるばる渡ってきてくれていることに<br />ほっと一安心。<br /><br />これからもずっと野鳥たちの冬の間の憩いの地と<br />なりますように、<br />何もせずただ見守るだけだけど、ささやかな平安が続きます<br />ようにと祈っています。<br />

    寒さも加わり車に乗り込んだ。

    今年も多くの野鳥が、冬の間の餌場、越冬地を求めて
    遠路はるばる渡ってきてくれていることに
    ほっと一安心。

    これからもずっと野鳥たちの冬の間の憩いの地と
    なりますように、
    何もせずただ見守るだけだけど、ささやかな平安が続きます
    ようにと祈っています。

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この旅行記へのコメント (7)

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  • しにあの旅人さん 2023/02/14 06:37:37
    猿田夫婦のファンです
    ご無沙汰しております。

    そうでした、旭市のご出身でしたね。ご出身校近くの神社にお参りしたことがありました。あれはコロナ騒ぎの前で、その頃まさかこんなことになるとは思いもよりませんでした。

    猿田神社は私もお参りしました。古代の香取海はこの辺りまで来ていたであろうという想像を逞しくして、楽しんだのを思い出します。
    私もこの神社の詳しいことは横浜臨海公園さんのブログで知りました。

    狛犬と獅子は両方とも新しいようです。作り方の作法が守られたのはせいぜい中世までで、現代では、両方とも獅子が普通です。立髪から見ると唐獅子ですね。台座に牡丹が彫ってあれば間違いありません。

    「天鈿女命」が祀られているのですよね。猿田さんの奥さんだということになっています。この神様は芸能の神様ですから、何かしら芸能に関わるものが神社にあるはずですが、そうでもなかったような記憶です。

    伊勢の猿田神社、椿神社は猿田神社の元締めみたいな神社ですが、どっちかで参拝する芸能人を見かけました。名前を覚えていませんが、By妻によると有名な人だったそうです。

    2柱とも神話で有名な神様ですから、私も大ファンです。
    そういう神様が、直接ゆかりのない北総にいらっしゃるのか、興味津々です。

    mistral

    mistralさん からの返信 2023/02/14 22:14:32
    RE: 猿田夫婦のファンです
    しにあさん

    こんばんは。
    私の方こそご無沙汰しております。

    > そうでした、旭市のご出身でしたね。ご出身校近くの神社にお参りしたことがありました。あれはコロナ騒ぎの前で、その頃まさかこんなことになるとは思いもよりませんでした。

    もう何年前になるのでしょう。
    コロナ前でしたか。
    九十九里を北上される途上に、匝瑳あたりの神社を訪ね歩かれていたんでしたね。
    ちょうど出身校を見下ろす地にある神社を訪ねられた折の旅行記は、私も良く覚えています。

    > 猿田神社は私もお参りしました。古代の香取海はこの辺りまで来ていたであろうという想像を逞しくして、楽しんだのを思い出します。
    > 私もこの神社の詳しいことは横浜臨海公園さんのブログで知りました。

    地元ではない横浜臨海公園さんが、お詳しく猿田神社のことを語られていて、驚きました。
    地元の人も、今となっては知らない情報のようです。

    > 狛犬と獅子は両方とも新しいようです。作り方の作法が守られたのはせいぜい中世までで、現代では、両方とも獅子が普通です。立髪から見ると唐獅子ですね。台座に牡丹が彫ってあれば間違いありません。

    台座には何も彫ってなかったようです。
    つるっとした、普通のコンクリート製?のようでした。
    おっしゃる通り、新しいもののようですね。

    冬には出没しないでしょうが、横浜臨海公園さんによりますと季節が良くなると
    赤マムシが出るそうです。

    > 「天鈿女命」が祀られているのですよね。猿田さんの奥さんだということになっています。この神様は芸能の神様ですから、何かしら芸能に関わるものが神社にあるはずですが、そうでもなかったような記憶です。

    そうなんですね。
    芸能にまつわるものですか。
    内部には何か祀ってあったのか、覗いてみても窺い知れませんでしたね。

    > 伊勢の猿田神社、椿神社は猿田神社の元締めみたいな神社ですが、どっちかで参拝する芸能人を見かけました。名前を覚えていませんが、By妻によると有名な人だったそうです。

    誰だったんでしょうね。
    興味深々。

    > 2柱とも神話で有名な神様ですから、私も大ファンです。
    > そういう神様が、直接ゆかりのない北総にいらっしゃるのか、興味津々です。

    そうですね。
    天孫降臨とも関係ある国譲りに関係する神を祀る鹿島、香取神宮があるのも興味深いですね。

    mistral
  • 横浜臨海公園さん 2023/02/02 09:46:34
    猿田神社
    mistralさま、こんにちは。

    旅行記を拝見させて頂きました。
    拙稿の習作時代の旅行記を参考にしていただき赤面しております。
    然し、参拝されたのが冬でよかったでしたね。
    小生が猿田神社を訪れたのは真夏で、神職の方に境内を案内されながら赤マムシ数匹の出迎えを受け閉口させられた記憶がございます。
    何でも境内は赤マムシの巣窟とか!!
    赤マムシは研ナオコの世界だけにして頂きたいと......



    横浜臨海公園

    mistral

    mistralさん からの返信 2023/02/02 14:26:37
    RE: 猿田神社
    横浜臨海公園さん

    お立ち寄り下さいまして、ありがとうございます。

    きびしい寒さが続きます毎日ですが、
    その後、お身体のお具合はいかがでしょうか。

    > 旅行記を拝見させて頂きました。
    > 拙稿の習作時代の旅行記を参考にしていただき赤面しております。

    習作時代、がおありだなんてとてもそうは思えません。
    最初から全力投球された旅行記ばかりで
    引用させていただいてもよろしいでしょうか?と伺いながら
    それでも、何やら中途半端な引用に終わってしまい
    反省することしきり、の始末です。

    > 然し、参拝されたのが冬でよかったでしたね。
    > 小生が猿田神社を訪れたのは真夏で、神職の方に境内を案内されながら赤マムシ数匹の出迎えを受け閉口させられた記憶がございます。
    > 何でも境内は赤マムシの巣窟とか!!
    > 赤マムシは研ナオコの世界だけにして頂きたいと......

    そうなんですか!
    赤マムシが出没する、しかも巣窟、と聞いて、冬に行って良かったと思いました。
    奥に行けば行くほど、出会う確率が高そうですね。

    横浜臨海公園さんの旅行記に出会っていなかったら
    相変わらず橋を渡りながら、この神社の参道は変わっているなあ、と思いながら歩いていたことでしょう。
    史実を知る事から、その場に一層深い意味合いを持たせてくれますね。
    ありがとうございました。

    mistral

    横浜臨海公園

    横浜臨海公園さん からの返信 2023/02/04 12:51:02
    追伸
    mistralさま、こんにちは。

    猿田神社を案内して下さいました禰宜の方が、いきなり草履を脱いでゴム長靴に履き替られたので、何故だろうと訝し気に感じましたが、あの赤マムシに遭遇して納得しました。
    小生が上程する旅行記、冬は地方が多いのは動物が冬眠したりスズメバチが出没せず安心して山廻りが可能だからです。
    夏なんかに訪れると、マムシにヤマガカシ、ブヨの団体攻撃にスズメバチの襲撃、挙句の果てにイノシシ親子に遭遇なんて経験をしております。
    旅行記を上程するのも命がけ!!



    横浜臨海公園
  • pedaruさん 2023/02/02 06:59:38
    猿田神社
    mistralさん おはようございます

    久しぶりに訪れた故郷はいかがでしたか?変わらず自然は迎えてくれたでしょうか?
    昔を思い出すに十分なシチュエーションだと思います。
    猿田神社、多くの神社の祭神には、よく登場する猿田彦、しかし、神社の名前になっているのは少ないですね。歴史の古そうな神社ですね。
    横浜臨海公園さんやしにあの旅人さんの旅行記には学実的な内容が加味されて奥深いですね。とても私の及ぶところではありません。
    猿田神社の森は巨木が生い茂り、良い環境ですね。昔テレビで植物学の先生が「土地本来の木」という話をして、この森にあるような種類、他に楠や樫などが土地にあった植物で、よく育つということを聞きました。一時我が家では「土地本来の木」という言葉は、流行語になり、今でも、この種の木を見ると「あっ 土地本来の木だ」などと言っています。ぜひいつまでも長寿であることを願います。
    近所の神社にもありますが、立派な石碑には「奉納 金三百円」などと彫ってあります。これって、いかがなものか?と思うことしばしばです。
    親鸞聖人のゆかりの地でもあるのですね。千葉県もあなどれません(笑)。

    pedaru

    mistral

    mistralさん からの返信 2023/02/02 14:07:06
    RE: 猿田神社
    pedaruさん

    こんにちは。
    いつもこころ温まるコメントをありがとうございます。

    > 久しぶりに訪れた故郷はいかがでしたか?変わらず自然は迎えてくれたでしょうか?
    > 昔を思い出すに十分なシチュエーションだと思います。

    pedaru さんの旅行記の中にも、昔を偲ばれてのコメントを多くのおみかけします。
    昔を思い出すには、まだ訪れることのできる実家があってありがたいことと思います。
    いつかは無くなってしまう(その前に自分自身が亡くなるかもしれませんが)ことを想像しますが、
    心のよりどころである故郷を失ったら、どんな気持ちをいだくのかしら?とたまに思います。
    そんな中でも、神社の深い森にはいつまでもたっても変わることのない永遠さを感じます。

    > 猿田神社、多くの神社の祭神には、よく登場する猿田彦、しかし、神社の名前になっているのは少ないですね。歴史の古そうな神社ですね。
    > 横浜臨海公園さんやしにあの旅人さんの旅行記には学実的な内容が加味されて奥深いですね。とても私の及ぶところではありません。

    先達の方々から教えていただいた事がら、
    知らなかったら、ただそこへ行ってきましたで終わってしまうところに
    深みを与えて下さっています。
    pedaru さんの旅行記も、歴史を辿りながら丹念に廻られておられて、いつも興味深く拝見しています。
    当時の人々の生きておられた事実があぶり出されていますね。

    > 猿田神社の森は巨木が生い茂り、良い環境ですね。昔テレビで植物学の先生が「土地本来の木」という話をして、この森にあるような種類、他に楠や樫などが土地にあった植物で、よく育つということを聞きました。一時我が家では「土地本来の木」という言葉は、流行語になり、今でも、この種の木を見ると「あっ 土地本来の木だ」などと言っています。ぜひいつまでも長寿であることを願います。

    「土地本来の木」素敵なことばですね。
    そんな木々で形成された森には、なんとなく土地の精霊が棲みついているように思います。
    私の中でも、ブームになりそうです。

    > 近所の神社にもありますが、立派な石碑には「奉納 金三百円」などと彫ってあります。これって、いかがなものか?と思うことしばしばです。
    > 親鸞聖人のゆかりの地でもあるのですね。千葉県もあなどれません(笑)。

    私も金〇〇は要らないように思います。
    金額ではないでしょう、と。

    そうなんです。千葉県といえども、あなどれませんね。

    mistral

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